第15話 旅立ちの朝
王都アルセリアは、朝日を浴びて金色に輝いていた。
馬車が走り抜ける音が響き、露店では果実の甘い匂いと香草の鋭い香りが混ざり合う。
王城の高塔で揺れる八星の旗は、風を切って大きくたなびいた。
その中心――城の中庭に、リアムは立っていた。
胸に手を当てる。
吸い込んだ朝の空気は冷たくて、自分の気持ちを落ち着かせる。
八星として目覚めてから二ヶ月。
ついに、この王都を離れる日が来た。
「緊張してるな、リアム」
腕を組むレオンが、いつもより少しだけ柔らかい声を出した。
「……うん。でも……楽しみでもあるんだ。聖堂や訓練場だけじゃ、何も知らないままだから」
「なら、今日の旅立ちは悪くない」
レオンが微笑んだそのとき――セラが地図を手に歩み寄る。
「はいはい、二人とも。出発前の最終確認をするわよ。補給は全部済んでる。最初の目的地は――水の都アルメリア」
「湖の……都?」
「最近、精霊が姿を見せなくなってるらしいわ。気になる噂よ」
リアムの胸がひそかにざわめく。
その噂が、仲間を探す鍵になるのかもしれない。
ちょうどその時、中庭の奥から重い足音が響いた。
騎士たちが列をつくり、アリステア王がゆっくりと近づいてくる。
空気が変わる。
たった一歩で、空気が引き締まる。
◇ ◇ ◇
「八星レオン、リアム、セラ。そなたら三名を、王国代表として正式に任命する」
王の声は低く、しかし暖かい火のように胸へ届いた。
その視線がリアムに向く。
まっすぐで、透き通るような金の眼差し。
「リアム。そなたはまだ幼い。しかし……恐れがあろうとも、それを抱いたまま進める者こそ、真の英雄だ」
「……はい」
短く答えた瞬間、胸が熱くなる。
あの日の暴走――怖くて、未だに心が波立つ。
それでも、逃げないと決めた。
王は布を払うと、小さな金属の箱を示した。
装飾は繊細で、淡い光が脈を打つように揺れている。
「これは王国より授ける移動要塞アークハウス。小型ながら、鍛錬場も研究室も搭載しておる。旅の家と思うがよい」
「……こんなものまで」
レオンが目を見開き、セラは息を呑む。
王は静かに言った。
「行け、八星たちよ。この世界の未来は、そなたらに託された」
その言葉と同時に、周囲の騎士たちの声が轟いた。
「アルセリアに栄光を!」
「栄光を!」
リアムの胸に、熱いものがせり上がる。
この瞬間、自分は確かに世界を守る側へ足を踏み出したのだ。
◇ ◇ ◇
大門の前には多くの市民が集まっていた。
花びらを投げ、子どもたちが小さな手を振ってくる。
「行ってらっしゃい、勇者さまー!」
「バケモノなんかやっつけてー!」
リアムはつい笑って手を振り返した。
頬が熱くなる。でも、温かい。
「人気者じゃないか」
レオンが肩を叩く。
「レオンみたいに堂々とできたら良いんだけど……どうしても照れるんだよ」
「人を惹きつける英雄ってのは、案外お前みたいな奴なのかもしれないぞ」
セラは地図を抱えて、呆れたように口を尖らせた。
「はいはい。感動の出発だけど、方向音痴の団長と幼いリアムだけじゃ、私がいないと迷子になる未来しか見えないわ」
「セラがいるなら安心だな」
「当然よ。私を誰だと思ってるの?」
三人の笑い声が朝の空気に溶ける。
城門がゆっくりと開いていく。
風が吹き抜け、世界の匂いが流れ込んだ。
「――行こう」
リアムが歩き出す。
八星の旗が風に揺れ、アルセリアの街並みが小さくなっていく。
新しい旅の始まりだった。
次回:霧の中の魔女
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