侵入開始
夜。住民が寝静まる時刻。地球で言うなら午後2時だ。竜は、城門の前にある建物の影に身を伏せていた。
「思っていたよりも警備が厳重だな」
『そうじゃのう』
城門には今朝までいなかった騎士団のメンバー達がいた。その中には竜が見た事のある人もいた。
「しかも、フル装備」
騎士団の人達は銀色に輝く鎧を着て、腰には剣があった。ある人は、槍を携えてもいる。
まさに、戦時中のような緊迫感が漂っていた。
『どうやら。あの愚か者が何かしたんじゃろう』
愚か者。それは竜之心が茂木に対して言う言葉であった。
「そうだね」
竜も同意した。
どう考えても夜の警備にしては厳重し過ぎなのだ。
竜は、仁美達の計画を知った後、夜の事を考えて警備の状況を調べていたのだ。そして、あまりの変わりように竜はここに来て驚いていた。
「勝てるかな」
『馬鹿者。戦いにきたわけではないじゃろう』
それでも竜は、もしの事が心配だった。
これまでの修行の中で人を斬る。命を奪う事には決心がつき、これまでに何人かを斬ってきた。しかし、いざとなった時、自分は彼らと戦えるのか心配だった。
「それに、今の僕には…」
そう言って腰に差した小太刀に目を向ける。
今の竜は、かつて着ていた学校の制服ではなく、この帝国に住んでいる庶民が着ている服装をしていた。そして、腰に小太刀がある。
「これだけじゃ」
今の竜には、いつも使っていた剣と刀はなかった。この帝国を出る準備として、城に侵入するために邪魔になるため置いてきていたのだ。
『いいか。わしらは、彼女達の救出にきているのじゃ。それに、今のお前なら大丈夫じゃよ』
「そ、そうだね。ありがとう」
励まされ、少しホッとする。
『さて、どう入る。あれはそう簡単に入れんぞ』
「でも、入れないわけじゃない」
竜はそう言うと行動を起こした。
竜は持って来ていた野球ボール程の石を取り出すと力いっぱいに投げた。
石は暗闇の中美しい放物線を描き、城を囲む水堀に落ちた。
「なんだ?今の音は?」
「水堀からだ。侵入者かもしれない」
「よし。念のためだ。橋を上げろ!」
そう言うと兵士の一人がレバーを引いた。するとそれがスイッチとなり、橋が中心で分かれ、上がり始めた。
騎士達はこれで大丈夫だろうと思った。
しかし、騎士達は気づかなかった。城の方へ繋がっていた橋の方に人影があった事を。そして、人影は静かに城の中へと入ったのであった。
「思った以上に成功した」
城の庭に出て、植えてある木の上に登り身を隠す。
『油断するでない。まだ、目的は達成されてはおらん』
「これから、彼女達の部屋までまだある…か」
仁美達の部屋まではまだ、先だった。
『お前さんと共に召喚された他の勇者もおるんじゃ。油断してはならん』
竜之心の言葉に竜は気を引き締めた。
この城には茂木以外にもチートと言うべき能力を持っているクラスメイトはまだ何十人もいる。
「わかっています。ここからは慎重にいきます」
竜は暗闇の中を誰にも悟られないように城の中を進んでいった。
城の中はクラスメイト達が右往左往と移動していた。
動いているクラスメイト達の表情は少し恐怖に染まっていた。
「ねえ。本当にくるの」
女子の一人が震えるように呟く。
「くるらしいわ。私達に復讐するために」
それに答えるもう一人の女子生徒。
「でも、お門違いだよな」
今度は男子生徒が言う。
「そうだよな。そもそも、悪いのは弱陰の方だよな」
「そうだ。弱いあいつが悪いんだ」
「それに俺達は勇者なんだ。あんな奴、敵じゃねえ」
そう言って自分達を元気づけていた。
『酷い言われようじゃな』
どこかからかうように言う竜之心。
「うるさい」
竜はおもわず素の言動で腰に差してある小太刀を軽く叩いた。
『痛いのう。もう少し加減をしないか』
「はい。はい」
竜は竜之心の言葉を受け流した。
そうした事をしている間に彼らは廊下を歩いていってしまった。
「よし」
気配、人影、を確認。そして、一気に走った。
空気を切り裂くように廊下を走っていく。
今の竜は、まさに目にも止まらない速さであった。
(このまま一気に)
と思ったが竜は急停止。素早く柱の陰に隠れた。そして、柱の陰からその先の様子を伺った。
『何じゃ。何じゃ。こりゃ』
竜之心からは珍しく驚きの声が出ていた。
竜も目の前で起こっている事態に少し驚いていた。
二人の目の前には茂木とその取り巻きであった男子生徒数人とこの国の兵士が仁美とレティシアを囲むように立っているという光景が広がっていた。




