8 和解とは言えず……
「なっ……キャッスル!? あなた、わたしが嘘をついたって言いたいのっ?!」
「いいえ? そんな事は一言も言っていませんよ」
中指で眼鏡の位置を直し、キャッスルが少しばかり呆れの色が乗る息を吐き出す。
そこへ、サリーランがパンパンと手を打ち鳴らし、
「少し、小休止といたしましょうか。あなた方もこちらへどうぞ。お茶を差し上げますわ」
キャッスルたちを東屋へ招いた。このサロンで一番の発言権を持っているのは、サリーランなので、俺たちに否と言う権利はない。
唯一、シュミットが「何で?」とテーブルの下から、唇を尖らせて彼女をねめつけたが、
「隊長をどうこうするつもりはなくなったようだから、お客様として扱うわ。あなたもそこから出ていらっしゃい」
「そういう事なら、しょうがねえか……」
「さあ、どうぞ」
戸惑ったのは、招かれた男たちの方だ。少し気まずそうな顔をして、互いに顔を見合わせていたが、迷う時間は少なかった。すぐに、「お邪魔します」と東屋へ入って来る。
天気も良くて気温は高い。木陰になっているとはいえ、日光の下にいたのでは暑いはずだ。
「うお!? 涼しくねぇかっ?!」
「これは……冷気の方陣を上に?」
東屋の天井を見上げ、アディソンが目を丸くした。驚いたのはキャッスルも同じようで、
「贅沢ですね」ぽかんと口を開けて天井を見上げていた。
「セスに汗をかかせる訳にはいきませんし、獣人は暑いのが苦手なものですから。シュミットが頑張ってくれましたの」
答えながらサリーランはテキパキとお茶の準備を始める。ゲスト用のティーカップを出してきて、3人の前に並べ、「お茶菓子も適当に摘まんでくださいな」と微笑みかける。
「あなた方はいらっしゃいませんの?」
コーデュロイとエッシャーは、その場から動こうとしてない。どちらもこちらを見ず、無言を通している。まるで子供だな。一言、セスに詫びれば済むものを、そうしようとしないなんて。傷つく事になってしまったが、案外、あの男とは別れた方が正解かも知れないぞ、セシリア嬢。
「うめえな、これ」
「ええ。これほど美味しくお茶を淹れられる方は中々いませんね」
「ホント、おいしいねえ。それに、このリーフパイ、さくさくだよお」
ベイカー、キャッスル、アディソンは、コーデュロイから離れる事にしたようだ。
東屋の全員が、お茶を飲んで喉を湿らせ、甘い物に舌鼓を打って、一息入れる。
「さて、気を悪くしないでもらいたいが、あのお嬢さんがいじめられていたのは、間違いないのか?」
「それは、間違いない。いっぺん、俺の目の前で空から水が降って来た事もあったし」
「私は、アリアを数人の女子生徒が囲んでいるところを見た事があります」
「ボクはあ、アリアの悪口を聞いたねえ。アリアを見て、クスクス笑ってる女のコもいたよお。ボクがいるって気付いたら、バツの悪そうな顔をして、逃げてったけどねえ」
「嘘なんてついてないわよ! 本当にいじめられてたんだから!」
東屋の外から、コーデュロイの抗議が飛んできた。
「自分の調査不足を露呈するようで恥ずかしい限りですが、アリアをいじめていたと思わしき生徒たちと、貴方が繋がっている確証はどこにもありません」
「あの陰険なやり口とアンタの言動とは、全然合わねえもんな。きっと、無関係だろうよ」
「ボクもねえ、思い出した事があるんだあ。ボク、マクスウェル伯爵令嬢とちょっとだけ話した事があるんだよねえ。あのコ、悪意なんて知りません、って感じだったからあ、いじめを指示するなんて考えられないんだよねえ」
「そんなの、演技かも知れないじゃない!」
コーデュロイは、一体、何が気に入らないんだ? いじめを唆した人物がいない、と言っているだけで、いじめられていない、とは誰も言っていないんだが。
「アリアさあ、ボクの鼻を信じてくれるって言ったの、あれはウソだったのお?」
「えっ!? あ、そっ、それは……」
「人を見る目じゃなくて、人を嗅ぐ鼻なのねって、笑ってくれたのにい…………悪いけどお、今のアリアは、ボク、信じられないなあ」
何の事だかよく分からないが、コーデュロイは、アディソンの信頼を損ねたらしい。
「ん~っと、つまり、あれ? 誰かが指示を出してあのコをいじめさせていたんじゃなくて、実行犯が個別にいじめてたって事?」
「ええ。おそらくはそういう事だろうと思います。自分で言うのもなんですが、私たちは外見が良い物ですから──その……まあ、何と言いますか……」
「自称ファンが現れて、こちらの意思を勝手に代弁してくれて、余計な事をしでかしてくれる、人間がいるという事だな。私もしょっちゅう言われたぞ。ラフに付きまとうな、ラフを自由にしてやれ、縛りつけるな、とかな。私が、私の物を構って何が悪い。私がいつ、ラフを縛りつけた!? 全く、部外者ほど口うるさくてかなわん」
ベッドに、縛りつけられた事はあったけど。ああでも、それはお互いさまか。
「アンタ、マジでフランにべた惚れなんだな。貴族ってぇと、獣人は愛人枠でしかあり得ねえってヤツばっかりだと思ってたけどよ」
「何を言う。他の女にラフはやらん。全部、私の物だ」
「セスの全部も俺の物だしな」
「当然だ」
ふんす、と鼻息荒く答えるセス。ベイカーは、けっと吐き捨て「よそでやれ、よそで」とそっぽを向いた。
「わたしっっ! クロムに近づくなって言われたのよ!? だったらっ──!」
「ウィンザー卿のファン、という可能性もあります。あるいは、この中で唯一婚約者がいる彼の名前を持ち出す事で、いじめに正当性を持たせようとしたとも考えられます」
「あんさー、アンタさあ、Aクラスで頭いいんでしょ? もっとちゃんと考えなよ。隊長かセシリア様、もしかしたら2人の共犯なんて考えてんのかもしんないけどさ、今の時点じゃ、2人を追い詰める証拠は何にもないわけ。濡れ衣ってヤツね」
コロネは、情報収集担当なだけに、少ない情報でこの場に乗り込んで来た、花畑オーナーたちにはきつい物言いになるようだ。
「大体さ~あ、いじめられたって言うんなら、実行犯をシメるのが先でしょ~? その実行犯は、どこの誰で、何で隊長たちが関わってるって思ったワケぇ? アンタ、言ってる事、オカシイから」
ウサギが発言するたび、キャッスルとベイカー、アディソンが「ぐっ」とか「うぐっ」とか言っているが、まあ、自業自得だな。
コロネに言われ、コーデュロイは目に一杯涙をためていた。瞬きをすれば、ぼろっと涙がこぼれ、それはついに止まる事なくあふれ出す。
「何よ何よ、何よ! 皆して、わたしを悪者にして! バカにしてっ! わたしが何をしたって言うのよ!? わたしはっ…………!」
コーデュロイの言葉が、そこで途切れた。目を見開き、繰り人のいなくなったマリオネットのように固まり──
「もう、いいっ!」
再び動き出すと、立ち上がり、踵を返して出て行った。
何なんだ、あれは。ぽかん、としている俺たちではあったが、
「バカにするもなにも、バカじゃんね~?」
コロネだけは、最後まで容赦がなかった。
コーデュロイの背中が見えなくなってしばらく、今度はエッシャーがのろのろと立ち上がった。まだ、顔にはショックの色が濃い。セスも幼馴染の様子が気にかかるのか、
「こっちに来て、少し休んでいけ。ここなら、寝転がれる」
「……いや、いい。済まなかったな、セシリア。その……色々と浮かれていたようだ……」
「反省したなら、それでいい。私よりも、リアに謝ってやれ」
「ああ、そうする……」
「慰謝料だ、何だと口にしたが、申し立てはまだのはずだ。婚約も白紙撤回にできるだけで、撤回すると決まった訳じゃない。どうしたいのか、しっかり考えて結論を出せ」
鈍い動作で顔を上げたエッシャーは「そうか……」と一言呟いて頷き、
「悪い、な。俺がしっかりしていないせいで、迷惑をかけた」頭を下げた。
「これを機に、節制してくれ。ロム」
「ああ」
緩慢な動きでこの場から去ろうとする、エッシャー。
だが、どうにも足取りが危なっかしい。見るに見かねたのか、ベイカーが「しょうがねえな」と頭をかくと、
「ミス・セシリア・マクギャレット。証拠もねえのにアンタを疑って済まなかった。キャッスル、アディソン、ちょっと、ウィンザー卿に手ぇ貸してくるわ。後で話聞かせてくれ」
セスへ頭を下げ、エッシャーの後を追いかけて行った。
「話と言っても、特にないんですけどね。アクアがいじめられていた事は事実ですから、彼女に話を聞いて、いじめの実行犯を特定し、何らかの手を打ちます。同時に、私たちの回りについても一度調査しましょう」
「その方が良いだろう」
「ボクも、鼻にばっかりたよるのはやめるよお。こういう場合は、両方の話をきかなきゃダメだよねえ。ほんと、ごめんねえ、ミス・セシリア・マクギャレット」
「心から、お詫び申し上げます」
席を立った2人は、深く頭を下げ、自分たちもこれで失礼すると、東屋から出て行った。
「な~んか、振り回されちゃったカンジ」
う~んと大きく伸びをしたのはコロネだ。
「っつか、結局、あの女だけは謝らなかったな」
テーブルの上でどんぐりを転がしながら、シュミットが言う。
「今は感情的になっているみたいだから、しばらく時間を置いた方がいいわ。気持ちが落ち着いたら、謝りに来てくれるわよ」
「サリーは優しいねえ」
微笑む彼女の頭をコロネが撫でる。
「私も少し反省しないとな。お前たちともっとしっかり情報の共有ができていたら、ここまでの騒動には発展しなかったはずだからな。学院の事だから、と甘くみていた」
「俺も同じだ。俺から言いにくければ、コロネかサリーランに聞いてみてもらえばよかったんだ」
「そうそ。あんまりヘタレてると、愛想つかされちゃうかもよ~?」
ニタニタと笑うコロネ。お前っ、それはっ、シャレにならないぞ!?
「ぐっ……! セ、セス──っ……」
「そんな目で見るな、ラフ。そんな日は来ないさ」
くくっと喉の奥を鳴らした彼女は、俺の唇に触れるだけのキスをくれた。
「セス、愛してる。俺のつがいはあんただけだ」
「そっくりそのまま返すぞ、ラフ。私はお前の物で、お前は私の物だ。これからもずっとな」
「だ~か~ら~! オレらがいるんだってバ!」
抗議の声を上げるシュミットを、コロネとサリーランが、バシバシッと叩いて黙らせていた。
ここまでのお付き合い、ありがとうございました。
機会があれば、他のキャラについても書いてみたいと思います。