第十四話 勇者の資格を捨てたイオリ
戦闘の後半と終了後の話です。
ちなみにヒロイン2も出てます。
ネージュ達はまず保護した獣人の女の子を連れて村に戻る。
イオリの事は心配だ。
しかし、イオリのあの強さは尋常じゃ無い。
自分達が残る事で逆に足手纏いになってしまいかねない。
「坊主、気を付けろよ!」
「死ぬんじゃねぇぞ、坊主!」
「ちゃんと生きて帰って来いよ!」
三人の兵士達はネージュ以上にその事を理解していた。
イオリに激励の声を掛けつつ自分達の弱さに歯噛みし悔しがりながら村に戻る。
イオリは徐ろにスキル《能力値上昇》を使用を停止させる。
此れ以上、このスキルを使うと負荷が掛かり過ぎ肉体を壊してしまう。
その行為を本能的に察知した人喰いはイオリが弱くなったと勘違いした。
そう、勘違いしたのだ。
実際、スキル《能力値上昇》を使えば能力は確かに軒並み上がる。
しかし、スキルレベルが低い為、劇的に上がるというわけではない。
せいぜい成人男性に匹敵する位が関の山だ。
今回、スキル《能力値上昇》を使用したのは危機に陥っている者を助ける為。
イオリ一人だけなら始めから使わない。
イオリには一つ試してみたい事があった。
その為、紐を通して首に掛けてあったブレイブエンブレムの珠紋を入れた革の小袋をそ
の場に投げ捨てる。
同時にスキル《能力値上昇》が《魔道具使い》に変わる。
すかさずスキル《魔道具使い》を使用する。
すると、剣に付けていた刻印珠紋が光輝き出す。
刻印珠紋に付与された硬化の効果がどんどん上がっていく。
その刻印珠紋の輝きを合図にイオリを逃がさぬように囲んでいた三匹の人喰いが襲い
掛かる。
イオリはその場で素早く一回転、円を描くように動く。
人喰いの体の表面に触れた剣の切っ先がまるで見えない透明な刃が伸びたように人
喰いの皮を、肉を、骨を完全に断ち切る。
人喰いが放った拳がイオリに触れる寸前、ピタリと動きを止めた。
そして、人喰いの上半身が下半身からズレ落ちる。
切断面から夥しい血潮を撒き散らせた。
戦いの決着は付いた。
イオリの振るった剣の一振りで呆気無く。
静かなる沈黙、後に村の方にいる兵士達から空気が張り裂けんばかりの歓声が上が
る。
その中で兵士の一人が呟いた。
「アイツ、殺っちまったぜ……。 一人で人喰いを倒しちまった……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後、駆けつけたアルはイオリの頭に拳骨を思い切り落とした。
「いったあぁぁぁ~っ!? 痛いよ、アル師匠!!」
「馬鹿野郎! 何あぶねぇ事しやがる! 死にてぇのか!」
「そうよ! イオリ君! 一歩間違えれば貴方、死んでたのよ!」
アルとネージュはイオリをその場に正座させ、タップリ半刻はお説教を浴びせた。
「もう堪忍して~!」
さすがのイオリも此れには音を上げた。
と、其処に先ほど助けた獣人の女の子がイオリの服を掴んで、
「も…う…、ゆ…許して上げて……。」
吃音しながら二人に許しを請う。
そんな女の子の瞳に見つめられ勢いを削がれた二人は溜息を吐きながら、
「……まあ、お前も無事だし、人喰いを倒した事だしこの辺で勘弁してやる!」
「でも、今後、二度とこんな無茶な事しちゃダメよ! イオリ君!」
厳重注意で許された。
「あっ、そうだブレイブエンブレムの珠紋、拾いに行かなきゃ!」
戦闘中、投げ捨てたブレイブエンブレムの珠紋の事を思い出し慌てて回収に向かうイオ
リ。
「確か、あの辺で……、あっ!?」
ブレイブエンブレムの珠紋を投げ捨てたその場所に、いつの間にやらファイが居た。
しかも、ブレイブエンブレムの珠紋が入った紐付きの革の小袋を拾って。
「かっ、返せ! それは僕のだぞ!」
「此れ、やっぱりお前のかあ~。 もしかして此れであの人喰いを倒したのか?」
ファイは言いながら革の小袋の中身を取り出す。
「この珠紋の力であの人喰いを倒したんだなあ」
暗い瞳でイオリを見つめ、口角を上げてニヤリと笑うファイ。
「いいから返せ! お前の勘違いだ! 其れで人喰いを倒したんじゃ無いから!」
「嫌だね! 此れを拾ったのは俺だ! だから今日から此れは俺のもんだ!!」
騒ぎを聞きつけたアルとネージュはイオリの下に遣ってくる。
「どうした! イオリ!」
「何かあったの。 イオリ君」
「ファイが…ブレイブエンブレムの珠紋を……」
苦虫を噛み潰したような顔で呟くイオリ。
「ブレイブエンブレムですって!?」
その言葉に声を上げて目を見開き驚愕するネージュ。
ネージュの叫び声に気付き此方に遣ってくる領主軍隊長のロウル。
「どうしたのだ? 何を騒いでいる。 副隊長」
「へ~ぇ、 此れがブレイブエンブレムかあ~」
ニヤニヤ笑いながらブレイブエンブレムの珠紋を眺めるファイ。
「おい! ファイ! いいか、それはお前が持ってていいもんじゃない! 早くイオリに返
せ!」
恐れていた自体に陥り、焦るアル。
だが――ファイはその四人の目の前でブレイブエンブレムの珠紋を翳して言い放
つ。
「うるさいなあ~! じゃあ取引だ! この石を代わりにお前にやるよ! 俺の宝物の石
だ! ありがたく頂戴しな!!」
ファイはズボンのポケットから子供の拳大の石をイオリに向かって放り投げる。
その石がイオリの足下に転がってくる。
不意にその石に目をやるイオリ。
「!? 此れわ……」
「ああ、 村に流れている川を逆上った所にある滝の中の洞窟で見つけたんだよ!」
(こっ、此れは良い物だ!!)
思わず目を見開き驚愕する。
その石は半透明で七色に輝いていた。
しかもこの石、イオリの見立てでは相当、純度の高い魔石だ。
核石の元となりうる此れ程の石はイオリすら作り出せないシロモノだ
この石があればかなり強力な刻印珠紋が作れる。
対してブレイブエンブレムの珠紋はどうだろうか?
刻印珠紋や魔道具としての活用方法が無い。
むしろ此れを所持している事で勇者として祭り上げられる。
其れだけではない。
見ず知らずの他人の為に幾度と無く命の危険な遣り取りをさせられる。
其れこそ今回の人喰いとの戦いの比では無い。
例えるなら、底なしの谷の上で一本の細い蜘蛛の糸の上を延々と休まず歩き続けさせ
られるようなものだ。
(無理! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理、
僕、勇者なんて絶対無理! 出来ないよ!!)
ならばどうするか?
答えは簡単だ。
ファイに託せ(押し付けれ)ばいい。
幸いファイも其れを望んでいる。
ファイが勇者になればあの自儘な性格が治るかもしれない。
其れに祖父も『ブレイブエンブレムの珠紋を問題無く手放す機会が訪れれば迷わず手
放せ』と言っていた。
(うん! お互い良い取引だ!)
此処まで一秒も立たず思考を巡らせ答を導き出したイオリは、
「いいよ!」
満面の笑みで快諾した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あの後、色々と大変だった。
アルにまた、どやされながら拳骨を落とされたり。
其れをイオリが助けた狼獣人の銀髪、金眼の少女(十二歳でイオリより年上)のイシュ
ファラに涙目で庇われたり。
ファイがブレイブエンブレムの珠紋を飲み込むという信じられない行為を行い、ファイの
胸にブレイブエンブレムが現れ、勇者となったり。
隊長のロウルはアル達から事の子細を聞き、
「ただでさえ子供が人喰いを殲滅という信じられん事をやってのけてしまったというのに!
こんな報告、領主様に出来るか!」
と自棄糞になって吠えられたり。
イオリ本人にとって散々な一日だった。
翌日、領主軍は人喰いの死体と共に領主街ガウルンに引き上げていった。
イオリに妙に懐いていたイシュファラはネージュに引き取られる事になった。
理由は詳しく語らなかったが女の勘がどうたらこうたらと呟いていた。
イシュファラは元々捨て子で身寄りが無く街の孤児院で暮らしていたが、その孤児院が
裏で孤児達を人身売買していたらしく、イシュファラも売られた子供の内の一人で奴隷商
に連れられて国外を出ようとした所、人喰いに襲われたという訳だ。
この国は犯罪者に対する強制労働はあっても奴隷のような人身売買は禁じられてい
た。
当然、その孤児院は摘発され首謀者、関係者は全員捕らえられた。
イオリは今、アルとハボアと共に村に流れる川を逆上っていた。
理由はファイが持っていた魔石だ。
この魔石、アルが調べた所、虹皇石という太古の竜の心臓から取れる貴重な物だった。
ファイから聞いたこの石が有った場所を探せばまだ貴重な素材があるかもしれないとい
う事で調査に来たのだ。
村からほぼ半日進んだ距離にその場所はあった。
ファイの言った通り滝の裏側は洞窟になっていた。
魔道具ランタンで洞窟内を照らしながら前進する。
どうやら洞窟は一本道のようで道に迷う事はなかった。
やがて広い場所に出る。
アルがその場所をランタンの明かりで照らす。
壁の一部が黒く変色している部分があった。
其処に行きアル達は黒く変色した壁を調べる。
その壁は鱗状に連なり、ランタンの明かりを黒紫色に反射させた。
「こりゃあ、もしかして竜鱗鋼かっ!」
「父さん、竜鱗鋼ってあの!?」
「ああ、間違いないだろう!」
「師匠、竜鱗鋼って?」
イオリが首を傾げてアルに尋ねる。
「龍鱗鋼は太古の竜が死んで地中で石化した鉱石でオリハルコンや緋緋色金と同等価
値がある魔法金属だ。道理で虹皇石なんてとんでもない魔石をファイの奴が持っていた
訳だ」
「じゃあ、この魔法金属で剣を作ったら……」
「とんでもない剣が出来上がるだろうな!」
「其れじゃあ、僕、お手柄なんじゃないかあ! 何も殴る事無かったじゃないか師匠!」
「馬鹿野郎! 其れと此れとは話が別だ!!」
イオリとアル、ハボアの三人は目を合わせ暫くして洞窟内に響く位の大声で
笑いあった。
この小説を読んで頂て有り難うございます。
次の更新は水曜の予定です。