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第15話 C97冬 2日目 一歩の勇気

「スタッフの業務の柱のひとつに、『安全管理』っちゅうのがあってな。それがまあ列整理だったりするんよ。列が伸びて通路詰めてたら人が通られへんようになって危ないし、ぎゅうぎゅうの人ごみの中でそれぞれが無理やり動いたら事故の元になる。そういったことを防ぐのもスタッフの役割っちゅうわけや」


 神社の祭りでは警備会社の人がやってくれている仕事だ。昔は大門の会社にその仕事を任せていた。

 もちろん給料を出してお願いすることなので、それを無償でやっているコミマスタッフは何なのだろう。

 今は自分もそのスタッフの一員なのだが。


「練習がてら、『むめも』に深川さん貸してくるからなー」

「了解。終わったらまた知らせてくれ」

「はいよ。私は届けてちょっと教えたらすぐ戻ってくるし」

 

 一度本部に戻ると、さとりを他のブロックに貸し出すことを報告する。

 情報集約の担当者が何かにメモをする。

 この情報集約部署は『ハロワ』とも呼ばれるらしい。職業安定所の通称がついているということから何となく役目が分かる。今回のように、人手が不足している場所があれば応援を送り出す管理をするのだろう。


 

 本部のスタッフに見送られながら混雑し始めた通路を進んでいく。

 

「ブロック長はポエやから……って顔まではなかなか覚えてへんか」


 今回が初めてのさとりにとっては、他のブロックのブロック長の顔まで覚える余裕は無かった。

 自分のブロックの由布子と隣の九条はちゃんと覚えている。


「おっと、蔵前さんにも連絡入れとかんとな」


 由布子は携帯を操作する。

 送信してまもなく、返信があったようだ。


「よし『やゆよ』は混んでへんみたいやし、安心して行けるわ」

 

 ちょうど地図がある場所で立ち止まると、由布子が指をさす。

 位置関係を案内してくれるようだ。

 

「なんか知らんけど地図ではこの『門』の字みたいな形で描かれるんよ。上は南なんやけど」

「その方が分かりやすいんでしょうか」

「慣れやろなあ」


 西に向かって貼られている地図なので、あまり直感的ではない。

 かといって横に向けた地図を作るのも手間なのかもしれない。

 

「ほんで、『門』の字の左が西1で右が西2。うちらの『やゆよ』はこの下の方で、今から行く『むめも』はこの左上のほう」

「はい」


 昨日『みえ』た黒い異形が飛んでいたあたりだろうか。

 ホールの中で爆竹を鳴らされる騒ぎがあったが、その煙なら白く見えるはずだ。

 あの黒は、異形だったのだと思う。





 由布子に連れられて到着したホールの端。ひとりの女性を見つけると、大きく手を振って声をかける。

 

「ポエお疲れー」

「あら、ユウちゃんお疲れ様。どうしたの?」


 ポエと呼ばれたおっとりした女性スタッフ。

 ウェーブのかかった艶やかな髪、穏やかそうな目元。

 何より豊かな胸元が母性を感じさせる。

 

「あー、新人ちゃんやねんけど『やゆよ』であんまりやれることないから、列整理の練習さしてもらおか思て」

「ああ、なるほどね。じゃあこっちをお願いしようかしらね。えっと」

「深川です」


 スタッフ証を見せて、会釈をする。

 ちらりと確認をすると、ふわりと花が咲くような笑顔を見せる。

 

「深川……さとりちゃんね、よろしく。ブロック長の百々です。でも『どど』って可愛くないから、みんな『ポエ』って呼ぶわ」

「ポエ?」

「ほら」


 豊満な胸の上に引っかかるようにあったスタッフ証を前に出す。

 

『むめもブロック ブロック長 百々 詩音ドド シオン


「名前の『詩』がポエムだから、『ポエ子』とか『ポエポエ』とか呼ばれていたんだけど、いつの間にかポエに落ち着いたの。ちなみにユウちゃんは『ポエ美』『ポエッコ』『ポエリーヌ』『ポエ左衛門』とか、毎回違う呼び方をしてくれたのよ」

「あだ名なんかそんなもんやろ」


 けらけらと笑う由布子。

 ふたりとも楽しそうに見えるが、それでいいのだろうか。

 言葉を探すさとりをよそに、ブロック長同士の打ち合わせが始まっていた。

 

「ほんで、練習にええとこある?」

「そうね……『も』のあそこが少し。今は誰も付けてないの。見ての通り一列で作ってて、たまに通路を塞ぎそうになるの」

「ほな圧縮かな」

「基本的にはそうね。二列にしてもらっても良いし。そのあたりはお任せするわ」

「ほいほい了解」

 

 花が咲くような笑顔で「よろしくね」と残し、ポエが離れていく。

 今いる外周の通路は人通りが多く、あまりスタッフが固まっているのに適さないらしい。


「さてと、列の触り方で大事なことは……あっ、ちょっとごめん!」

「?」


 話始めたところで急に身を翻す由布子。

 床に落ちていた何かをさっと拾うと、数人の隙間をすり抜けて黒いリュックの男性に声をかけていた。


「お兄さん、大事なもん落とした!」

「うわっ、す、すみません」

「いえいえ。お気をつけてー」


 数度頭を下げた男性に手を振り、何事もなかったかのように戻ってくる。

 

「地図ですか」

「そうそう。あれ失くしたらえらいことやからな」


 先ほどの男性が落としたのは、配置図だったようだ。

 由布子によると、今は携帯に色々な情報を詰めている人が多いが、紙の地図に目当てのサークルを記入して臨む人も少なからずいる。

 バッテリー上がりの心配もないし、毎回携帯を起動してメモを開くのも手間だという。

 今の男性も紙の地図をなくしても携帯に予備の情報を持っていたりもするだろうが、それでも会場で何かを失くすというのはテンションが下がるものだ。そんな風に笑いながら教えてくれた。


「ユウさん、凄いですね」

「ん? 何が?」

「いや、自然に人助けできるの、何だかすごいなって」

「そらまあスタッフやからな」


 当然のように言う。

 由布子はさとりに向かってにやりと笑いかけると、軽く胸を張った。


「スタッフやったら、一歩踏み出す勇気が持てるんや。ちょっと格好ええやろ」

「えと……はい」

 

 関西人の勢いに押されながらも、うなずくさとり。

 実際、格好良いし凄いとも思っている。

 

「スタッフやってたら、普段でも余計なお世話焼きとうなって、ちょっと困るで」

「困りますか?」

「普通、知らん人に急に落とし物や言われたらびっくりするやろ。この会場やから『ああスタッフか』やけど、世間やったらまず『何やこいつ』から始まるで。まあ結局は困ってはる時には手え出してまうんやけどな……さとりちゃんもスタッフやってたら、いつの間にかそうなるで」


 そういうものなのだろうか。

 思えば、関係のない見知らぬ人に親切にした覚えはあまりない。

 もちろん神社の参拝者への問い合わせに対応したことはあるが。

 

「あー、言うてる間に伸びたな。これ二列にしてもうた方がええやろな」


 由布子の言う通り、いつの間にかサークルの列は通路の半分以上にまで伸びてしまっていた。

 外周通路を行き交う人の通りも多く、邪魔そうに列をよけて歩く人や列を無理やり割って通り抜ける人もいる。

 もちろん通り抜けられた方の列の人は嫌そうな顔をし、少しだけ雰囲気が悪い。

 ちらりと見ると異形の者たちも、列に並ぶ人の足元をすり抜けちょこまかと動いているのが見えた。

 

「さて、さとりちゃん」

「は、はい」


 気を取られていたさとりがはっと気を取り直す。


「これを二列にしてみよか」

「二列に?」

「あっちのサークルさん見てみ」


 由布子の指す方向を見てみると、壁サークルから伸びた人の列が確かに二列になっている。


「一列やと列が長くなる。二列やと単純に半分の長さになるっちゅうわけや。あ、先にサークルさんにひと声かけるからちょっと待って。急に列増えたらびっくりしはるから」

 

 そう言うと由布子はサークルの机に向かい、売り子に二列になる旨を伝えていた。


「ほなやってみよか」

「えっと……」


 自分よりも年上の男性もいれば、自分と同じくらいの女性もいる。

 十人ほど並んでいるが、当然全員見知らぬ顔。


「ちょっと大きめの声で並んでる人にアナウンスして、一番前からずれてもろたらええよ」


 さとりは気付いていないが、並んでいる人たちの注意がこちらを向いている。由布子はそのために気持ち大きめの声で指導をしていた。

 並んでいる参加者にも知識と経験がある。

 列が伸びていることを何となく認識していて、スタッフが来ている。あとは合図を待つばかり。


「よし、ほならまずはこの列の人らに、二列になってもらうお知らせから」

「……はい」

 

 自信はない。が、隣に由布子がいてくれる。

 何かあれば助けてもらえるという安心感。

 さとりは覚悟を決め、息を吸い込んだ。

 

「あ、あの、こちらの列をこれから二列にします!」

 

 さとりの自信のない二列化の指示。だが一斉に列に並ぶ参加者の視線がさとりに集まった。

 先ほどから気にかけてくれていた一般参加者がうなずいて見せたりしている。

 曖昧ながらも反応があったのを見て、さとりは次に先頭あたりに声をかけた。


「えっと、ではあの、こちらに……」

 

 さとりが最後まで言わずとも、無言で横へと動いてくれる。そして、その後も意図を汲み次々と後に続く。

 そこからはごく自然に、綺麗な二列が出来上がった。

 当然列の長さは半分になり、通路の通行もスムーズになる。

 

「ありがとうございます。ご協力、ありがとうございます」

 

 由布子がフォローの声をかける。

 さとりはその声を聞きながら、半分信じられないような気持ちでいた。

 

「え、できた……?」

 

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