3.獣人対策会議
「獣人か……」
治療を終えて帰ってきたアルシアの報告を聞いたユウトは、難しい顔をして腕を組んだ。
その反応は、ヴァルトルーデなど他のメンバーとそう変わらない。食堂兼会議室となっている城塞の一室に、沈黙の帳が降りた。
「とりあえず、殲滅するしかないよね」
そんななか、ヨナのように過激な方針を打ち出したのは、アルシアの左隣に座るラーシアだ。
「まあ、気持ちは分かるけど落ち着け」
ハーデントゥルムには、彼の妹と姪が移住している。それを考えれば無理もないところだが、現実的ではないと大魔術師は手綱を締めた。
「問題は、その方法だな」
しかし、エグザイルがその方針に追随する。手段を選ぼうとしている分、まだ穏健と言えなくもないが。
「爆撃してあぶり出す」
その岩巨人に乗っかって、ヨナが身も蓋もない意見で事態の収拾を図ろうとした。
だが、受け入れられるはずもない。
「それはダメでしょ」
アルビノの少女の隣に座るアカネが、苦笑気味にたしなめた。
「せめて、遺留品でもあればなんとかなったんだけどな」
「アルシア、手がかりはなにもなかったのだな?」
長方形のテーブルの短い辺に一人で座るヴァルトルーデが、左側を向きながら幼なじみに問う。
「ええ。獣人につながるような物は、特になかったということよ。その辺りは、改めて確認するよう衛兵たちにはお願いをしたけれど」
言外に望み薄であることを匂わせ、死と魔術の女神の大司教は口を閉じた。つい数時間前、獣憑きに襲われた影響はどこにもない。真紅の眼帯に覆われた顔に、動揺は見受けられなかった。
「獣人の毛でも残ってれば、《念視》の呪文で居所を見つけられるんだがな……」
「今は、それを言っても仕方あるまい」
ユウトの悔恨を、ヴァルトルーデは未練だと切って捨てる。《念視》が使用できるのであれば大きな力になる――どころか一気に問題解決だが、無い物ねだりをしても意味はない。
「それよりも、獣人たちの居所をどうやって調べるかだろう」
冷静に優先順位を指摘する聖堂騎士の声に、皆が弾かれたように姿勢を正す。
例外は、ラーシア。
結婚して落ち着いた? とでも交ぜっ返してきそうな草原の種族は、真剣に殲滅方法を考えている様子だった。
いつもの余裕がない。
「被害者の人たちは、全員、アルシアが治したんだよね?」
「ええ。念のため隔離して施療院に入院してもらっているけれど、後遺症もないわ」
「だけど、犯人の手がかりは皆無?」
「残念ながらね」
四人いた被害者は全員、アルシアが言う通り経過は良好。
しかし、気づいたらベッドの上だったという状態で、獣化して襲いかかったことはおろか、獣化病に感染させた相手の顔も憶えていない。
それを聞いて、質問したラーシアが露骨に落胆する。
「だから、衛兵の人たちが、一生懸命調べてるはず」
アルシアとともにハーデントゥルムへ赴いていたヨナが、現在の状況を報告した。だが、それは予想の範囲内。
「それで大丈夫なの?」
「なんとも言えないな。相手が、どれだけ狡猾かにもよる」
「じゃあ、その獣人? 狼男みたいなのを見つける呪文があったり――」
「したら、便利なんだけどな」
右隣に座るアカネの問いに、ユウトは肩をすくめて答えた。残念ながら、理術呪文も神術呪文もそこまで便利でも万能でもない。
「ファルヴのヘレノニア神殿からも、ハーデントゥルムへ援軍を送るように指示しよう」
「ええ。人海戦術が一番確実でしょうね」
ヴァルトルーデの決定に、アルシアも賛成する。
そこに、ユウトが付け加えた。
「なら、あっちの衛兵にもそうだけど、銀製の武器をかき集めて貸与しよう。それから、ラーシアも、まあ、なにも言わなくてもやってくれそうだから、好きにしてくれ」
「もちろんさっ」
ファルヴの街は、《悪相排斥の防壁》が周囲を覆っている。すべての獣人を遮断するわけではないが、今回の事件の首謀者は必ず引っかかるはずだ。
だから、ファルヴの人員を一時的にハーデントゥルムへ回すのは問題ない。
また、ラーシアが支配する裏社会の勢力を捜査に回せば、強力なサポートとなるだろう。
「捜査には向かんが、鎮圧には協力できるように岩巨人騎士団からも派遣するか?」
「どんどん、ウェルカムだね」
「じゃあ、学校も休みにして……」
「ヨナは、なにかあるまでファルヴで待機よ」
「うう……」
良いアイディアだったと思ったのにとアルシアを恨みがましい目で見るが、それが通用する相手ではない。
その様子を見て、アカネは密かに微笑むが、まだ心配はあった。
「問題は、ミイラ取りがミイラにならないか、だな……」
それでも当然、不安は残る。
今ユウトが指摘したとおり、獣人の強さにもよるだろうが、捕まえに来た衛兵たちが獣化病に罹患してしまうという可能性は充分に考えられる。
「レンには《病除去》の魔法薬を準備してもらうけど、数がな……」
「それは厄介ね。私が治癒をするにも、その問題は残るわね」
「最悪の場合、取り逃がして住民に被害が……という線もあるか」
ユウトと、神術呪文の使い手である婚約者と妻が、心配を共有する。考えれば考えるほど、やりにくい相手だ。
「そもそも、なんでハーデントゥルムに現れたのかしらね」
「可能性は、いくつか考えられる」
幼なじみの根本的な問いに、ユウトは天井を眺めながら答える。
「ひとつは、無差別に事件を起こしている場合。もうひとつは、特定の誰かを狙っているケース」
「それ、当たり前じゃない?」
この世には、二種類の人間が存在する。搾取する側とされる側だ――といった分類と同じ。わざわざ口にすべきことだろうか。
「無差別ではないのか?」
ヴァルトルーデも同じだったのだろう。素直な疑問を夫へとぶつける。
「アルシア姐さんが狙われてるじゃないか」
「……確かに、そうね」
言われてみれば、確かにそうだ。
感染源である獣人は、いずれ犠牲者が獣憑きとなることは分かっていたはず。にもかかわらず放置し、奇妙な患者の存在が明らかになった。
そして、イスタス侯爵領でこんな事件を起こせば、遅かれ早かれユウトたちが出馬することは火を見るよりも明らか。
つまり、最初に姿を現すのはトラス=シンク神の大司教アルシア。そうなることは、充分に予見可能だったはずだ。
「……勇人、それは考えすぎじゃない?」
「まあな。根拠はないし」
「でも、状況証拠はあるわね。言われてみると確かに、ヨナではなく私だけが狙われていたように思えるわ」
自分が狙われているかも知れない。にもかかわらず、冷静に事実を認める。
そんな彼女の隣で難しい顔をしていたラーシアが、ぱんと手を叩いてから口を開いた。
「でも、アルシアへの個人的な動機じゃなくて、神術呪文の使い手を最初に潰したいという理由だったり?」
その指摘に、再び沈黙の帳が降りる。
脅威を感じたというよりは、反論ができなかったという静寂だ。
「俺たちへの怨恨か……。心当たりがありすぎて困るな」
冗談めかして言うユウトだったが、その試みは失敗した。
本当に思い当たる候補が多すぎて、余計に選択肢を増やしただけ。
「そもそも、あれよね。どうしてもハーデントゥルムをどうにかしていっていうんじゃない限り、私たちが最終目的なんじゃないの? だって、ここで事件起こしたら、最終的にはヴァルが登場するわけでしょ? もちろん、なんにも考えてないって可能性もあるでしょうけど」
挙げ句、アカネの正論。
これには皆、うなずくことしかできなかった。
「となると、並行して釣りをしたほうが良さそうだね」
「釣り?」
作戦を思いついたと、ラーシアが突然立ち上がる。
「うん。犯人を見つけるのは難しそうだから、逆にあっちから出てきてもらったほうが早いかなって」
先ほどまでの焦燥はどこかへ投げ捨てたかのようにはつらつと、草原の種族は自らのアイディアを語り出す。
「具体的には?」
「まず、ユウトとアカネはどっか行って」
「えー」
戦いの役には立たないだろうが、露骨に言われると傷つくものがある。ヨナのように頬を膨らませて抗議するが、ラーシアは取り合わない。
「ユウトは、恨みを買ってるランキング同率2位だから、アカネと一緒に領地の外に行ってもらったほうが良いかなって。元々、その予定だったでしょ?」
「まあな」
不承不承、その正しさを認める。
確かにメルエル学長に人材を紹介してもらうつもりだったし、ファルヴであれば安全だろうとはいえ、アカネを外へ連れていけるのは大きい。
「んで、同じ同率2位のヴァルはファルヴでヨナと待機」
「……仕方あるまい」
なにか考えがあるのだろうと、ヴァルトルーデもうなずいた。ヨナがいれば、どこへでも瞬時に移動できるという目算もある。
「んで、エグはハーデントゥルム以外の周辺を巡回ね」
「それは構わんが……」
自分はどうするのかと、岩巨人が視線で問う。
「ボクとアルシアは本命のハーデントゥルムに移動だよ。なんだかんだで、確率が一番高いしね」
「メインツが空白地になってるのは?」
「う~ん。そこは、リトナとペトラに任せようかな」
「ペトラか……」
リトナはともかく、ペトラは不安が残る。
頼りにならないという意味ではなく、万が一を考えると二の足を踏んでしまうのだ。
「まあ、本人次第だけど、他に人もいないしな」
だが、今回は人手が足りない。それに、もちろんアカネは除くが、殺しても死にそうにないと全幅の信頼を置けるのは、ここに集まったメンバーしかいない。
「相手の出方次第だが、無理はしないこと。被害を広めないこと。それを基本とするが、良いな?」
最後にヴァルトルーデが方針を確認し、会議は終わった。
イスタス侯爵家始まって以来の大捕物は、こうして幕を開けた。




