番外編その11 High School Dungeons&Dreaming 第五話
いろいろあったが、もう、驚くようなことはない。
ユウトは、内心でそう思っていた。
学校の地下にダンジョンがあるらしいとか、ヴァルトルーデが生徒会長だとか、ヴェルガが風紀委員だとか、ラーシアとヴェルガが組んでるとか、ヨナがアルシアとヴァルトルーデの姉になっているとか、ラーシアとヴェルガが組んでるとか。
これだけ衝撃的な展開が続いた上、ヴェルガが争奪戦なんて言い出したのだ。こうして考えると概ねヴェルガとラーシアが悪いような気がするが、とにかく、もう慣れた。
そのはずだし、そう思っていた。
しかし、今が底だと思っているうちは、まだ下がる余地がある。
「レンちゃんかーわーいーいー」
白衣を着たレンに抱きついて頬ずりをするアカネを見ていると、その言葉が真実だと認めざるを得なかった。
それから、幼なじみ妻のちょっとあれなところも。いや、ユウトとしては、そういうところも可愛いとは思うのだが……。
「だめ……だよ……。先生……に、そんなことしちゃ……ね?」
「レンちゃんに白衣とスーツ! そのギャップすごい。すごくない?」
「ふ、普通の……格好……だ……よ?」
恥ずかしいから止めてほしい。
でも、生徒のことを思うと拒否もできない。
困り顔で諭そうとするレンに、アカネの理性は弾け飛んだ。
「勇人、勇人。この子私にくださいな」
「本人に聞いてくれ……」
「あう……あう……」
こうなったアカネは、誰にも止められない。
保健室には他に生徒もいないようだから、落ち着くまで見守ろう。
レンも養護教諭なのだから、本当に駄目ならきちんと拒否するはず。
……そう、養護教諭だ。
この夢の世界では、ユウトの姉弟子は養護教諭になっていた。意外だが、ヨナとのコンビを考えると、納得できなくもない。
それに、ユウトが知る限り、アルシアを除けば、そのポジションに最も相応しいのはレンだ。魔法薬で治療でき、なにより優しい。
ユウトの姉弟子は見た目こそ幼いが、包容力に溢れているのだから。
「それで、なんの用?」
戯れるアカネとレンを片目に、ヨナがユウトを見上げ問いかけた。
いつも通りの無表情で、声も平坦。
ただ、実力行使には出ていないので、アカネの行いはセーフだとジャッジしているようだった。レンも、本当は嫌がっていないのだろう。
「アンダーメイズに潜るには、ヨナ先生の許可が必要だって聞いてな」
残念ながら――もちろん、レンにとって――ユウトとアカネは彼女に用事があったのではない。
ヨナにアンダーメイズ――ダンジョンの使用許可を取ろうと職員室を訪れたが、不在。保健室にいるらしいと聞きつけ……アカネが良くないハッスルをしているのだった。
「厄介なことになりそうなんで、先にダンジョンで予行演習したい」
ヴェルガが決定しラーシアが企画・実行する、三勢力によるユウトとアカネ争奪戦。
果たしてどんな内容になるのか想像もつかないが、なにが起こってもいいように、この世界でなにができるのか把握しなければならない。
そこまでは説明できないが、ユウトは真剣にヨナを見つめた。
シリアスな雰囲気に、アカネもレンを愛でる手を止める。
けれど、沈黙は長くは続かなかった。
「分かった。引率する」
「え? 引率?」
アンダーメイズへ行くのはいいが、一緒にと言うことだろうか?
なぜそうなるのか分からないユウトは、ヨナの赤い瞳をじっと見つめる。
「ユウトはやりすぎる気がする」
「いや、なにを根拠に……」
「ヴェルガ高校」
「……ヴェルガ、祟るなぁ」
ヴェルガ高校のダンジョンを、島落としで破壊したという一件。
もちろん身に憶えがないのだが、似たようなことはやっているので完全に無実とも言いがたい。ラーシアだったら冤罪と言い張るだろうが、ユウトにはできないことだった。
「勇人、別に良いんじゃないの?」
「……そうだな」
なにがあるか分からないので実力は隠しておきたかったが、島落としに神殺しまでやっていると思われているのだ。
それ以外は、誤差だろう。
「ありがとう、助かるよ」
「教師だから当然」
そう答えるヨナは、少し――ユウトだけが分かる程度に――得意げだった。
「ところで、行くのは二人だけ?」
「……そうか。他の人間を連れていってもいいのか」
その発想はなかったと、ユウトはあごをさすって考え込む。
誰かいるか……と考え、ユウトの脳裏に一人の少女が浮かぶ。
「なあ。真名……秦野真名がどのクラスにいるか知ってるか?」
「知って……る……けど……」
ユウトの問いかけに、アカネに抱きつかれたままのレンが小首を傾げる。
それは、なぜここで真名の名前が出てくるのか分からないというリアクションだった。
「初めましてになるのかな、秦野真名さん?」
「せ、センパイ!?」
真名のクラスは、すぐに判明した。
レンに弟子入りした設定がこちらでも活きているのか、保健委員だったからだ。
まだ帰っていなかった……いや、帰ることはできず、ポニーテールの小柄な少女は、教室に残っていた。
彼女以外誰もいない無人の教室で二人きり。
ユウトはにこやかな笑顔――ラーシアなら、完全に企んでいる顔だと言うだろう――で、真名へ話し始める。
「賢哲会議への報告は順調かな?」
「どこでそれを!?」
真名の顔が一気に蒼冷め、がたりと音を立てて立ち上がる。
ユウトを鋭くにらみつけるが、タブレットを持つ手は震えていた。
その反応で、ユウトは自分の仮説が概ね正しいことを確認した。
こんな不自然な世界になっているのに、賢哲会議の名前が一切出てこなかった。
そのほうが、よほど不自然。
となれば、密かに監視活動などをしているのだろうと推測できる。存在しているのなら、だが。
その場合、ユウトは一級の監視対象だろう。
どうやら、正解だったようだ。
保健室を出て、この場にいないアカネにだけ、ユウトは自らの考えと計画を伝えたのだが――
「すごい。原作知識利用するダメなオリ主みたいだわ」
――と、意味は分からないが微妙に罵倒された。
解せない。
恐らく、レンから引き離した意趣返しだろう。
「まあ、賢哲会議はどうでもいいんだけど」
「よくはないんですが……」
所属組織を軽視されて真名は苦い表情を浮かべるが、それ以上の抗弁は難しい。
今は、この無茶苦茶やる先輩の出方を窺うほかなかった。
そして、すぐに要求が伝えられる。
「それよりも、ひとつお願いがあるんだ」
「センパイが私にですか……?」
「ああ」
うなずき返してから、一拍置いてユウトは続ける。
「俺たちと一緒に、アンダーメイズに潜ってほしい」
「……なにがどうしてどうなったらそうなるんですか」
監視対象からダンジョンへのお誘いを受けて、真名は途方に暮れた。
それは実に、ユウトの知る真名らしい反応だった。
「ところで、どうして連れてきたの?」
ヨナと二人で先頭を行く真名の後ろ姿を視界に入れつつ、アカネは隣にいるユウトに小声で問いかけた。
ユウトとアカネに、ヨナ。そして、真名の四人は、アンダーメイズへと続く暗い階段を下っている。
校舎とは異なり、ここだけブルーワーズに戻ってきたような雰囲気があった。
「ものさしになってもらいたくて」
「……着ぐるみでも着せるの?」
「物理的な意味じゃねえよ」
アカネの発想に、ユウトは逆に感心してしまった。
もちろん、悪い意味ではない。
「ほら、俺も朱音もこの世界での常識には疎いし、ヨナにも常識はないだろ?」
「……そうね」
いろいろ言いたいことはあるが、長くなるのでぎゅっと飲み込んだ。
「その点、真名なら俺たちが常識外れの魔法を使ったりしたら、ちゃんと反応してくれるだろ? ものさしってのは、そういう意味だよ」
「……そうね」
いろいろ言いたいことはあるが、長くなるのでぎゅっと飲み込んだ。
そのタイミングで、下り階段が終わった。
少し平坦な道を進むと体育館ぐらいの地下空間に出て――
「これは、驚いた」
「はー。ファンタジーねー」
「どこのアンダーメイズも、似たようなものだと思いますが?」
――その一番奥には、数十メートルはあるだろう、両開きの門が存在していた。
「ここが、我が校のスクールメイズの入り口」
その前に、地味な作業服を身にまとった一人の男が立っていた。
ユウトとアカネの視線を受けて、その人物が自己紹介を始める。
「ワシは、用務員だ!」
「用務員」
地味な作業服は、ユウトの目から見ても確かに用務員さんだった。
それを着た禿頭の老人は、どこからどう見ても大賢者ヴァイナマリネンだった。
「ガハハハハハハハハ。いい顔をしているな!」
真顔になったユウトを、指さして呵々大笑。
ヴァイナマリネンだ。
完全に、ヴァイナマリネンだった。
「なんであのジジイがここに……」
ここが夢の世界であることも忘れ、ユウトは頭を抱えた。
いるのか、ヴァイナマリネン。
ヴァイナマリネンだ、いないはずがなかった。
こっちでの関係は、いったいどうなっているのか。気になるが、下手に追及して面倒なことになっても困る。
そんなユウトに、ヨナが口を開く。
「魔術師は専門性が高い」
「まあ、そうだな」
どうやら、「なんであのジジイがここに……」というつぶやきに、返答をしてくれるつもりのようだ。
「だから、各ダンジョン高とは別に、ヴァイナマリネン魔術学院で専門に育成してる」
「そこから、それぞれの学校に派遣されてくるのか」
「そう」
ヨナが無表情にうなずいた。
「でも、うちには生徒を寄越さず、名誉学長が用務員になって居座ってる」
「俺の価値が無駄に上がるようなことを……」
しかし、上手いやりかたではある。
一般の魔術師派遣すれば、いずれかの勢力に取り込まれるだろう。それを見越して、ヴァイナマリネンは自らここへ来たのだ。
どこにも肩入れしない。
いや、危険性を考え、攻略させないようにしているのか。
そのうえ、門番として監視役を買って出ている。用務員というのは、皮肉かジョークか。あるいは、その両方か。
「ふむ。まあ、良かろう」
なにを見定めたのか。ユウトにはさっぱり分からなかったが、認められたらしい。
用務員ヴァイナマリネンが、軽く指を鳴らす。
同時に、音を立てて門が開き始めた。
アンダーメイズへの入り口から、虹色の光で溢れて出る。
この先は、今までの気楽……とまではいえないが、危険のなかった学園生活とは違う。
命のやり取りすら発生する、冒険の舞台。
「行くか」
「……うん」
安心させるようにユウトはアカネの手を握り、アカネもぎゅっと握り返す。
こうして、二人は、ようやくダンジョンへと足を踏み入れた。
やっと。やっと、ダンジョン(の入り口)にたどり着いた……。