3話 伝説上の人間と疑われる人間
コマドリの最後に歌った歌に、キツネとリスの二匹は疑問の表情を浮かべた。この世界には一種類の動物に一個体のみしか存在せず、名前は個体名ではなく種族名で呼ばれているからだ。それゆえに、俺はコマドリの語る伝説中の人間と同一人物と思われている。しかし、俺はリントなんて名前ではない。――だが、その名前はどこかで聞いたことがある。それに、俺は俺の名前がわからない。
「ニンゲンなのにリント? どういうことだで?」とリスは少しイライラした様子で言った。
「本当は君はニンゲンじゃなくて、リントっていうの?」キツネは俺に向かって尋ねる。
詳しく説明する必要があるな。だけど、きちんと納得してくれるだろうか。俺らの住んでいた世界とこの世界とでは常識が違う。単純な話が複雑になってしまうが、説明するより他はないだろう。
「いや、俺はリントではない」
「じゃあやっぱりニンゲン君なんだね! ……どうしてあのときリントって名乗ったの?」キツネはすぐに新たな疑問を投げかけた。話を進めやすい。
「実は、コマドリさんの歌う人間というのは、俺ではないんだ」そう言うと、リスはいっそうイラついた顔をした。
「ラララ~、世の中には私たちは知らない世界があり~、そこでは多くのニンゲンが文明を開き~、一種類に複数の動物たちが存在しているという~♪ また~、一人ひとりのニンゲンにそれぞれ別の名前が付いており~、他の動物に異名を付けることもある~♪」補足するようにコマドリが歌った。
「つまり、あんたは異世界の住人で、あんたの住む世界では多くのオイラや、多くのキツネやコマドリがいるということでいいんだで?」リスは納得したようだ。
「そういうことだ。そして、俺にも別の名前がある。だが、それを思い出せないんだ」
「ラララ~、自分が何者かわからない~♪ 初めは以前のニンゲンもそうだったが~、森を救うと同時に思い出した~♪」
「ということは、この森を危機から救えば、俺は自分の名前も、記憶も思い出すのか!」俺はコマドリの思いがけない歌にハッとして叫んだ。
「自分は何者か。自分はこれまで何をしてきたか。ニンゲンはそんなことを考えるんだね。僕らには考え付かないことだよ」キツネはふと独り言のように言った。「僕らはずっと同じような生活をしている。食べて、友だちとお話しして、寝る。それが当たり前なんだ。ニンゲンには、思い出さないといけないことがあるの?」
俺はキツネのやや哲学的な質問にうろたえた。思い出さないといけないこと? 確かに、俺はなぜ記憶を取り戻すことを求めるのだろう。わからない。だけど、やはり思い出したいという感情は確かにある。
「おいキツネ、あんたそんなに難しいことを考えるやつだったかで?」とリスは俺が答える前にキツネに問いかけた。
「あはは、ちょっと気になっただけだよ。ごめんねニンゲン君、深く考えなくてもいいよ」キツネはそう言ったが、瞳の奥には深い何かが宿っているようだった。
「それよりもさ、伝説ではニンゲンが現れるとほぼ同時に木が枯れ始めたんだろ? そして今回も同じらしいが、もしかしてそれってよ、『ニンゲンが現れたから枯れ始めた』んじゃないのかで?」
気付いてしまったか! それは俺も考えていたことだ。一部の人間は物事と物事の相関関係を因果関係にやたらとつなげようとする。もしかしたら動物にそのような思考回路は組み込まれていないのではと期待したが、どうやらこのいたずらそうなリスは陰謀論者の素質があるらしい。このリスの発言は人種差別ならぬ、「種差別」につながりかねない!
「おいニンゲンさんよぉ、どうなんだで? あんたは森の救世主なんかじゃなく、厄介者なんじゃないのかで?」リスはチンピラのような態度で俺に問いかけた。
「い、いや、俺にそんな意図は――」
「そんなことはないよ! 逆に森が危機に陥ったからニンゲンが現れた可能性の方が大いに考えられるでしょ? だって、ニンゲンがこの森を破壊したいのなら、わざわざ現れる必要なんてないじゃないか」キツネは俺の弁解を遮り、代わりに筋の通った説得を試みてくれた。
「キツネはニンゲンを信じると言うのだで。なら、きちんとニンゲンに森を救ってもらおうじゃないかで!」とリスは俺を指さして言った。
「望むところだ!」キツネは俺じゃないのにそう答えた。キツネたちにとってこの逆さ虹の森が救われることが望みであるのに違いはないが。
「ラララ~、ならばまず~、ドングリ池に行って祈りを捧げよ~♪ すれば虹の水晶を手に入れられる~♪」
「ドングリ池はここから近くにあるよ。僕が案内するからついてきてね」とキツネが言うと、コマドリに何か耳打ちし、早速広場から歩み出ようとした。「あとリス君も来て!」
「え、オイラも?」リスは拍子抜けした顔をした。
「ドングリ池に祈りを捧げるには、君の力が必要だからね!」
こうして、俺とキツネとリスは逆さ虹の森を救うべく、虹の水晶を手に入れるためにドングリ池へ歩き出した。