第20話「消耗」
その戦に、勝ち負けは、なかった。あったのは、ただ、減った数だけだった。
◆
戦の後の、戦場は、静かだった。
あれほどの、矢の音も、馬の地響きも、断末魔も、嘘のように消えていた。代わりに、低いうめき声があちこちから聞こえた。動けなくなった者の、声だった。味方の、そして、敵の。
私は、戦線の整理を命じられた。
散らばった隊を、まとめ直す。動ける者と、動けない者を、分ける。武器を、集める。残った糧秣を、数える。商館で、荷を片づけたのと、同じ手つきで。ただ、片づけるものが荷ではなく人だというだけのちがいで。
数えながら、私は、思った。
今日の戦で、こちらは何を得たのか。
土地は、取れていない。敵を、退かせも、しなかった。ただ、こちらも、敵も、同じだけすり減った。両軍の、若い者が同じだけ死んだ。それで、戦線は昨日と、同じ場所にある。何も、動いて、いない。動いたのは、減った、数だけだ。
◆
これを、勝ちと、呼ぶのか。負けと、呼ぶのか。
どちらでも、なかった。
ただの、消耗だった。両軍が、若い命を燃やし合って燃やした分だけ灰が残った。その灰の中に、ヨナスが、いた。敵の側にも、ヨナスのような少年が何人も、いただろう。誰かの、村の。誰かの、三男坊の。
動けない者を、見分けるのが、つらかった。
まだ息のある者の中にも、助かる者と、助からない者がいる。深い傷を負った者は、運んでも長くは保たない。だが、運べる手は、限られている。誰を先に運ぶか。誰を後に回すか。それを決めねば、ならなかった。数えの目が、それを冷たく見分けてしまう。この者は助かる、この者はもう難しい、と。
助からないと見た者の、そばを通る時。
その者の目が、私を見た。連れていってくれ、と。だが、私は、首を振るしかなかった。すまない、と、口の中で言いながら。負傷兵を、置いていく。それも、戦の当たり前だった。救えぬ者はいる。荷台に乗りきらない命は、こぼれる。商人の頃から知っていたはずの理が、ここでは、もっと生々しかった。
なぜ、こんなことを、するのか。
商人なら、こんな取引は、しない。両方が、同じだけ損をして得るものが何もない取引。そんなものに、誰が、手を出す。だが、軍は平気でそれをやる。やり続ける。命令が、やれ、と言うから。
数えれば、数えるほど、分からなくなった。
この戦で、得をした者がどこにも、いない。少なくとも、この戦場には一人も、いない。死んだ者にも、生き残った者にも、得はなかった。
では、誰のためにこの戦はあったのか。
その問いが、また、胸の底の固い石をひとつ増やした。第二章で、呑み込んだあの石の隣に。
石は、増えるばかりだった。
なぜ退くのか分からぬ退却で、ひとつ。誰のための戦か分からぬ消耗で、ひとつ。ヨナスを失った、あの罠で、ひとつ。問いの石が、胸の底に積もっていく。答えは、ひとつも出ない。問うことすら、許されない。
いつか、この石を全部並べて。
誰が、これを積ませたのかを、突き止めてやる。退却を命じた手。罠へ追い込んだ命令。その、いちばん上で、骨だけの言葉を出している者を。数えて、たどって、その顔を見てやる。いまは、できない。だが、いつか。
その「いつか」だけが、私を、能面のまま立たせていた。
◆
夜が、来た。
戦場に、火が、焚かれた。生き残った者たちが、その火を、囲んだ。誰も、口を、きかなかった。勝った祝いでも、ない。負けた嘆きでも、ない。ただ、生き残ったというだけの重い沈黙だった。
私の九人も、火を、囲んでいた。
九人。ヨナスの、座っていた場所がぽっかりと、空いていた。誰も、そこに座ろうとはしなかった。みな、その空いた場所を見ないようにしていた。
私は、自分の椀を少し残した。
昔からの、癖だ。配る時は、最後に回る。だが、その夜はちがう理由でも、椀が進まなかった。ヨナスの、最後の言葉が耳に残っていた。腹、減ったな、と。帰ったら、腹いっぱい、と。あの少年は、とうとう腹いっぱい食えなかった。
火を見ながら、私は、考えていた。
この戦に、勝った者は、いるのか。敵も、こちらと同じだけ死んだはずだ。敵の側にも、ヨナスのような少年がいてその隊長のような者がいて同じように椀を残しているのかもしれない。同じ夜、同じ月の下で。
なら、誰が得をしたのか。
戦場には、いない。死んだ者にも、生き残った者にも、得はない。では、この戦場のずっと外に誰か、得をする者がいるのか。兵が死ぬほど、戦が長引くほど、得をする者が。第二章で、帳簿に見たあの消える先の手が。
火が、爆ぜた。私は、椀の冷えた中身を、ようやく口に運んだ。
リアルが繁忙期の為少しお休みします。





