17.これがいわゆるマジックパンク?
食事を終えて、シマさんと一緒に皿を洗うため、わたしはシンクへと足を運ぶ。黒いエプロンをつけていたシマさんは、流し台に張られていた洗剤で泡立つ水の中に浸けられていた皿を取り出して、洗剤のついた濡れ布巾で皿を洗う。
うーん。なんかこう、あれだなぁ。
「ミスマッチというか合わないというか……」
「? どうかなさいましたか、マキ様」
隣に並んでわたしは皿を拭きながらそうボソリと呟く。
うーん、いやまあ確かに? 濡れ布巾は、剣と魔法の世界っていう世界観には恐らくマッチしているんだろうけどさ。
シマさんが今目の前に立っているその流し台、見た感じ完全にステンレスだよね? 家を見たときにはあまり考えないようにしていたけど、どう考えても最初の木と漆喰で出来た家としては考えられないような代物が目の前にあるよね。
そもそも剣と魔法の世界って、いわゆる中世的な感じのものなんじゃないのだろうか? え、ステンレスとか普通にあるの? いわゆるヒヒイロカネみたいな、クロム鋼みたいなやつなのだろうか? んー歴史は苦手なんだけどなぁ。
んでも鋼なんてのは中世でも良く出てくるし、やっぱり中世? んーどうなんだ?
悶々と悩みつつも、わたしはテキパキとシマさんがシンクの上に置いた皿の水気を乾拭きで拭き取る。良く良く考えれば、この皿もなんか鋼っぽいし。銀なのかな?
「んー?」
「……なにやら、お悩みの御様子。やはりあの駄犬共の首を刎ねるべきでしょうか?」
「それは違うから安心して」
「然様ですか」
何処から取り出したのか、ナイフを2本掲げるシマさんを止めるべく、わたしは即座にそれは違うよ、と言う。うーん、相変わらず物騒なお人だことで。
ナイフをしまったシマさんは流しの排水口を止めていた止め具を外し、流しに張られていた水を排水口へと流す。というか茶色いスポンジとかもあるけど、そこらへんはどうなんだ……? んー海綿体を天然のスポンジとして使う、みたいなこともあった気がするけども。
とりあえず疑問はさっさと消化してしまいたいし、ここはシマさんに聞いておくべきだろうけど……んー、どういったものか。
「シマさん……今っていつぐらいです?」
「いつ……ふむ、時計をこの場に設置するのを忘れていましたね。はい、そこに時計を設置しておきました」
「待って、そんな一瞬だとツッコミが追いつかないの。違うの、そうじゃないの色々と」
指差す方向を見れば、先程はなかった場所に時計が設置されており、その時計は現在の時間をしっかりと表している。んー10時かー。
違う、そうじゃなくてね? どうやって置いたのかすごい気になるんだけど、そうじゃなくてね。
「例えばー……今が何年で、どんな時代なのかーとか」
「ふむ、年代でございますか。それならば人や魔物などの知的生命が文明を築き上げ、制定した概念でいきますと……」
「いきなりなんか神様みたいなこと言い始めたこの人……あ、神様か」
そういえば一応シマさんは神様の補佐をしているんだった。それならば回りくどく言わずにストレートに言うべきだったかな。
「そうですね、今は1878年といったところでしょうか?」
「おぉう……大分いい具合な年月だことで……」
わたしが元いた世界で言うのであれば、もはや中世なんて時代ではないか。んー文明の発達具合ってのが良く分からないけれど、そうなると――。
「具体的な文明の発達具合で言うのであれば、産業が盛んで、最近貿易にて伝来された鋼材によって編み出された機械技術が高度に発達した文明と言えますね。人の手によって研鑽された、精霊術とは違う魔術と呼ばれる術式を利用し、その機械技術のエネルギーとして用いているとも聞きます」
「んー産業や貿易が盛んで機械技術……あ、うわ、産業革命?」
少しばかり年代も違う気がするが、おおよそ産業革命と同じような状況を見てわたしは驚く。え、そうすると、もしかしてその魔術を利用した機械技術ってのは。まさかのスチーム……いや、マジックパンクってやつ?
そういうなんというかファンタジックな世界観はよく目を通したからわたし知ってるぞ。カッコイイよねスチームパンクな恰好って。
うん、話が逸れた。
「あぁそういえば、情報閲覧時に捨てていた情報の中にそのようなことが書かれていたような……えぇ、産業革命と言ってもいいでしょう。残念ながら人の産業に関しては興味がないもので深いところは知り得ませんが」
「はー……じゃあステンレスなんてのも普通にあるのかー」
「ステンレス?」
「あれぇ?」
どうやらこのシンクはステンレス製ではないらしい。一体何で出来てるんだろうなぁ……。
何にせよ新しいことに気付けたわけではあるかな。そっかー剣と魔法って言ってたからてっきり中世とばかり思っていたけれど、蓋を開けてみれば産業革命を踏襲した、スチームパンクならぬマジックパンクでした。そしたらこのシンクもマジックパンクな名残?
んーでもなんか違うような……。
そんなふうに考え事をしていると、シマさんが困った顔で先程からわたしを眺めていた。ん、何か変なことでもあっただろうか?
「あのマキ様……そちらが最後の皿なのですが……」
「え? ……あ、ごめんなさい!」
慌ててわたしは皿を拭き、その皿をシマさんに渡す。しまった本来やっていたことを完全に忘れてしまっていた。
というか、ほとんど何も手伝いしてないどころか、ただただ突っ立って邪魔していただけではないだろうか?
少しだけ申し訳なく思いつつも、わたしはシマさんを見やる。
「さて、これにて皿は全て洗い終わりました。マキ様、本日の予定なのですが――」
シマさんが何かを言いかけていたその時、扉を軽くノックする音が聞こえる。
ウォフルさんだろうか?
「あ、はーい。ウォフルさんどうし――うわあ!?」
「マキ様!?」
扉を開くと同時にわたしは何かの力で勢いよく外へと引っ張り出される。わたしに巻きつくその青色の何かがわたしを外へと引っ張り出したのだ。
勢いのまま、その青いのは空中へと飛び立ち、空高く舞い上がる。
……え、嘘飛んでるの!?
「あ、これは、やばいやつ」
地面が急速に離れていく光景と、雲をどんどんと突き抜けていく光景がわたしの目に映る。依然としてわたしはその青色の何かの正体が掴めないが、なんとかして対話をしようと試みる。
「あ、あのー!? えっと、誰ですかー!?」
少し抜けた感じにわたしが言うと同時に雲が晴れ、辺りに一面の青空が広がる。下に見えるのは白雲の海と、頂上だけがチラッと見える山。
そしてわたしを掴んでいたのは。
『ほぉ、神さんの気配がするからもてなしとばかりに掴んでみたが、人の子ではないか……』
「……えぇ」
青い鱗は太陽の光で煌き、さらにはその周辺ではキラキラとした光が絶えず浮かぶ。その中心には金色に輝く瞳を携えた、ファンタジーにはお決まりのとんでもないアイツ。
わたしを掴んでいたのは、青い鱗を身に纏う、巨大なドラゴンだった。
『ふむ、ふむ。神さんの元にいた人の子ならば、あの神さんのお気に入り……なるほど? 精霊たちが噂しておった愛し子というのはお前さんか』
ギョロリとデカイ目がわたしを見つめては細める。口元を歪めているのは分かるが、その表情は何を意味しているのかいまいちわたしには理解できなかった。
何故ならば。
「……きゅぅ」
『お、おい、人の子や? おぉーい、どうした? え、あ、気絶しちゃった? やっべどうしよ……』
薄れいく意識の中で、わたしはそのドラゴンの言葉を最後に意識を投げ出したのであった。
……ドラゴンって間近で見るとやばいんだなぁ。
閑話
「つまりは、この世界はスチームパンクならぬマジックパンクってことだな、わたし理解した」
「良くは分かりませんが、私には到底計り知れないその知識と慧眼……流石はマキ様です」
「んーこれが勘違い系ってやつか……なんか違う気がする」




