第11話 八星の実力
──夜が、静かに聖堂を包み込んでいた。
月明かりが高窓から差し込み、白い床の上に淡い光の帯を落とす。
昼間の活気も子供たちの走り回る声も消え失せ、聖堂はまるで呼吸すらやめたようにしんと静まり返っていた。
ただ、風が鐘楼を揺らす音だけが、遠くかすかに響いている。
その静寂の中で――セラがふと顔を上げた。
微かな魔力の乱れ。
普通の魔導士なら感じ取ることすらできないほどの微量だ。
だが、彼女には分かる。
それは“外からの気配”だった。
「……三人。」
蒼い髪が静かに揺れる。
セラは本を閉じ、空気を探るように指先を動かした。
南の廊下。
影のように気配を殺し、こちらに向かって歩み続ける黒い点が三つ。
「今日もリアムと勉強の約束があったのに……」
小さく息を吐いた。
少しだけ寂しげで、少しだけ呆れている声だった。
それでも、迷いはない。
侵入者がきたなら、自分が排除すればいい。
そう思い杖を手に取った、その時――。
「待て、セラ。」
背後から低い声が響いた。
振り向けば、そこに立っていたのは
八星騎士団団長、レオン・ドラグナイト。
月影に照らされた横顔は、鋼のように冷たく、静かに燃える炎のようでもあった。
「……どうして止めるの? 敵は三人よ。」
「三人だからだ。」
レオンはゆっくりと歩み寄り、影のように彼女の前に立つ。
「二人は俺とお前で片をつける。
残り一人は――リアムに任せる。」
「……リアムに?」
その言葉に、セラの表情が揺れた。
「理由を教えて。」
「八星を探す遠征が始まる前に、あいつには“実戦”が必要だ。」
「ここなら助けに行ける。致命傷にはさせん。」
レオンの声は冷たい。
でも――その奥には、確かな信頼が宿っていた。
それが分かるから、セラは反論できなかった。
「……分かったわ。あなたがそう言うなら。」
「転移の準備を。」
セラは深く息を吸い、魔力を練る。
床に淡い光の紋様が広がり、二人を包み込むように揺らめいた。
「位置転移魔法――開始。」
光が弾ける。
レオンと侵入者の一人は訓練場へ。
セラともう一人は魔法結界の中へ。
そして最後の一人は――聖堂の奥へ、リアムの元へと向かっていく。
◇ ◇ ◇
訓練場
広い石畳の訓練場に、夜気が流れ込んでいた。
転移と同時に着地した黒衣の男は、混乱したように辺りを見回す。
「……なんだ、ここは……!」
視界の先に見えたのは、一人の男。
レオン。
ただそこに立っているだけなのに、空気が揺らぐほどの威圧感を放っていた。
「誰だ、お前は……!」
男が剣を抜こうとした――その瞬間。
「遅い。」
風すら追いつけない速さで、レオンの木刀が閃いた。
空気が震え、男の姿が揺れ、沈黙が落ちる。
男の身体が、崩れ落ちた。
レオンは木刀を軽く下げ、淡々と呟く。
「……侵入者にしては雑すぎる。」
それだけ言うと、次の戦場へ向かって歩き出した。
◇ ◇ ◇
セラの結界
ふわりと浮かぶ光の粒が、淡い結界の内側を照らしていた。
敵は困惑しながら周囲を見回す。
「ここは……?」
「逃げ場はないわ。」
静かに告げるセラ。
敵は舌打ちし、剣を抜く。
「セラ・フェリス……なぜお前がここに……!」
「質問はこちらからよ。」
セラの声には一切の揺れがない。
「目的は?」
男は答えず、風魔法を纏わせた剣で斬りかかる。
だが、結界が響き、弾き返す。
「……無駄よ。」
魔法も、刃も、飛び道具も。
すべて触れる前に砂となって崩れ落ちる。
「何をしに来たの?」
セラの瞳は冷たい。
やがて男は、狂気めいた笑みで呟いた。
「器を回収しに来たのさ。」
「器……つまりリアムね。」
「世界に負を撒くために利用させてもらう!」
狂った声が結界に響き渡る。
「平和な世界はつまらん。
争いの渦に沈むのが、世界のあるべき姿なんだよ!」
セラは静かに目を伏せた。
「……くだらない。」
「何だと――!」
男が怒鳴るより早く、セラの杖が空を切る。
「終わり。」
男の意識がふっと途切れ、そのまま崩れ落ちる。
セラは動揺しない。
ただ、静かに呟いた。
「リアム……あなたは一体、何者なの……」
◇ ◇ ◇
聖堂の奥、リアムの前に
そしてその頃――。
薄暗い廊下を、一つの影が静かに進んでいた。
たった一つの目的のために。
リアムの部屋の前で、黒いローブの影が立ち止まる。
ゆっくりと、扉に手をかけた。
ギ……。
軋む音が、夜の静寂に溶けていく。
部屋の中には――
図書館に向かう準備を始める小さな少年の姿があった。
リアム。
影はゆっくりと歩み寄る。
「……見つけたぞ、器。」
自分に歩み寄る闇に少年は気づかない。
次回:動き出す運命の夜
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