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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 14 女帝の熾火 第三章 ルージュ・エンプレス
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3.意外な襲撃者

「ふう……。とりあえず、第一関門はクリアというところでしょうか」


 ユウトたちを送り届けた真名は、エレベーターの扉が閉まると同時に、ほっと息を吐いた。そのまま壁にもたれかかり、一階までしばしまぶたを閉じて解放感に浸る。

 常識的な話し合いが持たれるのかどうか。それは、真名には分からない。ひょっとすると、ユウト本人も分かっていないかもしれない。

 どちらにしろ、真名の手からは離れた。あとは、あの極東支部長が、どうにかするだろう。それが、職責というものだ。


「お疲れ様でした、ご主人様(マスター)


 手にしたタブレット――マキナが労ってくれたものの、小さくうなずくことしかできない。

 常に緊張感を保ち、気を抜くことがない真名にしては、珍しい状態。ユウトたちと別れるまではいつも通りだったが、つまり、それだけ気を張っていたということ。


「私にとっては、これからが本番です。最悪マキナにも頼ることになるかもしれません」

「ご主人様、それは違います。『私にとっては』ではなく、『私たちにとっては』です。訂正を」

「……最近、言うことが、どんどん芝居がかってきてますね」


 ポニーテールにした髪に触れ、小さく嘆息。諦めてはいるが、受け入れるかというと、それはまた別の話。

 だが、エレベーターが一階に到着する寸前、真名は姿勢を正して険のある顔を取り戻した。休憩の時間は終わり。集中しなくてはならない。


 エントランスホールへ戻ると同時に、真名は遠慮のない厳しい視線で辺りを見回す。だが、幸いなことに、異常は見あたらない。今のところ、不審な人物は紛れ混んでいないようだ。

 端から見れば、彼女自身がそれに当たるのかもしれないが、一級魔導官である彼女に面と向かって指摘できる人物はいなかった。


 ユウトの専属のような状況で、交易品の用意や調整が主な業務になっている真名だが、賢哲会議(ダニシュメンド)において、一級魔導官の資格は安いものではない。

 神秘への造詣が深く、理術呪文に優れ、戦闘に耐えうる体力を誇る。知力、魔力、体力。そのすべてを兼ね備えたエリートなのだ。


 そんな真名に直球で指摘できるとすれば、それこそユウトぐらいのものだろう。


 そう考えた瞬間、真名の無愛想な顔に微笑が浮かぶ。

 しかし、それも一瞬。すぐに表情を引き締め、改めて周囲を警戒する。


 エントランスホールには、今も十名ほどの男女がいた。いずれも、主流である探求派に属する者たちだ。彼らはただの職員ではなく、理術呪文の腕は真名に遠く及ばないにしても、一通りの戦闘訓練は受けている。支部長が、それとなく配備した戦力だろう。


 それでも、不安は否めない。


 日本国内で大っぴらに戦力を展開することは難しいにせよ、内部抗争の真っ最中である組織にしては、いささか心許ないところだった。


 賢哲会議には、伝統的にふたつの派閥が存在している。


 現在の主流は探求派。理術呪文や怪物(モンスター)といった神秘の存在を認め、解明し、利用しようという一派。真名は知らされていなかったが、次元魔術師(プレインウォーカー)天草勇人を顧問に迎えることになったのも、この思想による。


 一方、非主流派ではあるが無視し得ない勢力を誇るのが、統制派。

 探求派とは対照的に、神秘を秘匿し、研究はするが隠匿を旨とする。


 どちらが正しく、また、どちらが優れているということではない。

 ひとつの思想しか持たない。それは強固な組織だろうが同時に、不健全でもある。


 しかし、それも平時でのこと。あまりに対立が深まれば話は違ってくる。しかも、武装蜂起の兆候まであるとなれば、見過ごせない。


(それも、よりによってセンパイを狙うとは……)


 当人が聞けば否定するだろうが、客観的に見て、次元魔術師天草勇人は神出鬼没である。

 多くて月に一度、長くても半日程度しか地球に姿を現さない。


 彼の身柄を狙うのであれば、極東支部長香取圭吾との会談が行われている今は、またとない好機だ。


 賢哲会議に多大な貢献をしているユウトを狙う動機。

 それは、彼が持ち込む文物にあった。


 どれをとっても、興味深い物ばかり。最初に渡された金貨の配分を巡って、賢哲会議は深刻な危機に陥りかけたこともある。

 今では、そこまでの反応はなくなったが、それでも、本の一冊、剣の一振り。否、石ころひとつだけでも、研究材料としては最上級。


 それをもたらす天草勇人。


 探求派としては取り込みたくなるだろうし、統制派としては劇薬だと排除に動いても仕方がない。あくまでも、統制派の過激なグループのみではあるが。

 そんな急進派を、昨晩から今朝にかけて実働部隊が制圧して回っていた。


 それに伴い、ユウトの両親にも陰ながら護衛を張り付けてあるし、このビルそのものではなく極東支部の周囲には警備を張り巡らせている。


(とりあえず、制圧は順調ですか……)


 マキナを操作し、アプリを呼び出してリアルタイムの状況を確認していく。

 作戦目標は、ほぼクリア。

 タイミング悪く、次元を越境してきた怪物の出現も報告なし。呪いの物品による事件も発生せず。

 極東支部に近づく不審者もなし。


 今のところ、問題はないようだ。


 緊張を解いてはいないが、警戒し続ける必要もない。真名は、少しだけリラックスした。

 こういうとき、一人だけというのは、少し寂しく感じる。

 こちらから喋るかどうかは別にして、マキナに懇願されたように無線接続のヘッドセットを用意していれば良かったかもしれないと、真名はちらりと考える。

 聞き流すことは確実だが、マキナの声を聞いているだけでも、寂しさは紛れたことだろう。少なくとも、昔――ユウトと出会う前――は、そんなことを感じなかった。


(このまま、何事もなく終わると良いんですが)


 内部抗争に関する情報は、ユウトたちには伝えていない。このまま、何事もなく終わるということはつまり、ユウトに秘密にしたままになるということ。


 真名は、ユウトが誰かに害されるなど欠片も思っていない。もちろん、彼だって人間だ。万が一は起こり得るし、万能ではない。

 それは分かっている。


 その上でなお、ユウトが傷つくところは想像もできない。


 それどころか、アカネやヨナが巻き込まれると知ったなら、統制派急進グループになにをするか分からないと思っている。賢哲会議の内部で処理をしようとしたのは、やりすぎを防ぐため。

 これは、真名からの報告に基づいた判断だ。


 真名が見る限り、多少、過激な面はあるものの、ユウトは余計な争いを好まない穏当な人物だ。突然、異世界へ転移してしまい、そこで絶大な力を手に入れたにしては、驚くほどゆがみが少ない。


(それも、親しい人が絡まなければですけど)


 彼だけでなく、彼の周囲に危険が及ぶとなれば容赦しないはずだ。


 その見解は正しく、しかし、ひとつ見落としがあった。


 親しい人。

 そこには、真名自身も含まれているという事実を。





「……帰投してきた部隊ですか」


 真名がエントランスホールで警戒を始めて――同時に、ユウトが極東支部長と会談を始めて――二十分ほど経過した頃。

 軍服を身につけた集団が、極東支部のビルへと無遠慮に踏み込んできた。


 統制派ではない。

 となると、急進グループとの戦闘を終えた部隊が戻ってきたということになる。

 だというのに、真名の顔は晴れない。


 カーキ色の軍服は、とても魔術師(ウィザード)や神秘に傾倒する者とは思えなかった。腕には、真っ赤な布を巻いて所属を現しているが、賢哲会議には、そんな記章の部隊は存在しない。

 しかし、真名は、彼らが何者か知っていた。


 押し掛けてきたのは、一級魔導官を中心とするここ最近実力を伸ばしていたグループ。いわば、探求派内の急進派だ。


 予定になかった、彼らの突然の登場。

 入り口前の守衛も、ホール内の警備要員も戸惑い、咄嗟に動けない。


「どんなご用ですか?」


 そんな周囲の困惑を余所に、真名が動く。

 トレードマークになっているポニーテールを揺らし、堂々とした足取りで彼らの前に立ちふさがった。


「貴様は何者だ」


 用件を尋ねる真名に、先頭の男が逆に誰何する。

 ここで押し問答をしても仕方がない。


「一級魔導官、秦野真名」

「ほう。貴様が……」


 先頭に立つ、角刈りの男。

 彼が、このグループのリーダーなのだろう。輪をかけて、魔術の徒には見えなかったが、見た目で言えば、ユウトだって大魔術師(アーク・メイジ)には見えない。

 胸板がやたらと厚く、手足が丸太のように太くても、それだけで判断するのは早計だ。


「俺は、一級魔導官田港肇(たみなとはじめ)だ。支部長に用があって来た」

「……支部長は、来客中です」

「ああ、知っているさ。間に合ったようだな」


 元々小柄な真名と、軍人のように恵まれた体格の田港。

 二人が並ぶと、大人と子供。いや、巨人と小人のよう。


 しかし、見上げる形になっても、真名は厳しいを通り越してきつい視線を臆することなく投げかける。


「来客の方は、かなり気難しい人ですから。機嫌を損ねたくなければ、出直すべきでしょう。いえ、出直しなさい」

「言ったはずだぞ、一級魔導官秦野真名。俺は、知っていると」


 田所だけでなく、彼に付き従う男たち―― 一人だけ女性もいたが――も、真剣そのもの。


 本気だ。本気で、支部長――ではなく、ユウトと会うつもりのようだった。

 彼らも探求派ではある。いきなり強硬手段に出ずとも、面会だけなら穏当なやりかたでも、良かったはず。


(センパイを説得する自信がある? それとも、支部長を押さえて、一気に組織を掌握する?)


 なんにせよ、正面から押し掛けてきたのだ。

 自らの思想に正当性を抱き、実行するかどうかは別にしてクーデターを成功させる成算もあるのだろう。


「そんな義理はありませんが、忠告しておきます」


 小さくため息を吐き、真名が侵入者たちへ鋭い視線を向ける。


「センパイになにを主張するつもりなのかは知りませんが、少なくとも、力ずくは止めるべきです。百倍になって返ってきますよ」


 それは紛れもなく本心からの。しかも、的を射た忠告だった……が。


「はっ。その手には乗らんぞ」


 彼らにしてみれば、ただの挑発でしかなかった。


 一気に、緊張感が高まる。


 真名も、話し合いを諦めエメラルド色のタブレット――マキナを構え、戦闘に備えた。


「我らは、ルージュ・エンプレス。パラダイムを変革するため、立ち上がる者だ」


 田港と名乗った男の宣言と同時に、野戦服を着た男たちは、重厚な革張りの書物――呪文書を取り出し、3ページ切り裂いた。


「《火球(ファイアー・ボール)》」


 十数名が同時に《火球》を放つ。床に壁に天井に。因果の反動(バックラッシュ)も考慮せず、でたらめに。


 それは、世界を変える戦いの始まりを告げる烽火だった。

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