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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 13 花嫁に捧ぐ夜想曲 第二章 アカネとの旅
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幕間 分神体(アヴァター)たちの武闘会 二日目

 ファルヴ武闘会の二日目。

 神の台座に集った分神体(アヴァター)たちの前には、仕出しの弁当が広げられていた。


 リトナが東方屋へ発注した物だが、彼女自身は本業が忙しいと、屋台村にあるブースに詰めている。

 そんな彼女に感謝しつつ、分神体たちはふたを開ける。


 それは、ご飯の形を除けばユウトやアカネが見れば幕の内弁当を連想するだろう。だし巻き卵に揚げ物、煮物に魚の焼き物などオーソドックスだが質の高い品々が並んでいる。

 盛りつけも細部にまで心を砕いており、一個の芸術品に等しい。


「リィヤに見せてやりたかったのじゃ……」

「今日も元気に、会場でスケッチしてるはずさ」


 知識神と死と魔術の女神が美神を悼みながら、仲良く食べさせ合いをする。見せたいだけで、食べさせたいと言わなかった点に、他意はない……はずだ。


 その横で、ドゥコマース神の分神体(アヴァター)が弁当を肴にして酒をあおり、ヘレノニア神の分神体はきっちりと正座をしてひとつひとつ味を確かめながら嚥下していく。白身魚の味噌漬けは、この戦女神にも新鮮な驚きを与えていた。まさか、こうも豊かな風味と旨味を与えるとは。東方の調味料、侮り難し。


 昨日と違い――必要充分な量はあるが――今日はこの弁当のみ。

 そのせいか、レジャーシートではなく毛氈を敷いているものの、見ようによっては運動会の保護者席とも思える光景。


 しかし、闘技場の外壁に映し出されている光景は、凄惨極まりなかった。


「なんか血が光ってるし、エグやんはさらにでっかくなってるし、仮面の剣士さんは、死んでないのが不思議なほどボロボロだぁっl」


 メルラの実況も、決して大げさではない。


 仮面の剣士――アルサスが崩れ落ちていた。

 エグザイルに滅多打ちにされ、生きているのが不思議なほど。


「ふむ。なかなかだ」


 それは、アルサスに対しての言葉か、それとも料理への感想か。“常勝”と謳われる戦女神が口元を拭いながら、称賛を口にする。

 料理はともかく、エグザイルから神力解放(パージ)まで引き出したのだ。アルサスは、試合には負けたが、勝負に勝ったと言っても良い。


 そう。自らを犠牲にし、仲間に後を託す。アルサスの生き様は、ヘレノニアの美意識にも大いに合致するものだった。


「ははははは。また、天草勇人の作戦勝ちだ」


 ユウトの勝利に、ゼラス神もご満悦。《喪神の魔陣サークル・オブ・スタン》でエグザイルを行動不能に陥れ、ラーシアは隠し腕による奇襲で退けた。

 正々堂々とした戦いではないかも知れないが、知恵を絞った勝利である。知識神の眷属として、合格点を与えてもいいだろう。


「お前様、ほんに嬉しそうじゃの。リトナがおらんで良かったわ」


 そう言うトラス=シンク神も、我がことのように喜んでいた。

 夫神の眷属であり、お気に入りのアルシアの夫であるユウト。しかも、ユウトは、アルシアのために決闘をして男を見せたこともあるのだ。

 もはや、夫婦そろって、ユウトを逃す気はないようだった。


 凄惨ではあったが、死力を尽くした戦いに、神々も観戦する人々も歓声を送る。このような機会がなければ、絶対に見られなかっただろう対決なのだから。


 しかし、そんな和気藹々とした観戦風景も、次の試合では様変わりする。


「レイ・クルス……か」

「今からでも、介入する?」

「そんなこと、できるものか」


 ゼラス神の揶揄するような問いかけを、ヘレノニア神は渋面を浮かべて否定する。


 ヴァイナマリネンから語られた、レイ・クルスとスィギルの悲恋歌の真実。レイ・クルスが、闇に堕ちた真相。


 闇に葬られた真実に、観客たちは絶句する。

 それも当然だろう。善悪が反転し、被害者と加害者が入れ替わったのだから。


 無論、この場にいる分神体たちは――最も世情に疎いドゥコマース神ですら――把握している事実。


 そして、どちらへ肩入れできる問題でもなかった。


 実のところ、森の乙女エフィルロースの行為は、神としては正しいのだ。


 被害者であるスィギルを神の使徒として迎えることで、彼女を生け贄として差し出した里のエルフたちへの罰とする。死したエルフたちが再度生を得るまで過ごす“永遠の森”で、肩身の狭い思いをしていることだろう。


 その程度の罰では甘いと思えるかも知れないが、それはレイ・クルスの視点だから。種族神としてこれ以上の罰は下せないし、使徒とするという栄誉を剥奪して地上へ戻すことなど以ての外だ。


 しかし、これは神の視点での正しさでしかない。


 それを証明するかのように、この場にいる分神体たちは、森の乙女への。そして、神々への憤りを文字通り肌で感じていた。


「困ったものじゃなぁ……」


 トラス=シンク神のつぶやき。

 これこそが、神々を代表する言葉だった。


「困ったで済ますわけにはいかないんだけどね」

「だが、解決できるのであれば、とっくにやっておろう」


 ゼラス神が肩をすくめ、ドゥコマース神が酒杯を傾ける。

 ヘレノニア神は、固く唇を結んだままだ。


 もちろん、神々も黙って手をこまねいていたわけではない。その辺りの機微を弁えた他の神がエフィルロースへ忠告したことはある。

 けれど、神であっても、いや、だからこそ誤りを指摘されて正すのは難しい。そのうえ、エフィルロースには正しいことをしているとの自負があるため、受け入れられなかった。


 仮に、レイ・クルスが道半ばで倒れたとしても、悪の神々が援助をすることだろう。

 この対立は、もはや、当事者の死によっても収まらない領域まで来ているのだ。


「結局、自らで過ちに気づくしかないのだ」


 ヴァルトルーデがレイ・クルスに敗北する様を厳しい表情で見つめながら、“常勝”ヘレノニアは突き放すような口調で言った。


 その厳しさは、決め手が宿敵であった不殺剣魔ジニィ・オ・イグルの介添えだったことと無縁ではない。


 けれど、それも信徒の負け戦を目の当たりにする辛さに比べれば大したことではなかった。


 手出しなどできないだけに、なおさら。

 なぜなら、“常勝”たるヘレノニアは敗北を知らぬがゆえに、敗れた子らを立ち直らせることができない。見守ることしかできないのは、なんとも歯がゆいものだった。


 決して、顔にも言葉にも出さないが、ヴァルトルーデのことが心配でならない。


「まあ、そう悲嘆するもんじゃない」


 そんなヘレノニア神を、紅顔の美少年が得意げな表情で慰める。


「私の眷属である天草勇人が、しっかりとかたきを取ってくれるさ」

「自信満々じゃのう、お前様は」

「当然。みんな、思い知るだろうね」


 なにを――とは言わず、知識神ゼラスは自信に満ちた微笑みを見せる。

 知識神の分神体は、自らの眷属の勝利を信じて疑ってはいなかった。


 無論、今までの実績やレイ・クルスとの相性という根拠はある。


 だが、それよりもなによりも。

 好きな女を傷つけられて、我慢をするようなユウトではない。


 そして、ゼラス神の予言は現実となった。


 ヴァイナマリネンの予測をも上回り、容赦なくレイ・クルスの弱点を突いて。


「でも、こんなの特別なことじゃない。ヴァルのためなら、何度だって勝ってみせる。だから、ヴァル――俺と、また、一緒になってくれ!」


 ユウトのプロポーズが闘技場に。否、神の台座全体へと響き渡る。

 その大魔術師(アーク・メイジ)の胸へ、聖堂騎士(パラディン)が飛び込んでいく。


 栄光と勝利。

 強敵に打ち勝ち美女を得るという、プリミティブな構図。


 神々も、それを惜しみなく祝福した。


「見事見事」


 手放しで喜ぶゼラス神。 


「相も変わらず搦め手だが……勝ちは、勝ちか」


 若干不満そうなヘレノニア神。 


「理術呪文をいかんなく使っての勝利じゃ。文句のつけようもないじゃろ」


 ご満悦といった様子のトラス=シンク神。


「まあ、最後を拳で締めた点は評価できるな」


 なんとなく、武器が粗末に扱われたようで不満がありそうなドゥコマース神。


 いずれも、ユウトが聞いていたら、余計なお世話だと言い返していたに違いない。


「お前様、満足そうじゃな」

「もちろんさ。わざわざ、来た甲斐があったというものだ」


 そう言って、知識神が天を仰ぐ。

 分神体としてではあるが、大挙して訪れたのには、当然、理由がある。


 それぞれに理由は存在したが、七柱もの神が地上の一カ所に集まるのは、やはり、異例と言わざるを得ない。となれば、善悪を問わず、天上の神々も注目することになるだろう。


 それは、エルフたちの守護神、森の乙女エフィルロースも例外ではない。

 遙か高みからではあるが、見たはずだ。感じたはずだ。


 人間たちに、森の乙女エフィルロースの行いが、どう映ったかを。

 彼らの憤懣が、届いたはずだ。


 そして、ユウトの姿を見て痛感したのではないか。

 たとえ人間であろうと、怒らせればなにをするか分からないということを。

 まさか、神の階を昇っているから例外とは言うまい。


 これを知らしめるがため、知識神ゼラスらは武闘会の観戦に踏み切ったのだ。単に、遊びに来たわけでは決してない。


 もちろん、人を遙かに超える力を持つ神々である。

 ひとつの行為に複数の意味を持たせることなど、児戯にも等しいのだが。


「あとは、本人次第ということか」

「これでも、干渉としてはぎりぎりのところだな」


 心配そうな口調のヘレノニア神に対し、ゼラス神は突き放したように答える。実際、これ以上の干渉は難しい。


「名残惜しいが、お前様」

「そうだな。帰ろうと――」

「――リィヤは良いのか?」


 帰り支度を始めようとしたところで、ドゥコマース神が一応といった態で確認をする。

 タイミング良く、ちょうどそこに、昨日同様精魂尽き果てたリィヤ神がふらふらとやってきた。精魂尽き果てたといった風情でありながら、瞳だけは期待にぎらつかせて。


 だが、空になった弁当箱を見て、それは絶望に変わる。


「お、お弁当……は?」

「ないぞ」


 ヘレノニア神の端的で残酷な返答。


 彼らも神である。

 同じ愚は決して犯さない。


 ゆえに、今日はそれぞれが食べられる分しか用意していなかった。


「ひどい……」


 けれど、昨日同様、残り物を当てにしていた美と芸術の女神には、残酷な結末。ふらふらと、毛氈の上に崩れ落ちる。


「ああ、そうじゃ。ちと、お金が残っておったのじゃ」


 神酒(アムリタ)のかき氷の収益。その残りの銅貨をリィヤ神の手のひらに置いた。そのお小遣いをぎゅっと握り、リィヤ神の分神体は涙を流す。


 それが、喜びと悲しみ。どちらの涙なのかは――神のみぞ知る。

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