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「出して! ここから出して! 若葉はどこも悪いところなんてない!!」
私が部屋に入るなり、若葉は私の胸に飛び込んできて、目に涙を浮かべながら私に訴えた。後ろに立っていた若杉先生の方を振り返ると、若杉先生は少しだけ顔を曇らせ、もごもごとつぶやいた。
「ここ最近は大変安定していたんですが……ここ数日はどうも症状がぶり返しているみたいでして……」
若葉が奇声を発しながら、私の服を引っ張る。私が若葉を安心させようと背中に手を回し、強く抱きしめても、若葉のパニックは治まらない。若葉は両腕をかきむしりながら「あいつが来る! あいつが来る!」と叫び続けた。そして、ピタリと口を閉じたと思いきや、先程よりもずっと甲高く、大きな声で叫び声をあげた。狭い病室の中に若葉の悲鳴が反響し、耳鳴りのように私の耳を貫いた。
若杉先生は鎮静剤を取ってきますと私に告げ、急いで部屋を出ていく。私は若葉を半ば押さえつけるような形で抱きしめ、自分の身体を傷つけないようにさせるだけで精一杯だった。
「あいつらを追っ払ってよ!! 大尉殿は偉いんでしょ!!? 大尉ならあいつらを若葉から守って!! 早く!! あいつらが来る前に!! 早く!!!」」
若葉がもう一度叫び声を上げる。私は背中をさすり、動揺を感じ取られないように苦心しながらそっと諭す。
「ごめんね、若葉。お姉ちゃんは大尉なんかじゃないの。でも、若葉を怖がらせる奴らからは守ってあげるからね」
「違う違う違う!! 嘘つき嘘つき嘘つき!!! 大尉殿は大尉殿なの!!! 大尉殿は軍の偉い人で、拳銃とか戦車とか沢山動かせるの!! 若葉は知ってるんだ!!! 若葉は!! 若葉はちゃんと聞いたんだもん!! 大尉殿が大尉殿だって、ちゃんと将軍から直接聞いたんだ!!!」
若葉が自分の髪をつっかみ、勢いよく引っ張ろうとする。私は慌てて若葉の手を掴み、それを阻止した。若葉が一層激しく嗚咽しながら叫す。大声を出しすぎているせいで喉が枯れ、その叫び声は一層痛々しかった。
私はただただ若葉を抱きしめ続けた。若葉の苦しみを代わってあげることもできず、私にはそれしかできなかった。若葉の身体の震えが伝わってくる。どうしようもなくて、途方に暮れて、だけどどこか今この状況を冷静に見ている自分がいて。だからこそ、ポロリと林檎が木から落っこちるように私はその言葉をつぶやいた。
「かわいそうに……」
その瞬間。若葉の泣き叫ぶ声が止んだ。まるで時間が止まったみたいに病室が静寂に包まれる。私は少しだけ若葉を抱きしめる力を弱めて、恐る恐る若葉にどうしたのと尋ねてみる。
「今、何て言ったの……?」
低く、落ち着いた言葉だった。若葉が顔をあげる。覗き込むようにして私を見上げる若葉の小さく丸い目は、射抜くように私の目をまっすぐに捉えていた。
「今、若葉のことをかわいそうだって言ったの? ……お姉ちゃん……」
ごめんねとも、そんなわけないよとも言えないうちに、病室にパシュリと矢が放たれる音がして、若葉がその場に崩れ落ちた。私は倒れる若葉の身体を支えながら後ろを振り返る。そこには麻酔銃を構えた若杉先生が立っていた。