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加賀の夢灯籠  作者: 常磐
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 少女の眼に、最初に飛び込んできたのは、しなやかな若柳の先に銀の鈴を吊るして持つ、小さな小さな青鬼でした。少女の予想通り、その鈴は淡い藤色の繻子織(しゅすお)(ひも)で結わえられていて天の川のように美しく輝いておりました。


 青鬼が若柳を軽く揺らすと、鈴の音は信じられないほど澄んだ音色を遠くまで響かせます。


 驚きに見開かれた少女の瞳に、次々とそれに続く一団が飛び込んできました。壱鼓(いっこ)を打つ赤鬼は軽やかに飛び跳ねていました。

 

 横笛(ようじょう)を吹きつつ緑鬼は、揺りかごのようにからだを揺らしています。楽琵琶(がくびわ)を手にした黒鬼は、ひょろりとした長身を上手にくねらせ、大鉦鼓(おおしょうご)を抱えた黄鬼は丸く張ったお腹で地面を転がっているように見えました。


 彩り豊かな鬼達は、その賑やかな音と動きで、あっという間に辺りを支配しました。狂ったような喧騒(けんそう)が木々や川の流れをも震わせているようでした。いつの間にか、少女は息をするのも忘れ、それらの中に飲み込まれていました。



 ―――シャララン シャラ シャラ ラン

 ―――ふんふん。おや、まあ

 ―――おかしなことも、あるもんだ


 どこからともなく、微かな声が聞こえてきました。少女はあわてて耳を澄まします。


 ―――シャララン シャラ シャラ ラン

 ―――ヒトの子だぁ、ヒトの子だぁ

 ―――小さい、小さい。ちいせい女の子だぁよ


 少女は不思議に思って、周りの鬼達を見回しました。けれど、彼らは皆、必死に各々の楽器をかき鳴らしながら踊っています。悠長に口を開いている暇など無いように見えました。


 ―――シャララン シャラ シャラ ラン


 少女の周りを、膝丈に届くか届かないくらいの小さな鬼の一団が、くるくると踊りまわっているのでした。時折、くすくすとちいさな笑い声が聞こえてきます。けれどそれらは、風の背に乗ってあちこちを飛び回り、どこから聞こえてくるのか少女には解りません。


 ―――シャララン シャラ シャラ ラン


 少女は途方に暮れました。この賑やかな鬼の一団はいったい何なのだろう、と少女は思いました。それに、この高まる鼓動はどうしてなのだろう、と。


 ともすれば、鈴の音にあわせて体ごと踊り出しそうな高まりがあるのです。楽しい気持ちにならないといえば嘘になります。少女の手足は、今にも動き出しそうで、頬は桜色に上気していました。


 ―――シャララン シャラ シャラ ラン


 でも、と少女は思うのです。でも……




❀   ❀   ❀




 青年は目を細め、心底疑問に思ったように問いかけました。


「どうしてですか」


 少女は、それに伴いふわりと頤を上げました。しっとりと肩まで下がった黒髪は、少女の(いとけな)さを現し、(けが)れなく繊細に流れています。青年は吐息をひとつ落としてから、丁寧に言葉を継ぎました。


「どうして、小鬼達の中に入っていかなかったのですか」


 鬼はまるで、誘っているようでした。共に踊ろうと楽しもうと、言っているようでした。少女も、本当はその中に入りたいと思っていました。それなのに、どうしてなのか…。青年はそう言っているのです。


 少女は色づいた頬を緩め、くすぐったそうに微笑みました。それは、青年の疑問に対するものではなく、青年の言葉そのものに対するものでした。彼の言葉は一片の曇りもなく、少女を信じていました。そのことは、少女をとても幸せな気持ちにしました。


「――永姫?」


 言葉のない少女に、青年は穏やかに問いかけました。


「どうかしましたか」

「・・・いいえ」


 少女は微笑んだまま、そっと首を振りました。そして、小さな桜色の唇を開きました。


「そんな、たいした理由ではありませんの。ただ…」

「ただ?」

「わたくしは何も持っておりませんでした」


 青年は、瞬きを二つして、眉毛を上げました。


「楽器のことですか」

「はい」

「奏でるものがないので、彼らの中には入れないと? ――小鬼達は皆、何かしら楽器を手にしているから」


 少女は、青年の琥珀色の瞳を見上げました。


「はい。――孫四郎さまは、何でもお解りになりますのね」


 青年は、くすりと笑みを漏らしました。


「何でも解るわけではありませんよ」

「本当に?」

「勿論。――例えば」


 青年はひょいと身を乗り出し、少女の顔を覗き込みました。



「永姫が、あとどれくらい背が伸びて、あとどれくらい美しくなって、あとどれくらいで私の子供を生んでくれるのか、・・・とか」


 一瞬ぽかんとし、徐々に耳まで紅く染まってゆく少女の様子を眺め、青年は再び笑みを浮かべます。


「全然、私には見当もつかないのですよ」


 青年が軽く肩をすくめて言い切っても、真っ赤に染まったうなじを見せて、少女はうつむいたままでした。白く小さな手の平が、膝の内掛(うちか)けを握り締めておりました。


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