第十三話 人喰い殺し
ようやくのヒロイン1登場。
此処まで長かった……。
ベルン村の村人達は皆一様に顔色が暗い。
なにせ待ち望んでいた領主軍が遣って来たは良いが殆ど壊滅状態なのだ。
しかも、人喰いが近くに潜んでいる可能性が高い。
村長やその取り巻き達は自分の家に閉じこもって出てこようとしない。
仕方なくアルが代理で領主軍の隊長ロウルと副隊長ネージュと今後の事を話し合う。
隊長のロウルは二十二歳の人族で本来、副隊長付きの騎士であったが元々の隊長、
副隊長が人喰いの襲撃で揃って戦死して軍の規則に従い繰り上げでの昇格であった。
今年十五歳になるハーフエルフの少女ネージュは軍の士官学校を卒業したばかりだが、
この部隊の中でロウルに次ぐ階級の持ち主で無傷であった事もあり副隊長に選ばれた。
「人喰いは二匹ではなく三匹、二体は五メートル前後、内一体は十メートルは超えてい
る。中隊規模で総勢百二十人いた正規兵がものの四半刻で半数が壊滅。もう半数は
この村への撤退時に重傷者を含めた負傷者多数。正直、現状での戦力では人喰いへ
の反撃はどうにもならない。」
副隊長のネージュが話を引き継ぐ。
「おまけに援軍がベルン村までたどり着くにはゆうに六日は掛かります。其れまで持ち堪
えることが出来るかどうか……」
「お前さん達の話によると以前出た八m級一匹のヤツよりも厄介だな。この村の戦力にな
るのは俺と息子のハボア、あとは珠紋術の使い手の妻のルビア位なもんだ。」
どうしたもんかと溜息を吐くアル。
と、ネージュがアルに質問してくる。
「あの、イオリ君……と言いましたか? あの少年の珠紋術、素晴らしですね。致命傷を
負っていた兵士の傷を瞬く間に治療してしまうなんて。あれ程の使い手、今まで見た事
がありません。彼を……」
其処で話の流れを察して続きを遮るアル。
「おっと、悪いがアイツを戦力に組み入れるのは勘弁してくれ。アイツはまだ子供だし、
将来有望な魔道具職人だ。それに何より俺の親友から預かった大事な孫だからな。
危険な事はさせられん」
「そうですか……」
アルの断わりに落胆するネージュ。
「ただ、この村の周囲には最上級の対魔獣、対魔物避けの結界石を配置してある。いく
ら人喰いといえどそうそう侵入出来んだろう」
「「そっ、其れは本当ですか!?」」
ロウルとネージュが驚愕した声で叫ぶ。
「ああ、そういえば言ってなかったか?」
「「聞いてません!!」」
またしても声をハモらせ、がなる二人。
「それでは人喰いは、この村の中にいる限り侵入してくる事は無いですね!」
「だが、何事も例外や穴は有る。村の周辺の警戒は怠らん方が良いだろう。其れは我々
が引き受けよう」
「助かる。頼んだぜ、隊長さん、副隊長さん」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
イオリは夜、村の中を流れ、海に流れ出る川口付近に来ていた。
壊滅寸前とはいえ、それでも軽傷や無傷の領主軍の兵士が村人達に代わり見廻りして
くれていた。
何より、この村には最上級の結界石による対魔獣、対魔物結界が張り巡らされていた。
最上級結界石は最上級の魔獣、ドラゴンすら跨いで通る強力な魔獣、魔物避けの結界
である。
安全性、安心感は半端ない。
その事もあり兵士達は警戒のみに集中すれば良いのである。
村の見廻り役がなくなったので空いた時間を釣り道具、リールの改良に当てた。
その内の幾つかを川口付近で試していたのだが帰宅する時、持ち帰るのを忘れていた。
なのでイオリはそのリールを取りに戻って来ていたのだ。
「ファイに取られてないといいけど……」
イオリはあの自儘な少年に自分の作った物を取られるのだけは嫌だった。
その為、薄暗い夜道をわざわざ通って取りに戻ってきたのである。
と、川口付近で水が流れる音とは明らかに違う水音が聞こえてくる。
何らかの生き物の気配がする。
「!? 何かが水浴びしている!」
警戒を一気に引き上げるイオリ。
念の為に剣は持ってきていた。
剣をそっと鞘から抜き放つ。
身を屈め、静かに、音を立てないよう川口に近づく。
そこでイオリが見たものはこの世の者とは思えぬ美しい裸身を晒した少女の姿であっ
た。
腰まである長い黒髪に、暗闇でも映える白い肌。
思わず見入ってしまうイオリ。
手の力が抜け、持っていた剣を落としてしまう。
「誰っ!」
少女は慌てて胸元を両腕で隠す。
しかし、胸が大きすぎて隠しきれてない。
誰何する声に泡を食って慌てるイオリ。
「あれ、君、確か……イオリ、君だっけ?」
少女はイオリの名を呼ぶ。
「えっ! どうして僕の名前を……?」
自分の名を呼ばれ驚くイオリ。
其れはそうだろう。
このような美少女に会った覚えなどイオリには無かったのだから。
「えっと、貴方は……」
「私? 私は村の集会場で貴方と会った領主軍の騎士で副隊長のネージュよ。そう言え
ば名前を名乗って無かったわね?」
「う、うん。兜を被ってたからわからなかった……。でも、どうしてこんな所で水浴びを?
結界石を置いてるって言っても、もしもの事があるから危ないよ?」
「仕方ないのよ。此処最近、忙しくて体を洗うゆとりが無かったから……。其れに滞在して
いる村の集会所では女は私一人だから覗かれるの嫌だったし……。」
ネージュは口をモゴモゴさせて恥ずかしそう喋る。
「そっ、そうなんだ! たっ、大変なんだね!」
イオリは照れながらネージュに受け答えする。
そんなイオリをネージュは紅い瞳で観察する。
ネージュから見たイオリは茶色の髪のそこら辺にいる純情少年に見える。
ふと、ネージュは悪戯心が湧き上がり、イオリに思いもよらぬ言葉を掛ける。
「そうだ! 君も一緒に水浴びしない? 一人だと暗いから心細いし寂しいの……」
「うん! いいよ!」
この言葉にイオリは一も二もなく即答するのであった。
呆気に取られるネージュ。
(ちょっ!? こ、この子、本当に服を脱いで入って来たわ! どどっ、どうしよう!)
ネージュは冷静な普段通りの顔をして内心ではものすごく焦っていた。
貴族である彼女は他人と一緒に水浴びなどした事も無い。
自分の悪戯心が招いた結果だ。
自業自得である。
相手は子供、相手は子供と自らに暗示を掛けるように呟き、覚悟を決めてネージュは
イオリに素肌を晒す。
ネージュの胸はとても十五の少女のもので無く、張りが有りとても大きい、形も所為オ
ワン型オッパイと呼ばれる胸の形の一つである。
お尻も大きく丸みを帯びた美しい形だ。
其れでいて体型は崩れているという事は無く、絶妙なバランスを保っている。
容姿もほっそりとしているが切れ長の目、紅をさしたような唇、鼻筋の通った整った顔
立ちをしている。
「ネージュさん、とっても綺麗だね!」
イオリは照れも無く、素直にネージュの包み隠さずさらされた裸身を見た感想を述べる。
「ありがとう、イオリ君。そう言うイオリ君も凄く逞しい体つきなのね。何か武術でもやって
いるの?」
イオリの褒め言葉に頬を朱に染めながらイオリの分不相応な体つきに質問を投げかけ
てみた。
「僕、お祖父ちゃんやアル師匠に剣術を教えてもらってるんだ!」
「アル師匠ってドワーフの冒険者さんよね。S級の。凄いわねえ、そんな人に教えてもらう
なんて。で、お爺ちゃんて貴方の?」
「うん! お祖父ちゃん凄いんだ! 僕、全然敵わないんだ。」
「へ~ぇ、凄いんだね。イオリ君のお爺ちゃん」
「魔王でも傷一つ付けられなかった勇者だったんだって!」
「へっ! ゆ、勇者! 勇者って、あの? イ、イオリ君のお爺ちゃんの名前は何ていう
の……?」
素っ頓狂な声を上げながらもイオリに祖父の名を尋ねるネージュ。
「イオルって言うんだ。」
「えええ~! イオルって、あの最強勇者の~っ!!」
ネージュの絶叫が夜の闇に木霊した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、ネージュは寝不足だった。
昨日のイオリのお祖父ちゃん勇者発言はネージュの度肝を抜かれた。
念の為、イオリに自身の祖父について色々聞いてみた。
すると信憑性の高い証言が出るは出るは。
その中でもイオルの背中一面のブレイブエンブレムの紋章やイオル愛用の剣《炎王の
大剣》の姿形、能力の特徴迄言い当てた。
ネージュはこの子細を隊長に報告すべきか否か迷っていたら、いつの間にやら夜が開
けていたという訳だ。
「この話、隊長に話すべきよね。でも、あの子の証言以外に証明しようもないし……。どう
したら良いのかしら……」
其処へ寝不足の原因であるイオリが遣ってくる。
イオリはあれ以来、ネージュに懐いた。
「あっ、ネージュさん! 朝ご飯持って来たよ!」
イオリの顔を見て昨夜の水浴びの件を思い出し、ポッと顔を赤面させるネージュ。
「あっ、ありがとう! イオリ君! ありがたくいただくわ」
言葉を吃音させながらイオリに礼を言う。
すると其処に兵士が慌ててネージュの下にやって来て、
「ほっ、報告! 人喰いらしき魔獣が村外の森で暴れている模様! 直ぐに増援部隊を
派遣して下さい!」
「わかたりました! 隊長にも報告を!」
ネージュは周りを見回し、
「聞いた通りです! 待機している者で直ぐに出られる兵士は私に付いて来て下さい!」
兵士達を連れて急いで現場に向かった。
現場に辿り着いたネージュはバキバキィと連続して激しく樹がなぎ倒される音とけたた
ましい獣の咆哮が村外の森の方から聞こえてくるのを確認した。
「フォウフォウ、ウキャアァァァーーーーーーーーッ!!」
「キャウキャウ、キィィィーーーーーッ!」
「キィィィーーーーウキャウキャ!」
獣の咆哮と樹を薙ぎ倒す音は確実に此方に近づいてくる。
その場にいるネージュ、兵士達に緊張が走る。
その横を駆け抜け、影が通り過ぎる。
イオリだ。
イオリはネージュ達の後を付いて来ていた。
「イオリ君! 待ちなさい! 危険よ!」
「子供が人喰いに追いかけられてる! 助けなきゃ!!」
イオリの言葉は果たして正しかった。
小さな人影が森を駆け抜けて出てきた。
イオリはその人影に向けて真っ直ぐ駆けて行く。
「っ!? 三人私に付いて来なさい! 残りは此処で待機! あの子達を助けます!!」
ネージュは部下の兵士を連れてイオリの後を追った。
イオリの走る速度が早い。
正規の訓練を受けたネージュや兵士達ですら追いつけない。
今現在、イオリはブレイブエンブレムの珠紋の力を発動させ、スキル《能力値上昇》を使
い、己の限界以上の力を発揮させた。
ブレイブエンブレムの珠紋の力を発動させると気分が悪くなる上、後で体に反動がかか
り、疲労が一気に襲い掛かって来る。
が、今はその事を気にしている暇は無い!
十mの大猿の魔獣、人喰いがその長い腕を伸ばし、手を広げ物凄い速度で迫り
来て、その子を捕まえようとした。
人喰いが子供を捉えた!と思った瞬間、大猿の身に信じられない自体が起きる。
手首から先、子供を捕らえようとした右手が綺麗に無くなっていた。
一瞬、何が起こったかわからなかった人喰いはしかし、次の瞬間訪れた強烈な痛みで
認識した。
右手が切断されたのだ。
「ウガッ! ウキイィイィーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
余りの痛みで思わずその場で暴れる人喰い。
切断したのはイオリだった。
イオリが作った優れた剣があってこそ出来る芸当だ。
イオリはその隙に子供、犬耳が生えた獣人の女の子を抱きかかえ、ネージュ達の下に
戻って来る。
「ネージュさんっ! この子頼みます!」
イオリはネージュに女の子を託す。
その間に別の中型の人喰い二匹がイオリ達に追い付き立ちはだかる。
内一匹がネージュと獣人の女の子に向けて拳を振るう。
ネージュは体が反応できず硬直し、やがて来る衝撃に恐怖で目を瞑る。
だが、何時まで経っても衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けたネージュは信じられない光景を目撃する。
「へっ!」
イオリが人喰いの拳を剣の刀身の横腹で防いだのだ。
目を見開き驚愕するネージュと三人の兵士達。
「ネージュさん、大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫よ……」
ネージュはイオリのその問に声を振り絞りかろうじて答える。
その返事に安堵したイオリは拳を防いでいた剣を刹那、刃を縦に起こし拳に当て上に
振り抜き拳を切り裂く。
「ギャッキャキャアァァァーーーーーーーーーーッ!!」
あまりの痛みに絶叫し、腕を振り回す人喰い。
その振り回された腕にもう一匹の人喰いの顔面を殴打し二匹諸共に倒れる。
「ネージュさん! 今の内に早く村に戻って!!」
ネージュ達に背を向け、走ろうとするイオリ。
「ちょっと、イオリ君! どうするつもりなの!!」
「アイツ等を此処で仕留めます! でないともっと多くの人が殺されるっ!!」
「待ちなさい! イオリ君!」
イオリはネージュの制止の声を振り切り人喰い共の下へと戻る。
目を血走らせ怒る三匹の人喰い。
しかし、それ以上の怒りを持って相対するイオリ。
この人喰い達と戦ってみてわかった。
わかりたくなどなかったけれどわかってしまった。
コイツ等が何故人喰いなのかを。
人喰いは遊んでいるのだ。
自身の食料となる獲物で。
そうする事で獲物の足掻き、泣き叫ぶ姿を見て楽しみ喰らう、腐った性根の生物なの
だ。
最早コイツ等が元の大人しい猿獣に戻ることは無い。
ならば取るべき行動は一つ。
目の前にいる人喰いを一匹残らずこの世から葬り去る!
この瞬間、後に人喰い殺しとして恐れられる狩人が誕生した。
この小説を呼んで下さり有り難うございます。
次回更新は土曜日の0時に成ります。




