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第51話 秋葉原管弦楽団編 開場時間の演奏会スタッフ

 チラシ挟み込みの完了から、あっという間に開場時間を迎える。


 なんとか開場に間に合ったと安堵していたのもつかの間、開場から絶え間なく二階に送られてくる人々に、さとりもミーシャも目を回していた。


「もう少し奥にお詰めください!」


 コミマもかくやという混雑に、さとりも声を上げる。

 まずは入場者を二階に上げ、ホールの開場までロビーで待たせる。その間は神棚の展示を見てもらう……という計画だったのだが、明らかにロビーの広さに合っていない。

 

「あの、写真良いですか」

「えっ!?」

「こっちも良いですか」

「す、すみません、ちょっと待ってください」


 今はそれどころではない。

 この混雑がわからないのだろうか。


「すみません、あまり長く立ち止まらないようにお願いします!」


 ミーシャも声を上げているが、空間がない以上、呼びかけられた方も動けない。


「前倒しのホール入れは絶対ダメって言ってたよね!?」


 神棚の近くで電話しているスタッフが悲痛な声を上げる。

 

「わかったけど! ……入場が詰まったって。どうしよう」

「一時的に上の階に案内しますか?」

「でも上に何もないし……」


 顔を突き合わせても解決策はすぐに思いつかない。

 そんなさとりにまた声がかけられた。


「すみません、写真を」

「ちょっと待ってください!」

 

 そんなに巫女装束が珍しいのだろうか。許可を確認してくれるだけ礼儀正しくはあるが、状況を考えて……

 

「……あっ」

 

 さとりはとっさに大きな声を上げた。

 

「う、上で写真を撮ります! あ、私が撮るんじゃなくて、えっと、撮影したい人は階段の上でお待ちください! ゲームの箱を持って、上に行きますので!」


 何人かがうなずいて、階段へと移動していく。明らかに人口密度が下がり、スタッフ皆でほっと息をつく。

 

「深川さん、ナイス……助かった。神棚は俺が見てるから」


 誘導に従ってくれた人たちとの約束を違えるわけにはいかない。言った通りゲームを持って上に行かないと。

 

「じゃあ、お願いします。えと、上に行ってきます」

「私も一緒に行く!」


 ミーシャも付き合ってくれるらしい。ひとりでは心細かったこともあって、またミーシャに感謝した。


 上のフロアは狭くはあったが、歓迎されたふたりは壁際に立ち、ゲームのパッケージを掲げて撮影に応えた。

 ミーシャはさすがコスプレイヤーということもあって慣れている。

 さとりは最初こそ緊張していたが、撮影終わりに丁寧にお礼を言ってくれる礼儀正しい参加者を見て、次第に硬さが取れていった。


「客席、ご案内しまーす!」


 撮影が一巡する頃、ようやく下からそんな声が聞こえた。どうやらピンチは脱したようである。

 




 

「開場……じゃない、開演したね」

「そうですね……」


 壁に据え付けられたモニターから、演奏が聞こえてくる。

 

「いやー、何とかなって良かった。ふたりのお陰だね」

「いえ……」


 ロビーのスタッフから口々にお礼を言われ、さとりは恐縮する。

 勝手に決めてしまったが、内心怒られないかとびくびくしていたのだが、そんなことはなかった。


 神棚の近くの椅子に座り、人のいないロビーを眺める。

 隣のミーシャがふっと息をついた。

 

「しばらくは暇になるかなあ」

「そうでもないんだ。遅れてくる来場者がいるからね」

「大塚さん」

「遅れてくる人そんなにいるんだあ」


 表情豊かなミーシャは、がっかりした顔を隠しもしない。ちょっと正直すぎる気もするが、スタッフしかいない場所であればこんなものだろうか。

 

「大塚さーん、受付の机減らしますかー?」


 下からの声に、大塚が答える。

 

「そうしてください! 終演後のアンケート回収箱を置くので、机はその場所へ!」

「了解ー」


 的確に指示を出す大塚。

 今日はいつものコミマと違ってスーツ姿で新鮮だ。

 

「私たちは何をしていれば良いですかー?」

「ああ、お客さんを上に引っ張ってくれたんだろう? お疲れ様、ありがとう。助かったよ。疲れただろうし、ふたりはゆっくりそこの画面で演奏を聴くのもいいんじゃないかな」

 

 大塚が指す据え付けのモニター。画面は少し粗い。音質はそこそこだが、事前の打ち合わせの時に聴いた音とは比べるべくもなく。


「といっても、生で聴くほうがいいよね?」

「えっ、はい……」

「それはそーですよ」


 見透かされたようで、どこか恥ずかしい。ホールの中で聴きたいと言えばそうなのだが、今日の自分の役目がある。

 

「第二部のホール警備、交代する? 警備と言っても中で目を光らせていればいい。耳は使えるよ」

「……いえ、私は神棚と女子トイレの担当ですので」

「あ、私も!」


 それを聞いた大塚は満足そうに頷いた。

 

「やはり深川さんは責任感があるね。ミーシャさんも」

「えっ」

 

 遅れてきたお客さんが、階段を上ってくる。

 ホールの扉に足を向けたところで、さとりが声をかけた。


「すみません、演奏中は入れません。曲が終わるまでお待ちください」


 数秒して、拍手が聞こえてきた。入れるタイミングだ。


「ふふ、すぐでしたね。ではどうぞ」


 照れ隠しに笑いながら、扉を開けてお客さんを導く。軽く頭を下げて、客席へと向かっていった。

 そして入れ替わるように、ロビーへ出てくる人もいる。


「すみません、近いトイレは」

「あちらの奥にあります」

「ああ、わかりました」


 音が聞こえる。演奏が始まった。

 お手洗いは仕方ないが、演奏中に人が入ってくると多くの人の迷惑になる。


「曲が終わるまで、ロビーでお待ちください」

「画質は悪いですが、こちらで見られますよー」

「あ、じゃあ……」


 お手洗いに出たのはひとりだけだったようだ。モニター前に移動したのを確認して、定位置である神棚の隣へと戻る。

 あまり興味のない曲なのか、ミーシャが話しかけてきた。


「お疲れー」

「お疲れ様です」

「深川さん、コミマスタッフだっけ。やっぱ凄いなあ、フットワーク軽いし気配りできるし、尊敬するー」

「えっ? いや、あの……」


 急に褒められた。

 フットワーク? 気配り? 心当たりがない。

 

「ほわほわして可愛らしい感じなのに、バッサバッサと問い合わせを捌くギャップがいいね!」

「バッサバッサ……」

「あ、自分的に満足してない感じ?」

「いえあの、あんまり実感は、なくて……」


 バッサバッサも覚えがない。ミーシャは誰かと間違えているのだろうか。

 ミーシャは「そうなん? 無意識? すご」とまた盛り上がっていた。

 さとりは少し困って話題を変えてみる。

 

「ミーシャさんのそのコスプレ、あのキャラですよね」

「そうそう。美夜。あ、これ地毛なんだけどー」

「地毛?」


 黒髪の中にあるひと房の白い毛をつまむ。メッシュかと思っていたが……

 

「あ、うんそう。色素の異常で、ここだけ白髪。すごいっしょ。作中ではこれ『呪い』の印なんだよね。だから私も最初『やっぱり呪いかよ』って思ったんだけど、ゲーム勧められてやってみたらさあ、美夜……あ、この子なんだけど、めちゃ前向きに頑張ってて、呪いの力を逆に取り込んで」


 ゲームのパッケージを指しながら、早口に説明してくれる。そこには確かにミーシャと同じくひと房だけ髪が白い女の子がいた。少し目つきが厳しく、目の前にいるミーシャとは少し雰囲気が違うようだが。


「終盤のスチルマジで見てほしいんだけど、私もうそこでボロ泣きして、でもネタバレになるから言えない……あっ、ごめんつい。えーと、何が言いたいかというと、私のこれは『呪いじゃなくて強さ』って受け入れられたんだよ。美夜のおかげで」


 言外に、それまで呪いだと受け止めていたということなのだろう。

 屈託なく笑うミーシャを見ると、受け入れたというのは本当のようだ。

 

「あ、じゃあこの作品の演奏、聴きたいんじゃ」

「あー、先々週のホールリハでいっぱい聴いたから。生演奏って良いよねー」

 

 少し答えに間があった。

 遠慮している。


「大塚さんに聞いてきますね」

「えっ、ちょっ」


 大塚に確認すると、あっさり了解が取れた。シフトを交代してくれるスタッフも、


「美夜コスが警備してるの、ビジュ的にも面白いし」


 となぜか乗り気。

 

「四季子もアンコールだけ警備したら?」

「あ、そうか。それもありかもね。花束贈呈とかさ」

「おー、いいねいいね」


 緩いなあと冗談を流していると、拍手が聞こえてきた。

 無事第一部が終わった。



 


 またもロビーに人があふれ、特に男子トイレの行列の対応に男性スタッフが駆り出される。

 女子ふたりは神棚監視をしていたが、見に来るお客さんは全員が礼儀正しく揉め事もなさそうだった。

 やがてミーシャがホール内の警備に向かう。


「深川さん、女子トイレの点検お願いして良いかな。上の階もあるんだけど」

「わかりました」


 休憩時間が終わり、うっすらと演奏が聞こえてくる。ミーシャは生演奏を味わっている頃だろう。

 忘れ物なし、異常なし。各階の女子トイレを確認していく。

 階段の昇り降りで疲れた体に深呼吸。

 

「多分もう新規の来場者はほとんどいないですよね」

「よし、閉会の準備始めようか」


 一階のトイレを確認し終わってロビーに出ると、大塚たちが話をしていた。


「祝電を展示して、アンコールの曲を掲示して、あとは退場導線の確認かな」

「じゃあ祝電貰ってきます。まだ舞台袖ですよね」

「ああ、お願いします。静かに気をつけて」

 

 祝電を取りに行ったスタッフを見送っていると、

 

「あれ?」


 と焦った声がした。

 クローク部分に置かれた備品を漁っているスタッフだ。

 不穏な気配に、数人のスタッフが集まってくる。

 

「……アンコールの紙、ないんだけど」

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