6-3
「もしかして、私と付き合ったのも若葉に近づくためだったの?」
「初めはそうだった」
たっくんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。アルコールが周り、頬のあたりが赤く染まっていく。
「だけど、君たち姉妹と過ごしているうちに、段々自分の気持ちに変化が芽生えてきた。若葉ちゃんとひとみ、君たちのことを本当に好きになっていた。だから復縁を持ちかけていたのも、あれは僕の本心だったんだ。あのやり方で気持が伝わるかどうかは別としてね」
先頭車両の方から甲高い汽笛の音が聞こえてくる。それから少しだけ間が空いて、食堂車両の四隅に設置されていたスピーカーからアナウンスが流れる。だけど、それは私の知らない言葉だったため、何と言っているのかは全く理解できなかった。
「覚えてるかい、ひとみ。若葉ちゃんと僕たちで、よく電車に乗って遠出したこと。あの時は本当に楽しかったなぁ」
「……うん」
たっくんはグラスを置き、窓の外へと視線を向けた。私もたっくんと同じように窓の外を見る。駅のプラットフォームではたっくんと同じ柄の軍服を来た人たちがせわしげに歩き回っていた。
「国のためだけじゃなく、若葉ちゃんのためを思って色んなことをやったよ。日本で受けられる最高の治療環境を用意したし、若葉ちゃんの大好きな鉄道会社にも私の国や同盟国からスパイを送り込んだ。またあの日のように、いつでも好きなように君たちと列車に乗るために」
私はもう一口だけワインに口をつける。私の頭にはエリカさんとエリカさんのお兄さんの姿が思い浮かんでいた。エリカさんとお兄さんは、ドイツのスパイとしてJRに潜り込んでいて、なぜ彼らがそのような仕事をしているのかは知らされていなかった。
「若葉ちゃんを保護するためにシベリア鉄道を使おうって言ったのも、僕のアイデアなんだ。若葉ちゃんは列車が好きだしね。そうでもしないとさ、無理やり彼女を連れて行かなければならない。若葉ちゃんの嫌がることをするのは僕だって嫌だしね」
エリカさんの話では確か、ロシアも同じようにJRにスパイを送り込んでいると言っていた。エリカさんたちがJRの駅員として私の目の前に現れたのも、すべてはたっくんの純粋な気持ちからだったのかと思うと、どこか滑稽にさえ思えてくる。
「真実はいつだってシンプルなんだよ。我々がそれだと満足できないってだけでさ」
たっくんは空になったグラスに再びワインを注ぎ始め、私の方をちらりと見て尋ねてくる。
「くどいけど、もう一度同じことを言っていいかい?」
いいよ、と私は返事をする。たっくんはぐいっとワインを一飲みし、さっきと同じことを言った。
「真実はいつだってシンプルなんだよ。我々がそれだと満足できないってだけでさ」