クリステル、姪の言動を憂う
4/4 後の展開に合わせて文章を一部修正
「あらクリステル、奇遇ね」
不意に声をかけられ、リンデン館の前当主夫人であるクリステルが振り向くとそこにいたのは尊敬する女性であった。
「反撃作戦の祝勝会以来ですね。お義姉様はお買い物ですか?」
最近開店したデパートを巡っている最中に義姉のゾフィーに会ったクリステルは問いを投げかける。
「いいえ。うちが出店したハーブショップの視察に来たの。あなたは?」
ゾフィーの夫は製薬会社を経営しており、そのノウハウを活かしてハーブティや化粧品などの開発も行っている。
クリステルは柔らかく微笑む。
「女性の働き口を求めてあがいておりますの」
男衆が戦地から帰還したら、人手不足の今だから雇われている女性たちは解雇されるだろうとクリステルは思っている。だから今のうちに女性の新たな就職先を見つけたいのだと説明すると、義姉は目に見えてしょんぼりしてしまった。
「その事に思い至らなかった自分を責めたいわ。でも、今は反省より方針を考えるべきね。クリステル、私も同行してもいいかしら?」
「勿論ですわ、お義姉様」
「終戦が近いって噂だけど、貴女が動いてるなら本当なのかしら?ああ、御免なさい。問い詰めたい訳じゃないの」
ゾフィーは「踏み込んでよい距離」をわかっているから対していて心地よい。
実はクリステルは数週間のうちに戦争が終わるだろうと知っている。今は水面下で条件を詰めているらしい。
その情報を夫にもたらした相手を、クリステルは油断ならない男だと思っている。親戚として表面的な付き合いしか無いシュタインに話を流したのも何か裏があるのだろう。情報部の大物であるカーマインはシュタインとは性格が合わない。だがアイゼンはじめ息子や孫とは良い関係を築いているようで、気にかけてくれている事に感謝している。
今、自宅には休暇をもらった夫がいる。
歳を経るにつれ頑固さが増す夫との時間は不快とまでは言わないが義務的なものになっている。夫より息子や孫たちと過ごす時間の方がはるかに有意義だ。
そして夫が実の子や孫より姪のマリーアを優先するのをクリステルは苦々しく思っている。
話題を変えようとクリステルは反撃作戦の成功で上向いた景気に触れる。ゾフィーはにっこりと笑って言った。
「そういえばアイゼン、反撃作戦への貢献で昇進したんですって?あの子の頑張りが報われて嬉しいわ」
ゾフィーが純粋に甥っ子の栄達を喜んでくれているのが分かり、クリステルは感謝の言葉を口にする。
「その節はお義姉様にもお世話になりまして」
「いいのよ。アイゼンは優秀だから私の口添えが無くても頭角をあらわしたでしょう」
「そもそもお義姉様が軍でも、いいえ軍だからこそアイゼンが成せる事があると教えて下さったからですわ」
クリステルの長男アイゼンは、好きな事はとことん突き詰めるがそれ以外への関心が薄い。
息子は4人いるし本人が望まないなら軍人にならずともよいと夫共々思っていた。だが一族の多くが軍関係者なので、違う分野に進めば肩身が狭くなる事は予想できる。そんなアイゼンに、好きを活かしながら軍属に就けるよう考え動いてくれた人々がいたのだ。
「そのせいでシュタインが拗ねてるそうね。素直に喜べばいいのに」
シュタインは、息子に階級を追い越された事をひどく気にしている。元々、英雄と呼ばれる父親と才女として名高い姉へのコンプレックスがあったのに長男まで出世街道まっしぐらとくれば面白くないのは仕方ない。だがそれを隠しきれないところが駄目なのだとクリステルは思う。
「ところで、マリーアは相変わらず?」
ゾフィーがため息と共に尋ねる。
「ええ、相変わらずの執着ぶりです。スカーレットが亡くなった事でリンデン館の女主人であるかのように振る舞っていますよ」
二人ともマリーアの態度を幾度となくたしなめてきたが、すぐにシュタインたちに泣きつくので面倒なことこの上ない。
「アイゼンに再婚を迫ったって聞いたけど」
「正確にはアイゼンと再婚したいと夫にほのめかした、ですね。マリーアの言質をとられない微妙な言い回しにはいつも感心させられますわ」
マリーアは本当はアイゼンに直接再婚を持ちかけたかったようだが、会うことが出来ずシュタインに外堀を埋めさせる方向に転換していた。
アイゼンは機密情報を知りすぎていて自宅にも簡単に帰れない。常に護衛という名の監視がついているし、面会するにも手間がかかる。
ゾフィーはクリステルに頭を下げた。
「娘が迷惑かけて御免なさい。アイゼンにも、貴女にも、キャサリンにも申し訳ないと思っているの」
「お義姉様が謝る必要はありません。気にかけて下さっているだけで十分ですわ」
ゾフィーがマリーアに何か教えようとすると、マリーアが「私は才女と名高いお母様と同じようには出来ません。御免なさい」と涙を流すのでゾフィーは子どもに無理を強いる鬼母と呼ばれるようになり、面倒で娘の教育を投げ出してしまった過去がある。
「貴女とキャサリンはしっかりしているのに、弟と娘はどうにもならないわね」
眉をひそめるゾフィーの腕にクリステルがそっと手を添える。
「困った点もありますが、マリーアも悪い子では無いですよ」
場をおさめる為でなく、本当にそう思っているらしい義妹にゾフィーは苦笑する。クリステルも何だかんだでマリーアに甘い。マリーアの言動を憂いているように見えるが、実の子や孫より姪を優先させる夫の対応に腹を立てているだけだ。
マリーアが婚家を出された時もそうだった。クリステルは、姪をリンデン館に迎える事には反対したが支援する事は賛成していた。追い出されたといっても、小さな家と婚家で雇っているメイドを一人に贅沢しなければやっていける年金まで与えられていたのにだ。
結局は所有者であるヘルトにマリーアが直談判して「リンデン館に住めばいい」となったのだが、ヘルトとシュタインに代わり必要な根回しや手続きをしたのはクリステルだとゾフィーは知っている。
親族として受け入れるのではなく使用人として雇う事に決めたのもクリステルだ。
子育ての失敗を押しつけたようで、自分に協力出来る事があれば些細なことでも声をかけて欲しいとゾフィーはいつも言っている。
「そういえば、マリーアがキャサリンに謹慎を言い渡したんですって?本当にあの子、何様のつもりかしら」




