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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 16 叙事詩の終焉(エピローグ) 第二章 一年が過ぎて
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7.第二回頂上会議(サミット)

 イスタス公爵領の交易都市ハーデントゥルムから船で数日。

 どこの国にも属さぬ海域に、帝亀アーケロンの姿があった。


 広大な海原においても、その存在感は絶大。

 風や海流の影響など感じさせず、微動だにしない。海上に佇むその姿は、まさに海の帝王と呼ぶにふさわしい。


 しかし、その島の如き巨体に比べて性格は極めて温厚。争いは好まず、義理堅く人に助けられた恩義に報いる。

 今日も求めに応じて、その背を人間に貸していた。


「いつ来ても、ここは最高の眺めだな。遮るものがなにもないのがいい」


 帝亀アーケロンの背に設えられた、頂上会議(サミット)の会場。

 オープンすぎるようにも見える議場だが、ユウトの手により《念視(リモート・サイト)》や《瞬間移動(テレポート)》といった呪文への対策は取られている。


 あまりにも巨大ゆえに、なだらかな坂となっている頂点。そこに黒檀の机と椅子が四脚置かれただけの議場には、参加者が全員揃っていた。


 しかし、会議はまだ始まっていない。


 なぜなら、真っ先に到着したにもかかわらず、席には着かず辺りを探索するエルドリック王がいたから。

 今も、両手を広げ、海風を全身で受け止めている。


「海の上ですからね。あと、何度も来てるみたいな言い方、やめてもらえますかね」


 自然を満喫しているところ悪い……とは思わず、ユウトは渋面を浮かべて訂正した。

 エルドリックとは、そんな仲ではない。

 それに、自分は誘わずエルドリック王とだけ――という、疑惑の視線をアルサス王から向けられているのだ。曖昧な態度は、危険を招く。


「あーあ。まったく、年老いても王宮に縛られてるお爺さんを誘いに来るぐらいの器量はないもんかね」 


 その視線に気づいているのか、いないのか。

 麗騎士と謳われた英雄は、孫のような年齢の大魔術師(アーク・メイジ)へわざとらしく嘆いてみせた。


「この人は、都合の良い時だけ年寄になって……」


 その点、ヴァイナマリネンはそんなことはしない。

 ただひたすらに、自らの欲望に忠実なだけで……あまり変わらなかった。


 しかし、エルドリック王がヴァイナマリネンと違う点もある。年齢だけならばすでに老境でありながら、発言も立ち居振る舞いも若々しいのだ。

 もちろん、外見もそうだ。若者……とはいかないが、ユウトの祖父ではなく父親で充分に通るだろう。


「待たれよ、エルドリック王」


 今まで黙っていたアルサスが、貴公子然とした美貌に決意を讃えて立ち上がる。

 臣下のために、尊敬する麗騎士にもの申さねばならぬという風情であったが……。


「そういうことなら、私が先約であろう」


 こちらも、私利私欲にまみれていた。


「なんで、俺を取り合ってるみたいになってるんですかね!?」


 頭痛の種しかない。

 それでも、「どっちも誘わねえよ!」とは、さすがに言えないユウトだった。


「はい! それでは、我が国はアカネ様を所望します!」

「そういう会議じゃないですからね。国を代表して、人の妻をスカウトしないようにね」


 これでは、サミットじゃなくてドラフト会議になってしまう。

 セネカ二世の参戦――まさに、まさかのだ――に危機感を抱いたユウトが、パンパンと手を叩き場を収めようとする。


「……とても、口外できる内容ではないな」


 最後の参加者。世界最大の都市国家フォリオ=ファリナの世襲議員。議会から全権委任されたパベル・チェルノフは、眼前の惨状に絶句した。


 権力者は孤独である。

 ゆえに、同格であったり、あるいは遠慮する必要のない相手――この場では、ユウト――には、地金の部分を出してしまうのかもしれない。


 百歩譲って、そうだったとしても。


 この居心地の悪さは、言葉にできない。


 ペトラとユウトがどうにかなって義理の親子となったとしても、恐らく、この居心地の悪さは変わらないだろう。

 そう確信する、パベル・チェルノフだった。





「それでは、現在の状況から」


 唯一起立したままの参加者であるユウトが、手元の資料を確認するようにうながす。

 事前に伝えているのと同じ内容ではあるが、議論の前提として説明しておく必要があった。


「力の神の修練場での訓練ですが、先頃すべての予定を消化しました」


 エルドリックのタイドラック王国からは、教導団の役割を持つ親衛隊。

 クロニカ神王国からは、各神都から集めた義勇兵。

 フォリオ=ファリナからは、契約した傭兵団。

 そして、ロートシルト王国からは、北の塔壁に詰めていた防人たちがローテーションで。


 ヴェルガ帝国へと攻め入る予定の軍団。その中核となる騎士や兵士たちが、この一年で順番に神の台座を訪れた。


 怪我をしても問題のない環境で心おきなく訓練をするためにやってきた彼らは、まず、自信をへし折られた。個々人がそれなりの腕利きだったにもかかわらず、為す術もなく。

 それでも多少の反発は残ったが、続けて肉体を徹底的にいじめ抜かれることで、そんな元気も消え失せた。


 元気が残っているのなら、訓練だ。


 その訓練メニューは、多岐に渡る。

 修練場のアスレチック施設で立ち上がれなくなるほどウォーミングアップをしたあと、闘技場で個人戦や集団戦。場合によっては、ユウトが召喚(サモン)したモンスターとの対戦。

 さらに、エグザイルやラーシア。それに、ヨナのような圧倒的な個の力を持つ存在との戦闘を課されることもあった。


 それをひたすら、数ヶ月続ける。


 過酷というのも生ぬるい訓練を終えた者には、ご褒美もあった。

 全員に魔法の武具を渡す――ことはさすがにできないので、ドワーフ製の高品質な武器や竜鱗(ドラゴンスケイル)の鎧や盾などを贈っている。

 

 こうして心身ともに再構築された戦士は、ファルヴをあとにするのだった。

 この訓練を受けられなかった可哀想な同輩を鍛え上げるという使命を、胸に抱いて。


「いやまあ、強兵に生まれ変わったのは良いけどよ……」

「将来の指揮官候補まで屈強な戦士になってしまって、痛し痒しだという話もあるのだ。前線から離れたがらぬ」

「レグラクスのレグナム大司教が悔しがって、大変でした」

「傭兵たちが規律を守るようになり、我が国としては歓迎ですが」


 バベル・チェルノフ以外から、控えめな抗議があがる。

 どうやら、やりすぎたらしい。


 それもこれも、すべてエグザイルと岩巨人(ジャールート)騎士団の仕業。時折、ヴァルトルーデが手伝っていたようだが、それで甘くなることはなかったようだ。


 けれど、ユウトが最初に受けた特訓に比べれば、命の危機がないだけぬるい。

 実害はないのだし、問題もないはずだ。


 そう判断して、ユウトは話題を変える。


「えーと。物資のほうも、概ね揃えていますね」

「その点に関しては、フォリオ=ファリナからも保証いたします。海上輸送の手配も心配ありません」


 フォリオ=ファリナは、今回のヴェルガ帝国征伐では後方支援が主な担当となっている。

 ドゥエイラ商会などを隠れ蓑に物資を一年以上前から集めており、市場の混乱はほとんどない。


 それでも当然、戦費はかかる。だが、長年脅威となっているヴェルガ帝国を取り除こうというのだ。その程度の出費は受け止めるべきだろう。


「それから、ジジイ……大賢者ヴァイナマリネンから、無限貯蔵のバッグや飼い葉を無限に出す桶をいくつか買い取りましたので、各国に貸し出す予定です」


 こう言うと、この戦争のために用意したようだが、実際は飛行船を作るための金策だった。

 アルサスは感動の面もちだが、エルドリックだけは訳知り顔で笑っていた。


 調練は完了した。

 補給も問題ない。問題が起こっても、ユウトがなんとかする。


 あとは、敵の動向だ。


「次に、諸種族の王たちですが……。今も、断続的に争い続けてくれています」

「軍を出さずに、嫌がらせだけした甲斐があったな」


 せっかく用意した資料を見る素振りも見せず、エルドリックが人の悪い笑顔をユウトへ向けた。


「依頼した冒険者たちが、思った以上に上手くやってくれたようです」


 それを無視して、ユウトは説明を続ける。

 このような場なのでかいつまんだ話になるが、魔導師(ウォーロック)のリンや動物使いのジャスティンをはじめとする冒険者たちは、見事に依頼を果たしてくれた。


「特に、黒ドワーフは完全に疑心暗鬼に陥っているようです。彼らに関しては、ほぼ無視して良いかと」


 リンらの工作は成功したようで、他の勢力はおろか黒ドワーフたちの内部でも猜疑心の嵐が吹き荒れている。

 よほど大切な技術か魔法具(マジック・アイテム)でも流出したのか、完全に引きこもっていた。


 ただ、黒ドワーフへの工作を依頼したリンたちからの連絡が途絶えているのは気がかりだった。

 フォリオ=ファリナに戻ったところまでは消息を追えているが、その後の足取りが杳として知れないのだ。


 もちろん、それ以降の動きは依頼の外。


 それに、気になると言えば、レイ・クルスの動向のほうが余程問題だ。


「やっぱり、レイは消息不明か」

「大賢者にも依頼をしていますが、リ・クトゥア以降の足取りは完全に途絶えています」


 エルドリック王の問いに、ユウトは淡々と事実を述べた。


 ユウトとヴァイナマリネンらが行なった、《念視》の呪文などによる追跡。

 アルシアや、セネカ二世らによる神託。


 そのいずれでも、レイ・クルスの動向はおろか、生死すら確認はできなかった。


 かつてヴェルガ帝国を統べて神へと挑戦すると言い放った、堕ちた英雄の存在は、不確定要素として頂上会議に影を落とした。


 しかし――


「まあ、やるしかねえだろ」


 ――エルドリック王の一言が、それを振り払う。


「平坦な道のりではないのは覚悟の上」


 決意に満ちた表情で、アルサスが悪を討つと宣言する。


「神々の意にも、沿う行いでしょう」


 神王セネカ二世が、神の意思を代弁した。


「フォリオ=ファリナも、賛成します」


 そして、バベル・チェルノフも、世界最大の都市を代表して参戦の意思を表明する。


 ここに、決断は下された。


 機は熟したとはいえないかもしれない。しかし、これ以上待っても、果実が甘くなるとも限らない。もぎ取らなければ、分かりはしない。


 ユウトは一礼し、その判断に敬意を表す。


 ――だが、そのとき。


 ユウトの目の前に、《伝言(メッセージ)》の呪文で送られた手紙が出現した。


「ジイさんから……?」


 送り主は大賢者ヴァイナマリネン。


 疑問と、わずかに芽生えた不安。

 それに突き動かされるようにして、王たちの前にもかかわらず、《伝言》に目を通し……。


「……これは…………」


 思わず、絶句した。


 それでも、即座に立て直したのはユウトだからだろう。


「……大賢者ヴァイナマリネンからです」


 エルドリック、アルサス、セネカ二世、バベル・チェルノフ。

 頂上会議の参加者を見渡し、大きく深呼吸をしてから、再度口を開く。


「レイ・クルスは、女帝ヴェルガを地上に呼び戻すと宣言。諸種族の王へ、配下を引き連れ帝都へ集うよう号令をかけた――と」


 ただ、さすがのユウトも、《伝言》の内容を読み上げるので精一杯だった。

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