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ほしのごしそんさま。  作者: ひろつー。
星のご子孫さま
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星のご子孫さま

   第二章  星のご子孫さま


 『遅刻王』白鳥圭(しらとりけい)は、今朝もギリギリの時間帯に、校則違反のピアスを揺らして早足で教室へと急いでいた。


(……アイツ、昨日の告白はどうなったのかスグ報告しろっつったのに、電話もメールもよこさねー! でも連絡がねーってコトは、多分失敗したんだろーなー。まー無いとは思うが、もし成功してやがったらチッキショウどーしてやろー? 俺がそそのかしたとはいえ、あんな超ハイレベル美少女がアイツの彼女に――)


 ――どんっ!


 職員室近く、廊下の角。反対側から来た誰かに白鳥はぶつかった。

「おっとー?」

「痛ッ!? ……コラァッ! 気を付けろヨ? コノ唐変木!」

「……!」

 肩を押さえながら毒づく相手の姿を見て、白鳥は眼を疑った。


(マ、マジかよオイ!? “アイツ自身”が、超ハイレベル美少女に――)




「初めましテッ! あたしは『刻任イオ』! 紫音ノ、えート、双子の妹だヨ! コレまでチョット家庭の都合で別々に暮らしてたケド、昨日カラ一緒だヨ。そういうコトデ、みんなヨロシクナッ!」


 ――静寂。

 教室内の、たったひとりの生徒と担任教師を除いて、誰もが放心状態。

 刻任イオと名乗った転校生の少女は、本当に双子であるかの様に刻任紫音とそっくりだったのだ。


 だが、それだけでは無い。

 事もあろうにその女版紫音は――左手の人差し指と薬指を立てた不思議なピースサインをしながら、その星が輝く様な瞳でばっちーんとウインクをし、元気一杯に自己紹介をした白い星形の髪留めをした少女は――


「か……可愛いッ!」

「ヤッベー、マジヤベー! マジキテてるよ紫音の妹、激カワだよ!」

「えーヤダ~、紫音君って双子だったの~!? ソレ初耳~!」

「最初、紫音が女装して出て来たのかと思ったよ! でもコイツはココにいやがるし」

「紫音! オマエこんな可愛い双子の妹がいるなんて、黙ってやがってコノー!」


 騒然となる教室。

 だがひとり、当の紫音は複雑な心境だった。

(本当にイオが、学校に来ちゃった。僕と双芭さんの仲を裂き、他の相手を見つける為に)

 紫音はちらっと隣の席の方を向く。すると……、


 ――プイッ。


 それまで他のクラスメイト同様に唖然とした様子だった星崋が、紫音の視線に気付くなり、途端に頬を膨らませてソッポを向いた。

(朝からずっとこんな調子だ。やっぱり僕は、もう完全にフラれちゃったんだな……。フラれた相手が隣の席なのは、ホント、とても辛い……)


「えーっとぉー、イオちゃんの席はー、ちょうど紫音君の後ろが空いているからー、ソコに座ってね? うふっ♪」

 二十九歳独身眼鏡担任女教師が、無駄に甘ったるい声でイオに着席を促す。

 ハ~イと元気良く答えて教壇を飛び降り、紫音の後ろの席めがけて軽い足取りで進んで来るイオ。そして紫音と隣の星崋との間に到達した瞬間――


 ヘタレの女顔は、見た。


 上からちらっと星崋を見下ろしたイオ。下からそっとイオを仰ぎ見た星崋。

 一瞬。ふたりの間にばちばちと散った強力なスパークが見えたのは、紫音だけだろうか。

(ヤ、ヤバいよ、メチャクチャ怒ってる! あの温厚なハズの双芭さんが。でも、そりゃそうだよね。昨日イオは『胸ペタひんぬー女』なる暴言を吐いてたし。一応男の僕にはよく分からないけれど、きっと女の子にとってソレはタイムスリップをして先祖を入れ替えたりしたくなっちゃうくらい、大事なコトなんだよな――)




 そして、最初の休み時間。

 イオは席に座ったまま、美少女転校生に興味津々な男女双方のクラスメイトたちに囲まれていた。ニコニコ顔で、それに対応するイオ。


「ねえねえ、イオちゃんて何処から来たの? もしかして外国? バイリンガルとか?」

「えーとネ、火星のコロニーだヨ! 生まれたのハ、木星の近ク!」

「? ……アハハハ! 面白いネタだねそれ。紫音のヤツとはいつから別々に?」

「ずっと小さい頃カラだヨ。……実ハ、昨日初めて逢ったんダ! ソレまでは映像でしか見たコトなかったケド、ホンットにあたしにソックリでビックリしたヨ!」

「えぇーっ!? それってスッゴいドラマだよね!? 十五年経って、初めて出逢った双子の兄妹かあ……。良かったねーイオちゃん。兄妹一緒になれて」

「エヘヘ。ソウだナ」

「でもホントカワイイよね~? 小顔で髪もツヤツヤだし、脚、超長いよね~?」

「ウフフ。そうカ?」

「その大きな星の髪留めもカワイイよねー? 何処で買ったのー?」


「コレはナ、パパからのプレゼントだヨ! ソノ後おじいちゃんに改造してもらったケド」


「……カイゾウ? 器用なおじいちゃんだね」  

「紫音のヤツも女に生まれたら良かったのによ! そうしたら美人双子姉妹だったのに」

「そーだよ~、紫音君。今からでも女になる? だったら、『植物系男子』なんて呼ばれないよ~?」


 あはははは、と教室内に洩れる他愛ない笑い声。

 一方の紫音は、刻任イオの前の席で複雑な表情をして座っていた。


「ナンダ? 『植物系男子』ッテ?」


「ああ、だってイオちゃん、コイツ影が薄過ぎて生きてるかどうか分かんねーし」

「そうそう、とても動物とは思えないよね~」

「……コラーッ! ミンナ! 紫音をイジめちゃダメだゾ!」

 昨日紫音をさんざん足げにした事を棚に上げ、紫音をかばうイオ。

「ゴメ~ン、紫音君。イオちゃんって、お兄ちゃん思いだね」

「紫音にだってネ、オトコらしいトコロ、アルんだカラ!」

 人差し指を立て、得意げな顔をするイオ。

「へ~? どんなトコロ?」


 そう問われてイオは、なんだっケ? と考えてみると……、昨日紫音が自分にしでかした行為を思い出し、ちょっと赤面してしまう。

「えート、んート……、ソノ…………無いカナ? やっぱシ!」

 先程よりもひと際大きな笑い声が、すぐに教室内を満たした。




 双芭星崋はイオを取り囲む輪には加わらず、ひとり教室を出る。

 そして隣校舎との間にある、人通りの少ない渡り廊下の窓辺に立ち、ぼんやりと外の景色を眺めた。梅雨入り前の水無月の空は、蒼く澄み渡っている。


(――自分のココロの内とは、正反対です)


 昨日、紫音の告白に対する返事を邪魔し、『わたしの紫音』と言ったあの少女。

 紫音の、双子の妹だった。

 教室を出る間際に聞こえて来た会話によると、ふたりはずっと離ればなれだった。だったら、仕方ないかもしれない。やっと再会した双子の兄を、いきなり知らない誰かに盗られたくないと思うのは、ごく自然なコトなのかもしれない。


(そしてわたくしは、やっぱり、最低です)


 もう紫音の顔を少しも見るコトが出来ず、冷たくしてしまうばかりか。

 あの娘――紫音の妹、イオのコトも、何故か力いっぱい睨んでしまった。

(こんなコトはわたくしの人生で、全く初めてです。こんな気持ちもわたくしの人生で、本当に初めてです。いったい、いったいわたくしはどうしたら――)



「よう星崋! どうしたんだよ、こんなトコでボーッとしてよ? ナンパされちまうぞ?」



 突然の凛々しい声に星崋が振り向くと、隣のクラスの親友が手を腰に当てて立っていた。

「ン? ナンだか元気ねえな? ……はーん、さてはまた誰かに告白されちまったのか?」

 星崋はびくっと細い肩を振るわせ、小さな声で、

「えと……はい、そ、そうです」

「はは、図星かよ! ったく、相変わらずお互い気苦労が絶えねえな? まあ、そんなナリに生まれちまったんだ、もう運命だと思って諦めるしかねえな! ……なーんてよ、そうカンタンに割り切れるモンじゃねえよな。オマエもオレも」

 星崋の親友は、窓をがらがらと豪快に開け放つと、星崋の隣で窓枠に肘をつき、一緒に風景を眺め始めた。


「いつになったら、オレたちに『運命のヒト』は現れるんだろうな? まあ、まだ高一だし、焦るコトは全然ねえんだケドな」


「はい……、そうですね」

(運命のヒト、かもしれない相手でしたら、もう現れました。けど……)

 星崋はそう親友に告げようか迷ったが、結局、言い出せなかった。

 だって事前に誰かに話したら。ソレは壊れてしまうかも、と思ったから。

 そしてもし上手くいったら、真っ先にこの親友に報告しよう、と思っていた。

 この、自分と似た境遇を持つ、親友に。


(でも結局。ソレはもう、壊れてしまって――)


「で、今回はダレだよ? オレじゃなくオマエに告白した趣味のイイ野郎はよ?」

「それは……」

(もう、話してしまいましょうか? もう、壊れてしまったんだし。無くして、しまったんだし)

 話してしまえば楽になる、かもしれない。でも――


「やー星崋ちゃーん! 昨日、俺の親友がキミに告らなかったー?」


「――っ!」

 別の方角から突如発生した軽薄そうな声に驚き、慌てて親友の影に隠れる星崋。

「紫音のヤツ、せっかくこの俺が値千金のアドバイスしてやったのに、結果を教えねーんだよ! で、星崋ちゃん、どーしたのー? まさかOKしちゃったー?」

 男が苦手な星崋は、親友の後ろでぶるぶると震える。


「オイ、テメエ白鳥! 星崋に気安く話しかけるんじゃねえッ! 怖がってんだろうが。しかもナンだそのストレートな質問は? デリカシーのねえ野郎だ」

 星崋の盾になる、凛とした立ち姿勢の頼れる親友。それは――


「アハハ、ゴメンよ~。でも俺は、『一年の美少女ツートップ』が揃ってヒマしてんのを見つけちまったら、声かけずにはいられなくってさー。それに親友思いな俺は、どうしても昨日の結果が知りたかったしよー」

「ヒマなんかしてねえよ。コッチは大事な話をしてんだ。テメーはお呼びじゃねえ! さっさと失せやがれッ!」



「怒った顔もキュートだよ、『瑠琉奈(るるな)』」



 突然真剣な顔になった白鳥の一言に、瑠琉奈と呼ばれた明るい髪色の長身の少女は――

「はん! そんな薄っぺらいお世辞なんか要らねえよ。第一、テメエに下の名前を呼び捨てにされる覚えは無え。俺はテメエみたいな軽い野郎は大っ嫌いなんだよ。結果だったらその『シオン』とかいう親友の方に訊いてきやがれ。ホラ、殴られる前に消えな!」

 そのやや垂れているにも拘らず鋭い眼光を放つ瞳を眇め、しっしっと手を払う。


「アハハー、相変わらずキビしいコトで。それじゃー仰せの通り、そうすっかなー。じゃ、まったねー『美少女ツートップ』のおふたりさん!」

「または、無え」

 さらに投げつけられる冷たい言葉に、白鳥は苦笑いをしながら自分の教室へと向かう。


「相変わらずしつこい野郎だ。星崋、大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます、瑠琉奈さん」


「ああ。で、『シオン』とかいうヤツだったのか? 今回の犠牲者は」


「! は、はい……」

 明らかに挙動がおかしくなった星崋に対し、瑠琉奈は不思議そうな顔をして、

「星崋? お前、まさか……?」

「ち、違います! 断り、ました。今度も…………」

「な、ナンだそーかよ、ビックリさせやがって! 一瞬先を越されちまったかと思ってビビっちまったよ! あ、いやすまねえ、残念だったな……。まあ、そんなカンタンに『運命のヒト』が現れるワケねえよな? オレたちの場合はよ」

 瑠琉奈はほっとした表情で、あはははと笑う。


「はい、そう、ですね…………」

 そう答えながらも星崋は、本当の事を親友に打ち明けようか、まだ悩んでいた。

「あの……、瑠琉奈、さん?」

「ん? ナンだよ星崋」

 星崋がその儚くも大きな黒眼を、瑠琉奈の少し垂れた瑠璃色の瞳へ向けた時――

 次の授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。


「おっと! じゃあ星崋、続きは昼休みにでもゆっくりしようぜ」

「は、はい……」


(――やっぱり言わない方が、いいのでしょうか……?)




 ――昼休み。


「うオー!? 紫音、ココ景色いいナー!」


 階段を二段抜かしで一気に駆け上がったイオは、ばーんと勢い良く昇降口の鉄扉を開けてコンクリートの屋上へ飛び出し、爽快な笑顔と共にそう叫んだ。

「コッチは山が見えるゾ! ヤマ、ヤマ! うっワー! アッチの遠くに見えるのハ、もしかして海カ? ウミ、ウミ! アレ? 紫音?」


 屋上隅の金網に張り付いて大はしゃぎするイオは、すぐ後ろに付いて来ている筈の紫音がいない事に気付く。

 昼休みのチャイムが鳴って間もない屋上は、まだ人もまばら。頭上には初夏の太陽が燦然と輝いていたが、適度に風が吹いているせいか、それ程暑さは感じない。


「はあ、はあ、はあ。ま、待ってよイオ……。そんなに急ぐと、アブないよ」

 息を切らせてようやく階段を上って来た紫音。イオはぷうっと頬を膨らませ、

「んモー! 情けないナー、あたしのご先祖さまともあろう者ガ!」

「だってお弁当重いし、走ったら中身崩れちゃうよ? はい、コレ大盛りの方」

 スリムなイオが見かけによらず大喰いなのは、昨日の家族との夕食で判明済。

「やったネ! 委舞の作ったゴハンすっごい美味しかったカラ、お弁当も楽しみだナ!」


 機嫌を直したイオは金網の土台の段差にぺたんと腰をおろし、弁当箱の蓋を開ける。

「わアー、ホントにおいしそーだナ! いっただきマース!」

 隣に座った紫音が箸を渡すと、イオはそのなんて事ないハンバーグ弁当をがっつき始めた。その豪快な食べっぷりは見ていて気持ちがよい程だった。

 紫音も小さい方の弁当を、イオと並んで食べ始める。『食物系』でも、一応肉は喰うらしい。


「……美味しい?」


 イオがメインのハンバーグに手をつけた頃、紫音はそっと訊いた。

「ウン! スッゴく美味しーヨ! 素材ガ、天然の味がスル。調理もサイコーだネ!」

「実は今日のお弁当は、その、僕が作ったんだけど……」

 一瞬イオは箸を止め、紫音の顔をまじまじと見つめた。


「エ!? スゴいナ紫音! サスガはあたしのご先祖さまだネ! ヤルじゃんカ!」

「イオは、料理とかしないの?」

「ヴ……、あんまりカナ。あたしの時代、自分でちゃんとした料理をする人は少ないヨ。天然食材が手に入りにくいシ……、カプセル食みたいなのが多いネ」

「カプセル食って……、なんか宇宙食みたいだね?」



「ウン。だってあたし、宇宙から来たモン」



 紫音は一瞬、固まってしまった。

「むぐっ、えっ、えええぇええっ!? じゃあ、さっき火星から来たってクラスのみんなに答えてたのは、ネタじゃなくって本当だったの!?」

「ソウだヨ? あたし紫音の双子の妹ってコト以外、ウソなんてついてないモン」

 紫音は昨日、イオが家族の話をしづらそうにしていたので、それ以上つっこんだ事情は訊いていなかった。彼の両親も同様に。


「イオってまさか……火星人?」


「フフフのフ! ソウ! 実はあたしは地球を侵略しに来たタコ星人……っテ、違うヨッ!? 紫音のご子孫さまだって昨日カラ言ってるでショ! ソレともナニ? 紫音は火星人と結婚シテ子孫を残すのカ!?」

「そ! そんなコトない…………よね?」

「ププッ! ダイジョウブだヨ! 多分ネ。……ソウ、あたしが住んでたのは正確には火星軌道上にある研究用の宇宙(スペース)コロニー……、ああソッカ! コノ時代はマダそういうの無くっテ、ソレでみんな驚いてたのカ。テヘヘのヘ、失敗失敗! じゃあヤッパリ地球上の外国から来たってコトにしとくカナ!」

 イオはぺろりと舌を出し、


「ソレデ、あたしの時代のコロニーからコノ時代のココマデ、《空間(スペース)跳躍(ジャンプ)》と《時間(タイム)跳躍(ジャンプ)》を併用して来たんだヨ? ケッコウな高等スキルだケドネ」


 紫音はもう、へーとしか返す言葉が無い。


「地球に来たのハ、コレが二度目かナ? 一度目はあたしの時代の地球だったケド。……ソウダ紫音!! アッチの遠くにあるのは海でショ!? 行きタイ! 泳ぎターイッ!」


 それで地球の景色が珍しくってハシャいでたのかと、納得の紫音。

「いいよ。せっかくだから、連れていってあげるよ。でもまだ海で泳ぐにはちょっと早いかな? えーと、もう三週間くらい後。七月になったら行こう」

「エーッ!? ソウなノ? ゼッタイだヨ?」

 イオはデザートのウサギ型林檎をしゃりしゃりとかじりながら、おねだりをする小動物の様な可愛い視線を向けた。そして紫音は何故か視線を逸らし、


「……そ、そういえば僕の友達の白鳥圭ってヤツが、イオのコト『スッゲー可愛い』って絶賛してたよ。えーと、なんかイオとお友達になりたいって」

 先ほどの休み時間。紫音は白鳥に、昨日の星崋への残念な告白結果を吐かされていた。そして『今度は俺に協力しろよお前ー!』と強要されてもいた。


「アー……『白鳥』っテ、もしかシテ今朝あたしにブツかってきた唐変木カ!? さっきもあたしに馴れ馴れしく話しかけてきたゾ? ナニアイツ、もしかしてあたしのコト狙ってんのカ?」

 小首を傾げた後、紫音に渡されたペットボトルのキャップを開けて、ミネラルウォーターをごくごくとイッキ飲みするイオ。

「え、と……、そうかもね」


「ダメ! ダメダメだヨ紫音! あたしはコノ時代からしたら未来の人間なんだカラ、コノ時代の男の子とお付き合いスル訳にはイカンのだヨ! 恋愛禁止、ゼッタイに禁止! そもそもトモダチの双子の妹を狙っちゃうだなんテ、どうかしてるんじゃないのカ? ア、紫音、お弁当ごちそうサマ! とっても美味しかったヨ!」


「あ、うん……」

(確かにどうかしている。万が一ふたりが付き合っちゃったりしたら、もしかして僕は圭から『お兄さん』とか呼ばれちゃうのかな!? それはちょっとヤだな……)


「ソンなコトより紫音! あたしのコトよりも自分のコトでショ? ソノ作戦を立てるタメニ、ふたりっきりでお昼ゴハンにしたんだカラ。昨日は『胸ペタ女☆抹消作戦』の第一段階(ファーストステージ)をコンプリートしたケド、アルバムからマダ消えてないカラ可能性は残っちゃってるみたいだシ。だカラモウあんな胸ペタ女のコトはキレイさっぱり忘れテ、あたしと輝ける新しい未来――『究極(アルティメット)豊乳遺伝子(ブリースト)』を探しに行こうヨ!」

 ……『究極(アルティメット)豊乳遺伝子(ブリースト)』って、何? とガックリしてしまう紫音。


「イオさ。それ結局、“胸を大きくしたい”っていう、イオ自身の願望ってコトだよね?」


 冷静なツッコミに、イオは再びぷうっと頬を膨らませる。

「ム!? 別にイイでショ! “ご子孫さまの幸せは先祖の幸せ、あたしの幸せは紫音の幸せ”だヨ? ちなみニ“あたしの幸せはあたしの幸せ”でもあるケドネ!」

「それはそうかもしれないけど……。でも未来なら、胸を大きくする技術とかも進んでるんじゃないの?」

「ヒ、ヒドイッ!? 子孫に偽乳を薦めるダメな先祖なんテ、聞いたコトナイゾ!?」

「そ! そんなつもりじゃあ……」

「ゴタゴタ言わずニッ! 分かったら探しに行くゾ? 今スグニッ!」

「わっ、ちょ、ちょっと待って!? まだゴハン食べ終わってないから!」

「ナンだモー、しょうがないナー。……ヨシ! グズでノロマな先祖を待ってる間ニ、オモシロイモノ見せちゃおっカナ!」

「……イヤな予感がするけど、な、何?」


「ジャジャ~ン! 《豊乳(ブリースト)遺伝子探知機(ジーンファインダー)》だヨ!」


 イオがまた指でいくつかのサインを作ると、左手の星が点滅し、ポウッという感じでこの周辺を縮尺した小さな立体映像マップが空中に現れる。

「これ……? こんなの他の人たちに見られたら、マズいんじゃ!? イオが未来から来たってコトは、内緒にしとくんでしょ!?」


 双子の一年生が珍しいのか、それとも美少女転校生の事が噂になっているのか。紫音は昼食中の他生徒たちからの、チラチラとした遠巻きな視線を感じていた。

「心配ご無用! 可視範囲は1メートルに限定したカラ、コレはあたしと紫音にしか見えてないヨ。残念ながらクラスにはソレらしいのはいなかったカラ、手っ取り早くコレで探しちゃエ~! っテ、アレ? 紫音、ナニ飲んでんノ?」

 紫音は指摘されて、飲んでいるペットボトルの手を止める。

「ナニって、イオが飲み残したお水だけど?」

「……無神経ッ! ソウいうのキラワレちゃうゾ? っテ、ア!?」

「今度は何? ……あ!」


 これまで半透明の立体マップしか映し出されていなかった空中に。突如として明るく金色に輝く点が、明星の様に現れた。


「来タッ!? 来タヨ紫音! イキナリ現れちゃったヨ~どうシヨウ!?」

 もう今にも踊り出さんばかりで、大興奮のイオ。

「えっと、もしかしてこの星の位置は……この、真下ぐらい!?」


「ソウだヨ紫音、近いヨ! じゃアさっそク! 『究極(アルティメット)豊乳遺伝子(ブリースト)☆捕獲作戦』開始ッ!」


「わわ! 待って待って!」

 慌てて弁当をエコバッグにしまった紫音は、昇降口へ向かって脱兎のごとく駆け出したイオを必死になって追いかけた。しかし、階段を飛ぶ様に二段抜かしで下りて行くイオ。

「イオ! そんなに急いだらアブないよ、って…………ああっ!?」




「ワリーな星崋、遅くなっちまってよ。ハラ減ったろ? ったく、あのインケン数学教師め、昼休みにまで居残り補習させやがって! もう半分しか時間がねーじゃねーか」

「いいですよ瑠琉奈さん、補習なら仕方ないです。また一緒にお勉強しましょうね? それにまだ充分時間はありますし、これくらいの時間の方が屋上も空いてますよね?」

「そうか? 優しいな星崋は。いつかオマエと付き合うヤツは、きっと幸せだな」

「……うふっ。そうなると、いいですね」


 ふたりはそんな他愛のない会話をしながら、屋上へ向かって階段を上り始めた。




 イオの身体は、空中にあった。


「ワワッ!?」

 紫音の警告も空しく。イオは見事に階段でけつまずき、勢いあまったイオの身体は宙へと投げ出された。

「イオッ!!」


「ダイジョーブ! 《空乃(エアリアル)(ウインガ)》! ……アレ?」


(ヤバイ! 咄嗟に両手でコードサインを作ったケド、解除(リリース)コードを間違えタ……カモ?)

 イオの眼前に、階段の踊り場が迫る。




「しかし、どーやってオレたちの『運命のヒト』は現れるんだろうな? まさか他の野郎どもみたいに、フツーに告白してきたりしねえよな?」


 瑠琉奈は自分の斜め後ろで、びくっと肩を震わせた星崋に気付かなかった。

「もしかして、どっかの深夜アニメみたいに空から降って来たりしてな! アハハハハハハハハハハハハハハ…………………………………………、ハ?」


 階段の踊り場に差しかかって、上を向いた瑠琉奈の眼前に、唐突に何かが迫る。

「瑠琉奈さんっ!? 危な……きゃあっ!」

 星崋は両手で顔を覆い、惨劇を想像した。しかし――


「おおっと!? アッブネーなオマエ! ダイジョーブか?」

 瑠琉奈は上方から落下して来た“何か” を、がっしりとその両腕で男前に抱きとめた。そして星崋は、その“何か”に見覚えがありまくりだった。それは、宿敵――


「あ……! イオ……さん?」

「ふニャ……?」


 イオは瑠琉奈の胸に顔をうずめ、もぞもぞと小動物の様にうごめいている。

「ひゃっ! くすぐったっ!」

 珍しく女の子らしい悲鳴をあげて、イオを離す瑠琉奈。

「アー。助かったヨ! アリガト! サンキューナ!」

 顔を上げて笑うイオと、見下ろす瑠琉奈の――眼と眼が、合う。


 ――ヤバい。ヤバすぎる。


 百合のケがある瑠琉奈は、戦慄した。

(この娘――かっ、可愛いッ! 可愛いすぎるッ! でも、星崋とは全く違うタイプだ! オ、オレは今まで、星崋の様におしとやかな黒髪ロングの正統派お嬢様タイプが好みなのかと思ってたが、この娘みたいな、星の様に笑顔が輝く健康そうな娘も……ッ!?)


 ……マズい。


 このままでは、台無しだ。

 もう決して、女の子を好きにならない様に、努力してきた。

 星崋に対しても、絶対に親友以上の感情を持たない様に、我慢してきた。

 髪を伸ばして、自分が女の子らしい容姿になる様に、勉めてきた。

 高校生になって、女の子らしい仕草が身に付くバイトを始めて、研究してきた。

 それでも言葉遣いだけは、なかなか上手く直らないが。

 こんな、まるで男の様な中身の自分を、少しでも女の子らしく改造して。

 いつか自分が好きになれる男のヒト――『運命のヒト』が現れるのを待とうと。


 ――それなのに。


 そして瑠琉奈は、はっと気付く。


(まさか、まさかこの上から降って来たこの娘が、自分の『運命のヒト』だなんて酷い結末(オチ)じゃあッ……?)


 その娘――イオは、無邪気な笑顔で瑠琉奈を見つめている。

 その様子を、不思議そうな顔で眺める星崋。

「瑠琉奈さんも、大丈夫ですか? どうかしましたか?」

「あ……、あああああああああああああああああああああああああああああ……」

 動揺した瑠琉奈は、狭い階段の踊り場でじりじりと後ずさる。その時、


「おーい! イオ、無事なのー!?」



 階段の上から別の声がして。下りて来たのは――同じ顔。



「――――――――――――――――――――――――ッ!?」

 瑠琉奈の体内に、電撃が走る。

 その、イオと呼ばれた少女と同じ顔を持つヒトは――男の子。

 着ている制服からして、間違いはない。


「キミが、イオを助けてくれたの? ホントにありがとう!」

 その瞳は、ただ真っ直ぐに瑠琉奈の瞳を見つめた。


 かちゃり。かた、かた、かた、かた、かた……。

 何処かで。何か歯車の様なモノが廻り始める音がする。


(こんなコトは、初めてだ。これまで初対面の野郎どもは、全員もれなく間違いなくオレの胸を見てた)

「あ……! 紫音、くん……」

 星崋がぽつりと呟いた。

(コイツが『シオン』? 星崋に告白して、断られた……?)

 これまで見かけたコトはあったかもしれないが、別のクラスなので、よく知らない。


「あ、双芭さんのお友達、なのかな? 僕は『刻任紫音』。このイオの、えーと、双子の兄。イオが危ない所を救ってくれて、どうもありがとう! キミは……?」

「オレ……、いや、わ、わわわたしは、も、もももえぎ、る、るるるるる……」


 瑠琉奈は耳まで真っ赤になってしまい、しかも無理して女の子らしく話そうとして、全く舌が回らない。そしてまた一歩、後ずさりをし――


「ア! 危ないゾ!」


 今度はイオが注意をするが、遅かった。

「あ……………………ッ」

 踊り場から足を踏み外した瑠琉奈の身体が、後ろ向きに宙を舞う。

「きゃあっ!?」

 再び、星崋の悲鳴。


「!? 掴まってっ!!」


 瑠琉奈は、差し出されたその手を咄嗟に掴んだ。

 ソレは、シオンの左手。とても、温かい。


 しかし残念なコトに。ヘタレの紫音は瑠琉奈の身体を支えきれず、一緒になって落下を始めた。

「うわっ!?」


「――間に合うカ? 《(アンテ)重力場(グラビティカ)》!」


 今度はしくじる訳にはいかない。

 イオは素早く両手でコードサインを形成し、その左手の星が、白く眩く輝いた。




「う…………」


 気が付くと、瑠琉奈はうつ伏せの姿勢で床に倒れたまま、他の生徒たちに遠巻きに周りを囲まれていた。


(えーっと? そういえばオレは、後ろ向きに階段から落ちて……?)

 でも頭が少しぼんやりするぐらいで、特に大きなケガは無さそうだ。

 周りの生徒たちの、ひそひそと話す声が聞こえてくる。


「アイツ、あの『鋼鉄の瑠琉奈』様に対して何てコトをッ……!」

「う、羨ましすぎるぅ! 『鋼鉄』でもやっぱりアレは柔らかいんだろうなぁ?」

「いや、あの大きさであの角度を維持してるなんて、やっぱり固いのかもしれん!」

「でもアイツ、ブッ殺されるぞ? 本人かファンクラブの連中か、その両方に!」

(何のコトだ? ダレだ、『アイツ』って?)


「ふ、ふたりとも、大丈夫ですか!?」

 階段を下りて来た、星崋の声がする。

「おーイ! 紫音、無事カー!?」

(ダレだ、『シオン』って?)

「んぐ……、く、苦しい……っ」


 ダレかのうめき声がした。胸の、下から…………。


「……ぷはっ! はー、窒息するかと思った!」

 下敷きになっているダレかは、両手で胸の膨らみをかき分け、顔を出して深呼吸をした。

「!」

 瑠琉奈は再び、耳まで赤くなる。

(そうか、オレはコイツ――シオンの手を掴んで、一緒に落ちて……)


「良かった、無事みたいで! ……名前、『ルルナ』さんっていうんだね? ココに、そう書いてある」

 紫音は再び至近距離で瑠琉奈の瞳を見たが、その後ちらっと胸元に視線を移す。

(……ナンだ、コイツも……)

 瑠琉奈は一瞬落胆しそうになったが、そこである事実を思い出した。


(ぶっちゃけウチはビンボーなんで、モノを無くすというのは致命傷だ。だからオレには、持ち物を無くさない様に何にでも名前を書くクセがある。もちろん、下着にも……)

 案の定、はだけた胸元から、ローマ字で『RURUNA』とマジックで小さく書かれた白い下着の一部がコンニチハしている。


(ああ。こんな日に限ってオレは勝負下着を付けてねえ……じゃなくって! そんなのまだ持ってねえッ!)


 そして紫音の両手は、今だ胸を掴んだまま。

(いっ、今まで誰にも……ッ、星崋にだって、触らせたコトねーのにッ!!)

 瑠琉奈が気付くと、星崋が傍らに立って、この状況を見て呆然としている。

 思考は真っ白になり、頭がくらくらしてきた。

 もう、色々と限界だ。


「う……うわああああああああぁぁぁああああ――――――――ッッッ!!!」

 そして瑠琉奈はそのままマウントポジションをとり――


 ゴッ!


(――――――――――――――――――――――――――やっちまった)




「いヤー、ナイスハプニングだったネ!」


 青地に白い星柄のパジャマを着たイオは、ご満悦といった表情でウインクしながら親指を突き立て、紫音のベッドの上であぐらをかいて座っている。


「ナイスじゃないよっ! 今度は別の娘に殴られたし……」

 勉強机付属の椅子に座った紫音は、いかにも僕はブルー入ってますといった風情で、青アザができてしまった頬をさすりながら拗ねている。

「それに、あの娘も僕も、危うく大怪我するトコだったし」

「……アレ? 紫音、あたしの心配はしないのカナー?」

 ン? といった感じで小首を傾げながら、イオは紫音の顔を覗き込む。

「もちろん、イオも無事で良かったよ。って……まさか、ワザと落ちたんじゃあないよね!?」


「違うヨ! あたしもホントにヤバかったヨー! 咄嗟に使った《A (クラス)マキナ》の起動に失敗しちゃってサー!」


 聞き慣れない言葉に、紫音も小首を傾げる。

「《マキナ》って……、何?」



「ソレはネ! あたしたちの時代で使われてル、普段は実体を持たない超科学的トリックとかアプリケーションみたいなモノの総称だヨ。あたしのおじいちゃんガ、宇宙で初めて発明したんだゾ!」



 ……またとんでもない話を聞いてしまったと、紫音は思う。

(いったい何処でどう間違って、僕からそんな優秀な子孫が……?)

 でも。自分に関する未来のコトをあまり知りすぎるのは、何かとても怖い気がする。昨日のアルバムの件みたいに。

「へ、へえー。ホントにスゴいんだね、イオのおじいちゃん――僕の孫? は」


「でショ? これまで使った《不可視(インヴィジブル)障壁(スクリーン)》とか《強制(マインド)精神操作(オペレータ)》とカ、《時間(タイム)跳躍(ジャンプ)》自体も全部マキナだヨ? 一般ニ、難しい順にA (クラス)からE (クラス)まであっテ、上のクラスの《マキナ》を使えるヒトは限られてるんダ」


「じゃあ……未来では、誰でも便利な道具や機能を使える訳じゃ、ないんだね?」

「ウン。あたしみたいに《A (クラス)マキナ》を使えるヒトハ、ほんの僅かだヨ。今回は咄嗟だったカラ、つい失敗しちゃったケドネ! デモ紫音とあの娘が落ちた時ハ、カンタンな《B (クラス)マキナ》を使ったカラ、上手くいったヨ」

 イオはちょっぴり自慢げに、控えめな胸を張る。


「へえ~、スゴいねイオ! ホントに助かったよ」

「エヘヘのヘ。もっと褒めテ」

「でも、あんまり危ないマネはしないでね? 今回はあの娘に助けてもらって何とかなったんだし。これからは、もっと落ち着いて行動するコト。いい?」


 まるで本当の兄の様に注意する紫音。イオはシマッタという顔をした後、左手のゲンコツで自分の頭をぽかりとやり、ぺろっと舌を出した。

「ハ~イ! 反省してマ~ス! デモ、結果オーライってヤツだネ!」

 ホントに反省してんのかなこの娘? と紫音は疑問に思うが、とりあえず今はもっと気になる事実を訊く事にする。

「で、やっぱりあの娘が……?」



「ソウ! ソウだヨ紫音ッ! アレがまさしく『究極(アルティメット)豊乳遺伝子(ブリースト)』だヨ!」



 ベッドの上で飛び跳ねんばかりに興奮するイオ。

「……たしかに、大きかったね」

「でショ? 《豊乳(ブリースト)遺伝子探知機(ジーンファインダー)》が強烈に反応してたカラ、アノ娘で間違いないヨ! もしかシテ全人類の中で数人しかいないレアな遺伝子カモと推測してたのニ、まさかこんなに早く見つかるとハ! ヤッパリあたしの日頃の行いが良いせいだネ! ウフフのフ♪ アノ柔らかくて巨大なのガ……。アレガ、ココニ。アレガ、ココニ。エヘッ」

 イオは自分の胸の前に置いた手の平を膨らまし、恍惚とした表情を浮かべて脚をぱたぱたさせている。そしてヨダレを拭い、くるっと紫音の方を向いてびしっと指を差した。


「さア紫音! モウ十分なキッカケは作っちゃったんだカラ! さっさとアノ娘をモノにシテ! ご子孫さまであるあたしの悲願を成就してヨご先祖さま!」


 ――沈黙。

「あの…………、あの、さ? イオ」

 何かもどかしい感じで話し始めた紫音に対し、イオは満面の笑みで答える。

「ナニ? 紫音。ナンでも訊いテ? ご子孫さまとして協力は惜しまないヨ?」

「盛り上がってるトコロ悪いんだけど……」

「エッ!? あたしの胸、モウ盛り上がっテ……ナイじゃんカ!」

 そして紫音は本当に申し訳無さそうに、


「その…………、あまり乗り気が……………………、しないんだけど」


「……………………………………………………ハ?」

 イオは、信じられないモノを見る様な顔をして、紫音を見た。


「え~ト、ナニか今、幻聴が聞こえた気ガ……」

「幻聴じゃないよ。僕はあのルルナっていう娘を好きになれるかどうかは、まだ分からない。少なくとも今は会ったばかりでよく知らないし、そういう感情は無いよ。だから……」

「ええェエーッ、ナンデ!? 紫音も触ったでショ? スゴいヨアノ巨、イヤ爆、もとい豊乳! ちゃんと責任とらなきゃダメでショ!? ソレに顔もカワイくて脚も長くてキレイ。ルックスは完全完璧パーフェクトだヨ!? チョットだけ素行が乱暴かも知れないケド、あたしは気に入ったゾ! 男だったらナニも迷うコトないでショ? アノ娘をモノにしちゃいたいとハ、思わないのかヨッ!?」

「それ、なんだけどさ……………………」

「……ナ、ナニ……?」


 イオは、紫音が何かとても大事なコトをカミングアウトする気配を察知して、身構えた。そして――



「僕はその……、“女の子をモノにする”っていう感覚が、よく分からないんだ」



「……………………………………………………ヘ???」

 イオは、今度は火星人でも見る様な顔をして、紫音を見た。

「え~ト、あたし《マキナ》の使い過ぎデ、疲れてんのカナ……?」

「今度も幻聴じゃないよ。僕は何故だか、そういう欲求が薄いんだ」

 真剣に語る紫音をよそに、ぽかんと口を開けて放心状態のイオ。


「紫音……、男の子だよネ?」

「う、うん。一応……」

「モッ!? もしかシテッ!? オ、男の子が好キ……ッ!?」

「それは無いよ。でも、女の子をどうこうしようっていう気にもならないんだ」

「ウソ……」

「本当……」


(――――――――な、ななななんてコトダッ!?)

 刻任イオは、激しく困惑する。

 はるばる時空を超えて逢いに来たご先祖さまが、『無性欲者(?)』だったなんて!

 だったらどうやって自分たち子孫は生まれたのか? あのアルバムのひいおじいちゃんは、コウノトリにでも運ばれて来たのか? 

(…………そんなノ、ウソダウソダウソダ――――ッ!!)

 イオは、キレた。


「紫音ッ! あたしにあんなコトやこんなコトしといテッ! 女の子にキョーミが無いなんて言うのハ、コノ口カ!? コノ口カ――――――――ッ!」


 紫音に飛びかかったイオは、両手の親指を紫音の口に突っ込んで、ぐいぐいと広げる。

「い、いひゃいいひゃい(イタイイタイ)っ! ……んぱっ!」

 イオもろとも椅子から転げ落ちた紫音は、何とかその指を口から放した。

「じゃア、ア、あたしがこんなコトしてモ、ナニも感じないと言うのカ――ッ!」


 仰向けの紫音に馬乗りになったイオは、少し恥ずかしそうにしながら……、ぺろりと星柄のパジャマの裾をめくって、その形のいい小さなおヘソを見せた。


 紫音は、固まった。

(それぐらいで……? いや、そもそも同じ顔の子孫にそんなコトされても)

「ゴメン……、全然」

 イオの顔が、耳まで赤くなる。

「ジャ、じゃア、あたしがコノままベッドに横になっちゃってモ、紫音ハ……エッ、えっちなコトとカ、したいと思わないノ!?」

 ムキになったイオは、とんでもない事を口走った。

「……それは何か別のとてつもなく大きな問題というか根本から間違ってる気が」

 冷静な紫音がそこまでツッコんだ時――


「イオちゃん、こっちの部屋かしら? 今日学校はどうだったの? ……あら?」


 軽いノックにふたりが反応する間もなく部屋の扉が開き、今帰宅したらしい紫音の母親、委舞が顔を覗かせた。馬乗り体勢のまま、固まるふたり。

「あらまあ! おジャマだったかしら…………? ごめんなさいね、ごゆっくり続きをどうぞ」


 委舞が目の当たりにしたのは――我が息子を押し倒して、パジャマの裾を口にくわえてヘソを出し、ベッドを指差すイオの姿であった。


「か、母さん! 違うんだっ! これは……」

 扉を閉じて立ち去ろうとする母親に対し、必死の形相で弁明を試みる息子。

「うふ。いいのよ紫音、焦らなくて。そんな事されても、あなたが何も出来ない事くらい母さんちゃんと分かってます」

「へ……?」

「イオちゃん。この子ったらこの歳になっても女の子にまるで興味が無いみたいで……、わたしとっても将来が心配なの。刻任家は、紫音の代で途絶えてしまうんじゃないかって」

「そ、そんな事ないよ母さん! だって子孫のイオがいるってコトは、刻任家は滅びないってコトで……?」



「でもあなた、女の子とキスでもすれば子供が出来る、くらいにしか考えてないでしょう?」



 ゔ……と、母親の鋭い指摘に言葉を詰まらせた紫音は、

「だだだ大丈夫だよ。保健体育の授業でちゃんと習ったし、その後、訊いてもいないのに圭が一方的にあれこれ補足説明してくれたし……」

 子孫の下敷きになった状態でそんな事を言う息子を前に、ふう、と刻任委舞は両肩で大きく溜め息をつき、


「こればっかりは、わたしが教えられる事でもないし。ねえイオちゃん、そんな感じで女の子の魅力っていうのを、この子に教えてあげてくれないかしら? ちゃんと、女の子とお付き合いが出来る様に」


 委舞の唐突なお願いに対し、しばらくきょとんとしていたイオは……、やがてにっこりと笑うと、

「任せてヨ委舞! あたしが紫音を“男の子”にしてあげるヨ!」

「うふ、頼もしいわね。よろしく頼んだわよ、イオちゃん。じゃあね、おやすみなさい」

「ハーイ! オヤスミー!」

 イオが片手を上げて元気よく挨拶を返すと、委舞は扉を閉めて行ってしまった。


 絶句する紫音。


(――なんてコトだ! これまで奔放な親だと思ってたけど、まさかここまでとは……!)


「さア! 母君のお墨付きも貰ったコトだシ! どーやって紫音を“男の子”として目覚めさせテ! アノ『究極(アルティメット)豊乳遺伝子(ブリースト)』とくっつけちゃおうカナー?」


 イオは紫音に股がったまま、ニタリと笑ってわきわきと両手の指を動かす。

「も、もしかして、えーと、《強制(マインド)精神操作(オペレータ)》? とかで強制的に好きにさせられちゃうの?」

 泣きそうな、通常より五割増しで情けない紫音に対し、イオは人差し指と首を振る。


「チチチのチ! ザンネンながら《マキナ》を行使して直接恋愛感情を操作するコトハ、絶対不可侵の禁止事項とされてるんだよネ! 全ての《公式マキナ》ハ、ソレが出来ない様に強力に制御されてるシ。モシそんなコトが出来たラ、あたしみたいにソレを使える一部のヒトだけがモテモテになっテ、世の中オカしくなっちゃうでショ?」


「そんなコトしなくても、イオはモテモテでしょ?」

 今日のクラスでのイオのモテッぷりを振り返り、紫音は素直にそう答えた。

「エッ……? いヤーソウカナー、テヘヘのヘ……っテ、ゴマかすナ紫音! 観念しなヨ! マズは男の子だって“証拠”を見せてもらおうカーッ!」

「キャ――――っ!? 止め止め止めて――――っ!!」

 パジャマのズボンを両手で押さえ、腰をくねくねさせて逃げ惑う紫音。


「ウワ。キモッ! コノ時代風に言うト、マジキモいヨ紫音…………」

「ゔ……。分かったよ、イオ。努力、してみるよ。でもひとつ、条件があるんだ」

 神妙な面持ちになった紫音に対し、やっとイオは紫音から離れベッドに腰掛けた。

「よーシ、エラいゾ紫音! ナンでもコノお姉さんに言ってみナ!」

 妹じゃなかったっけ? と紫音は疑問に思うが、構わず言葉を続ける。

「僕は双芭さんに告白して、フラれたばっかりだ」

「ソウだヨ紫音! ソモソモ女の子に興味無いのニ、ナンでアノ胸ペタ女に告白したんだヨ!? オカシーダロ?」


「僕も……このままじゃいけないって、思ってたんだ。誰か女の子を好きにならなくちゃって。そしてある友達に、双芭さんへの告白を勧められた」


「『友達』っテ、アノ唐変木の白鳥かヨ? アンナ軽薄男の言うコトなんカ、全くアテになんないと思うゾ? ソレに紫音! 好きでもナイ娘に告白しちゃったのかヨ!? ソレはいかがなモノなんダ!?」

「ちょ、ちょっと待って! 僕が双芭さんを好きだったのかどうかは、正直、自分でもよく判らないんだ……。生まれて初めて好きになった女の子かもしれないし、そうでないのかも……。でも、断られて凄くショックだったコトは、確かだよ。とても、とても辛い。だから、すぐに別の娘を好きになるのは難しいよ。少し、時間が欲しいんだ」

「………………フーン。分かっタ、ヨ」

「でも、一応努力はしてみるよ。……イオのために」


 その一瞬、イオは弾ける様な笑顔を作りかけたが……、すぐにぶんぶんと首を振った。

「違うでショ? 紫音」

「え?」



「自分のタメだヨ? 紫音――――――」



 イオは片眼をつむって、ばきゅーんと指鉄砲を紫音へと向けた。

 ヒトの人生初の告白を邪魔し、他の娘を好きになれと強要しておいて、ナニかっこつけてんだろうと、紫音は半ば呆れかけたが――

 紫音はその自信満々なイオのウインクに、しばらく魅入っていた。


(そして今日も――大変な一日だった)

                        

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