番外編その11 High School Dungeons&Dreaming 第四話
先週更新分を書いた後に風邪を引き、今週分を書く前に治った有能な風邪にかかってました。
「お気楽な学パロかと思いきや、お馴染みだけど、とんでもないのがぶち込まれてきたわね」
「まあ、まだ実物を見ていないから、本当かどうかは分からないけどな」
生徒会の建物から出て次の目的地へと歩きながら、アカネはユウトの手をぎゅっと握った。陽気のせいだけではなく汗ばんでいるのを感じるが、お互い気にするような仲ではない。
率直に言えば、アカネにとってもオベリスクの存在はショックだった。
ユウトと自らを転移させたという部分においては、それほどではない。トラウマになったのは、ユウトとヴァルトルーデが目の前で転移したダァル=ルカッシュとの一件だ。
気丈に振る舞いはしたものの、あれでオベリスクが良くないものだという刷り込みができてしまった。
「大丈夫。なにがあっても、今度は朱音を置いていったりはしないさ」
「えー? ほんとー?」
「当たり前だろ。そこは信じようぜ?」
「信じてるけど、勇人って他に方法がないって判断したら、平然と無茶するじゃない?」
「……お、あれが部活棟か。なかなかでかいな!」
露骨に話を変えたユウトに従い、アカネは片手で傘を作って前方に視線を向ける。
そこには、真新しいコンクリート造りの校舎があった。
「こっちは普通の建物みたいね。真新しく見えるけど」
「ああ。見憶えのない校舎だな」
部活動連合ということだが、ユウトとアカネの認識としては王族の集いだ。
新しい校舎ぐらい、許容範囲内。ヴェルガとラーシアの風紀委員に比べたら、どうということもなかった。
しかし、それも連合会室に足を踏み入れるまでの話。
一階の奥にある幹部が集まるその部屋は、緑に溢れていた。観葉植物がふんだんに配置されているというわけではない。
校舎の中にもかかわらず中庭のようになっており、木々が生い茂り、花が咲き誇っている。
その中心に、部活動連合メンバーが集まるアンティークサロンテーブルがあった。
「ユウト様、アカネ様。またお目にかかることができて、セネカはとても嬉しく思います」
楚々とした動作でセネカ二世が立ち上がり、柔らかく微笑んだ。
聞く者の心を浄化する暖かな声。ユウトたちを見つめる大きなアーモンド型の瞳と相まって、セネカ二世という存在に吸い込まれそうになる。
編み込んだ栗色の髪は中庭にあっても輝きを放ち、くるぶしまで伸びた髪はなにものにも代えがたい宝物だ。
制服ではなく、ジャージに身を包んでいたが。
セネカ二世に続いて、アルサスやクレス、エグザイルも立ち上がってユウトとアカネを歓迎する。
ただし、全員ジャージだったが。
そのお陰で、ユウトもアカネも雰囲気に飲まれることはなかった。
「わー。想像を絶するお金持ち学校で、やたら権力持ってる生徒会のサロンっぽーい」
「全員ジャージだけどな」
「はい。セネカたちの正装です」
少しだけ誇らしげなセネカ二世が、ユウトとアカネに席を勧める。
それに従って腰を下ろすと、ジャージ姿のユーディット――この時点で、なにかがおかしい――が、紅茶を目の前に置いていく。
「お口に合えばいいのですが」
「口のほうを合わせますから、勇人なら」
「その期待が重たい」
背後にユーディット。アルサスと結婚するために気合いで加齢しなかった令嬢がいると思うと、気が抜けない。
しかし、アカネのお陰で適度に緊張はほぐれた。
紅茶に形だけ口を付けてから、ユウトは前置きをせずに切り出した。
「ヴァルトルーデ――生徒会長から、アンダーメイズ……いや、オベリスクの特異性について聞きました」
「世界を書き換える能力がある。そのことですね?」
「ええ。ひとまず、真実であると信じることにしました」
「ユウト様は、なぜセネカたちが会長と協力しないのか、不思議に思われたでしょうね」
セネカ二世の言葉にユウトがうなずくと、アルサスが、その理由を口にする。
「それは、意地……いや、面子の問題か」
「舐められたら殺すのが、部活動連合だからな」
「なんなの? 鎌倉武士なの?」
アルサスに追従して補足するエグザイルに、アカネは悲鳴を上げた。
王族の集まりなのに、蛮族の戦士そのものの発言だ。
「いやまあ、エグザイルのおっさんはそういう生物だから」
元々、蛮族戦士である。比較的常識人と言うだけで、一枚皮を剥けば鎌倉武士化してもおかしくはないポテンシャルは秘めている。
だが、その辺りのことは理由のひとつに過ぎなかった。
セネカ二世が、本当の訳を口にする。
「セネカたちが生徒会に協力しない直接的な事情。それは、ヴァルトルーデ会長の存在にあります」
「なにがいけないと?」
「あの方ならきっと事を成せるでしょう。セネカたちが協力すれば、より迅速に、確実に」
悪いことなどひとつもないように思える。
当然の感想に対し、セネカ二世は「けれど……」と首を横に振った。
「その成功はヴァルトルーデ会長が存在してこそ。再現性も継続性もありません」
「結果以外、なにも残らないと言いたいわけか」
「はい。危機的状況になれば形振り構ってはいられませんが、今はそこまでの状態ではありません」
セネカ二世はそこで一旦言葉を切り、優雅に紅茶を口に含んだ。
美味しかったのか、微かに笑みを浮かべてから、また続ける。
「その点、セネカたち部活動連合は伝承と継承に優れています」
「つまり、思想としては生徒会に近いが、それを為すのは自分たちでなければならないと」
ヴァルトルーデに任せれば上手くいくが、それでは属人性が高すぎる。
それが、三巨頭が並び立った理由。
加えて、セネカ二世に、アルサス王。それに、エグザイル。彼らは、この世界でも、名家の生まれということになっているようだ。
そして、ブルーワーズの出来事と微妙に混ざり合い、ノブレス・オブリージュが爆発した。
そういうことのようだった。
「筋は通っているように思えるのが、厄介だな……」
ユウトとアカネは、ここが夢の世界だと認識している。
だから属人性が高かろうが、気にすることはない。しかし、この世界に生きている彼女たちには大きな問題だ。
「というか、そこに勇人とかあたしが参加していいの?」
「ユウト様は、会長とは違います」
「そう?」
「はい」
不審げなアカネに対し、セネカ二世はゆっくりとうなずいた。
「ヴァルトルーデ会長の能力は、部分的にではありますが人知を超えています」
「勇人も大概だと思うんだけど……」
「ユウト様のお力は、人類の最大限。人として、到達しうる領域の上限です」
「……100メートル走で言うと、勇人は金メダリストで、ヴァルはスポーツカーってこと?」
ユウトの領域は、努力すれば誰でもというわけではないが、人類の範囲内。
一方、ヴァルトルーデの力は、その外にある。
「はい。それに、ユウト様たちの力をお借りしても、名分が立ちさえすれば構いませんので」
「飾らない人だわー」
理想を追いながらも、現実は見えている。
そこも、王族らしさと言えるかもしれなかった。
「なるほど……」
言い分は理解できる。
視野を広く持てば、確かに、妥当なのだろう。
出された紅茶を飲みながら、ユウトは「しかし……」と、頭の中で首を振る。
「ヴァルトルーデ会長のほうが、ストレートで好感が持てます」
無私というわけではないが、危険なオベリスクをどうにかしなくてはならないという責任感がある。
そして、それはユウトにとって、とてもとてもとても心地好いものだった。
「……セネカは、振られてしまったのでしょうか?」
「どうでしょう? 今のところ、ヴァル……会長に協力すると決めたわけでもないので」
「では、ヴェルガ委員長ですか?」
「それだけは絶対にないですけどね」
しかし、そう言いつつもヴェルガにも会うつもりだった。
このあと、すぐに。
「ふふふふふ。生徒会や部活動連合の誘いを断って、よくこっちに来てくれたね。信じていたよ、ユウト」
「まず、お前が喋るのかよ!」
室内に入ると同時に投げかけられた言葉に、ユウトは全力でツッコミを入れた。負けだと分かっていても、入れざるを得なかったのだ。
「ふふふんっ。そりゃ、ボクだって風紀委員だからね。特に説得とかしなかったエグザイルとは違って、仕事ぐらいするさ!」
「逆効果じゃねえかなぁ」
「ボクがしゃべり倒すことで逆にヴェルガの好感度が上がっていく、泣いた青鬼作戦だよ」
「なんで、勇人は部活動連合とのやりとり知られてるのにスルーしたの……?」
ユウトは、アカネのもっともな疑問もスルーする。ラーシアならそれくらい当然だし、疑問に思うだけ無駄だ。
「それはいいとして、なんか銀河帝国みたいな部屋ね……」
「まあ、帝国であることは間違いないんだろうが」
ユウトとアカネが訪れた風紀委員の委員会室は、なぜか、陽の差さぬ地下にあった。
黒で塗りつぶされた室内。天井は高く、両脇にはギリシャ風の柱が立っている。
「地震が来たら、危なくねえか?」
「おや。妾の心配とは嬉しいことよ」
そして、部屋の一番奥。
セーラー服を身にまとった赤毛の女帝が、玉座にしどけなく腰掛け淫猥に笑っていた。
部屋の装飾など、悪の半神を前にしては無意味。
ラーシア以外の部下の姿もないが、それでいささかも威厳が減じることはない。
ヴェルガが存在している場所が即ち、帝国――風紀委員会なのだ。
「単刀直入に聞こう」
ユウトはアカネを置いて玉座へ近付き、ヴェルガに侍るラーシアを視界から外す。
「ヴェルガ、世界をどう書き換えるつもりだ?」
「決まっておるであろ」
片肘をつき淫らで濡れた瞳でユウトを見下ろしながら、蠱惑的な唇を開くヴェルガ。
「婿殿を手に入れるために――」
「――じゃ、ないよな?」
ユウトとヴェルガ。
大魔術師と悪の半神の視線が、正面からぶつかり合う。
「俺は、単刀直入にと言ったぞ?」
「そこまで理解して、なぜ妾を受け入れぬのか。解せぬ。解せぬなぁ……」
「分かってるから、突き放してるんだろ?」
「くくくくく。最低だと思っているときは、まだ底があるらしいがの。これ以上はないと考えているときも、また同じのようだのぅ」
たまらないとヴェルガは淫猥に笑った。
赤い髪に、黒いセーラー服がよく映えていた。
「まあ、一度で終わらせては面白くない。とりあえず、十度は使えるように改変するであろうな」
「それで、最終的には?」
「飽きたら、我が校を復活させるかのう。婿殿にも、もう一度転校してもらうことになろう」
そしてまた、淫蕩に、なめ回すようにユウトへ笑いかけた。
「これ、十回もあれば、ユウトを自分のモノにできるって宣言だよね」
「ろくでもないが、最悪よりはましか……」
破滅的な望みでなくて良かったと、前向きに解釈するユウト。
しかしそれは、ヴェルガと組むという選択肢を浮上させることにもなった。
実際、風紀委員にはレイ・クルスやスィギルという百層迷宮を踏破した経験者や吸血侯爵ジーグアルト・クリューウィングと戦力が充実している。
そしてなにより、ラーシアという盗賊がいるのだ。
単純にダンジョン攻略だけを考えるならば、最善ではないが最高のパートナーとなるだろう。
「なるほどの……」
ユウトの悩みを察し、赤毛の女帝が気怠げに身を起こした。
そして、どこまでも淫猥に告げる。
「となれば、婿殿争奪戦を執り行うしかあるまいな」
「ヴェルガ、それナイス!」
唐突だが、考えていたアイディアなのだろう。ヴェルガとラーシアの笑顔は、最高に輝いていた。憎たらしいほどに。
分かっている。
ユウトもアカネも分かっている。
「……勇人が景品で、あたしは副賞ってところかしら」
この二人が組み合わさったら、抵抗など無意味だということは。
「それにしても、いつになったらダンジョンに潜れるのかしらね~」
「さあ? こんな厄介な三国志を作り出したヤツに言ってくれ……」
どうか、争奪戦が平和に終わりますように。
ユウトは、無理だと悟りつつも祈りを捧げた。
いったいどの神に願ったのか、本人にも分からなかったが。
ヴェルガ様とユウトは分かり合いすぎて、出番が来てもシーンとしては短くなってしまう問題。
そしてまた、争奪戦とかいう作者が考えもしていなかったことを言い出すヴェルガ様。
おかしいな。各勢力とユウト&アカネでお試しパーティを組んでいく展開のはずだったのに……。




