番外編その9 女帝の“遺産” 第七話
「まずは、同じ“さっかー”で、小手調べをしては?」
愕然とするダスクトゥム神すら愛おしげに見つめていた悪の愛妻ベアトリーチェが、助け船を出す。
一見、夫が有利になるよう取りはからっているように思えるが、その真意は計り知れない。
愛する者の、どんな姿をも愛す。
ある意味極まったベアトリーチェだから、自信のあるゲームで敗北するダスクトゥム神に期待しても不思議ではない。
同じぐらい、ユウトを粉砕して悦に入る悪神を愛でたいという気持ちがあったのも確かだろうが。
「そういうことなら、これかな」
ユウトがおもむろにゲームソフトを取り出し、パッケージを悪神夫妻に見せる。
それは、海外産のサッカーゲームだった。悪神が修練を積んだ――と思われる――国産のそれとは細かい点が異なるが、いきなり格闘ゲームをやらせるよりましなのは確か。
「ふっ。良かろう」
「じゃあ、俺が勝ったら、悪の三権を本当に持っているか教えてもらうってことで」
悪神は、ふてぶてしい表情のまま、尊大にうなずいた。
「こちらが勝てば、死後、その魂をいただく。いいな?」
「待ってください」
即座にうなずこうとしたユウトを押しとどめたのは、レプレの冷静ながら必死な声音だった。
「魂を賭ける必然性が見当たりません」
「神との取引とは、古来そういうものだ」
「しかし、所持しているかどうかだけの情報と魂が等価値とは――」
「黙れ」
静かな、しかし圧倒的な威厳に、レプレは体そのものを強ばらせた。いや、レプレだけでなく、それは真名も同じ。
蛇ににらまれた蛙……などと生やさしいものではない。生物としてのステージが、まるで違う。
「神の取引にくちばしを挟むとは、何様のつもりだ」
根源的な恐怖に、呼吸すら怪しくなる。震えることすらできない。
「いいんだよ、レプレ」
重圧など受けていない、受けていたとしても軽く受け流したといった風情のユウトが、優しくレプレを抱き上げた。
「顔が似てるから、親子みたいだね」
「そうだな」
ラーシアの混ぜっ返しを否定せず、ユウトはダスクトゥム神を無視して説明をする。
「レプレの気持ちは嬉しいけど、まずは、段階を踏まないといけないんだ。ちゃんと、レプリカを持ってるって言質を取ってからじゃないと、持ってないって嘘を吐かれるからね」
「……それは不誠実です」
「悪神だから、仕方がない」
むすっとする悪神を無視し、最新のゲームハードとテレビの電源を入れた。
だが、悪神の怒気は霧散し、真名はようやく呼吸ができるようになる。
「まあ、とりあえずやろうか」
続けて、ゲーム機にメディアを入れ……ようとして、他のソフトが入りっぱなしだったことに気付く。
アカネがプレイしていた乙女ゲー ―― 一度、乙女ゲーとBLゲームの区別が付かず、もの凄く怒られたことがある――と呼ばれるジャンルのものだ。
それをサッカーゲームのパッケージに仕舞い込み、ゲームを起動させた。
流れるオープニングムービー。
いつの間にか玉座から降り、ダスクトゥム神がテレビの前に移動していた。どういうわけか、ベアトリーチェの膝の上に座っている。
本神は満足そうなので、ユウトは流すことにした。
「ほう、画面が大きな分、映像はこちらのほうが綺麗なようだな」
「ああ。リアルさに定評のあるシリーズだよ」
ダスクトゥム神が独立したコントローラーを握るのは初めてだが、特に戸惑いはないようだ。
操作方法は、悪神がプレイしていた国産サッカーゲームとほぼ同じにした。
「ふんっ。この程度のハンディキャップで勝てると思わぬことだな」
「だいぶ練習してたみたいだな」
「無論。あれ以来、負けたことはない」
善と悪の無限迷宮で、無辜の冒険者相手に好き勝手やっていたらしい。
「ますます負けられないな」
「覚悟せよ」
悪神はブラジル代表、ユウトはスペイン代表を選び、試合が始まった。
「ふむ。やはり、大差はないな」
「めっちゃ上手くなってる……」
慣れないゲームにもかかわらず、ユウトと互角に戦う悪神。そこには、かつて無慈悲なスコアで一蹴されたダスクトゥム神の姿はどこにもない。
どんだけやり込んだんだ。
ユウトは、あきれると同時に戦慄する。
しかし、手探りだった序盤が過ぎ、徐々に実力の差が明らかになっていった。
ユウトの操作するスペイン代表が右サイドから攻め上がり、一回ターンをしてから中央にパスを送る。
尾を引くような鋭いパスに、前線の選手が飛び込んでいく。この動きは、ユウトが操作したものではない。CPUが自動的に行なった動きだ。
あとは、ゴール隅にボールを流し込むだけ。
無敵艦隊が、カナリヤ軍団のゴールを打ち破った。
「なぜ、そこにボールが来ることが分かっていたのだ!?」
「いや、サッカーって、そういうものなんだよなぁ」
オフ・ザ・ボールの動き――この場合は、ボールに関与していないプレイヤーが、ゴール前に走り込んだわけだが、その辺り、海外産のサッカーゲームでは実際の試合さながらに設定にされている。
つまり、実際の試合を知っていると、そのイメージそのままに展開できるわけだ。
「なに!? 人間は実際にボールを蹴ってサッカーをしているのか!? 手で運ぶ方が確実であろうに」
「それやると、ラグビーになるんだよ」
怪我で引退したとはいえ、ユウトは歴とした経験者。戦術の進歩に追随できているとは言わないが、実際のサッカーを知らないダスクトゥム神に負けるはずがない。
「ぐっ、思う通りに動かぬぞ」
「リアルだって、言ったろ?」
操作性や能力値の設定も、ゲーム的なプレイアビリティを犠牲にしている部分がある。
ゆえに、国産のサッカーゲームでは可能だった、ある意味ゲーム的な操作ができず、悪神が悪態を吐く。
「なんということだ……」
悪神が歯がみして、前後半90分――ゲーム内時間で――が終了する。
前回の無慈悲なスコアよりはましになったが、ユウトは夢のスコアで勝利した。
完勝だった。
「レプリカなら、回収してある。これで満足か」
「計算が狂わず済んでほっとしたよ」
まずは一勝。
あとは、ゲーム勝負で着実に勝利を収め、悪の三権をひとつずつ回収していけばいい。
「心配する必要なんて、ありませんでした……」
「本当にです……」
ゲームを観戦しながら手に汗を握っていた――魂が、悪神に奪われると聞けば当然だ――真名とレプレが、安心したように息を吐いた。
しかし、二人とも、すぐに息を飲む結果となった。
「そこの、でかいの」
「オレか?」
「相手になってやる。光栄に思うがいい」
「いや、オッサンの手にはコントローラーが小さすぎるから……」
「ゲームを指定していいのなら、受けて立とう」
「許す」
黒髪の妖艶な美女を椅子にした金髪の美少年が、傲慢に言い放った。
なんとも、邪悪だ。
「センパイ、これはさすがに……」
「いや、オッサンに考えがあるみたいだ」
真名の心配を受け止めつつ、ユウトはエグザイルへの信頼を優先した。
こうなると、真名にできることは、すごすごと引き下がることだけ。
「ずばり、疎外感を憶えていますね?」
「もし負けたら、あなたの魂を捧げることにしましょう」
「魂のコピーアンドペーストに挑戦してみますね!」
マキナはめげない。前向きだ。
「ところで、エグ。なんのゲームで勝負するつもりなの?」
「囲碁だ」
「囲碁!?」
岩巨人の口からその名を聞くことになるとは思わず、ユウトは、このダンジョンに入って初めて驚きの声をあげた。
「おっさん、囲碁なんていつの間に……」
「なに、ユウトの父上と晩酌しながらたまにな」
「なにそれ息子の俺も驚きの交友関係」
「ちょっと古いゲーム機に入っているはずだ」
どういうことなんだと首をひねりながら、一世代前のゲーム機のハードディスクをあさると、確かにインストールされていた。
「なんだ。ただのボードゲームではないか」
「ルールは――」
「構わぬ。やりながらで問題ないわ」
インストを受けようとしないダスクトゥム神にだったが、早速、驚愕の声をあげる羽目になる。
「なに!? マスの中に石を置くのではないのか!?」
しかも、石を囲むという概念を今ひとつ理解できないようで、初戦はあっさりと惨敗した。
「……仕方あるまい。契約は契約だ。引き渡してやる」
「いや、その代わり、今後、こっちが負けたら魂じゃなくて、その所有権を失うってことにしたい」
「……良かろう」
ユウトの条件を飲み、負けず嫌いの悪神がエグザイルにリベンジを挑む。
岩巨人が、鷹揚に受け入れ第二戦が始まった。
「いやー。それにしても、あの悪神様は学習しないね!」
「これくらいのハンデは、もらってもいいだろ」
あくまでも、今は勝たせてもらっているだけ。
ダスクトゥム神がゲームに慣れれば、立場は逆転する。
今のうちに、条件を整えなくてはならない。
無感情に画面を眺めるレプレを見下ろしながら、ユウトは決意を新たにする。
「それでは、次の勝者がこのマキナと対戦するということで」
「普通に遊ぼうとしない」
「ですが、囲碁のようなゲームこそ、AIが活躍すべきところでしょう。最近、自意識も持たず学習しただけの半端なAIが調子に乗っているようですからね」
「無闇に敵を増やすこともしないように」
第二戦も勝利したエグザイルにマキナが完勝し、囲碁は終了。
結果的に、石板よりも下とランクづけられたダスクトゥム神が苦虫を噛み潰したような表情を見せ、ベアトリーチェがますます喜ぶ。
「じゃあ、次はみんなでできるゲームにしようか!」
コントローラーの関係でエグザイルは抜け、ユウト、ラーシア、真名、ダスクトゥム神の四人で、カートを操るゲームを始めた。
囲碁のようにルールを憶える必要はない。簡単なインストで、ダスクトゥム神は操作方法を把握した。
それどころか、いきなりトップに躍り出る。
「ふんっ。タイミングを見計らってボタンで操作するだけではないか」
「異世界の神様より、ゲームが下手な私は、どうすれば……」
ダスクトゥム神の後塵を拝する真名は嘆いたが、悪神の天下は続かなかった。
「雷を使ったのは誰だ!?」
「ボクだけど?」
「今、光っているのに轢かれたぞ!?」
「そりゃ、ひくさ」
「ええい、押すなッ。アイテムを取り損ねたではないか!?」
「ごめんねー」
トップに立つと妨害が激しくなることに気付くまで、そう時間はかからなかった。
その間の浮き沈みを、椅子になっているベアトリーチェは間近で堪能することができた。カートの動きに合わせてダスクトゥム神の小さな体が左右に揺れる様など、特に素晴らしい。
「…………」
レプレは、ゲーム画面とゲームに興じる面々を少し離れた場所から、眺めていた。
楽しそうだとは思わないが、楽しんでいるのだろうとは思う。
悪神ダスクトゥムを相手に、こんなことができるとは、凄いを超えて呆れてしまう。
それが、うらやましいとは思わなかったが……。
レプレには眩しく感じられた。
生まれた直後なら、絶対に思わなかっただろう。
「よし。充分に勝ちは稼いだかな?」
「そだね」
レースが一段落したところで、ユウトとラーシアがレプレを見た。
終わりの時だ。
レプレは、なんの感慨もなく、それを受け入れる。
悪の三権と同化し、この身を滅ぼす。それこそが、為すべきこと。
しかし、どういうわけか、足はそちらに向かわなかった。
「じゃあ、レプレ」
「はい」
声は震えていない。
「頑張って、ダスクトゥム神に勝ってくれ」
「……はい?」
すでに三勝以上している。であれば、悪の三権の所有権は、移っているはずだ。
なのに、なぜ?
「俺としては、悪の三権のレプリカをダスクトゥム神から奪う理由はないんだよ」
「むしろ、ユウトが持ってたら、ヴェルガ帝国の後継者。さすが婿殿! ってなるからね」
「モテる男は辛いな」
「おいおい。オッサンじゃなかったら、戦争になってるところだぜ?」
「ちなみにボクだったら?」
「ヴァルトルーデに言う」
「情けない! でも、絶対的な殺意を感じる!」
ユウト、ラーシア、エグザイル。それに、マキナが笑う。
真名とレプレは、ぽかんと、その漫才を聞いていた。
「センパイ! つまり、悪の三権を必要としているのはレプレさんだけなのだから、欲しければ自分で勝ち取れということですか?」
「お膳立てはしたからね。あ、今の勝ち分で、レプレからの挑戦を必ず受けてもらうってことで」
「……小癪な」
またしても苦々しい表情を浮かべるダスクトゥム神だったが、拒否はできない。いや、しない。
椅子になりっぱなしの悪の愛妻は、とても情の深い笑顔を浮かべた。
「ま、今日すぐにってのもあれだから、うちに帰って練習すればいい」
比較的すぐ立ち直った真名と違い、レプレは、未だに再起動を果たせずにいた。
悪神に、ゲームで勝つ?
そのために練習を?
「ヨナも朱音も、喜んで相手になってくれるよ」
事態を膠着させこの身を活かすためだけに、これを仕掛けたというのだろうか。
理解のできない想いに、レプレは身を震わした。未だ、返答の言葉が思い浮かばない。
「教授。微力ながら、この私もコーチにつきましょう」
「真名に怒られない程度にな」
「ははは。お任せください。ブルーワーズ初のプロゲーマー誕生とあっては、いてもたってもいられませんから」
こうして、レプレ――ヴェルガ帝国の礎となるべく作られた“女帝の遺産”は、予想だにしなかった祖父とのゲーム勝負に挑むこととなった。
その後、長く。
・前回更新後の友人との会話
友人「ダスクトゥムってゲーム友達だったのか」
藤崎「これからそうなるよ」
友人「mjk」
藤崎「mjd」
友人「神とはいったい……」
というわけで、これで終わりだと寂しいので、来週、エピローグ的なお話を投下します。




