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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 8 彷徨える愛 第三章 絶望を越えて

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9.玉座の間で(後)

「やあァッ」


 衝撃的な光景から真っ先に立ち直ったのはヴァルトルーデだった。飛行の軍靴でベアトリーチェの頭上を押さえ、討魔神剣を振り下ろす。

 さすがに滅びの光を連発はできないのか、それを放った巨人の拳で受け止めた。


 ヘレノニアの聖女と悪の愛妻との鍔迫り合い。それを見て、ユウトは忘我から脱する。


 関係ない。相手が、どんな攻撃を放ってこようが、やるべきことはなにも変わらない。いや、あんな奥の手があるのであれば、速やかに排除せねばならない。

 それが、聖堂騎士が無言で語り、大魔術師(アーク・メイジ)が読みとった答え。


「《強風降下(ダウンバースト)》」


 呪文書から3ページ切り裂き、ベアトリーチェの頭上に展開。呪文書のページが渦を巻き、下方向へと強風が発生する。ただの風に、呪文への耐性など関係ない。第三階梯の呪文でしかないが、要は使い方次第だ。

 空中でバランスを崩した悪の愛妻を、ヴァルトルーデが追撃する。


 それを好機と見た、三人目(・ ・ ・)が動いた。


「《雷光連鎖ライトニング・チェイン》」 


 今まで手出ししなかった――できなかったはずの――ヴェルガが、秘跡(サクラメント)による雷を放つ。白い雷光が幾条も、母ではなく、玉座に座る彼女自身へと迸った。


 それが悪の半神を撃つ――直前。


「《帰還(リターン)》」


 愛娘の目の前を、帰還ポイントに設定していたらしい。拠点へ戻る神術呪文を発動し、ベアトリーチェが瞬間移動で割って入った。

 雷光が直撃し、身をよじってその痛みに耐える。その表情すらも美しい。


「ヴェルガ? どういうつもりですか?」

「どうもこうもあるまいよ、母上。敵は倒さねばならぬ」


 かばうことを見越して、自らを狙ったのだと言い放つ。

 一方のベアトリーチェは、その美貌に一点のくもりもない。玉座で絶望の螺旋に囚われたヴェルガをかばったのは、不都合があるからか。それとも母性ゆえなのか、まったく計り知れなかった。


「ヴェルガ?」


 ベアトリーチェが、愛娘へ騙し討ち同然の攻撃を仕掛けてきた愛娘の名を呼ぶ。名だけを呼ぶ。雷撃をその身に受けたとは思えないほどにこやかに。

 

「……ヴァルトルーデ・イスタス。あとは、任すぞ」


 その重圧に押され、小さなヴェルガはユウトの背に隠れる。


「なぜ、こういうときばかり私なのだ」


 なにが悪の半神の“良心”だとヴァルトルーデであっても言いたくなるが、好機には違いなかった。

 ヴェルガ――絶望の螺旋の核への奇襲は防がれた。だが、悪の愛妻も無傷ではない。結果的に連携となってしまったが、討魔神剣を構えて突撃を再開する。


 頭上からの攻撃を受け止め、再び始まる鍔迫り合い。

 神の剣と巨大な鎚というアンバランスな立ち会いは、ヴァルトルーデが押し込みながらも、ベアトリーチェが神術呪文や秘跡を使用して盛り返すという展開となった。


 恐らく、悪の愛妻の真骨頂は、人心の操作や惑乱にあるのだろう。ヴァルトルーデが女性でなければ、ユウトに愛する人がいなければ、精神を支配されてその時点で終わっていたはずだ。苦手な近接戦闘でヘレノニアの聖女と互角に渡り合っている。これだけで、いかに規格外かが分かる。

 血を流し、巨人の拳を振るう様は、凄絶で残酷な芸術品だ。


 その光景を見て、ユウトはひとつの決断を下した。


「ヴァル、アルシア姐さんたちも心配だ。さっさと決着をつけるぞ。悪いが、しばらく先にかけた分も含めて、呪文の支援なしで粘ってくれ」

「望むところだ」


 ヴェルガとの会話とは対照的に、ヴァルトルーデは瞳を輝かす。神との一騎打ちに、むしろ心躍らせる。

 その姿を横目に見つつ、ユウトはひとつの呪文を発動する。


「《魔力転換領域マジック・エナジー・フィールド》」


 呪文書から7ページ切り裂き、同時に取り出したダイヤモンドの粉末とあわせて空にまく。両者が絡み合い光を放ち、ヴァルトルーデたちを中心に半球状の場が作りだされた。


 範囲内でのあらゆる呪文や秘跡の使用を制限し、魔法具(マジック・アイテム)の効果を抑止する第七階梯の理術呪文。

 それを戦場で使用するということはつまり、特殊な力を禁じ、力と力の勝負を強いることに他ならない。

 得意分野だ。


 天使よりも美しい相貌に笑顔を浮かべ、一呼吸で左右から五連撃を見舞う。この領域から出ていこうとする悪の愛妻を無理やりつなぎ止める攻撃。討魔神剣も、ここではただの業物でしかないが、関係ない。

 それをベアトリーチェがなんとか受けきった瞬間、ヴァルトルーデはさらに踏み込んだ。


 半呼吸遅れて放たれる、六番目の斬撃。


「お見事です」


 美しいその軌跡に見とれ、悪の愛妻は再びその身を斬り裂かれた。にもかかわらず、彼女は満ち足りていた。

 常人の理解を超えた行動だが、それゆえに神。


 その攻防を見届けながら、ユウトは次の呪文を準備する。ヴァルトルーデに負荷をかけなくては、使用することができない呪文を。


《魔力転換領域》と、単眼の王(オクルス・レックス)が持つ、魔法的な作用の抑止との違いはふたつ。

 ひとつは、発動までに時間を要すること。

 もうひとつは、制限し、抑止した魔力を理術呪文へと変換すること。


 その助けを得て、ひとつの呪文を完成させた。


「《強制移動(ジョウンター)》」


〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル )の残党に領内各地へ攻め寄せられたとき、敵の大群をファルヴの地下へと集めた大呪文。アルシアが確保していた奇跡とオベリスクの魔力を根こそぎ消費することとなった。

 今回は、限定的な効果しか持たせていないがために、発動させることができた。位置は把握しており、近距離。そして、特定の人物だけをこの場に集めるだけ。


 光の粒子が玉座の間を彩り、爆発する。

 その中心には、四つの人影。


「うわっ、なにこれなにごと?」

「ユウトくんっ? ヴァルも」


 即ち、悪神ダクストゥムと戦っていた仲間たちを集めたのだ。


 戦力を分散して同時に事にあたったが、二人だけではベアトリーチェを倒しきれない。そう判断したユウトは、自分勝手と知りながら仲間を呼んだ。


 最前線で戦っていただろうエグザイルは、目を背けたくなるほどぼろぼろ。事態も把握し切れていないだろうに、それでもベアトリーチェを新たな敵と見てスパイク・フレイルを振り下ろした。《魔力転換領域》の内部に入った途端、勢いが減衰するも岩巨人(ジャールート)は表情も変えない。

 ヴァルトルーデをも貫きそうになった錨のように巨大な得物は、悪の愛妻が持つ大鎚と衝突し、戦場に澄んだ音色を奏でた。


「ユウトの背中が寝取られた……」


 ヨナが目敏く小さなヴェルガを見つけ、哀しそうな声を上げる。確かに背中にかばっていたが、寝取るとか寝取られるとかそんな状況でもつもりでもない。


(俺の背中は、俺のものなんだけど……)


 誰のものでもない――と、益体もない思考が浮かび、慌てて打ち消す。ユウトからは見えないが、小さなヴェルガはにんまりと笑っていた。


「ラーシア、アルシア姐さん。突然で悪いけど――」

「分かってるよ! 《狙撃手の宴(スパイパーズ・レイヴ)》」


 説明は終わったあとでと、スパイク・フレイルの一撃でバランスを崩したベアトリーチェへ五本同時に矢を放つ。それは狙いを過たず眉間、両目、喉、心臓に突き刺さるが、その瞬間にすべて抜け落ちた。《魔力転換領域》の内部であっても、神の不死性までは損なわれないようだ。


「ちっ、イマイチ」

「《ディスインテグレータ》」


 超能力(サイオニックパワー)なら《魔力転換領域》も関係ない。一方的に破壊をもたらそうと、ヨナの指先から緑色の光線が放たれる。

 それもベアトリーチェの肉体を貫くが、やはり、その不死性によってか抵抗されてしまった。


「こっちも、イマイチ……」


 落胆するヨナの向こうから、アルシアが手短に自分たちの戦況を知らせてくれる。


「ユウトくん、悪いけどダクストゥムはまだ――」

「分かりました。ありがとう。ごめんなさい」

「最後は不要ですよ」


 それに対する礼と、いきなり呼び出したことや危険に飛び込ませたことへの謝罪。それを受け入れながら、アルシアはわずかに疑問を抱く。

 ダクストゥムとの決着がついていないことを、ユウトは全く気にしていなかった。


 もちろん、悪神を倒せていれば、最上。

 倒せていなくとも、全員合流したのだ。悪の愛妻をどうにかしてから、また全員でダクストゥムに当たればいい。


 最悪、その悪神が追って玉座の間に現れるかもしれないが、それでも不利になることはないはずだ。


 だが、事態はユウトの予想を超えて進む。


「なるほど。呪文でも、秘跡でもない。絶望の螺旋にとっては、呼吸するのと同じことのようですね」


 上方へ滅びの光が放たれた。

 あっさりと、《魔力転換領域》が砕け散る。さらに、エボニィサークルと漆黒の繭玉の一部を消滅させ、今度は天空に滅亡の穴が開く。まるで、そこだけ塗りつぶしたかのように、そこだけ切り取ったかのように。


 攻撃が当たっていたのは、滅びの光を放つタイミングを確保するために、防御を捨てていたのだ。心胆寒からしめる光景で、その事実に思い至るのが遅れた。


「ユウト! あれはどういう理屈なのさ!?」

「物質的に消滅させてるんじゃない。光線が当たった物の概念自体を消去してるんだ」

「それ本当?」

「知らんっ」


 ラーシアの問いへ、思いつきで答える。《本質直感(サードアイ)》がかかっている以上、それも全くの嘘とは言い切れないのだが――今は、そんな場合ではない。


 二度と撃たせるわけにはいかない。

 その決意とともに全員が攻勢に移った。


 けれど、ベアトリーチェは動じない。


 ここで我が身は滅びるかもしれないが、相討ちに持ち込めば玉座の愛娘が残る。それは決して、損な取引ではない。


「下郎どもが。この私を置いて――」


 三度、大鎚から滅びの光が放たれようとしたその瞬間、悪神ダクストゥムが《瞬間移動(テレポート)》で姿を現した。あるいは、《魔力転換領域》が残っていたならば、転移に失敗していたかもしれない。

 だが、それは現実から目を背けた繰り言だ。


 滅びの光が向かう先に、ダクストゥムとユウトが並ぶ。


 悪神も悪の愛妻も、囚われのヴェルガが生み出した虚像だ。限りなく近いとは言っても、絶対に覆せない。

 それを理解しつつも、傷だらけのベアトリーチェが、さらなる絶望に襲われた。


 最も愛する夫を、自ら手にかける。


 身を切られるよりも、なによりも恐ろしい。


「同じことをさせるものか!」


 ヘレノニア神から下賜された愛刀。イル・カンジュアルをイグ・ヌス=ザドを打ち倒した神の剣。


 ためらうことなく、ヴァルトルーデは討魔神剣を投擲した。回転しながら、今にも滅びの光が発射されようとしていた大鎚の柄頭に直撃し、斜め上へ軌道をそらす。


 同時に、滅びの光が放たれる。


 けれど、今回も被害者は出なかった。被害者(・ ・ ・)は。


 ユウトには、そのすべてがスローモーションのように見えていた。その彼でなくとも、昏々と眠る玉座のヴェルガ以外は気付いていただろう。


 滅びの光に巻き込まれた討魔神剣が、水に落ちた紙が溶けて消えるように消滅する。


 ヘレノニア神から下賜された愛刀。イル・カンジュアルをイグ・ヌス=ザドを打ち倒した神の剣。

 それが、永遠に失われたのだ。


 全員が、ここが戦場であることを、今が戦闘中であることを忘れる。


「終わりにしましょう」


 沈黙の戦場に、艶やかな声が響きわたった。

 それは、ヴァルトルーデたちを打ち倒す――という意味ではない。


「……仕方がないな」


 美少年も、不承不承ながら妻の提案を受け入れる。


 悪神と悪の愛妻が手を取った。ベアトリーチェの掌中に、巨人の拳はすでにない。

 指と指とを絡め合い、視線を交差させ、唇を触れ合わせる。


 愛を交歓する二人が、足下からほどけていく。まるで、毛糸でできた人形だったかのように。そして、その毛糸すら塵となって消える。


 消滅は一瞬。愛は永遠。


 二柱の神は、敗北を認めて自ら滅びを選んだ。

 その事実に気がついたのと、玉座のヴェルガが目を開くのは――偶然だろうが――同時だった。

次回はエピローグ。

Episode 8は次回で終了です。

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