6話 キツネの機転
ヘビは鬼の形相でリスを追いかけた。目を鋭く光らせ、けたたましい怒りの叫びを上げて木の枝から別の木の枝へ飛び移る。一方リスも必死な顔で逃げていた。その目には恐怖の涙を浮かべ、泣き叫びたい気持ちを抑えている様子で俺の方へ向かってくる。俺は高い木の上から螺旋状に登ってくるリスとヘビを眺めていた。二匹とも小さい動物でなければできないほどの俊敏な動きである。また、キツネも地上から静かに傍観していたが、俺の位置からはあまりにも離れており、枝葉にも阻まれていたので、その姿はほとんど見えなかった。
「くそっ、どうしてオイラがこんな危険なことを!」リスは我慢しきれなかったのか叫んだ。
「よくもワイを馬鹿にしやがったな。お前なんか丸呑みにしてやるじゃ!」ヘビ大口を開けて叫んだ。その様相は菜食主義者のひとかけらもない。どう見ても弱肉強食の世界に生きる強者の姿だった。
だが、俺は半ば安心していた。リスとヘビの差はほとんど縮まっていなかったからだ。リスは取り乱しているものの、足を踏み外す恐れを感じないほど安定して木々を乗り移っていたので、うまくヘビを罠にはめられると思っていた。そして、しばらくもしないうちにリスは俺と同じ位置の高さまで登って来た。
「こっちだ!」俺は片腕を上げ、大きな声でリスを呼んだ。
リスは声に気付くとこちらに体を向かせ、何も言わずに穴の開いた木の方へ走っていく。そのときヘビも同じ高さにたどり着いた。俺は別の木に乗り移り、ヘビに感づかれないように姿を隠す。そして、リスが見事穴を通り抜けた。
よし、うまく通り抜けられた! あとはヘビがその穴に何の疑いを持たずに入ればいいだけだ。一瞬見えただけだが、あのヘビの太さなら、穴を通り抜けることは不可能なはずだ。
しかし、計画はうまくいかなかった。ヘビは穴に入る直前というときに、俺を発見し、目を合わせたのである。それですべてを悟ったのだろう。視線を目の前の穴に移し、にやりと笑った。そして、その木から伸びる枝を足場にして高く飛び上がったのだ。
「へへへ、ワイをはめようだなんて馬鹿な真似をしやがって! 甘いんじゃよ!」ヘビは空中で高笑いをした。
回避されてしまった。しかも、罠の正体も見破られた。これじゃあもう打つ手がないじゃないか――。
「コマドリさん!」俺が諦めかけたとき、突然キツネの澄んだ叫びが下から突き抜けるように聞こえてきた。
その思わぬ声に俺とヘビ、さらにリスまでも目を丸くしてキツネがいるだろう場所に視線を向けた。コマドリ――? だがコマドリはドングリ池に向かうとき別れたはず――。
「うわぁ! なんじゃ!」不意にヘビが驚きの声を上げた。俺がヘビの方を振り返ると、空中でコマドリに咥えられた無様な太りヘビがそこにいた。
「マママ~、もみめんも~♪」コマドリはヘビを咥えながら「ごきげんよう」と無理やり歌おうとしたが歌えなかった。
ヘビを見事捕まえることのできた俺たちはとりあえず地上へ戻った。戻るとリスは汗だくになりながら地面に倒れこんだ。ゼェゼェと息を上げているので、これまでにない以上の全力疾走をしたのであろう。ヘビは動けないよう、俺によって紐のように固く結ばれた。彼の顔には怒りの表情が残っていたが、恥ずかしみの色も僅かに表れていた。一方、キツネは得意気な顔で俺たちを迎えた。
「どうしてコマドリさんはここに来ていたんだい?」俺はゆっくり降りてきたコマドリに尋ねた。あの場にいなければ、キツネが呼んですぐに飛んでくることは不可能だろう。
「ラララ~、私はキツネに頼まれてあなたたちについて行っていた~♪ 何かあったとき助けてほしいから空から見守っていてほしいと~♪」
「ということは、キツネは最初からコマドリがいることを知っていたのかで?」リスは倒れたままキツネに尋ねる。
「そうだよ。さすがヘビだよね。鋭い洞察眼を持っているよ。だけど、詰めが甘かったね。ヘビが何か勝ち誇ったように喋っているのが聞こえたからコマドリさんを呼んだんだよ」
「くそ……、屈辱じゃ」結ばれたヘビはがっくりと頭を下げた。
「それじゃあニンゲン君、一件落着ということで、早速ドングリ池に祈りを捧げようか」キツネはリスがドングリを隠していた樹幹に入って言った。
俺は一つの小さいドングリを手に持って、再び澄んだ池の傍に立った。他の動物たちは少し離れたところで俺を見ている。キツネはワクワクした顔、リスは信じていないような顔、ヘビは少しぼーっとしたような顔をしていた。コマドリだけは目をつぶり、自然の風や音を感じているようにたたずんでいた。
「ドングリを一つ投げ込むだけでいいんだよな?」俺はリスを見て尋ねる。
「願いが叶わなかったからわかんないで。でも言い伝えに投げ込むとしか述べられていないから、とにかく投げ込めばいいんだで」リスは腕を組み、そっぽを向いて言った。
「しっかり虹の水晶が欲しいって祈るんだよ! お願いね!」とキツネが言った。
「……わかった」俺は半信半疑であったが、とりあえず言い伝えを信じて、ドングリを池に投げ込み、両手を合わせて祈った。