庭師、弁当を確保する
「どうしてご主人様の従姉で他家に嫁しているマリーア様がリンデン館で家政婦長をしているんですか?」
それは当然の疑問なので説明が必要だと料理長も思った。
「それはシュタイン、いや『先代様』のせいだな」
先代は自分の息子達よりも姪のマリーアを可愛がっているから、との言葉の後に「あの馬鹿ちんが」と小さく呟いたのが聞こえる。
「あの頃は先先代様もマリーア様を贔屓していたしな」
その説明で理解しろというのは無理な話だとジョンは思う。だがいくつか分かった事もあった。
料理長はプライベートでは名前で呼べるくらい先代様と親しいのだろう。そして『先代様』の部分をゆっくり丁寧に発音した。なら先代様に言いたいけど言えない事があるに違いない。
そして先先代様の話を過去形で言ったのも気になる。今は違うのか?
何でこんな中途半端な説明なんだ、とじっとりとした視線を向けると料理長は頭をかいた。
「すまんな。俺は話が下手なんだ」
料理長は庭師の方を向く。後は任せた、という事なのだろう。
「持ち帰りの弁当5回分」
庭師が五本指を立てて顔の前に差し出す。
「3回で」
「4回。それ以上はまけない」
「分かった。じゃあ4回分でジョンの疑問を全て解決してやってくれ」
「全てって、いいのか?」
表情が変わらない庭師だが僅かに声が低くなる。料理長は逆に明るく笑ってみせた。
「俺にだって思うところがあるんだよ。それに親方の方が適任だろう、色々な意味で」
「そうだな。儂はお前と違って口止めされてないからな」
そして二人はがしっと握手する。
料理長と庭師の取り引きが成立したらしいのだが、ジョンには駆け引きの詳細が分からない。
「え、ちょっと親方?雇われたお家の事情に関わっちゃいけないっていつもおいらに言ってるのに。仕事なくなっちゃったらどうするの!?」
キッドが庭師の上着を引っ張りながら早口でまくしたてる。
「リンデン館をクビになっても他があるから困らないな。新規で断ってる家もあるし。ああ料理長、その場合も弁当はきちんと受け取りに来る」
「当たり前だ。踏み倒すなんて不名誉な事、俺はしない」
庭師はジョンに向かって言う。
「さて。お前さんは聞きたい事がたっぷりあるだろうが、全てに答えるほどの時間も無い。今日のうちに別の家でも作業する事になっててな。でも料理長の弁当4回分の話はしてやるぞ」
繋ぎ回。ジョン目線が久しぶり。
「誰に」「どこまで」話させようかと思ったら料理長が暴走した。全くの予想外。
この後、先代と先代夫人のエピソードを挟んでジョンの疑問が解決される。多分。
庭師への弁当は「困ッタナ、早ク食べナイト痛ンジマウ。良カッタラ引キトッテクレ」みたいな茶番劇を経て渡される。
余った料理と駄目になりそうな食材をぱぱっと調理した物の詰め合わせ。館に出入りする者にそういったおすそ分けをする事はよくあるので問題にならない。さばききれずご近所に配る事も。基本的に使用人には配らない。でもジョンは表現の幅を広げるのと「身重の嫁さんに食わせてやれ」との事で頻繁にもらって帰ってる。




