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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 13 花嫁に捧ぐ夜想曲

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プロローグ

お待たせしました。Episode13開始します。

今回は日常編ということで戦闘はなし。短めのエピソードになる予定です。

「ヴァルのためなら、何度だって勝ってみせる。だから、ヴァル――俺とまた、一緒になってくれ!」

「ユウト!」


 男の赤裸々な告白。

 それを聞いた少女が、彼の胸へ飛び込んでいく。


 ――足から。


「ぐげぇっ」

「良い蹴りだな」


 エグザイルが、重低音のバスで感心したように言う。

 それほどまでに、ヨナの蹴りは決まっていた。


 場所は、闘技場ではない。ファルヴの城塞内の執務室。

 本人を前に、昨日のクライマックスを演じていたのは、ラーシアとヨナ。


 ただ、どこかで齟齬が発生したようだ。ヴァルトルーデ役のヨナは、ユウト役のラーシアへ、両足から飛び込んでしまった。

 超能力者(サイオン)らしい、飛行からの角度と速度が乗った一撃は、草原の種族(マグナー)をダウンへ追い込むのに充分。

 蹴りはともかく、下手をしたら、受け止めきれずに現実でもそうなっていたかも知れないと、見ているユウトの顔がひきつった。


「バカな。ボクは、あなたの右腕だったはず……」

「右腕なら、ここにある」


 わなわなと震えながら、自らを粛正した――という設定の――アルビノの少女を見上げるラーシア。

 一方、両足で踏みつけるような蹴りを放ったヨナの表情は、いつも通り。完全に無表情で、腕を二度三度と叩いている。


 実際に、世界を破滅に追いやる悪の組織も教団も存在するブルーワーズ。

 その出身者である二人にも、地球では――というよりは日本では――おなじみの『悪の首領と幹部ごっこ』は好評のようだった。

 この二人だからこそ、かも知れないが。


「なんか、文化侵略が深刻なことになりつつあるような」

「そ、そうね」

「なぜそこで目をそらす、朱音」

「あはははは」


 身内に黒幕を発見してしまったユウトは、軽くため息を吐いた。

 まあ、問題はあるような気がするが、同時に実害はない……はずだ。


 そもそも、この二人に自重を求めても意味はない。面白がって、逆に暴走するだけだろう。となれば、深追いは避けるべき。


「その寸劇、終わりでいいのか?」

「いやー。お騒がせしました」

「しました」

「自覚はあったのか……」


 ラーシアがほこりを払いながら立ち上がり――カグラの掃除は行き届いており、塵ひとつ落ちてはいないのだが――してやったりと満面の笑みを浮かべる。

 当然ながらと言うべきか、蹴りを受けたダメージは一切感じさせない。


 どこまでが打ち合わせ通りで、どこからがアドリブなのか分からなかった。

 分からないといえば、なぜ本人を前にしてこんなことを始めたのかも分からないが、そこは草原の種族だからと流すしかない。


「でも、迫真の演技だったでしょ」

「ああ。人の感情に働きかける、良い演技だったよ」


 執務室の机に座っていたユウトは、天井を見上げて呼吸を整える。

 そして、悪びれることなくこちらを見ているラーシアと視線を合わせて言った。


「思わず、殺意が芽生えたからな」

「くくくくく。感情を揺さぶれたのなら、殺意だろうと大いに結構!」

「ぶれねえなぁ。悪くも悪くも」

「それ以前の問題として、ユウトは羞恥心を持ったほうがいいよね!」

「ぐっ」


 毒を盛られた宰相のように、机に突っ伏すユウト。


 あれは、その場の勢いというか、感情が爆発したというか。とにかく、平静ではいられなかったのだ。今にして思えば、大胆なことをしたと思う。それは認めよう。

 しかし、好きな女から離婚を切り出されて、冷静でいられるだろうか。


 そう、反語表現まで持ち出して自己肯定するユウトだったが、口に出してはなにも言わない。そんなことを言ったら、ラーシアに食いつかれるのは目に見えている。


 この話題では、なにを言っても不利だと魂で理解せざるを得なかった。


「それにね、ユウト。ボクらの寸劇なんて、まだ良心的なんだよ?」

「盗人猛々しいとか、最近は言わないよなぁ」

「ほんとだって。吟遊詩人(バード)たちが寄ってたかって、行間読みまくった歌を作るに決まってるんだから。うちの妹が言ってたから、間違いないよ。実況者権限で先行者になるって張り切ってたし」

「俺たちよりも、レイ・クルスのほうへ行かねえかなぁ……」


 ヴァルトルーデを負かしたということで、いまだに黒髪の剣士への当たりが強いユウト。

 しかし、それは見果てぬ夢だった。


「その場の雰囲気に飲まれただけなんだ。許してくれって顔をしてるわね、勇人」

「分かってるなら、言わないでくれ」

「自業自得でしょ」


 会話の内容なら、いつも通り。

 しかし、アカネの言葉には小さな棘があった。


 それに刺されたユウトは、意外そうに目を見開く。


 確かに、ヴァルトルーデにだけ劇的なプロポーズをしたことにはなるが、それが原因なのだろうか。アカネにとっては、恥ずかしいだけではないかと思えるのだが……。


 もし、仮にだ。

 それが原因だとしたら、アカネにも同じようなこと……は、難しい。けれど、やらねばならないのであれば……。


「そういえば、これはなんの集まりなの?」


 そんな思考は、ラーシアの疑問により遮られる。

 しっかりと検討しなければならない問題だが、すぐに答えが出ないのも確か。そのため、簡単なほうへと意識が流れていく。


「俺に聞くなよ。集合かけたのはアルシア姐さんだろ」


 この場には、そのアルシアとヴァルトルーデの姿だけがない。となれば、朧気ながら理由が見えてくる。


「ふむふむ。今ばかりは、ユウトも仕事をしてる場合じゃないってことか」

「俺だって、年がら年中仕事ばっかりしてるわけじゃない」


 そう。執務室にはいるものの、ユウトは仕事をしていなかった。武闘会のゲストたちを《瞬間移動(テレポート)》で送り届けた昼過ぎからは、フリーとなっている。


 それなのに。


「うっそだー」

「ユウト、無理しなくていい」

「そうよ、勇人。ゆっくり休みましょう」

「圧倒的な信頼感だなぁ」


 ラーシア、ヨナ、アカネから次々にかけられる言葉に涙が出そうになる。エグザイルだけは沈黙を守っているが、それは言うまでもないからに過ぎない。この岩巨人(ジャールート)は、意外と合理主義者なのだ。


「待たせてごめんなさい」

「……なんだか、妙な雰囲気だな」


 そこに、不在だった二人が執務室へ入ってくる。

 アルシアは真紅の眼帯を身につけているため表情は分からないが、ヴァルトルーデはわずかに頬を染めていた。それが興奮と羞恥のどちらによるのかまでは判然としなかったが。


「ユウトが、今日は仕事がないなんて、とんでもないことを言うからさ」

「そう、か……」

「ヴァルまでシリアスになるのかよ……って、重てえ」


 もう諦めたと、ユウトは背もたれに体を投げ出した。その無防備なところへアルビノの少女が飛びついて、受け止めつつも渋面を浮かべる。

 それでも、ヨナを膝に乗せてやるユウトの頭を、満面の笑みを浮かべたアカネが慈しむように撫でた。


「まあまあ。ぞんざいな扱いも、愛されてる証拠じゃない」

「くっ」

「『ここで否定したり、手をはねのけるのは大人げないか』って葛藤する勇人も良いわね」

「なにがあったのかは、だいたい分かったわ。それくらいにして、本題に入っていいかしら」


 以前はしなかった周囲を見回すような仕草をしたアルシアが、ユウトに助け船を出す。彼女も、早く言いたくてうずうずしていたのかも知れない。

 反論がないことを確かめ――あったとしても黙殺しただろうが――皆を集めた理由を告げる。


「ヴァルを診察したのだけれど」

「ばっちりだそうだ」

「ええ。今のところ、母子ともに順調よ」


 ヴァルトルーデは、間違いなく身ごもっている。


 その報告を聞いた直後のユウトは、無表情だった。言葉としても、小さく「そうか……」とつぶやくだけ。

 しかし、手は忙しなくヨナの白い髪を撫で回しており、顔も、よく見ればにやにやしそうになるのを必死にこらえているようだった。


 そんなユウトを、仲間たちは面白そうに眺めやる。ただ、アカネだけは、なんとなく置いてけぼりになったような気分でいた。

 それでも、アカネも含めて全員が、祝福の言葉をかけたいのをこらえ、主人公(ユウト)の反応を待っていた。


「あー。うん。そうか。ヨナが正しかったわけだな」


 そのアルビノの少女を床に下ろし、冷静さを装いながらヴァルトルーデへと近づいていく。

 疑っていたわけではないが、しっかりとした裏付けが得られた。


 子供が生まれる。父親になる。


 それが現実になったのだと、少しずつ認識が浸透していく。


「ヴァル……」

「ユウト……」


 二人はお互いの名を呼び、静かに見つめ合った。


 子供ができたことを公表するタイミングをどうするか。

 地球にいるユウトの両親への報告もある。ヴァルトルーデの親代わりだったオズリック村のゼインにも。


 もちろん、生まれるまでも。そして、生まれてからも苦労はあるだろう。

 喜んでいればそれで良いというものでもないということは、未経験のユウトでも分かる。


「俺も協力するから、一緒に頑張ろうな」


 喜びと戸惑いと。期待と不安と。

 正と負の相反する感情に押しつぶされそうになるが、それも一瞬のこと。喜びが戸惑いを凌駕し、期待が不安を駆逐するまで時間はかからなかった。


 労るように感謝するように、ユウトは愛する妻をそっと抱き寄せる。


「任せておけ」


 なんとも頼りがいのある返答にユウトは苦笑する。


「いやぁ、めでたいね。ビジネスチャンスの予感がするよ!」


 素直ではない祝福を贈るラーシア。


「計画は順調」


 と、ヨナがぐっと親指を立てる。


「めでたいことだ。なんでも言ってくれ。協力するぞ」


 ストレートに祝うエグザイル。 


「勇人が父親なんて実感が湧かないけど……。うん、おめでとう」


 複雑そうな表情を浮かべ、それでもアカネは心の底から二人を祝福する。


「無理はしないこと。良いわね?」


 心配そうにというよりは、言うことを聞かない妹に注意するように言うアルシア。


 次々と寄せられる仲間たちから祝福のメッセージを、ヴァルトルーデは愛らしい笑顔で受け取る。

 それは、普段とは異なる落ち着いた新妻のような微笑みで、ユウトは改めて心を奪われてしまった。

下記の通り双葉社の公式サイトでも公開されていますが、書籍版4巻が10月発売になります。

ついにヴェルガ様登場となりますので、是非お手にとっていただければと思います(宣伝)。

http://www.futabasha.co.jp/booksdb/book/bookview/978-4-575-75062-1.html


それから、更新再開したばかりで申し訳ありませんが、4巻分の特典SS執筆のため、

明後日水曜日の更新はお休みとさせていただきます。

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