2話 森の危機と人間の伝説
俺とキツネは虹の湖から離れ、小さな虫たちのざわめきを感じる森の奥へゆっくりと向かっていた。気候が暖かいおかげだろうか、服は既に乾いていた。
どうやら吟遊詩鳥のコマドリに会いにいくらしい。コマドリはとても物知りで、古くから伝えられる歌を数多く知っているという。それで、なぜ俺が湖の近くに倒れていたのか聞きにいくわけだ。今俺の身に起こっていることがわかるといいのだが。
「ところで、君の他にキツネはいないのか? ほら、家族とか友だちとかさ」俺はふと気になったことを尋ねてみた。動物は一部を除いては集団行動をする。一匹がぽつんと行動しているというのはまずないだろう。しかし、このキツネと出会ったときは他に何もいなかった。どうしてだ?
「〈カゾク〉? カゾクってなーに? ニンゲン君は僕たちの知らない言葉をたくさん知っているんだね。もしかしたら、コマドリさんなら知っているかもだけど。それと、キツネはこの僕一匹だよ? 同じ動物が二匹もいたら怖いでしょう? 僕はこれまでもこれからも一匹だよ。君だって、ずっと一匹でしょ? 他の動物の友だちはたくさんいるけどね」キツネは不思議な質問だなと思っているような顔で答えた。
「なんだって? そうしたら、君は誰から生まれたんだ?」
「生まれる? 僕は僕であり、誰からも生まれないよ。いつからかはわからないけれど、僕はオンボロ川に流されて、この逆さ虹の森に来たんだ。ここにはたくさんの友だちがいた。そして友だちは増えたり減ったりしている。川に流されてきたり、流れていったりするからね」
どういうことだ? この世界には時間の概念がないのか? 気付いたときに生まれ、川からここに流れ着くのか?
「さあ、そろそろだよ。あ、コマドリさんだけじゃなく、リス君もいるよ!」キツネは視線を先の方に向けて言った。
そこはちょっとした広場のようになっており、高い木の枝にとまるコマドリと、ドングリを両手いっぱいに抱えるリスがいた。コマドリは目をつぶり、美しい歌声を響かせ、リスは奇妙なものを目の前にしているかのような顔でこちらを見つめている。
「おいキツネ、こんな大変な時期だってのに、どこ行ってたんで? それと、そこの中途半端にでかい動物はなんだで?」俺たちが動物たちの傍に来ると、そうリスが言った。
「ラララ~、南の木が枯れ始め~、荒廃が徐々に北上しているわ~♪」とコマドリは歌った。
どうやら、この逆さ虹の森に住む動物たちは喋ることができるらしい。コマドリやリスも個体数は一匹だけなのだろうか。キツネの話によると、きっとそうなのだろう。それにしても、大変な時期? そして、南の木が枯れ始めている? この森に一体何が起きているんだ?
「ごめんね、南の様子を見にいったんだ。まあ、見てくることはできなかったけど」とキツネは答えた。
「なんだよ、それで、そこのそいつは何だで?」リスは俺を顎で示す。
「紹介するよ、彼はニンゲン君! 虹の湖で倒れているところを見つけたんだ」
キツネがそう言うと、コマドリはつぶっていた片目を開けて俺の方をちらと見た。
「ニンゲン? オンボロ川から流れてきたんじゃなく、湖にいたんで?」リスは俺に疑いの目を向ける。
「嘘じゃないよ? だけど、どうしてそこにいたのかわからないから、物知りのコマドリさんに聞こうと戻ってきたんだ。ねえ、コマドリさん、どうしてニンゲン君は虹の湖に倒れていたんだろう? あの伝説でも同じだったのかな?」とキツネはコマドリに尋ねた。
「……ラララ~、ニンゲンは他の動物とは違う~♪ 以前にもニンゲンは虹の湖で発見され、それは森の木が枯れ始めているときだった~♪」とコマドリはためらったように一瞬黙り込んでから歌った。
「伝説中のニンゲン君も湖の傍で見つかったんだ!」
「それも、同じような危機に瀕しているときなので?」
キツネの話によると、伝説の人間は森を救ったらしいが、もしかして、俺がこの森を救わなければならないのだろうか? そうしたら、どうやって? それと、過去に同じような事例があったとすると、面倒な疑惑が生じかねない。
「ラララ~、そのニンゲンはドングリ池に祈りを捧げ~、虹の水晶を手に入れると~、根っこ広場の地下の祭壇に水晶を祀った~♪ すると森の荒廃はたちまち停止し~、ニンゲンは森のすべての動物たちに祝福された~♪」
ドングリ池? 根っこ広場? またわからない言葉が出てきた。
「ラララ~、その後ニンゲンは元の世界に帰らなければならないと言い~、ニンゲンの倒れていた虹の湖に飛び込み~、逆さ虹のかかる夜空に飛んでいった~♪」
「つまり、ニンゲンにとってだけは、オンボロ川じゃなく、虹の湖がこの森を行き来する通路ってわけだで」
「そういうことなんだね。ん、どうやらコマドリさんの歌には続きがあるみたいだね」
「ラララ~、また~、ニンゲンはもう一つの名前を名乗った~♪ リント~と~♪」




