純白の人類
ライトとウィンリィがデフェットとホーリアを見つけるのにさして時間は必要ではなかった。
彼女たちはシリアルキラーが暴れる通り近くの家。その屋根の上からそれの行動を眺めていたからだ。
彼女たちの視線の先のそれはまた大きくなっており、大体十二メートルほどにまでなっている。
ライトはデフェットの隣に着地し、ウィンリィを降ろす。
「主人殿」
そんな彼に声をかけたデフェットだが肩で息を繰り返していた。
どうやら今まで彼を追い続けていたらしく、その顔はどこか申し訳なさそうなものへとさせている。
「ウィン殿も無事なようで」
「ああ、なんとかな」
ウィンリィは笑顔で答えるとすぐに表情を引き締め、ホーリアへとそれを向けた。
「おい、ビルツァは死んだぞ。あんたは、どうする?」
「どうする、ですか。そうですねぇ」
ホーリアは変わらずシリアルキラーと騎士団との戦闘を見ている。
よく見ればそこには冒険者や旅人なのか甲冑をほぼ着けていない者もいた。
様々なものが様々な方法で攻撃を行なっているようだが、シリアルキラーに明確なダメージを与えることはできているようには見えない。
シリアルキラーが三本の右腕を伸ばす。
一人には逃げられたが二人はその腕で捉えることに成功し、そのまま口へと運んだ。
グチャグチャという咀嚼音と骨を折るような音が辺りに響き、その後にゴクンッと飲み込む音。
誰かが罵倒の言葉と共に矢を放つ。
白い皮膚にそれは突き刺さったが、それは水面に刺さるかのように飲み込まれ、ダメージは与えられない。
「このまま見てますよ」
「貴様ッ!」
他人事のようにさらっと言い切ったホーリアへとライトが飛び出した。
「エーラデン」
言いながらホーリアはライトの方を向き、軽く腕を振るう。
すると屋根から形成された円錐が伸びた。
向かってきたそれをライトは白銀と黒鉄を使って防ぎ、向かってきた土の柱を足場にするとさらに跳躍。
落下しながらホーリアへと向けて白銀を振り下ろした。
だが、ホーリアは身体強化の魔術でも使っているのか常人ではあり得ない速度でそれを回避、別の家の屋根へと飛び移る。
「邪魔をしないで下さい。これは人類の進化のためです」
「言ったはずだ。俺はあれを進化とは認めない」
ライトが追撃をかけようと腰を落としたところで耳をつんざく音が辺りに響いた。
そこへバッと顔を向ける。
やはり音の主はシリアルキラー。
白い腕や身体が隆起したかと思うとその部分がさらに盛り上がっていき、白い玉のような何かが地面に落ちた。
重い砂袋でも落ちる音を響かせた白い玉はゆっくりと姿を変えていく。
「なん、だ?」
「始まりましたね」
姿を完全に変え終わったそれを見てデフェットとウィンリィが順に声を漏らした。
それには一対の腕がある。一対の足があり、身体があり、その頭には大きな口と目が一つずつある。
人のように見えるそれはその全てが真っ白に染まっており、首の辺りから伸びている白い管がシリアルキラーと繋がっていた。
「あれは……」
「ああ、あれが新たな人間ですよ」
三人が一斉にホーリアへと向き直り、「どういう事だ」と視線で訴える。
彼は少し語調を明るくさせて説明を始めた。
シリアルキラーの本体は今はまだ大きな方だ。
しかし、本来のシリアルキラーに本体などという概念は存在しない。
辺りを漂うマナを媒介とし、全てが同じ存在となる。
記憶も、思想も、能力も余す事なくその全てが統一化される。
それらが全て統一化されればその者を理解できない。などという状況はなくなる。
今の状況は言わばそれのテスト。
白い大きな現本体とは頚椎から伸びた白い管で繋がっており、そこで各個体たちを統一化し、動かしている。
「……それを聞いて理解したよ」
ライトは一度目を閉じ開く。
開かれた目は怒りにまみれていた。
「あんたの、そのやり方はやっぱり間違えている」
「……やはり、理解されませんでしたか。
では、どうしますか?」
「止める!」
ただ、自分で歩くために、と即答した。
そして、ライトが走ろうとしたところで視界の端に白い何かが映る。
「ライト!」
「主人殿!」
何かを感じると同時、ウィンリィとデフェットの声を受け、すぐさまそこから後ろへと飛び退いた。
瞬間、先ほどまで自分がいた場所で白い大きな手が何かを掴むような動作をした。
確信を持ち、それが伸びた方へと視線を送る。
その先にはシリアルキラーの現本体がいた。
攻撃をかわし、ハッとして視線をホーリアへと戻したが、その時にはすでに白い腕が彼を掴んでいた。
「しまっ!ホーリア!」
ライトの叫びにホーリアは答えることはない。
シリアルキラーの腕に抗う様子もなく、口へと運ばれるままだ。
彼は泣いていない。
怯えている様子もない。
むしろどこか満足げな笑みを浮かべていた。
そんな彼の近くにいたからだろうか、ライトには彼の最後の小さく細い言葉が耳に届いた。
「これで、人は、生き長らえ––––」
それが最後まで言われる事なくホーリアは喰われた。
響く咀嚼音と嚥下音。
喰い終わった現本体は口の周りを舐めるとその頭をライトたちの方へと向ける。
「デフェ!ウィンを!」
デフェットの返答を聞く前にライトへと左腕二本がそれぞれ上と右から迫って来る。
(白銀!黒鉄!)
『『言われなくとも!』』
振るわれる二本の刀。
それから伸びた帯状に形成されたマナの刃が頭上に迫るシリアルキラーの手を切り落とした。
落ちて来たそれに当たらないように腕の合間を抜けて跳躍し、シリアルキラーへと向かう。
「主人殿!?」
驚くデフェットを気にすることなくライトはその左腕の一本に跳び乗り、そのまま駆け上がり始めた。
振り落とそうと腕を動かすがその時には彼はその巨大な頭へと向かい跳躍していた。
そんなライトを捕まえよう右腕が伸びる。
「エアカッター・ストラトス!」
叫ぶと同時、ライトへと伸びていた手に無数の切り傷が入った。
痛みを感じたのか咄嗟にその手を引っ込めるシリアルキラー。
その隙にライトはそれの頭に二本の剣を突き刺した。
「バンカー・バスター!」
唱えてすぐにその頭を踏み台にして高く跳ぶ。
瞬間、シリアルキラーの頭が爆発、顔の上半分を吹き飛ばした。
ライトはそのままウィンリィ、デフェットの隣に着地、ゆっくりと後ずさるシリアルキラーを睨む。
「……おいおい、それって、ありかよ」
「の、ようだな……」
彼らの目の前のシリアルキラー。
吹き飛ばされた部分が膨張したかと思うとあっという間に元の頭を形成していた。
それに続くようにライトが切り落とした手も形成される。
「……デフェ、あれ、ゲイ・ボルグでどうにかやれるか?」
「正直、わからない。だが、やってみよう」
デフェットが腰を落とし、長槍を持つような構えを取り、詠唱を始める。
だが、そんな彼らの目の前にシリアルキラーの白い個体たちが現れた。
その数は一体や二体ではない。
数十を軽く超えるような数だ。
流石に二人だけでどうにかできる数ではない。デフェットも詠唱を中断、レイピアを構える。
「おい、お前ら!」
それらといつでも戦闘ができるように各々が武器を構えると横合いから声がかかった。
その方へと視線だけを動かすとそこには南方騎士団所属を示す甲冑を着けた者たちがいた。
「協力感謝する」
「それは後に、今はヤツを。
俺たちに少し策があります。時間稼ぎの力を貸して下さい!」
「……わかった。
小さいヤツらは後ろの管を切った後に頭を潰さないとすぐに再生する。気をつけろ」
「わかりました!」
ライトと騎士の一人がそうやって会話をする頃には白いそれらはかなり近づいてきていた。
「デフェ!頼む!」
「了解」
デフェットがゲイ・ボルグの構えを取ると同時に彼らは前に立ち並ぶ白い個体たちへと向かう。
ライトの目の前にいた個体が大きく口を広げ、向かってくる。
それをスライディングでかわすと立ち上がりながら白銀で管を斬った。
吹き出る青い血を気にする事なく、そのまま頭へと黒鉄を突き刺し、バンカーバスターを唱える。
頭だけでなく肩の辺りまで吹き飛ばされた個体が倒れるのを見てライトは手応えを感じていた。
(よし、まだこいつらは弱い。これなら!)
すぐに近くにいた三体を視界に収めたライトはすぐさま行動組み立てて行く。
(白銀!ちょっと飛ぶぞ!)
『は?飛ぶってな––––』
「よっと」
軽く言うとマーシャルエンチャントで強化されたその腕力をフルに使って白銀を上空へと投げ飛ばした。
『し、白銀ぇええええ!!』
黒鉄の叫びを聞きながらマントの中からルマクボウガン本体とカートリッジを取り出す。
それをすぐさまセットすると右手で構えながら走り出した。
「ストライク・エア!」
まず、その詠唱を受けて射出された杭は個体の頭部の上半分を吹き飛ばす。
しかし、首から伸びる管は繋がっているため、すぐに再生されるだろう。
ライトはそのことに構うこともなく、その個体を踏み台にして高く跳んだ。
後ろに控えていた個体の真後ろに落下しながら黒鉄で管を斬り、頭をストライク・エアで吹き飛ばす。
次に、先ほど完全に無視した個体の背後へとボウガンを放ちながら接近。
管を斬り落とし、トドメの一撃をぶつけようとしたところで後ろから攻撃が迫る気配。
直感に従い、右半身を背後へとずらす事でかわすと先ほどまでいた場所に個体の手が伸びていた。
その個体へとストライク・エアを二発放って姿勢を崩すと黒鉄を持つ左手を強く握りしめる。
「インフェルノ・ガントレット。リアクティブ・アーマー!」
二つを唱え、その拳を最初に狙っていた個体の頭部へぶつける。
その瞬間、指向性を持った爆発と爆風がライトを背後から襲った個体の上半身を吹き飛ばした。
そして、不意打ちの攻撃をしてきた個体の管を黒鉄で斬り、頭はその柄を当てて放ったバンカーバスターで破壊。
一連の動作を終え、ボウガンをマントにしまうと上空に投げ飛ばされた白銀が地面に突き刺さった。
『あ、あんた……覚えときなさい……』
憎悪に満ちた声を頭に送りかける白銀に対し、謝罪しながらそれを拾い上げる。
「ゲイ・ボルグ!!」
そんな会話を終える頃にはデフェットがゲイ・ボルグを放っていた。
彼女の放った魔槍は真っ直ぐにシリアルキラーの胸の中央をたしかに貫いた。
そして、その光景を見てデフェットが苦虫を噛み潰したような顔で告げる。
「……申し訳ありません。主人殿」
「いや、いい」
シリアルキラーの本体は変わらぬ様子で立っていた。




