番外編その9 女帝の“遺産” エピローグ
「言ったはず。ボタンを押した回数と、攻撃の回数は一緒」
「あう……」
レプレが操るキャラクターの中段パンチをガードしたヨナが、間髪容れずにカウンターを放つ。
ほとんど削れていた体力ゲージが空になり、スローモーションでステージに倒れ伏す。
ヨナのキャラクター ――悪の組織の総帥――の勝利画面が出るが、二人ともそれを見ていない。
「苦し紛れにレバガチャするから、簡単に反撃を食らう」
「う……」
「単発で大きなダメージを狙ってもダメ。上手くなりたいなら、しっかりコンボを憶える」
「しかし、連続であんな複雑なコマンド入力は……」
「できるまでやれば、できる」
ヨナのダメ出しに、レバーを握るレプレがうなだれた。
ユウトに似た顔でユウトが見せない表情を浮かべられると、ヨナも不思議な感覚がする。
だが、それとこれとは話が別。
「悪神を、末永く叩きのめしたいのなら、練習あるのみ」
「末永くではありません。悪の三権を回収するまで――」
「言い訳は聞かない」
理不尽に見えて、面倒見はいい。実は、ヨナはガキ大将気質だ。
ゆえに、レンと同じく、積極的ではないレプレとの相性は悪くないはず。
朱音と真名ともに二人を見守るユウトは、そう考えることにした。
「仲良くやれてるみたいで、良かったわ」
「あれで、仲がいいのですか?」
ヨナとレプレの後ろで、ささやきあう身重のアカネと、マキナを抱えた真名。
集中しているせいか、それとも部屋が広いからか。格闘ゲームを再開した二人は、特に反応を示さなかった。
「でなければ、ヨナちゃんは無視するか逃げるかよ」
「まあ、一時期より安定しているのは間違いないな」
巨大と表現していいだろうモニタに、対戦の様子が映し出される。
ヨナと、レプレ。二人の関係が問題ないとなると、格闘ゲームに詳しいわけではない三人の会話は、自然と、環境自体に流れていく。
「さすがに、100インチのモニタは迫力あるわね。テレビって言うより、板よね、板」
「そこは認めるし金もあるけど、本当にこのサイズが必要だったのかは、問いたい」
ファルヴの城塞は、空き部屋も多い。
ゆえに、レプレのためにゲーム部屋を用意するぐらい、造作もないことだった。
発電機は、ユウトの両親の部屋に用意したように、呪文で静音と排気を行なっているので問題はない。
音響にも凝っており、ほぼホームシアターに等しい。もちろんと言うべきか、設計をしたのはアカネだ。
その中核が、100インチのモニタ。
幅だけで2メートル以上ある。
こんな巨大モニタは、店の売り場でしか見たことがない。サイズ的には、横になったエグザイルに匹敵する。
「いやー。つい、楽しくなっちゃって」
モニタだけで、600万円。その他、音響設備など含めると、合計で、4桁にはいかないかなという買い物。
だが、それくらい、ユウトの収入からすると、雀の涙程度のもの。魔法具を買うときなど、もっと思い切りがいい。
それでも、時折、学生の金銭感覚を蘇らせるユウトからすると、やり過ぎという感想が否めないのだった。
そんなユウトに、真名が苦言とまではいかないが、所属組織の声を代弁する。
「構わないと思います。支部長も、喜んでいましたよ」
「金使って喜ぶのかよ、賢哲会議」
「そうは言いますが、センパイ、基本的に貯金しかしないじゃないですか」
「それは、まあ……」
高額な報酬で顧問になったはいいが、ブルーワーズでは手に入らない日用品や生活雑貨の支払いにしか使っていない。
そうなると、報酬を支払う側としては、アイデンティティを問われる事態ともなりかねないのだ。
「ご主人様が仰る通りです。ぱーっと使って、日本経済を回復させましょう」
「そんな力はねえよ」
「では、出生率アップのほうで貢献されると?」
「真名……」
「なにも言わないでください……」
「ああ、せめてサイレントモード――」
真名は無言で、マキナの電源を切った。
「まあ、みんなが喜んでくれるのなら、構わないか」
娯楽なのだから、楽しめればそれでいい。
値段のことを気にするなど、野暮の極みだ。
ただ、ふらりとやってきたヴァイナマリネンが一言、「ほう……」とつぶやいたことだけが、気がかりだった。
だからといって、ユウトはなにもできやしないのだが。
「お、みんな揃ってるじゃん」
「よし、帰れ」
「次のダスクトゥム神との対戦に備えて、おすすめゲームを持ってきたよ」
「あら? それは……」
唐突にゲーム部屋へ姿を現したラーシア。
どこであろうと唐突に現れるので、アカネも驚くことはない。
気になったのは、ラーシアが持ってきたゲームソフト。
「アカネは気づいたようだね? じゃん! とっておきの泣きゲーを用意してきたよ」
「全部いいゲームだけど、趣旨から外れるんじゃない?」
「もちろん、考えてあるよ」
ダスクトゥム神との対戦にかこつけて、おすすめゲームの布教に来たわけではない。
ラーシアは、そう胸を張った。
「目の前でプレイしてさ、ダスクトゥム神が感動したら負けってのはどうだろう?」
「それ勝っちゃったら、逆に気まずいな……」
どういうものかは分からないが、ゲームで感動する悪神は嫌すぎる。
「なるほど、なるほど。ミステリィ系なら、トリックに気づかなかったら負けとか。単純な萌えゲーなら、キャラ萌えしたら負けとかもいけるわね」
「……いけるのか?」
後者は、悪の愛妻が黙っていないのではないか。
という懸念が伝わったわけではないが、アカネが視線を逸らす。
「って、うちのお父さんが言ってた気がするわ。うん、あたしの意見じゃないわよ?」
「ああ、うん」
よりにもよって最愛の一人娘によってスケープゴートにされた忠士はさておき、まあ、どれも全年齢版らしいので、問題はないのだろう。法的には。
「ところでさー。ユウトは、なんでレプレを生かそうとしたの?」
まったく変わらない調子で、唐突に爆弾を放ってくるラーシア。
アカネも真名もぎょっとするが、ユウトは顔色ひとつ変えずに答える。
「元々、死ぬ必要はなかっただろ?」
「それもあるし、ヴァルがいつも通り正義感を燃やしたからってのもあるだろうけどさ」
ラーシアはいつもの笑顔を消し去り、一拍おいてから尋ねる。
「ユウト自身の目論見を聞いてなかったなって」
「目論見ねぇ……」
ラーシアだけでなく、アカネと真名からの視線を感じた。
「あるんでしょ? 『そんな目論見なんて大したもんじゃないけどさ……』とか前置きしながら言うんでしょ?」
とてつもなくやりにくそうな顔をして、ユウトはヨナとレプレの対戦を見ながら口を開く。
「まあ、俺が死んだ後に、カイトたちやその子供も補佐してくれたら、ありがたいなとは思っているよ。ダァル=ルカッシュみたいにさ」
「北条幻庵みたいな感じ?」
「どっから仕入れてくんの、そういう知識」
「ゲームのチュートリアルかなー」
「ラーシアがチュートリアルを飛ばさないという情報が、一番の驚きだ」
北条幻庵。
北条早雲(伊勢盛時)の末子にして、後北条五代すべてに仕えた、一族の長老。
分かる人間にしか分からない例えだが――実際、アカネはうなずき、真名は首を傾げている――ユウトの希望に近い人材だ。
「まあ、勝手な期待だよ。本人の意思にもよるし」
ただ、現時点ではそれしか言えないのも確か。
自らの死後まで想定するユウトに、なんとも言えない空気になったところ。
それを払拭するかのように、アカネが「あっ」と、声を上げた。
「そういえば、ユウト」
「なんだ、朱音」
「聞きたかったんだけど、あたしのゲーム、知らない?」
「どれのことだよ」
「『円卓のシンデレラ』よ」
「ああ……」
アーサー王伝説をモチーフにした乙女ゲー。
そのタイトルに、ユウトは聞き憶えではなく、見憶えがあった。
「ゲーム機の中に入ってたから、サッカーゲームのパッケージにしまったぞ」
「見たけど、なかったわよ?」
「その先は、分からないな」
「ああ、だから本体に入れっぱはダメなのに……。ダメなのに、ついやってしまうのよ……」
買い直すべきか、否か。アカネが逡巡を見せる。
金銭的な問題ではない。
「こういうときって、買ったら出てくるのよねぇ……」
「一応、呪文で探せなくもないが……」
なぜか悪い予感がして、ユウトは躊躇してしまう。
「ダメ元で」
けれど、愛する妻にお願いされては、否やはない。
翌日、早速呪文で探査したユウトだが、思いがけない結果に、途方に暮れた。
「この世界にないぞ……」
「どういうこと? いえ、ないのはある意味当然な気もするけど」
どういうわけか、悪の愛妻ベアトリーチェの手に渡っており、ダスクトゥム神に似たキャラが出てくるゲームがないか問い合わせを受けたりするのだが。
それは、もう少し先の話になる。
ヴェルガ「妾以外が、家族ぐるみの付き合いになっておるようだが?」
ごめんなさい、ヴェルガ様。気付いたら、なんかそうなってました。
単発になる可能性高いですが、本当にヴェルガ様がメインの番外編も書……けるといいなぁ。