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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 7 はたらく冒険者たち出張編 第三章 フォリオ=ファリナへ

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7.愛する心

 ドゥエイラ商会関連の仕事を一区切りさせたユウトたち――パベルをはじめとする他の人間は、これからが大変なのだが――は、チェルノフ邸を辞して拠点をツバサ号へと移していた。


 そこは、港ではあるが海上ではない。

 美しい船影が目立つのを嫌って、港近くの倉庫内に停泊――といえるかは分からないが――している。


 その特殊能力により陸へ上がるのは問題なく、倉庫のほうも《木材成形(シェイプ・ウッド)》という呪文で壁に穴を開け、同じ呪文で塞いでおいた。

 夜間に移動したため目撃者もなく、怪談騒ぎになることもなかった。


 いたずらを仕掛けたわけではないが、ユウトは妙な達成感に浸っている。ラーシアやヨナも似たようなものなので、子供が秘密基地を手に入れたという状況に近いのかもしれない。


「なにこれ?」


 ヴェルガとのデートを翌日に控えた、その夜。

 ツバサ号の船室内で、ユウトは来客を迎えていた。


「見れば分かるわよ」

「できれば、その前に説明がほしいんだけど」


 アカネから差し出された冊子――プリンタで印刷してステープラーでまとめたもの――をまじまじと眺め、ベッドに座ったままのユウトは困惑の声をもらす。


「いいから」


 彼の眼前で仁王立ちする来訪者の少女は、怒っているかのように唇を結び、視線も合わせようとしない。全身で、その行為が不本意だと語っていた。

 派手な顔立ちの彼女がそうすると、端から見ればやや威圧感もある。もちろん、ユウトはそんなものは感じていなかったが。


「なんなんだ……?」


 幼なじみと一緒に入ってきた、もう二人の婚約者たちも無言。

 その表情から読みとれるのは、不本意と困惑といったところか。


(まあ、読めば分かるか)


 そう思っても、なかなか手が出ない。

 ユウトは、冒険者時代に発見した秘宝具(アーティファクト)のことを、どういうわけだか思い出していた。


 この世の悪がすべて記され、目を通しただけで邪悪の力を得るというそれ。

人の皮で装丁され見るからに禍々しい本を破壊した功績により、ヴァルトルーデは討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターを授けられたのだ。


 そんな秘宝具に遭遇するなど滅多にあるわけではないし、アカネが渡そうとするはずもない。


 だが、なぜか思い出してしまったのだ。


「勇人」

「ああ……」


 再度促され、ようやく受け取る。その最初のページを見て、ひとつ目の疑問――これがなんなのか――は氷解した。


「フォリオ=ファリナのデートスポット……?」


 出かけていたのは、これをまとめるためだったらしい。だがそうなると、次の疑問が湧いてくる。


 即ち――


「なぜ俺にこれを?」


 ヴェルガとの「デート」のあとに、連れていってほしいということなのだろうか?

 もちろん、なにか埋め合わせは必要だと思ってはいた。継続しているものもたくさんあるものの、新規かつ重要な案件は概ね処理できた。

 後回しになってしまったのは申し訳ないが、一週間程度フォリオ=ファリナを見て回る余裕ぐらいある。


「予習のためよ」

「やっぱり、そうか」


 パラパラと、プリントアウトされた書類をめくっていった。フォーマットも状況も異なるが、地球へ帰還したあとに、父がまとめたプレゼンテーション資料を思い出す。


「明日のね」

「明日?」


 明日は、ヴェルガとの約束の日。


「《瞬間移動(テレポート)》も、無限に使えるわけじゃないんだ。さすがに、ダブルブッキングは厳しいぞ」

「なんの話よ」

「え? 朱音たちと、そのデートみたいのをするんだろ?」

「え?」

「え?」


 違ったらしい。

 どこでボタンの掛け違いが起こったというのか。


 それを指摘したのは、意外にもヴァルトルーデだった。


「ヴェルガとのデート……。いや、会合の参考にしてほしい」


 デートとは言いたくなかったらしい彼女が、複雑そうな声と表情で伝える。


「勇人、仕事ばっかりでデートコースとか考えてないでしょ?」

「うっ、まあ……」

「忙しくしていたのは、分かっています。だから、私たちが代わりに見て回りました」

「まあ、途中からヨナやラーシアも加わったので、偏りがあるかもしれんが……」


 ユウトは、なにも言えなかった。

 ベッドに座ったまま書類から目を上げ、船室にいる三人の婚約者たちをただ呆然と見つめる。


「いろんな意味で敵だけど、敵だけど。でも、相手がなんにも意識してないってのはあんまりでしょ」

「……不本意ですが。大いに不本意ですが」

「だが、借りがあるのも確かだからな」


 複雑すぎて、自分自身の本心を知るのすら困難。

 そんなユウトだったが、ひとつだけ分かっていることがある。


「ありがとう」


 愉快ではないだろうデートを受け入れてくれて。

 こんな男を見捨てずにいてくれて。

 相手のことまで考えてくれて。


 感謝。それに尽きた。


「じゃあ、早速これで概要ぐらいは――」


 下見はできないし、ヴェルガがエスコートしてくる可能性も高いが、知っておいて損はない。頭に入れておこうと資料に視線を落とし……。


「えっと……」


 三人とも、部屋から出ていこうとしなかった。

 アカネはにんまりと――つまり、ラーシアやリトナのように――微笑み、ヴァルトルーデは普段は討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターを振るうためにある白い指先をもじもじと組み合わせている。

 アルシアも、頬を赤らめて横を向いている。


「暗記には、なにかと絡めるといいのよね」

「語呂合わせか?」

「騎士叙勲の時とか、剣で肩を叩いたりするじゃない?」

「ああ。それで?」

「あれってそもそもは、バーンッとビンタしてたらしいのよね。衝撃的な出来事と組み合わせると、印象深くなるわけよ」


 意味ありげな表情で、メイド服を着た幼なじみがベッドの横に座る。

 メイド服は別として、地球にいた頃から何度かあったシチュエーションだ。ユウトは、その行動ではなく、言葉のほうをいぶかしむ。


 それが、失敗だった。


「それで――」


 いきなり、唇がふさがれた。

 完全な不意打ちで歯が当たってしまったかもしれないが、それすらも定かではない。


 脳には、ただ、触れあう唇の柔らかさだけが情報として伝わってくる。

 その衝撃が一段落すると、次には、甘さ。


 本当に甘いわけではない。味覚ではなく、精神が感じている。


「ぷは……っ。びっくりしたわね?」

「あ、あたりまえだろっ」


 小悪魔としか表現のしようがない口調と表情。

 けれど、アカネにも、そこまでの余裕はなかった。今は勢いで押すしかない。兵は拙速を尊ぶ。


「ならばよし。続き行くわよ」

「せ、説明を要求する!」

「説明すれば良いのね?」

「うっ……」


 ユウトを絶句させるなど、そうそうあることではない。


 拒絶されていない。


 当然だが、その事実に後押しされ、今度は唇ではなく耳へ顔を寄せる。


「まず、勇人は、そのデートスポットまとめを読むでしょう?」

「その前提はおかしい」

「その間、私たちがキスをするでしょう?」

「私……たち?」


 思わず、壁際にいる二人を見る。

 ヴァルトルーデとも、当然ながらアルシアとも視線をあわせることはできなかったが――二人とも否定はせず、船室から出ていくこともなかった。


「そうよ」


 男が見たら、自分に気があると誤解する笑顔でアカネは至極当然と肯定する。


「俺が、デートスポットをちゃんと記憶するように、キスするって?」

「逆よ。その場所に行ったとき、私たちのことを思い出せるようにするのよ」

「なんっ」


 再び、唇がふさがれる。


 今度は、先ほどよりもお互い余裕があった。

 目を閉じ――ては意味がないので、アカネの頭越しに見えるよう書類を持った手を伸ばす。


 だが、これは無理があった。


 吐息が混ざり合い、触れあう部分から快感が流れ、必死に唇をついばむ幼なじみが視界の端に存在している。書類なんかではなく、彼女の栗色の髪を撫でたい。


「だめよ? 集中しなさい」


 しかし、見透かしたように注意を受ける。


(無茶言うな!)


 とは思うものの、無理やり引きはがすこともその逆もできずにいた。


 そのまま、数秒か、数分か、数十分か。

 どれだけ時間が経ったのか分からない。今のユウトは、世界で一番実時間と体感時間の乖離が激しい人間だっただろう。


 とにかく、全体の三割ほど過ぎたところで、顔を真っ赤にしたアカネが離れた。乱れた服を直し、ユウトも直してやり、軽く咳払いをする。


「前に言ったでしょ?」

「きっぱりと、誘惑を振り払うアイディアがあると」


 幼なじみから言葉を引き継いだのは、真紅の眼帯を身につけた大司教(パトリアーチ)


「アルシア姐さん……」

「アルシアですよ」


 そして、引き継いだのは言葉だけではなかった。

 アカネがいたその場所に彼女も腰を下ろし、ためらいがちに唇を近づける。


 拒否するという選択肢などありはしない。


「アルシア……」


 興奮と緊張。

 その両者により、ユウトの喉は乾いていた。少ししゃがれた声になってしまったが、それでもアルシアは嬉しそうに微笑む。

 そして、ためらいがちに唇を重ね――


「むぐっ」


 ためらわずに、舌をユウトの口内へ侵入させた。

 そのまま婚約者の舌に絡め、ねっとりと蹂躙する。


(うわうわっ、うわっ)


 もう、資料を読むどころの騒ぎではない。

 どこでこんな行為を憶えたのか、心当たりはいくつかあるが、それを斟酌する余裕もない。


 ただ必死に舌を動かし、絡め、歯を歯茎をなぞっていくその行為に身を委ねる。


「はっ、はあぁ……」

「ふっ、あぁあぁ……」


 息を切らせて離れたその時、銀色の橋が二人をつないだ。


「……やりすぎてしまいましたか?」

「い、一所懸命なのは、いいことなのではないでしょうか」


 もう、なにを言っているのか分からない。


「す、すごかったな。アルシア」

「いやぁ、マンガって役に立つわね」

「…………ひぁ」


 外野の声で我に返ってしまった。

 小さな悲鳴を上げて、トラス=シンクの愛娘はリタイアしてしまう。


「では、私の番だな」


 すでに覚悟は決まっていたのか、ヴァルトルーデが前へ出る。

 ――右手と右足を、次に、左手と左足を同時に。


「ゆ、行くぞ」

「お、おう」


 唇を重ねようとする恋人たちのかけ声ではない。


「なんっ……」


 そして、実際に唇は(・・)重ならなかった。


「はむっ……んっ……」


 彼女の愛らしい弾力のある唇は、ユウトの首筋に吸いついた。意外な攻撃に、ユウトはまたしても翻弄される。


「ユウト、ちゃんと読め」

「……分かったよ」


 そのためにやっているのだと、宝石よりも美しく価値のある瞳が訴える。


「痕はつけぬ」


 残念そうに、ヴァルトルーデが言った。

 一応、それはヴェルガに失礼だと思っているらしい。


「だが、相手はあのヴェルガだ。どこになにをしてくるか分からぬからな」


 聖堂騎士は、大魔術師(アーク・メイジ)の最愛は、そのまま押し倒すように馬乗りになって、耳をはむ。


「ヴァルっ……」

「きちんと憶えるのだ……ぞっ」


 親愛の情を注ぎ込むかのように、額へキスの雨を降らす。

 次は、両頬を唇で、舌でマーキングするかのようにねぶっていく。


 唾液で、顔がべとべとになるが、不快感はない。

 ただただ、夢見心地だった。


「うむ。ここなら、邪魔にならぬだろう」

「ちょっ」


 最後には顔から離れ、制服のボタンを外して鎖骨や胸元に唇を寄せる。


 確かに、これなら書類も読みやすい。真面目な彼女らしい配慮だ。


(そういう問題じゃないだろ!)


 想像もしなかった光景。

 夢にすら見なかった行為。


 結局、それでも。

 完全に翻弄されながらも、ユウトの目だけは書類の文字を追っていた。


(これ、逆にいけないことなのでは……)


 そう思い至ったのは、一応、最後まで読んでから。


 荒い息を吐く二人を見下ろし、首謀者――ユウトは確信していた――であるアカネが衝撃的な台詞を口にする。


「さあ、二周目ね」

「マジか」


 愛の交歓は、その夜更けまで続いた。 





 翌日。

 ユウトは、一人指定された場所を訪れていた。


 ヴァルトルーデたちは、ツバサ号にいる。ヴァイナマリネンとは顔を会わせることはなかったが、どこかにはいるのだろう。


(平常心、平常心)


 なにがあってもぶれないこと。

 それが、文字通り体を張ってくれた婚約者たちへの礼儀だろう。


 そんな決心は、ものの数秒で崩れ去った。


「婿殿、待ちわびたぞ」


 時間に遅れたわけではない。

 彼女が言っているのは、約束をしてから数ヶ月。一日千秋の思いでこの時を待っていた。そういうことなのだろう。


 待ち合わせ場所はフォリオ=ファリナの中心、百層迷宮の入り口。


 そこで、ヴェルガは待っていた。


「浴衣……」


 燃えるような赤毛をポニーテールに結い上げ、得意げに微笑むヴェルガ。

 悪の半神は、色とりどりの花があしらわれた、鮮やかな藍色の浴衣を着てユウトを待っていた。


「どうであるか? 妾自身が言うのもなんだが、似合うであろう?」


 浴衣はスレンダーなほうが似合う。

 よく言われていることだが、もちろん、例外は存在する。


「ああ……」


 結局、元がよければなにを着ても魅力的なのだ。

 ヴァルトルーデという一番の例外と一緒に過ごしてきたユウトだったが、もう一人の例外に、それを改めて思い知らされた。

こんな内容であれですが、昨日お伝えしたとおり、明日明後日の更新はお休みさせていただきます。

申訳ありませんが、よろしくお願いします。

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