第20話 見届ける二人
夜の湖畔は、昼間の賑わいを嘘のように静まり返っていた。
水面には月光が細く引かれ、森の木々の影が波紋のように揺れている。
その静寂を、誰よりも早く異質な揺らぎとして察知したのはセラだった。
「……これは……」
指先が小さく震え、瞳が微かに光る。
湖のほとり、黒い魔力が微かに空気を歪ませていた。
通常なら風に溶ける程度の微弱な魔力。
しかし、それは明確な意志を持つ、敵対的な力だった。
「後一つ、この膨大な魔力は……リアムね……」
背後から低く響く声。
「感知したか、セラ。」
レオンだった。
湖の向こう岸を見つめる瞳に、微かな光が宿る。
彼の感覚は研ぎ澄まされ、遠くの微弱な生命の脈動さえ読み取ることができる。
「……ええ、敵とリアムの気配ね」
短い言葉で、状況は十分に伝わった。
目の前の夜空にちらつく光の反射は、まるで水面に浮かぶ波紋のように、リアムの存在を知らせる。
「リアム……奴らの手にかかる前に救えるか」
セラは唇を薄く結んだ。
魔力の揺らぎを解析すれば、戦場の様子は大まかに把握できる。
しかし、現れた敵は強大。
リアムが苦戦している証だ。
「間違いないわ。
リアムを狙う者たち……魔女信仰の組織。
教団の残党ね」
「現場に行く?」
セラの問いに、レオンは首を振る。
「今は行くな。
リアムが覚悟を決め、初めて人を守る為に戦う勝負だ。
無闇に飛び込めば、その覚悟を無駄にする。」
胸の奥に焦燥がわずかに湧く。
「……でも、あの子が一人で戦っている……あの子は守られるべき子どもよ。」
「お前の言う通りだ。
しかし、リアムは予言の八星、守る側の存在だ。
武器と魔力を完全には使いこなせない今、俺たちが乱入すれば、あの子の学びの邪魔になる」
セラは息を整える。
確かに目の前で戦っているのはリアムだ。
無理に助ければ成長の余地を奪うことになる。
「……わかった。観測だけね。
レオン、あなたは……?」
「俺はここで見守る。
全てを把握した上で、動くべき時に動く。」
瞳は湖面に映る月光を突き刺すように鋭く光った。
感情を抑え、状況を把握する──それが今の最善策だった。
湖畔には、風の音と微かに水面を揺らす波紋だけが残る。
「……あの子は、戦う。何としても勝つつもりね」
「その通りだ」
レオンは拳を軽く握り、指先に力を込めた。
セラはゆっくり頷き、指を空中にかざす。
小さな光の粒が掌から飛び散り、夜空に散る。
これは、〈星見の鏡〉の準備だった、。
◇ ◇ ◇
セラは杖を回し、足元に魔法陣を描く。
その中心に青白い光の粒が集まり、淡い鏡面が浮かび上がった。
空気がかすかに揺らぎ、鏡の中に湖畔の情景が映し出される。
月光に照らされた水面、その前に立つのは
――リアム。
少年は拳を構え、黒衣の男と向かい合う。
「〈星見の鏡〉、展開完了」
セラの声は冷静だが、瞳の奥に小さな焦りが宿る。
レオンは鏡の前に立ち、腕を組んで映像を凝視する。
「……あの構え。俺が教えた構えだ」
セラは魔力の流れを解析しながら頷く。
「重心移動が正確。
剣を持たなくても身体の使い方が洗練されている。
あなたの教えが生きてるわね」
レオンは短く息を吐き、口元に笑みを浮かべた。
「まさか、あの歳でここまで……だが相手は生半可じゃない」
鏡の中の黒衣の男は一歩も動かず、リアムの攻撃を見切っている。
拳が月光を弾き、連撃は空を切る。
「上手いわね。
リアムの動きを読んで、攻撃を避けている。」
セラは眉を寄せる。
「戦いの最中に〈陣式罠〉を展開している。
設置型の雷属性の魔術よ」
レオンは拳をぎゅっと握った。
「……リアムは罠に気づかず戦ってる」
鏡の中、リアムは額に汗をにじませながら攻め続ける。
目の光は消えていない。
レオンは唸る。
「前なら自分の考えを信じられなかったのに、今は自分の作戦を信じて戦っている」
セラは星見の鏡を拡張する。
「右手に魔力集中。属性は雷。
刻印型……地面や空気中に符号を刻み、魔力を一点で結晶化させる。
発動すれば足元から黒雷が走る。」
「ちっ、リアム……気づけ……」
鏡の中で黒い紋様が光り始める。
「発動条件、揃った――!」
リアムの表情が凍り、大気に重圧が満ちる。
――黒雷の罠が、動き出した。
◇ ◇ ◇
湖畔の静寂が破られ、黒雷が稲妻のように立ち上る。
リアムは身をひねるが間に合わず、全身が痺れ、視界が揺れた。
膝をつき、崩れ落ちる。
セラは淡々と観測を続ける。
「やっぱり、相手が一枚上手だったわね」
レオンは拳を握り直し、指先がわずかに震える。
「……俺が教えたこと、上手く嵌まったと思い込んだのが敗因だな。」
湖畔に敵の低く冷たい声が響く。
「器の回収――完了だ」
セラは解析を続ける。
「やっぱり、リアムの中の封印された魔女の魂が目的……敵の狙いはリアム。」
レオンは唇を引き結ぶ。
「……奴らの狙いは、封印された魂か」
決意を胸に、低く呟く。
「……俺が行く」
セラは微笑む。
「ええ、でも無闇に暴れないで。リアムは私が守る」
杖を回し、二人の位置を入れ替える。
湖畔に気配が入れ替わる瞬間、空気が張りつめた。
入れ替わると同時にレオンは黒衣の男に拳を叩き込み、後退させる。
「リアムの借りは、俺が返す。」
敵は冷ややかに観察する。
「貴様は……報告にあったレオン、器が所属する騎士団の団長か」
レオンは胸を張り、戦いへの覚悟とともに構える。
「リアムの代わりに俺が相手をする」
リアムは崩れ落ち、意識を失っている。
背後には、信頼する仲間――セラの姿があった。
「お疲れ様。よく頑張ったわね」
湖面を渡る風が、戦い前の静寂を際立たせる。
そして――二人の戦いが始まる、その一歩手前で夜は深まる。
次回::レオンvs教団幹部
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