2.あなたのための贈り物(後)
今週は、月・水・金の三回更新とさせていただきます。
申し訳ありませんが、ご了承ください。
「いきなり来て場所を貸せなどとぬかすからなにをするのかと思えば、結婚指輪を作るとはな。ワシをなんだと思っておるのか」
「ぐあー。また、駄目だった」
発動した呪文を維持しながら洞窟真珠を加工していたユウトが、絶望的な声をあげる。
洞窟真珠が貴重だから――というのもあるが、失敗すればプロポーズも遠のくのだ。当然だろう。
それゆえにか、ヴァイナマリネンの文句など、聞こえていなかったようだ。苛立たしげに髪をかき、大きく息を吐く。
大賢者の居城八円の塔はファルヴの城塞よりも広大で、使用されていない部屋も多い。
タイドラック王国からアカネを伴ってファルヴへ戻ったユウトは、その直後に八円の塔を訪れ、空き室を占領。家具ひとつない4メートル四方ほどの部屋で、作業に没頭した。
それが、数日前のこと。
以来、通常業務を終えるや八円の塔へ《瞬間移動》し、指輪作りに励んでいた。
にもかかわらず、進捗ははかばかしくない。もう、これで何度目の失敗か分からなかった。
使用していたのは、地の源素に関する様々な魔術を行使する特権を得る第九階梯の理術呪文《大地の王》。以前は、そこから《大地鳴動》を発動し、ファルヴの土台を作った。
今回は、《岩石加工》という呪文で、不変の特性を持つ――とされていた――洞窟真珠をいくつかに分割。数センチの欠片となったそれを、指輪に変形させようとし――またしても、失敗していた。
ただ、失敗できるということは、呪文が通用していると言うことでもある。すべては、神力解放による底上げがあってこそ。そうでなければ、《岩石加工》はなんら効果を及ぼさなかっただろう。
それほどまでに、洞窟真珠は絶対ではないが不変。黒ドワーフたちはどうしているのか気になって仕方がない。
そして、神の見習いになって良かっただろうと、得意げな知識神ゼラスの顔が思い浮かんだが、すぐに忘れることにした。
「まったく、指輪ひとつ作るのに宝石を潰すとはな。本末転倒も甚だしいわ」
「……それは、俺もそう思う」
ようやく、ユウトがヴァイナマリネンに反応する。
痛いところを突かれたからというよりは、ユウト自身、思っていたことだったから。
《大地の王》を発動するには、触媒として尖晶石を必要とする。それも、金貨数百枚の価値はある大ぶりな尖晶石が。
苦労して使い潰すぐらいなら、その資金で指輪を買えば良い。誰もが、そう思うだろう。
議論の余地もない、完全な正論だ。
しかし、ユウトは手作りにこだわった。
なぜか?
理由は、自分でもよく分からなかった。
きっかけは、エルドリック王に薦められたからでしかない。こうして採取はしたが、必ず使わなければならないものでもないだろう。
確かに、不変という性質は愛を誓う結婚指輪に相応しいが、洞窟真珠にだけこだわる必要はどこにもない。
「結局、アルシア姐さんになにかをしたっていう証が欲しかっただけなのかもな……」
実際、手作りだとなれば喜んでくれるだろうが、素人仕事でもある。
純粋な質でいえば、ヴァルトルーデに贈った地球産の結婚指輪に劣ることは間違いない。
自己満足と言われるかも知れないが、形に残しておきたかったのだ。
「青い。青いな!」
「うるせー」
「悪いとは言わんぞ。青臭い経験は、若いときにしかできんからな」
「この際だからはっきり言うけど、結婚生活とその経験においては、ジイさんよりも俺のほうが上なんだからな」
「そうだな」
「……珍しく素直に認めたな」
「その分、ワシのほうが未知の可能性を秘めとるぞ。同じ状況になったら、ワシのほうが上手くこなせるのではないか?」
世界中の人々から崇拝される大賢者を無遠慮ににらみつけ、反論の言葉を探すユウト。
しかし、二度三度と口を開きかけるも、結局、言葉が発せられることはなかった。
ヴァルトルーデや、アルシア。それにアカネが自分以外と結婚生活を送ることなどないのだから、他人のほうが上手くやれるかも知れないという仮定自体、そもそも無意味だ。
それよりも、上手く加工する方法を考えたほうが建設的。
「……これはもう、地の宝珠を使用するしかないのでは?」
「止めはせんがな」
ややあきれ気味に言ったヴァイナマリネンが、洞窟真珠の欠片を手に取った。
あごひげを撫でながら、それをまじまじと観察する。
「宝石には見えんな。これをもらって、喜ぶ女がいるのか?」
「それを綺麗にするのが、俺の使命なんだよ!」
「もう、あれだ。幻覚呪文でもかぶせれば良いだろう」
「葉っぱの小判じゃねえんだから……」
「カカカ。まあ、精々、気張れよ」
呵々大笑した大賢者が、踵を返して部屋から出ていこうとする。
ユウトは、それを止めなかった。
場所を借りておいてなんだが邪魔にしかならないし、ヴァイナマリネンの助言や手出しで上手くいっても、それはそれで複雑だ。
――いや、ひとつ忘れていたことがあった。
「ああ。そうだ、ジイさん」
「なんだ?」
「今度、子供が生まれることになった」
この世界での祖父とでも言うべき相手――お互い、素直に認めはしないだろうが――の背に向けて、ついにユウトは報告を果たす。
「ほう……」
ヴァイナマリネンが立ち止まり、感慨と歓喜が入り交じった呟きをもらした。
「そうかそうか。その子供が大きくなるまでは、生きていなくてはならんな」
「黙ってても生きてるだろうに。なんで、そんなに殊勝なんだよ」
「なんでかだと?」
ヴァイナマリネンは一度言葉を切り、振り返りながらいたずらっぽい表情を浮かべる。
「お前さんが母親の腹のなかにいる間、父親は別の女のために指輪を作っておったぞと、教えてやらねばならんだろ」
「もう、マジ死ね」
「くはははははは」
遠慮のない暴言で家主である大賢者を追い出したユウトは、石がむき出しの天井を見ながら息を吐く。
「なら、その指輪がこれだぞと言えるように、完成させないとな」
そしてまた、呪文を発動し、作業に没頭した。
本来、《岩石加工》の呪文は宝石のカットや研磨に使用するものではない。
石の扉や壁に穴を開け新たな入り口を作ったり、岩塊から魔導人形や魔像翼怪を創造するための素体を作り出すといった、少し便利な呪文でしかなかった。
そもそも、魔術師が宝石を加工するほうがおかしいのだ。指輪の魔法具を作るにしても、本職の職人に依頼をすれば良いだけ。
ただ、ユウトの呪文の使い方が普通ではないというのは、今さらの話でもある。
理術呪文の根幹は、世界を改変しようとする意思とイメージ。ならば、不変の洞窟真珠そのものを、リングに加工するのも不可能ではない。
分割した洞窟真珠の欠片を捧げ持つように両手で高く持ち上げて、精神を集中させる。
思い浮かべるべきは、完成品のイメージ。
経過も手順も関係ない。そのものが、生み出される。
指輪。指輪だ。
ヴァルトルーデへ贈った状態感知の指輪。
アルシアへ贈った感情感知の指輪。
アカネへ贈った守護の指輪。
地球へ戻ったときに活躍した姿隠しの指輪。
いつも身につけている、呪文行使を助ける大魔術師の指輪。
ドラゴンの財宝のなかにあった贅をこらした指輪。
貴族や商人がつけていた指輪。
両親の結婚指輪。
結婚指輪を選ぶためにカタログで見た指輪。
ヴェルガから渡された通行証代わりの印章指輪――は、忘れよう。
地球でも、ブルーワーズでも。ただの宝飾品も、魔法具も。たくさん見てきた。
それらを思い浮かべ、目を閉じて精神を集中し、洞窟真珠へと魔力を込める。
白い洞窟真珠が淡い光を放ち、徐々に輪郭が歪んでいく。
球体が、ユウトの思い浮かべた円環へと変わっていく。
――そのはずなのに。
(……あ、ダメだ)
理屈は正しい。
そのはずなのに、今までと同じように失敗――不変のはずの洞窟真珠が崩壊――する気配を感じる。
なにがいけなかったのか。
正しいのに、失敗する。であれば、それは正しくないのか。
ならば、なにが正しいのか。
(指輪……正しい……そう……か)
不意に、イメージが切り替わる。
指輪。そう、指輪だ。
指輪を作るのが目的ではない。
作った指輪をアルシアに贈り、彼女に喜んでもらうのが目的なのだ。
アルシア。トラス=シンク神に仕える大司教。
理知的で、話が合うという意味ではパーティで一番だった女性。
それでいて、何度もからかわれたし、逆に、こっちがその気になると、途端に狼狽してしまう。
可愛い女性だ。
いつから意識しだしたのかは分からない。
決定的に意識をしたのは、トラス=シンク神殿からユウトと子供を作るように命が下された――と、告白された頃からだろうか。
非人道的な使命に憤りを感じつつも、その点を除けば、決して嫌ではなかった。子供を抱くアルシアという想像に、違和感を憶えなかった。
信じられるし、頼りになる存在。
その想いは一方通行ではなく、アルシアも同じはず。
好意を抱いていても、恋愛とは違う関係。
お互いに、友情だと思っていたはずだ。
お互いに、ヴァルトルーデが第一だった。
だから、関係が進んだのは、ヴァルトルーデとの仲が確定してからで。
だから、関係が進んだのは、必然だったのかも知れない。
なんとも奇妙な関係だ。
でも、好きになってしまったのだから仕方がない。
大事なものはひとつだけなんて、誰が決めたんだ。
アルシアには幸せになってほしいし、幸せにしたい。
みんなで幸せになって、なにが悪い。
アルシアが、指輪を薬指にはめて微笑む姿が脳裏に浮かぶ。真紅の眼帯ではなく、ダークブラウンの瞳をさらし、そこにはユウトが映っていた。
同時に、かつて触れた彼女の手の感触が蘇る。
「神力解放」
確信があった。
かちりと、ピースがはまる。
魔力。否、神力が荒ぶり、収束し、集中していた精神はゆっくりと弛緩していく。
掌の上には、思った通りの品が乗っていた。
「よし」
会心の笑みを浮かべるユウト。
次の瞬間、その姿は八円の塔から消え失せていた。
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