11.従僕部屋の主 下
新しい本を持って、メリットの授業が終わるまで、1階の従僕が集まる部屋に入った。
相変わらず騒がしい。
もともと神獣と魔獣はあまり仲が良くないのでしかたないが・・・いっそ部屋を分ければいいのに。
昨日座っていた場所と同じところに移動して、本を読み出す。
今日の本は歴史書だ。
最初は周りの雑音が気になったが、メリットに大人しくしておけと言われている以上、怒鳴るわけにもいかない。
本を読み進めると、だんだんと周りの音が気にならなくなってくる。
どれぐらい時間がたっただろう?
急に目の前を何かがかすめて本を弾き飛ばしていった。
改めて周りを見渡すと、最初入ってきた時よりも、周りが騒がしい。
神獣と魔獣が威嚇しあい、それを必死にブリーダーやテイマーのスタッフが止めている。
あちこちで小競り合いが起こっているので、スタッフの人数が足りていないみたいだ。
魔獣の数が多く、更に群れる種類でない魔獣が多いからだろう。
ちなみに、俺の本を弾き飛ばした元凶も見つけた。
フライングボアがシードウルフやハイウルフなどに追われている。
1対1なら問題ないだろうが、あの数は無理だろうな。
走り回るために、スタッフも止めきれていない。
更に逃げる途中で、他の魔獣や神獣にぶつかったりしているせいで、更に混乱が酷くなっていく。
・・・にしてもあのフライングボア、追われながらも周りを威嚇してないか?
あんなに好戦的な種族じゃなかった気がするが・・・。
あ、ハイウルフが砂アラシに激突した・・・砂アラシの方は走り去ったハイウルフじゃなく、たまたま近くにいた、マッドスネイクを威嚇しだしたな。ああやって混乱が生まれていくわけか。
納得しながら本を拾い、壁際に再び座り込むと、フライングボアがこちらに走ってくる。
・・・後ろを振り向いていて、前を見ていないな。
かなり近づいたところで、フライングボアが前を向き、目があった。
そして壁にもたれかかる俺を飛び越え、右から左に走り抜けていく。
少し砂が飛んだが・・・まぁこれぐらいはいい。
メリットにも大人しくしているように言われているし。
そう思いながら本に目を落とした。
だが、俺は忘れていた。
あのフライングボアは多くの魔獣に追われていたことを。
俺はそのあと、多くの魔獣に激突された。
何匹かは飛び越えたが、後続は俺に激突し、不満そうに唸る。
俺のもっていた本はさっきよりも更に遠くへ飛ばされ、何匹かの魔獣はそれを足蹴にした。
・・・我慢だ。
騒ぎを起こしてはいけない。
そう思いながら立ち上がり、再び遠くに飛ばされた本を拾おうとした。
だが、手を伸ばした先をフライングボアを追いかけていた魔獣が通り過ぎ、本は更に踏まれ、遠くに飛ばされる。
・・・。
俺は無言で、天使の輪と羽を出し、大きく息を吸ってから、声に魔力をのせて声を出した。
「うるさい!ガタガタ騒ぐなっ!」
自分でも驚くほど不機嫌な声が出た。
そして、思ったより多くの魔力を声に含んでしまったらしい。
魔力を含んでいることもあり、俺の声は隅々まで届いたようだ。
シーンと静まり返り、魔獣と神獣の両方が俺の方を見る。
魔獣の世話に走り回っていたスタッフも手を止めて俺の方を見ていた。
「・・・ゴホン。」
注目を浴び、周りがあまりにも静まりかえってしまったので、咳払いしてから本を拾い、埃を払う。
ちょうど近くにいた魔獣と目が合うが、その瞬間、魔獣はすごい勢いで走り去ってしまった。
・・・なぜだ?
本を手に持ち、壁際に行こうとすると、大きな身体を摺り寄せるようにユニコーンが寄ってきた。
そのまま俺の前に座りこむ。
・・・なんだ?
他の神獣達もゾロゾロと近くに寄ってくる。
・・・いや、何?
ユニコーンがこちらを見ながら自分の身体の方へ首を動かす。
・・・何がしたいのかわからない。
すると、砂アラシが俺の足元に擦り寄ってからユニコーンにもたれかかるように座った。
4足獣のくせに、器用なやつだ。
ユニコーンが満足げに声を上げ、俺を見る。
・・・座れといっているのだろうか?
そおっと、ユニコーンの腹のあたりにもたれかかる。
暖かく、意外ともたれ心地がいい。
すると、砂アラシが俺の隣で満足そうな声を上げ、フライングボアが、なぜか偉そうに俺の膝の上に座り込んだ。
なぜ、そんな偉そうな目でこちらを見ている?ていうか、そこにお前がいると本が読めないだろう?
フライングボアをどかそうとすると、右手をキャタピーがよじ登ってくる。
これではフライングボアをどかしてもどうせ本は読めない。
確かこいつは、ミリアとかいう女性の従僕だ。
メリットの友人でもあるし、無下にはできない。
俺はため息をつき、本を読むのを諦めることにして、ユニコーンに深くもたれかかった。
他の神獣達も集まってくる気配がするが、1人の人族が近づいて来るのが目の端に見えた。
確か・・・サラーヌだったか?ブリーダーの人だったはずだ。
「あ、あのぉ・・・。」
「・・・何か?」
「ご助力ありがとうございます。それでですね・・・申し訳ないのですが・・・魔獣達が・・・。」
サラーヌに言われて魔獣達がいる方を見ると、ちょうど反対側の端に固まっている。
何をしているんだろう?
まぁ静かになっていいが。
「怖がってしまっているようなので、できれば・・・仲直りというか、和解して頂けると・・・。」
「別に怒っていないし、静かになったんだからいいんじゃないのか?不満ならそちらで対処すればいい。」
「いや・・・でも。」
「・・・面倒だ。」
「そ・・・そうですか。」
少し落ち込んだ様子でサラーヌが去っていく。
なぜだろう?テイマーもいるのだから躾けがしやすくていいのではないのか?
それにしても暖かい・・・そういえば昔、昼寝にはユニコーン!と言っている奴がいたような気がする・・・。あれは・・・誰だったか・・・。
俺の意識はそこで途絶えた。
<merite>--------
「取れない・・・取れない・・・取れない・・・。」
私は髪を水で洗いながら、呪詛のような言葉を繰り返していた。
「メリット、もう大丈夫だろう。それに昼食に行くのだろう?友人を待たしていいのか?」
後ろからセロが声をかけてくるが、それどころじゃない。
私の髪に・・・自慢の真っ黒な髪に、あの虫が変な粘液を・・・。
「ミリアに失礼だろう?それに、メリットがあんな大声を出すから、キャタピラーも驚いて出てしまったんだろう。もう取れている。」
「ほ・・・本当?」
私が頭を上げると、セロが髪をタオルで拭いてくれる。
「服が濡れるぞ?大丈夫だ、もう取れた。綺麗な黒髪だ。」
髪を拭いてもらいながら褒められると正直嬉しい。
「ありがと。」
「ちゃんと拭かないと風邪をひくぞ?もう少し拭いた方が良さそうだが・・・。」
「だ、大丈夫よ。あまり待たせたら悪いわ。行きましょう。」
私はまだ髪を拭こうとするセロを追いたてるように、洗い場からみんなが待つ校舎の入口に向かった。
「待たせてごめん!」
「遅いぞ。」
「いいじゃない。それより早く行こう?」
シアとライナが従僕を抱いたまま迎えてくれる。
ミリアは申し訳なさそうな顔をしていた。
「その・・・キュピちゃんがごめんなさい。」
「ミリア・・・気を悪くしないで、私昔から虫が苦手で・・・どうしても。あなたやその子が嫌いなわけじゃなくて、虫全般がダメなの。」
私もミリアに頭を下げた。
ミリアの従僕に失礼なことをしたのはわかっているけど、こればっかりはどうにもならない。
「・・・虫が平気な女子も少ないような気もするけど。」
「お前は平気だろう?」
「どういう意味?」
「そのままの意味だ。」
「昼休憩終わりますよ?」
喧嘩を始めようとするシアとライナをセロが止める。
「そうだな。とりあえず歩きだそう。」
「そうね。どこに行く?」
「食事を取れるところはいくつかあるが・・・従僕も大丈夫なところは3つだな。一番近いところでいいんじゃないか?」
「じゃあ、そうしましょう。メリット、ミリア、行くわよ。」
ライナとシアが目的地を決めて歩き出した。
私達は後を続く形で歩き出す。
この学園には確かいくつかの食堂があって、人族専用と従僕と一緒に食べられるところに別れると担任が言っていた気がする。
ライナとシアは場所まで知ってるらしい。
「そういえば、座学の教科書見た?あの種族全部覚えるの?私今の成績維持する自身ないー!」
「それはいい。直ぐに首席を追い落としてやる。・・・だが覚えることが多いのは同感だ。種族の種類よりも相関図を見たか?どの種族と何の種族が友好的か、属性はどうとか、覚えることが多すぎる。」
「私、あの教科書がもう嫌いになりました。」
シアとライナのいう教科書は私の人差し指の長さと同じぐらい厚い。
私もミリアに同感だった。
「そういえば、セロ、あなた模擬戦の時、やけに種族に詳しそうだったけど?」
「ん?まぁ・・・それなりには。実際に見てるしな。」
その言葉を聞いて、シアとライナが振り返る。
「ねぇ!もしかしてセロ君って、あの従僕の部屋にいた種族全部言えたりするの?特徴まで。」
「何か覚えるコツとかあるのか?」
「・・・君?ああ、あそこに居る神獣や魔獣ならわかるが・・・。コツ・・・んー実際に見て触ったら嫌でも覚えるんじゃないか?」
「それいいねっ!でもあの教科書に乗ってる全神獣、魔獣と触れ合うのは無理か・・・。」
「いや、待て。確か資料室には資料として標本のように姿や質感を再現する魔法陣があったはずだ。そこに神獣や魔獣のデータは大体あるといっていなかったか?普段は必要な分だけ解説に使うと言っていたが、放課後なら使用許可も取れるだろう。」
「それいいですね?放課後にみんなでお勉強しましょうか!」
「いいわね。」
ミリアの提案に私も同意する。
「メリット、セロ君も連れてきてね?」
「・・・セロを?ていうかセロ君って・・・。」
「変?なんか2人並んでると姉弟みたいで・・・セロ君がいると、解説とかしてもらえそうだし、良さそうじゃない?」
「確かに見えるな。俺も賛成だ。有識者がいると効率がいい。」
シアの言葉にライナも同意する。
「こんな弟ほしいですねぇ。」
そしてセロの頭を撫でるミリア。
気づいているんだろうか・・・天使族のセロは間違いなく私達よりずっと年上のはずだ。
そうこう話しているうちに食堂が見えてきた。
ちょうど第一陣が終わって、そんなに混んでいない。
入口付近で、空いている席を探していると、聞いたことのない声がかかった。
「おや?そこにいるのは婚約者殿では?」