番外編その11 High School Dungeons&Dreaming 第三話
ようやく話が進んだ気が……する?
「教室は同じだったけど、建物の構成はかなり違うわね」
「ああ。ラーシアの地図によると……生徒会室は独立した建物になってるみたいだな」
「薔薇の館ねぇ。学園もの名物の、やたら権力持ってる生徒会あるあるだわ」
「うれしそうでなによりだ」
皮肉ではない。
異常事態に巻き込んでしまったアカネのメンタルを第一に考えれば、このシチュエーションを楽しめるかどうかは大きな違いだ。
「でも、あたしの記憶だとうちの学校は、こんなに広くなかったと思うんだけど」
「アンダーメイズとかいうダンジョンらしきものがある以上、まったく同じほうが不自然と言える……かもしれないな」
「それもそうね」
納得した様子で、校舎から延びる石畳の道を歩き続ける。
昼休みの後、五時限目と六時限目の授業を大過なくやり過ごしたユウトとアカネは、靴を履き替え生徒会室へと向かっていた。
一応、約束はしているし、なんにせよ話は聞かねばならない。
だが、それとヴァルトルーデ……生徒会に協力するかは別の話だった。
本来であればヴァルトルーデとアルシアを全面的に信用したいところだが、こんな世界だ。一勢力の話だけを鵜呑みにするわけにはいかない。
ラーシアとエグザイルを通じて、風紀委員会と部活動連合にも
「久々に数学の授業とか受けて、意識を失いそうだったわ」
「まあ、気持ちは分かる。ダンジョンの授業でもあれば、良かったんだが……」
時間割を確認したが、今日のダンジョン関連の講義は午前中で終わっていた。その結果、普通に数学と古典の授業を受けざるをえなかった。
日本で受けていた授業と大差なく、拍子抜けした事実は否めない。
とはいえ、教師としてヴァイナマリネンやテルティオーネあたりが出てこなかっただけ、ましとポジティブに捉えることもできる。
「ところで、その地図、放課後になった瞬間ぱっと出てきたわよね」
「ラーシアだからな」
「相変わらず、無二の信頼感ねぇ」
「信頼感というか、ラーシアのやることだからな」
生徒会室ではなく、別の場所へ誘導されるかもしれない。
そんな可能性を微塵も考えないユウトに、アカネは目立たないように肩をすくめた。口ではなんと言っても、裏切られるとは欠片も思っていない。
「そういうの、いいと思うわ」
「なにがだよ」
一人盛り上がる幼なじみ妻から若干距離を取りながら歩くこと10分。
地図に従い向かった先に出くわした平屋の邸宅に、ユウトは思わず足を止めた。
「ここは……」
「知ってるの勇人?」
「王都にある俺たちの家にそっくりだ」
冒険者時代に、ぽんとパーティ財産で購入した家。それぞれの個室と、集まって食事や話し合いができる居間だけのシンプルな邸宅だ。
一般的でないのは、地下に、財宝を収めており罠が満載されていたことだろうか。
今はほとんど使用していないが、なかなか思い出深い。
「そういえば、聞いたことがあるかも?」
「となると、やはり、ここは俺の夢なんだろうか……」
「まだ確定とは言えないわよ」
アカネの記憶にしかないオブジェクトが出現したら、あっさりとひっくり返る。
それもそうかとユウトはうなずき、豪華さの一切ない扉をノックする。
「……いないのか?」
「聞こえないだけじゃない?」
しかし、中から応えはない。
ここまで来て帰るわけにもいかず、ユウトはゆっくりと扉を開いて邸宅へと足を踏み入れた。
「むしろ、音を立てて気づいてもらったほうが良かったんじゃ?」
「そう言われてみたら」
アカネの指摘ももっともだと、堂々とした足取りで居間の前まで移動。案の定というべきか、間取りも同じだったので迷うことはない。
そして、先ほどよりも力を込めてノックし、室内に入った。
やはり、居間が生徒会室として使われているようで、ヴァルトルーデとアルシアがいる。それだけでなく、見覚えのある人物も。
「……ヨナ?」
「え? ヨナちゃん、なんで」
アルビノの少女がいる。
それだけならば、半ば予想できたこと。アカネだけでなく、ユウトまで呆然とすることはなかっただろう。
しかし、サイズはそのまま、タイトなビジネススーツを身に包み、正座をしたヴァルトルーデの前で仁王立ちしているとなったら、驚くなと言うほうが無理だ。
「…………」
部屋に入ってきたユウトとアカネを一瞥するが、すぐにヴァルトルーデへと視線を戻した。
「どうして、直接会いに行った?」
「それはもちろん、先手必勝だから」
「おろかッ」
正座をして怒られているヴァルトルーデの姿は宗教画のような神々しさがあったが、ヨナにはまったくなんら関係のないこと。
ふわふわと浮遊していた出席簿が、意思を持つかのようにヴァルトルーデの頭を叩いた。容赦のない甲高い音が、生徒会室に響いた。
美と芸術への冒涜に他ならない、恐れ知らずの行為。
しかし、ヨナにはまったく気にしていない。ぷくっと頬を膨らませたまま、ヴァルトルーデを見下ろしている。
「横暴ではないか。いくら、生徒会の顧問とはいえ」
「教師に口答えとは、反省していない証拠」
「ヨナ姉さん。ヴァルも反省しているから、それくらいで……」
アルビノの少女は赤い瞳をアルシアへと向け……ふっと肩から力を抜いた。
お説教は充分だと判断したのか。それとも、これ以上言っても意味がないと悟ったのかは分からないが、矛を収める。
それどころではないのは、ユウトとアカネだ。
「教師? ヨナが先生?」
「ヨナ姉さん? ヨナちゃんが、三姉妹の長姉?」
いわゆる子供先生ではなかった。
この世界では、ヨナ、アルシア、ヴァルトルーデの三姉妹になっているらしい。
「どういうことだ、これは……」
「予想外すぎて、くらくらするわねぇ」
衝撃的な光景に半ば放心状態になりかけていた、ユウトとアカネ。
その二人に、アルシアが気遣わしげに声をかける。
「驚いたでしょう? ごめんなさいね。転校生だから事情を知らないということを失念していたわ」
「あ、大丈夫です」
「気にしないで」
アルシアに言われたので、ユウトとアカネはあっさりと回復した。
転校生だったらしいという新情報も出てきたが、アルシアに心配はかけられない。制服姿という、非常にレアなアルシアでもあるのだから。
この辺り、幼なじみ夫婦の意思は完全に統一されていた。
「ユウト」
「な、なんだ……なんでしょう?」
いつも通りの抑揚がない、ヨナのフラットな声。
敬語を使うべきかどうか悩んだが、相手は教師だということを思い出し、ユウトは無難な対応を取ることに決めた。
そんなユウトを、アルビノの女教師が見上げる。
「ヴァルはバカだけど、人間としてはとてもいい」
「…………」
「いや。まあまあいい」
「姉さん、なんでそこ評価を下げたんだ?」
「だから、話だけでも聞いてほしい」
「まあ、そのために来たので」
「ならば良し」
ユウトの答えを聞き、満足そうな顔――ユウトがそう感じただけで、実際にはほとんど無表情――で、ヨナは生徒会室を出ていった。
どうやら、本当にヴァルトルーデを説教しに来ただけだったらしい。
「ふう……。見苦しいところを見せてしまったな」
ヨナの姿が消えてから10秒ほどして、ヴァルトルーデが立ち上がる。
その所作ひとつとっても美しく、つい先ほどまで正座で説教を受けていたとは微塵も感じさせない。
「良く来てくれた、天草勇人。そして、三木朱音。生徒会は、二人を大いに歓迎するぞ」
そして、邪気を一切感じさせない純真な笑顔を向けられたら、警戒もなにもなく手を握ってしまう。
ヴァルトルーデは、この世界でも、魅力に満ちあふれていた。
「なるほどねー。そういうことねー」
「どういうことだよ」
「今、勇人が思っている通りよ」
一目惚れした過去の自分は正しかった。
そんなことを考えていたユウトは、密かに致命傷を負った。
「どういうことかは分からないけれど、座ってちょうだい。今、コーヒーでも淹れてくるわ」
「……そうします」
アルシアに助けられる形で、ユウトは円卓に腰を下ろした。
懐かしい。
目を閉じれば、ここで、ダンジョン攻略の作戦会議をしたり、領地経営の方針を決めた記憶が蘇ってくる。
そのユウトの隣にアカネが。向かい側にヴァルトルーデが座る。
「まずは、そちらが聞きたいことに答えよう」
ヴァルトルーデ――生徒会の要望は、ユウトをスカウトしたいという一点なのだろう。
アルシアが淹れてくれたコーヒーを一口飲んでから、ユウトは素朴な疑問をぶつける。
「俺をスカウトしに来た理由は聞いたけど、なんで額面通りの実力じゃないと確信してるんだ?」
「知られていないと思っていたのか」
「さあ? そんなに有名人じゃないと思うんだけど」
アルシアは、まったく信じていない様子で微笑んでいる。ヴァルトルーデと同意見のようだ。
ならばと、アカネに同意を求めて隣を見るが、目をそらされてしまった。
納得いかない。
「あのヴェルガ高校でなにをやったか。知られていないと思っていたのか?」
「もちろん、情報封鎖はされていましたが、あれは無理でしょう」
「ヴェルガ高校」
それだけで、言霊の圧にやられてしまいそうだった。
「そこで、島をひとつ落下させヴェルガ高校のアンダーメイズを粉砕したのはキミだろう、天草勇人」
「ああ……」
無実だと言いたい。抗議したい。
だが、実際に似たようなことをやっているので、言葉が形になる前に霧散してしまう。
「それに、セネカさんの実家でマガツ神を討伐したとも聞いていますよ」
「……ムルグーシュか」
セネカ二世に請われて行った、天上の旅。
ユウト一人で行ったわけではないが、確かにムルグーシュ神を零落させたのも事実。
現実のイベントが、こちらにも反映されている。
今の状況に都合のいい部分だけ、それもアレンジされてのようだが。
といっても、ヴァルトルーデの口から語られた情報でしかない。ヴェルガやセネカ二世に話を聞くまで、予断は禁物だ。
特に、セネカ二世は「お初にお目にかかります」と言っていたはず。
そう自戒するユウトからアカネへと、ヴァルトルーデは宝玉よりも美しい瞳を向けた。
「それにだ」
「え? あたし?」
「Aランク吟遊詩人の三木朱音も、一緒にスカウトできる可能性が高い。となれば、スカウトに動くのは当たり前だろう」
「あたし、バード?」
ポケットをあさり、生徒手帳を引っ張り出して、内容を確かめ……。
「うん。バードなんかじゃなかったわ」
「なに言ってんだよ。Aランク吟遊詩人兼Aランク司教(リィヤ)って書いてあるぞ」
「嘘よ」
もちろん、嘘ではない。
「美と芸術の女神の加護もあるのか。さすがだな」
「いやー。それほどでもないあるわよ……」
当事者ではあるが、ある意味蚊帳の外感覚で楽しんでいた節のあるアカネ。
「いきなり、お前が冒険者になるんだよって言われても困る……。でも、待って。これはある意味でチャンスかも……?」
アカネがどうするにしろ、ユウトは一緒に行動するつもりだった。
それよりも、攻略することで、なにが起こるのか。そのほうが気がかり。
「まあ、俺が過去になにをやってたにせよ。アンダーメイズと言われても、どんなものか分からないからな。無節操に手を出すつもりはないよ」
「……なるほど」
飾り気のない。純度100パーセントの本音。
それなのに、なぜか感心されてしまった。
「確かに、公開している情報がすべてではない」
「それはそうだろうな」
同意しつつ、ユウトはちらりとアルシアの表情をうかがう。
「…………」
特に焦りの気配もなく、ヴァルトルーデに任せている。
つまり、聞いていい話かどうかはともかく、聞くべき話なのだろう。
「分かった。続きを聞かせてくれ」
「我が校のアンダーメイズにも、他のダンジョンと同じく、最下層にオベリスクが存在している」
「…………」
オベリスク。
ユウトが地球からブルーワーズへ転移することになった、謎の存在。それがこの世界にも、ある。
驚愕の事実になんとかポーカーフェースを保ちつつ、ユウトは続きの言葉を待った。
「オベリスクが、最初の到達者の願いを叶えるというのは、よく知られた話だが……」
「……《大願》みたいなものか」
触媒なしで使えるとしたら、確かに、競争する価値はあるだろう。
だが、話はそれだけで終わらなかった。
「うむ。だが、ここのモノリスが特殊なのは、最初の到達者に新たな世界を作る。あるいは、書き換える権利を与えるからとされていることにある」
「……だから、下手な人間には負けられないと?」
「ああ、そういうことだ」
力強いヴァルトルーデの応え。
天上の音楽にも似た、高貴な調べ。
しかし、ユウトの――そして、アカネも――意識は、別にあった。
世界の書き換え。
それはまさに、ユウトとアカネが直面している事態そのものだったから。
女教師ヨナは最初から考えていたのですが、三姉妹のアイディアは感想でいただいたものです。
ありがとうございました!
なお、ヨナが教師なのは、攻撃で敵だけでなくダンジョンまで壊しちゃうからです(マギウススレイヤーズ並感)。