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へたれが出てこなかった…orz

つ、次で完結できるはずです。

 エンジュは自分がフォーゼット家の血を引いていないことを早い段階で知っていた。知っていた、というよりも教えられたという方が正しい。

 義姉あねたるマリアはその美貌もさることながら、思考の深さでも他の令嬢とは一線を画していた。

 マリアにはわかっていた。

 どれだけフォーゼット家が権勢を誇る貴族であったとしても、人の口に戸はたてられない。いつかはエンジュがフォーゼット家の血を引いていないことをエンジュ自身知るだろう。しかし、悪意に満ちた噂などからその事実を知るべきではない。同じ血を分けた同胞ではないけれど、エンジュは妹だ。愛し、守るべき妹。ならば、真実をはやいうちから教え、劣等感を持たないよう導かなければならない、とそうマリアは考えたのである。


 よって物心つくころにはエンジュは自分が養子だと知っていたし、自分が義姉によって望まれた子であると自覚していた。


 義姉マリアは本当に良い姉だった。

 甘やかされて育ったにも関わらず、エンジュを妹として丁寧に扱い、決してペットのようには扱わなかった。彼女はエンジュが彼女と同じような教育を受けることを望んだし、使用人たちからも同じように扱われるように気を配った。



 ふぅ、とエンジュは息を吐く。

 フォーゼット家の人間には感謝してもしきれない。捨てられた子どもは孤児院に収容されるか、そのまま野垂れ死ぬのが普通だ。運よく孤児院に収容されたとしてもまともな教育など望めず、大人になるまで生きられるかどうかさえ定かではない。

 それなのにエンジュは十分な教育を受けることができ、飢えることも、寒さに震えることもなかった。使用人たちからちょっとばかりの意地悪を受けたことはあるが、それは当然だ。彼らがエンジュを妬みたくなる理由もわかるから、エンジュは彼らからの意地悪も黙ってただ受け入れた。

 ただ、不思議なことにエンジュにつらく当たったり、暴言を吐いた使用人は二度と屋敷内で見ることはなかったのだけれども。






 弟の初恋、といっていいのかどうか迷うが、とりあえずずっと昔からあのひねくれた弟が末っ子に恋をしているのを、レンドリアはじっと横で見ていた。

 マリアを甘やかして可愛がることはできるのに、どうもあの義妹に対してはそう上手くもできないらしい。軍部一のモテ男として名を馳せる弟も好きな相手には途端に晩生になるらしい。ついつい冷たい言葉をかけて、そのたびにあとでこっそり落ち込む姿を昔からよく見る。

 そのくせ、あの子の変調に真っ先に気が付くのは弟なのだ。

 末の妹は上の妹が教育しただけあって、ちょっと貴族の令嬢としてはおかしい。マリアも貴族の令嬢として育てられたはずなのに、なぜだろう。

 まあ妹たちがおかしいのはちょっと横に置いておいて。

 エンジュは少し表情に乏しい。これはおそらく持って生まれた気質がそうなのだろう。しかも我慢強い。だから気分が悪くてもそれも表に出さないことが当たり前で、仕事が忙しいレンドリアやエミリオは彼女が我慢していることにすら気づけないことが多々あった。彼女につけている侍女にすら体調不良を悟らせないのだから、彼女の根性は大したものだと思う。


 そんな筋金入りの我慢強さを持つ妹の体調不良に気が付くのはいつだって弟だった。

 そのことで上の妹が憤慨していたことすらある。マリア曰く「妹の変調は姉たるわたくしこそいちばんに気づくべきですのに」とのことだが、いやはや。

 それにエンジュを正式なフォーゼット家の令嬢として扱わない使用人をこっそり辞めさせていたのも弟だ。

 もちろん、弟に使用人を止めさせる権限はないから、父や使用人頭に告げ口したり、直接本人に圧力をかけたりするだけなのだけれど。


 そんな風に見えないところでは、過保護で溺愛しているのがよくわかるのに、本人を前にするとうまくいかないのが面白い。そろそろ弟にいい思いをさせてやってもいいかな、と考えることもある。だってそうすれば可愛い妹はずっとフォーゼット家にいることになるのだから。レンドリアだって可愛い末の妹を愛しているのだ。クリストフとは違って家族愛だけれども。


 しかし、レンドリアが陰で落ち込んでいるのを見るのは面白いからしばらくはこのままでいいかな、とも思う。

 お兄ちゃんとしては、弟の独り立ちだって、妹たちのことと同じくらい心配なのだから。



 まったく、とぷりぷりしながらマリアは自室に戻ろうとしていた。

 なんてわが兄ながら情けないのか。下の兄がマリアの大事な妹であるエンジュに恋心を抱いていることなんてとっくの昔に知っていた。わかっていたけれど、そうやすやすと妹をやるわけにはいかない。だって、妹を欲しがったのはマリアでクリストフではない。まだまだ姉として妹にしてやりたいことはいっぱいあるのだ。クリストフがエンジュを娶ったとしても、兄弟姉妹という関係はかわらないけれど、マリアがエンジュに構うのをあの兄が許すわけがない。エンジュを前にするととことんへたれになって上手く言葉もでないくらいなのに、独占欲だけが一人前とか本当にあり得ない。


「そう思わない?」

「まぁね。軍部一のモテ男のくせに本命には純情とか俺は知りたくなかったなー。あ、でもからかって遊ぶのにはいいか」

「からかい過ぎないでいただきたいわ」

「なんでさ?」

「エンジュに慰めてもらおうとして、でもできないそんなへたれの姿を見るのがいい加減うっとうしくって。エンジュに慰めてもらうためにわざわざわたくしを餌にするのよ?いちいち付き合わされるこっちの身にもなっていただきたいわ」

「鬱陶しい、っていうのなら兄の恋路に協力してあげればいいのに」

「いやよ」


 つん、とそっぽを向く恋人にアーサーはくすくすと忍び笑いを漏らした。

 恋人の愚痴には耳にタコができそうなくらい聞き飽きていたけれど、それでもあのへたれの弱みを握れると思うと、そう悪いことでもないような気がする。


「でも、どっちにしろ君の上のお兄さんの話によると、エンジュ嬢にも縁談がそろそろ舞い込んできているんだろう?」

「ええ。わたくしはあなたと婚約してしまったから、あとはエンジュだけってことで。彼女はフォーゼットの血をひいてはいないけれど、賢く美しい自慢の妹だもの。縁談の話がわんさかくるなんて当然だわ」


 どことなく誇らしげな恋人を見て、なんとなく妬けてしまうのは悲しい男の性というものだ。嫉妬の対象が将来の義妹だというのが情けないが。


「そうそう、それでそろそろクリストフも本格的に動き出すみたいだよ。この間なんて宝飾店に行ってたみたいだから」

「それで本人に渡せないからへたれと呼ばれるんでしょうけどね」


 恋人の辛辣な一言に、アーサーは笑うしかできなかった。

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