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第四十二話

「あいてるよ。早く入りなさい。」


訪ねてきたのが誰だかわかったような口ぶりだった。そういえば朝のうちに日向さんに頼んでいたな。


「失礼します。」


真由さんの病室に入ると、ベットの横にある花瓶には結さんが持ってきたであろう季節外れの向日葵が美しく咲いていた。


「お礼は言わないから。結がきたわ。あなたの差し金だったのね。」


真由さんの顔は泣いていたのであろう。目の周りが赤くなって、肌を擦ったような跡があって、少し荒れてた。


「話し合ってくださいとは言いましたけど、こう言えとは言ってませんよ。全て結さん自身の言葉です。花も持って行ったらとも言いましたけど、向日葵を選んだのは結さん自身です。」


真由さんは結さんが持ってきた向日葵を見て、


「あの子向日葵嫌いだったのに、どうしてかしらね。嫌がって病院にも入らなかったのに。」


向日葵を選んだ理由は言ってなかったようだ。


「向日葵に結さんは自分を重ねていたらしいですよ。太陽に憧れて諦めた向日葵と。自分が憧れていた真由さんと自分との差に苦しんでいたんです。その過去との決別のために選んだんだと思いますよ。」


「そうなんだ。知らなかった。あの子のこと自分が一番理解していて、あの子のためにって行動してきたつもりなんだけど。うまくいかないものね。あんたみたいに人の気持ちがわかればそんなこともなかったのかもね。」


「自分も人の気持ちなんてわからないですよ。自分はただ人の特徴をとらえることが得意なだけで、そこからあとはあくまで推測です。自分が思った通りに物事が動くことなんて稀です。100%他人のことを理解するなんてできないです。だから話し合うんだと思います。少しでもお互いのこと理解するために。話さなきゃわからないことだらけです。」


だから結さんと話し合って欲しかった。大人になるにつれて会話も減ってくる。恥ずかしがらずに話すっていうことが人間関係上必要なのだと思う。


「あんたと結が出会ってから結が変わっていくのがわかったわ。事前にどんな人が来るのか佐藤さんに聞いて、私はあなたを危険人物判定した。でも明るく、笑顔の増えた結を見ているとわからなくなった。私1人だけ置いていかれているみたいで。次第に変わっていく結をみるのが怖くなった。あんたをどうにかすればまた前の結衣に戻ってくれて、自分のところに戻ってきてくれると思っていた。でも、そうにはならなかった。結と喧嘩した時にもしかしてこの子をダメにしてるのは自分なのか思ってしまったの。いつまでも自分の後ろについてきてくれている結じゃなくなっていた。そこから孤独になる怖さを知ったわ。これが続くなら死んだ方がマシだと。だから死のうとしたの。」


人間は繋がりの中を生きている。それは自分がよくわかる。2度の親との別れ、大切なものを失うことを経験したからこそ、孤独がどれだけ恐怖なのかはよく知っている。


「あんたの論文、あんたがまだ目覚めていない時に読ませてもらったの。『人を自分の手を下さずに殺す方法』だったけ。殺すのではなくて死ぬように誘導する。いわゆる自殺に追い込むこと。あんたはその対象を孤独にすることで死に追いやるっていう内容だったわね。他にも色々と方法があったし、論文としては完成度が高いものだったと思う。今ならわかるわ。孤独に耐性がない人は死んだ方がマシなんだもの。今回の私も論文で言っていたように進んだものね。だから問題になったのね。あんたの論文。」


そう。大学時代は常に自分の過去と向き合っていた。そのために知識を集めた結果、あの論文を書くことができた。人のためになるとかそういうことは二の次に、自分のための論文だった。実際に論文のように行動に移そうと思うとかなり長い時間がかかるし、自分に降りかかってくるリスクについても述べていたから実用性は自分にはないと思っていたが他の人から見るとそうではないらしい。今、現在誰とでも繋がることができる環境に慣れてしまっている人間にとって孤独は耐え難い苦痛らしい。真由さんのように身近な誰かに依存してしまうタイプも例外ではない。自分もそうだ。


「そうですね。この論文は自分のことでいっぱいいっぱいの時に書いてましたから。教育実習の失敗で改めてという時でしたし、他人のこと考える余裕はありませんでした。悪用されるとは少しも考えてませんでした。結果的にこの論文が却下されてよかったと思ってますし、自分から破棄してくださいとは言ってましたから。残っているのがすこし衝撃的でした。この論文の内容を実行できるのは対象者と親密な関係か、身近にいる人間のみです。家族や友人、学校のクラスメイトなど、物理的もしくは精神的に近い人間に限ります。真由さんたちは無意識に自分の論文のような最悪の形に進んでしまいました。」


この方法は身近な人間にしかできない。直接的に関わっていなくても間接的にでも接点がないと不可能な方法なのだ。自分の場合、真心と愛にこの方法を取られてしまったらおそらく論文通りにことが進む。密接であればあるほど、自分が相手を思っていればいるほど確率は高くなる。


「だからなのかもしれないです。真由さんの手を離さなかったのは。今考えると、自分の仮説が証明されるのが怖かったのかもしれないです。結果的に証明してしまったのかもしれないですけど誰も死んでないのが自分の中では幸いでした。自分勝手なエゴですけどね。」


「あんたやっぱ変だわ。本来なら私のこと責めたりしてもおかしくないのによかったなんて。私のせいで死にかけたのに。」


「変は自分にとっては褒め言葉です。人と違うことはそれだけで自分の価値になりますから。真由さんのせいでなんて思ってないです。死にかけたのは事実ですけど、追い込むきっかけになってしまったのは自分ですしね。お互い様ですよ。」


「やっぱり変だわ、あんた。でも、ただの危険人物とは思わなくなったかな。ただあんたはお人好しの変人。笑っちゃうわ。こんな人間を緊張感持って警戒してたことが。結があんたに心開くのわかった気がする。」


初めて見た。真由さんが笑っているところ。笑った顔は姉妹揃って子供っぽかった。女性は年齢でかなり性格も顔つきも表情も変わるから。まだこれから大人っぽくなっていくのかな。母さんはいつになっても子供っぽい笑顔をするから例外はあるのかもしれないけど。何より真由さんの表情が柔らかくなってよかった。


「大丈夫そうですね。その顔見て少し安心しましたよ。」


「そうねあんたが考えてたことにはならないわね。でも、寂しいな。結が自分のもから離れていくのを実感するのは。これが親離れってやつなのかな。」


自分から目をそらしさっきまで笑顔だった顔に一つの雫が伝っていった。


「離れませんよ。結さんは今回で真由さんの弱い部分を見てましたから。人は強い部分で繋がるよりも弱い部分で繋がっていた方が強く繋がれます。自分のこと必要だと相手が思っているのがわかるからです。人間の弱い部分は最も強いもののタネになります。本当に強い人は自分が弱いことを知ってる人です。真由さんには結さんが必要ですし、結さんにも真由さんは必要です。1人では生きられないんですから他の人に依存することは仕方ないのかもしれません。一方的ではなくてお互いに依存し合えばそれは何より強い繋がりですよ。結さんももう大人ですし、もっと頼ってもいいと思いますよ。」


「結にも同じこと言われたわ。もっと頼ってって。そうね。じゃあ、少しだけあんたのこと信用してみようかな。結が信用していることだしね。でも変のことするなら私は結と違って優しくないからすぐにここから出て行ってもらうからね。」

「わかりました。信用を裏切らないために頑張ります。じゃあ最後に念押ししておきます。自殺は殺人と変わりませんよ。せっかく命の大切さが感じられる職業なんですから自分の命も大切にしてください。命を真っ先に抱きかかえる職業の人が命粗末にしたらダメですよ。」


「そうね。忘れてたわ。自分がなぜ産婦人科を選んだのか。」


「せっかく素晴らしい職業に就いているんですから、もっとその意味を考えてください。では自分はここで失礼します。」


そういって自分は真由さんの病室から出た。


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