第13話「訳を、訊かない」
ある夜、私は、壁の地図の前に、ひとりで立っていた。火の輪のみんなは、もう眠っていた。手燭の小さな火が、皮の上の線を橙に照らしている。北街道。東の道。西の道。点と、線と、刻みの値。物と銀の流れが、皮の上に編まれていた。ガロの鞴の音も、ヒナの帳簿をめくる音も、もう止んでいる。崩れた壁の隙間から、夜の風が低く鳴って入ってきて、手燭の火が、ゆらりと揺れた。
その地図を見ているうちに、私は、奇妙な気持ちになった。この地図の上には、私ひとりは、いない。サイがいる。リンがいる。トビがいる。サイの村で荷を貸してくれた男も、リンの市で布を商う女も、トビの屋根の道で紙片を運ぶ馬子も、みんな、この地図の上のどこかの点にいる。私が運ぶ荷は、その者たちの手をいくつも通って、土地から土地へ渡っていく。私ひとりでは、荷を東から西へ運べない。途中のいくつもの手が、荷をつないでくれる。
人は、一人では、生きない。
その言葉が、ふと、胸に浮かんだ。
◆ ◇
穴の底では、一人だった。いや、一人ではなかった。十二人が、いた。けれど、あの十二人は、つながっていない。同じ飢えと同じ寒さの中にいたのに、互いにつながってはいなかった。
水が、ひと匙ぶん配られる。その一匙を、誰もが、自分の口だけに運んだ。隣の者の渇きは、見なかった。見れば、分けてやらねばならない。分ければ、自分が死ぬ。だから、見ない。背を向けて、自分の一匙を飲む。それが、底の掟。骨を一本拾えば隠し、火に当たれる場所を見つければ譲らなかった。底では、誰もが、自分ひとりの分だけを抱えて生きていた。
だから、いっぺんに失われた。ひと冬で、十二人が岩になった。つながっていない者たちは、ばらばらに飢えて、ばらばらに冷えて、ばらばらに岩になった。誰かが死んでも、その死は誰にもつながらなかった。ただ、ひとつずつ減っていく。十二。十一。十。数えることだけが、私のすることだった。一人で生きるとは、つながりなく、ばらばらに減っていくことだった。
◆ ◇
けれど、この地図は違った。壁の上の網は、つながっていた。サイと、リンと、トビと、その先の名も知らない者たちが、糸でつながっていた。糸でつながっている者は、いっぺんには失われない。ひとつの糸が切れても、ほかの糸が残る。ひとつの土地が荒れても、ほかの土地が荷を回す。網は、ばらばらの点ではなかった。互いに支え合う、面だった。
私は、地図の上の、ひとつの点に指を当てた。サイの村だ。もし、この点が消えたら。サイがいなくなったら。それでも、網は消えない。リンがいる。トビがいる。ほかの糸が、サイの抜けた穴を埋める。網は、ひとつの点に寄りかかってはいなかった。
同じ「人の群れ」でも、まるで違った。穴の底の群れは、つながりのない、ばらばらの点の集まりだった。だから、いっぺんに失われた。今の群れは、糸でつながった、面だった。だから、いっぺんには失われない。
人は、一人では、生きない。その言葉の意味を、私は、四十を過ぎて、ようやく、手でつかんだ気がした。一人では生きない、というのは、誰かに寄りかかる、という意味ではなかった。互いに糸でつながって、面になる、という意味だった。面になれば、ひとつの点が消えても、生き残れる。
あの穴の底で、十二人は、互いに背を向けて、一匙の水を奪い合っていた。けれど、もし、あの一匙を分け合っていたら。互いの渇きを見ていたら。つながった者は、ひとりが倒れる前に、誰かが気づく。気づけば、支えられる。あの冬を、何人かは越えられたかもしれない。
いや、と私は思い直した。あの底の十二人を、責めることはできない。つながれなかったのは、水が足りなさすぎたからだ。分け合えば、二人とも死ぬ。そういう少なさだった。つながりは、ある程度、余裕がなければ生まれない。底の者たちは、つながらなかったのではない。つながる余裕すら、与えられなかったのだ。
今、私たちには、すこしの余裕がある。麦が足りている。だから、分け合える。便りを送り合える。損をしない取引を回し合える。余裕が、つながりを生んだ。つながりが、面を生んだ。そして、面が、また、余裕を生む。
私は、手燭の火を、壁の地図に近づけた。橙の光の中で、何本もの糸が、点と点をつないで、面になっている。この面の上では、誰も、一人ではいない。サイも、リンも、トビも、私も、糸の上でつながっている。いっぺんに失う冬は、もう、来ない。私は、そう思いたかった。
思いたかった、と書くのは、その時の私が、まだ、それを信じきれていなかったからだ。穴の底で覚えた、いっぺんに失う恐れは、そう簡単には抜けない。糸でつながった面を目の前にしても、頭の奥の番人は、まだ、囁いていた。いつか、また、ひと冬で、ぜんぶ失うのではないか、と。けれど、その夜は、ほんのすこしだけ、その囁きが、遠くに聞こえた。
手燭の火を消して、私は、寝床へ向かった。壁の地図は、暗闇の中に沈んだ。けれど、見えなくても、糸は、そこにあった。穴の底で覚えた、いっぺんに失う恐れが、その夜、すこしだけ軽くなった。
◆ ◇
網が面になると、面の上には、いろいろなものが流れてきた。まっとうな麦も、まっとうな塩も流れてくる。けれど、それだけではなかった。時々、訳のありそうな品が流れてきた。
ある日、サイの村の取引で、一人の男が、私に銀の燭台を売ろうとした。古い、上等な燭台だった。細工が細かい。蔓草を彫った台座に、三つの枝が伸びている。貴族の屋敷にでもありそうな品だ。男は痩せていて、目が落ち着かなかった。布にくるんだ燭台を抱えるようにして持ってきて、私の前で、おそるおそる布を開いた。手が、すこし、震えている。どこから来た品か、男は言わなかった。私も、訊かなかった。
訳は、訊かないことにしていた。
◆ ◇
訳を訊かない、というのは、私が決めたことだった。盗賊だった頃、私は奪う側だった。護送の列を襲い、銀を奪った。奪った銀には、奪われる前の持ち主がいた。泣いた者もいたかもしれない。私は、その泣き顔を見なかった。見ずに、奪った。
今は、買う側だ。目の前の痩せた男が、銀の燭台を売ろうとしている。この燭台にも来歴がある。屋敷で奉公して給金の代わりに貰った品かもしれない。飢えて、誰かの屋敷から持ち出した品かもしれない。盗んだ品かもしれない。その来歴を、私は訊かない。訊いても、しかたがないからだ。男が本当のことを言うとは限らない。盗んだ品でも、貰った品だと言うだろう。もし本当に盗んだ品だったとして、問い詰めてどうなる。男は燭台を抱えて立ち去り、もっと訳を訊かない別の商人に売るだけだ。男は、銀が要るのだ。今日の麦を買う銀が。
訳を訊かないのは、男を追い詰めないためだった。訳を訊かれて困らない品なら、男は最初から堂々と売る。訳を言えないから、目が落ち着かない。手が震える。そういう男に訳を問うのは、いちばん触れられたくないところに指を突き入れることだった。盗賊の頃、私は人の弱みに指を突き入れて奪った。怯えた顔を利用した。今は、その逆をする。怯えた顔を見ない。弱みに触れない。ただ、品を買う。
◆ ◇
けれど、訳を訊かないことには、決まりがあった。ただ何でも買うのではない。それでは、盗品の故買屋になる。盗賊が奪った品を何も訊かずに買い取る、あの故買屋と同じになってしまう。私は、故買屋にはなりたくなかった。だから、品そのものを見た。
燭台を、手に取る。残った左の目で、細工を見る。銀の質を確かめる。役所の刻みがないか。領主の印が打たれていないか。来歴は訊かないが、品が誰のものかを示す印は見る。もし、はっきりした印が打ってあれば、買わない。それは、追われる品だ。買えば、私が追われる。
手がひとつしかないから、燭台を、膝の間に挟んで固定した。普通の者なら、片手で燭台を回し、もう片手で火を寄せる。私には、その片手がない。だから、膝で燭台を挟んで押さえ、空いたひとつの手で火を近づける。それから、燭台を膝で回して、角度を変える。底の縁。枝の付け根。蔓草の彫りの奥。役所が打つような四角い刻みはないか。領主が押すような紋章の印はないか。隠し財の銀を選り分けた時と、同じ目で見た。時間がかかった。けれど、急いで見落とせば、印のある品をつかまされる。つかまされれば、追われるのは、私だ。隅々まで、ゆっくりと見た。
燭台には、印はなかった。ただの上等な銀の燭台だった。誰のものとも書かれていない。来歴は分からない。けれど、それを示す印はない。なら、買う。
値は、正しくつけた。訳ありの品だからといって、買い叩かない。痩せた男の足元を見て、安く買おうとはしない。銀の燭台には、燭台の値がある。その値をきちんとつけて払う。訳を訊かない代わりに、値でごまかさない。それが、私の決めた買い方だった。
男は、銀を受け取って、何度も頭を下げて、去っていった。
◆ ◇
その夜、私は、ガロに、その話をした。ガロは、火のそばで、燭台の細工を、節くれだった指でなぞっていた。
「上等な品だな」
「来歴は、訊かなかった」
私が言うと、ガロは、火を見たまま頷いた。
「訊いて、いいことは、ねえ」
ガロは、鍛冶だ。長く、鉄を扱ってきた。鉄にも来歴がある。どこから来た鉄か。盗まれた鉄か。鍛冶は、それをいちいち訊かない。良い鉄か、悪い鉄か。それだけを見る。来歴ではなく、品を見る。ガロは、長い職人の暮らしの中で、それを覚えていた。
「訊けば、相手が、嘘をつく。嘘をつかせるのは、よくねえ」
ガロが、言った。
訳を訊けば、相手は嘘をつく。嘘をつかせれば、その嘘が二人の間に残る。嘘の上に立った取引は、長くは続かない。だから、訊かない。訊かなければ、嘘も生まれない。来歴ではなく、品を見て、正しい値で買う。それだけで、嘘のない取引ができる。
訳を訊かないのは、礼儀だった。相手の事情に踏み込まない。困って品を売りに来た者を、追い詰めない。その代わり、品はきちんと見て、印のある品は買わず、値はごまかさない。それが、私の商いの掟の芽だった。盗賊の頃の、奪う相手を選ぶ掟が、買う相手を扱う掟に変わっていく。
あの痩せた男は、銀を握って去っていった。あの銀で、男は今日の麦を買い、今日を生き延びるだろう。燭台をどこから持ってきたのか、私は知らない。知らないままだ。けれど、私が訳を訊かず、印を確かめ、正しい値で買ったから、男は追い詰められずに銀を手にして去れた。奪う頃の私なら、男を見もせず、力で取り上げただけだ。奪う手は、相手から奪った。回す手は、相手にすこし残していく。燭台は、いつか、欲しがる者の手に渡る。そうやって、訳ありの品も、面の上を流れていく。誰も追い詰められずに。誰も嘘をつかずに。
それが、面を長く回していくための礼儀。礼儀は、立派な心がけのことではなかった。ただ、面を長く回すための、地味な商いの掟だった。けれど、その掟の下では、追い詰められる者が、すこし減った。それで、よかった。





