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閑話 大門は潔く退く

 トラックへの机椅子の積み込みにも終わりが見え、残りはやる気に満ちた撤収有志と業者のプロにお任せするところまできた段階。一部のスタッフを除き、業務としては終わりと言っていい。現に、遠方のスタッフ参加者は早々に会場を後にしていたりもする。

 そんな西1ホールの角の端、跡形もない『にぬねの』ブロックのあった場所で、数人のスタッフが集まっていた。


「すみません、ホールの終礼の前に集まってもらって。手短に」


 そう切り出したのは、この『にぬねの』ブロックのブロック長、大門。

 熱中症の症状のため、最終日開場時間中の後半を休むことになってしまった。

 

「まずは、心配をかけてしまったことを謝ります。少し無理をしてしまいました」


 昨日の睡眠時間が十分でなかったかもしれない。外業務の手伝いで補給が無かったのもあったかもしれない。

 だがそれらをひっくるめて、適度なところで休憩という手段を選ばなかった自身に問題があったと思っている。 


「そんな……」

「今回は外周のミスで突発フォローがあったせいじゃないですか」

「それより体調は大丈夫なんですか」


 口々にかばい、心配してくれるブロック員たち。改めて良いブロックだと思う。 


「あまり無理はできないですが、家に帰るぐらいなら大丈夫」

 

 最終日で良かったと冗談めかして笑うが、ブロック員の表情は固いままだ。どうやらそこまで苦労させてしまったらしい。 

 

「それで本題ですが……私は今回で、ブロック長を降ります」 

「えっ」


 誰の声ともなく、そんな声が漏れた。

 ブロック員たちは一様に驚いた表情を見せている。それはそうだろう。まだホール長の大塚にしか意思を伝えていないのだから。

 

「ブロック長を、辞める?」

「大門さんが……」

「今回のことなんか、気にしないでくださいよ」

「そ、そうですよ! あんなの誰でも起きる話で……」

 

 口々に慰留を伝えるブロック員。


「いえ、そうではなく」

 

 本当に嬉しく思うし心が揺らぎもするのだが、これはお互いに次の一歩を踏み出すために大事なことだ。

 首を横に振り、ブロック員に話を聞いてもらう。


「皆さんがきちんとやれたのを見届けることができたからです。もちろん、私が急に離脱するというのは想定外ではありましたが……皆さんはこの『にぬねの』ブロックでの業務を無事に果たした。これは事実です。他のブロックの人も褒めていましたよ。鼻が高い」


 少し盛っているが、これぐらいは許されるだろう。

 

「だから私は、自分の仕事を完遂したと思っています」


 少し前向きに言ってみたが、ブロック員の反応は様々だ。


「特にもう副ブロック長もずいぶん長い。そろそろ良いでしょう」

「いや、俺まだ大門さんに教えてもらうことがたくさんありますよ……」

 

 話を振られた副ブロック長は、自信なさそうに言う。

 参加者への対応も丁寧だし、外周との折衝も十分できる。本部とのつなぎはやや弱いが、これから身に付けていけば良いことだ。

 そういう話を重ね、やや渋りながらも受け入れた。

 他のブロック員たちも、実力を認めてもらえたという部分もあって次第に受け入れる。

 

「大門さん、ブロック長はやめても『にぬねの』ですよね!」

「また多賀谷シャッター周りでやりましょうよ」


 それでは意味がない……とまでは言わないが、理想ではない。

 大門の『にぬねの』は今回で終わった。ブロック長のバトンを渡したのだ。バトンを渡した走者がレーンに残っていては、気を遣わせてしまう。

 

「いえ『にぬねの』から離れようと思っています」

「えっ」

「そんな……」

「本部とかですか……?」

 

 本部。

 大塚の周りで業務をするのは悪くはないが、やはり参加者の一番近くでスタッフを楽しみたい。

 

「ふふ、西1ですが、別のブロックから熱烈オファーを受けていましてね」

「どこですかそれ。俺ちょっと話して大門さんを……」

「聞いてください」

「……はい」


 大門の静かな声に、熱くなりかけたブロック員が返事をする。


「では『にぬねの』の皆さん」

「はい」


 いい返事だ。気持ちが良い。このホールで一番ではないだろうか。

 ただ、それを確認するためにも『にぬねの』の外を見てみたい気もする。

 

「皆さんは、充な実力を持っています。今回それが証明できました。今まで皆さんが積み重ねてきた経験が、答えてくれたんです。その経験のひと幕に私が関われたことは嬉しく思います。ありがとうございます」


 その決意が固いと伝わったのだろう。

 ブロック員たちは押し黙って大門の言葉を待つ。


「最後に私から皆さんに宿題を出しますね。皆さんのレベルとしては『ひとりでできる』という段階にある人がほとんどだと思います。次は『誰かに教えることができる』になれるように、少し気をつけてみてください」

「教えること……」

「そう。それは言語化を必要とします。感覚でやってたことを自分で整理して、誰かに伝え、理解してもらうことができるレベル。そうなるにはどうすれば良いか、考えながら業務に当たってみてください」


 思いもよらぬ言葉だったのか、ブロック員は虚を突かれたような顔になる。

 そして、じわじわとその難しさを理解し、まず副ブロック長がため息をついた。

 

「やっぱ大門さんは難しいこと言うよなあ……」


 それにつられて、ブロック員も苦笑いを見せる。

 

「まあ、それで育ってきたんだけどね」

「それはそう」

「俺まだ五回目なんですけど、それでもですかね」

「それもそう」


 ひとしきり笑い合い、誰からともなく『にぬねの』ブロックがあった場所に目をやる。

 今はひんやりしたコンクリートの床しかなく、机も椅子も、床に貼っていたテープの類も何もかもがない。

『にぬねの』ブロックの痕跡は一切ない。

 ただ、このエリアを担当したスタッフだけが立っている。


 そして次もまた、ここに来る。

 経験を積み重ねて、最後の宿題を胸に抱きながら。

 

「大門さん」


 副ブロック長が頭を下げる。


「ありがとうございました!」

「「「ありがとうございました!」」」


 打合せもなく、ブロック員の声が揃う。

 やはり良いブロックだ。


「『にぬねの』を頼みましたよ」

「「「はい!」」」


 ふっと雰囲気が緩む。

『にぬねの』ブロックの全員が、次に向けての一歩を踏み出した実感がある。

 

「次のブロックに行っても、また見に来てください」

「あーあ、まだ教えてもらいたいことがあったのになあ」

「例えば?」

「あー……人混みに負けない体幹とか?」

「鍛えろよ」

「だよなー……」


 少し寂しさを紛らわすように、ブロック員たちが冗談を交わす。

 ちらりと時計を見ると、ちょうどいい時間だ。

 

「さて、終礼が始まってしまいますね」

「やべ、急ごう」


 スタッフとしての本能で、走らないよう急ぎ足になる。

 大門は一番後ろから、その姿を見ていた。

 こうして、大門の『にぬねの』ブロック長生活に終止符が打たれたのであった。

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