第14話 魔女シエナ登場、リアムの誓い
──静かな夜。
聖堂の空気は冷たく、月明かりだけが淡く大理石の床を照らしていた。
リアムの寝息が微かに揺れ、外の風が窓を叩く音だけが響く。
三日間に及ぶ修練と、一夜の死闘。
その疲労は少年の身体と心を深く蝕み、ついに意識を深い眠りの底へと沈めていった。
その瞬間、世界の重さが消え、彼の魂はふわりと浮かび上がる。
◇ ◇ ◇
目を開けると、そこは闇と光が交じり合う奇妙な空間だった。
光は形を持たず、影は流動し、世界の輪郭さえ曖昧だ。
その中心に、一人の女が立っていた。
黒と紅の衣を纏い、長い髪を風のない空間で揺らしている。
「……誰だ……?」
少女のようにも、大人のようにも見える。
しかし、その瞳の奥に宿る魔力の気配が、リアムの心臓を強く締め付けた。
──わかる。この気配……魔女だ。
警戒心が即座に膨れ上がる。
戦いの記憶が蘇り、指先に力が入る。
だが、女――シエナ・オブシディアは微動だにせず、ただ静かにこちらを見つめていた。
その無表情が逆に不気味で、リアムは息を呑む。
「……魔女だな。俺に何の用だ?」
声を出しても、反応はない。
ただ沈黙だけが、永遠のように続く。
苛立ちと不安が入り混じり、心の奥がざらつく。
戦闘の疲れで集中力が切れかけ、冷静さも失われていく。
「……聞こえてないのかよ……」
呼びかけても、やはり何の反応もない。
沈黙。
沈黙。
沈黙。
「おい……無視すんなよ」
思わず一歩踏み出した瞬間――ズン、と足に異常な圧力が走った。
「ッ……!?」
右足が潰れる音が響く。
骨が押し潰され、血が逆流するような痛みが脳天を突き抜けた。
喉から悲鳴が漏れる。
「が、あああああっ……!!」
立っていられず、膝をつく。
息が詰まり、視界が白く霞む。
そのとき、静かに響いた声があった。
「……近づくなと、言ったでしょう」
氷のように冷たい声。
しかし、その奥にかすかな悲しみが滲んでいた。
「言って、ないだろ……っ!」
痛みの中で、思わず叫ぶ。
涙がにじみ、拳が震える。
うめくように顔を上げたリアムは、唇を噛み締め、低く呟いた。
「……やっぱり、魔女なんて……大嫌いだ……!」
一瞬、空気が震えた。
するとシエナは初めて目を細め、哀しげに笑った。
「……私も。自分が魔女であることが……嫌いよ」
その声に、リアムの胸がわずかに疼く。
まるで同じ痛みを知っている者のような――寂しさが滲んでいた。
けれど痛みは限界を超え、視界が再び真白に染まる。
彼の意識は一気に現実へ引き戻された。
◇ ◇ ◇
「……ッ!?」
リアムは息を荒げて飛び起きた。
額から汗が流れ、心臓が激しく鼓動している。
周囲の静寂。
窓の外では朝日が昇り始め、金色の光が聖堂の床を照らしていた。
だが、夢の記憶は霧のように薄れていく。
痛みも、声も、何も残らない。
「……変な夢、だったな……」
そう呟いた時、扉が静かに開いた。
レオンが腕を組んで立っていた。
「目を覚ましたか、リアム」
彼の声には安堵と厳しさが混ざっていた。
「戦闘から一週間が経った。
……お前が眠っている間に、セラが侵入者を尋問した
狙いはリアムお前だ。
お前が暴走した時に倒した集団の生き残りだった」
リアムの瞳が揺れる。
「俺を……?」
恐怖と同時に、悔しさが込み上げる。
自分のせいで誰かが傷つく。
そんな現実が、胸を刺した。
レオンはゆっくりと立ち上がり、言葉を続けた。
「これからも狙われるだろう。
だから――もっと強くなれ」
その言葉に、リアムは拳を握りしめた。
もう一度誓う。
「……はい。強くなります。必ず」
レオンは満足げに頷いた。
「よし。では次は国王陛下との謁見だ」
「こ、国王……陛下と!?」
驚きと緊張が入り混じる。
「お前は八星として認められた。
陛下から神器を賜り、正式に任命される。
任命式が終われば、残りの八星を探す旅に出る。」
リアムは息を呑み、真剣な表情で頷いた。
胸の奥に、期待と恐れ、そして微かな希望が生まれる。
◇ ◇ ◇
王城の謁見の間。
扉が開いた瞬間、リアムの体が震えた。
まるで大地そのものが圧をかけてくるような重厚な空気。
高い天井には神々の壁画、床には黄金の装飾が施され、赤絨毯の先に王が座していた。
その姿は荘厳そのものだった。
金色の瞳に宿る力と、長年の戦場をくぐり抜けた者だけが持つ静かな威厳。
その視線がリアムを射抜く。
「近う寄れ」
一言で、空気が震えた。
リアムは無意識に膝をつき、深く頭を垂れる。
「リアムと申します。
国王陛下……私はこの世界を守るため、八星として 戦うことをここに誓います!」
その声は震えていたが、確かな決意があった。
王はゆっくりと立ち上がり、輝く糸を手に取る。
その瞬間、広間全体に風が走り、光が渦を巻いた。
「これが神器――千変万化の糸。
魔力の質が高き者が扱えば、あらゆる刃を凌駕し、あらゆる防を超える。
だが、魔力が乏しく、魔力の質が低い者が扱えば、 枷になると覚えておけ」
リアムは両手で受け取り、その温もりと重みを感じた。
糸は生き物のように脈打ち、リアムの魔力に反応して淡く光を放つ。
胸の奥が熱くなる。
恐怖も、不安も、すべてがその光に飲まれていく。
「……誓います。
この命に代えても、この世界を守ります」
堂内に響いたその声に、王はゆっくりと微笑んだ。
「よく言った、リアム。
力とは、支配するためのものではない。
守るためにこそある。忘れるな」
その言葉が胸に刻まれた瞬間、リアムは確かに八星としての一歩を踏み出した。
◇ ◇ ◇
謁見を終え、王都の街に出ると、人々の歓声が三人を包んだ。
花びらが舞い、子どもたちが「騎士様だ!」と叫ぶ。
リアムは照れくさそうに笑いながらも、心の奥で誓いを新たにする。
「……これが、俺の始まりなんだな」
レオンが隣で微笑む。
「これから、五人の仲間を探す旅だ」
「お前一人ではない。
俺たちと仲間と共に、新しい運命を紡いでいこう。」
リアムは千変万化の糸を握りしめ、前を見据えた。
「……はい。」
夜風が吹き抜け、月明かりが三人を照らす。
千変万化の糸が淡く輝き、彼の未来を示すように揺れていた。
──新たな旅の始まり。
五人の八星を探す旅は、ここから幕を開ける。
だが、その先に待つのは、栄光だけではない。
痛み、葛藤、そして――真実。
リアムはまだ、その運命の重さを知らなかった。
次回:旅立ちと約束
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