事の続き
翌日、四人揃って朝食を取っている中、ライトが切り出した。
「騎士団から報酬を受け取ったらそのまま副都を出ようと思ってるんだ」
この副都では色々起こりすぎた。
そして、あまり良いとは言えない思い出ばかりができてしまった。
そんなところにいては気分が回復するのは難しいだろう。
それは他の三人も思っていることらしく、同意を表すように頷く。
ウィンリィ、デフェットはそれからなにも言わなかったがミードは口を開いた。
「ただ、その前に、あいつらのところに行ってもいいか?
そこで、別れを告げたいんだ」
そう言った時のミードの声音は少し暗かった。
しかし、彼の声に含まれているのはそれだけではない。
少しだけだが、明るいものがある。
アヴィケーの言葉や死んだ友人たちのことを気にしている。
だが、それに縛られて塞ぎ込むほどまではなくなったのだろうか。
ミードは確かに前を向いている。
ならばわざわざ他の誰かが「大丈夫か?」など心配をかけるのはむしろ余計なお世話になる。
「……ああ、わかった」
あとは彼自身でケジメを付けるべきだ。
そう思い、ライトは頷いた。
◇◇◇
宿を引き払い、騎士団からそこそこの報酬を受け取ったライトたちはミードの友人たちの遺体発見現場へと向かう。
そこで彼らが本当に殺されたのかはわからない。
しかし、彼らが知る場所はそこしかないのだ。
たくさんの思い出の場所を作る前に二人は殺されてしまった。
「……悪いな。花なんて買ってもらって」
「いいんだよ。ミードはこれから俺たちの仲間になるんだ。
それに……俺には、これぐらいしかできないから」
言いながら南副都の街並みを見る。
どうやらシリアルキラーが捕らえられた。という話はすでに広まっているらしく、辺りを歩く人の数は多い。
おそらく、これからまだまだ増えていくことだろう。
ごった返す人々の群れを見てみたいという気持ちもあるが、それと同じレベルでこの副都に今は居たくないという気持ちがある。
「ホーリアさんのところにも行かなきゃな……」
「そうだな」
ホーリアにも世話になった。
彼が居なければシリアルキラーを捕まえるのにはかなり時間がかかったことだろう。
アヴィケーの言葉はまだ信用できない。できるほどのものがない。
全く疑っていないといえば嘘にはなるが、アヴィケーよりも信頼できる。
そして、この南副都サージで世話になった、というのは確かなことだ。
「ここ、だったな」
「ああ」
そこはミードの友人が変わり果てた姿で見つかった路地裏、その入り口だ。
あの時と同じように建物の影になっているため、陽の光は入らず、暗い雰囲気を醸し出している。
そこに入って少し歩けば発見場所はすぐだ。
「俺たちはここで待ってるから、ミードは行ってこいよ」
ミードは一瞬、キョトンとしたがライトの頭を撫でると花束を手にその中へと入って行く。
「主人殿、本当に良かったのか?彼一人で」
「大丈夫だよ」
この副都を訪れるのは年単位の期間が開く可能性の方が高い。
ほぼ最後の別れといってもいいそれを部外者である自分たちが邪魔をするわけにはいかない。
ライトはその裏路地から視線を外し、それをデフェへと向けた。
「さて……デフェ。ホーリアさんのところに行って少ししたらそっちに行くって伝えて」
「了解した」
デフェは短く言うとその場から離れ、ホーリアの工房へと向かった。
残されたライトとウィンリィは通行の邪魔にならないようにその裏路地近くの建物の壁に背中を預け、道を歩く人々を見る。
「んで、ここを離れて次はどこに行くんだ?」
「んー、そうだなぁ。暑くないところがいいかなぁ……」
「ならそのまま東に行くか?」
東の方は南よりも比較的過ごしやすい気候をしている。
東副都トイストの近くには大きな湖が、副都から離れた場所には港町があり、セントリア王国の貴重な貿易港として発展しているらしい。
さらにそこから東北東に進んだ場所には今は魔王軍により崩壊した隣国のカルトレントがある。
一時期は魔王軍によって住む場所を失った者たちの大量の流入で混乱したが、今ではかなり落ち着いているらしい。
完全に安全とは言えないが、魔王の進行はセントリアの国境から少し離れている。
そのため、王国側からも特別に何かしようとする気は無いようで、北と同様に膠着状態が続いている。
「それがいいかもなぁ……」
「……なら、寄れるかな」
ウィンリィがボソッと小声で溢した言葉。
ライトはそれを聞き返そうとしたが、思いとどまり、やめた。
彼女は特別何か思い悩んでいるようには見えない。
しかし、何か思い出があるのは確か。
余裕があり、彼女が許せばその話を少し聞いてみたい。
少し小腹がすいてきた中でライトは思い、空を見上げた。
◇◇◇
ミードは遺体が見つかった場所に花束を置く。
この南副都で花は貴重だ。
魔導師が工房内で魔術を使って育てているらしいが、品質が安定しないと聞いたことがある。
ともかくとして、花は高い。
それをこうして友人たちに惜しみなく手向けられるのは新たな仲間、ライトたちのおかげだろう。
息を吐きながらミードは腰を下ろした。
「なぁ、リーズン、レーテ。俺はな……本当はお前らが憎かった」
友人たちが憎かった。
自分を残し、くっついてしまった二人が自分でも驚けるほどに憎かった。
入り込む余地のない会話と笑顔が恐ろしく憎かった。
もう、彼らの中に自分という存在が消えてしまった。
そんな感覚を得てしまうほどに。
「でもさ……それ以上に嬉しかったんだよ……」
憎んでいた。
それと同じくらい友人たちを見て心から祝福した。
自分ではなく、もっと頭のいい、要領が良かったリーズン。彼ならばレーテを幸せにできる。
すっかり、そういう関係で繋がった彼らを見てどこか微笑ましい気持ちだった。
でも、そんな姿を見せていてなお、彼らの中に自分という存在はいるという確信が得られた。
それがまた、たまらなく、嬉しかった。
たしかに自分とリーズンとレーテの関係は大きく変わった。
だが、それでも変わらない繋がりはある。
「俺、さ……お前らが幸せそうに笑ってるの見てるの好きだったんだぜ……
でも、お前も早く女捕まえろってのは酷い言い草だと思うよ。ほんとに」
ふっと笑みを浮かべてその時の光景を思い出す。
余計なお世話だ。と付け加えるように呟くその目からは涙が溢れ出した。
ミードはそれを止めることもせずに、言葉を続ける。
「お前らが……そっちに行っちまったら……
俺はいい女を、嫁をさ。自慢できねぇじゃねぇか……」
「まぁ、いつ出来るかわからんがな」と自虐的な笑みを浮かべる。
二人が死ぬ必要などなかった。
少なくとも自分より幸せを感じ、新たな思い出を作るはずだった二人が死ぬ必要性などどこにもなかった。
「お前らが、お前らが死ぬぐらいなら……俺が!」
「ほう……それは、ちょうど良かった」
「ッ!!?」
ミードは涙を拭きながら立ち上がり、突然声をかけてきたものを見る。
そこにいたのは二人の男性。
一人は白衣を着て、一人は黒と紺の服に身を包んだ者だった。
そして、それは見覚えのある者たちだった。
そのうちの一人から感じた殺気に反射的に反応、剣の柄を掴んだがその右腕は中程から切り落とされる。
「ツッッァ!!」
声を上げる前に痛みでその思考と言葉が飛び去る。
ミードの腕から溢れる血が地面を濡らし、花束を汚した。
歯噛みするミード、動かないその男性、腕をナイフで切り落とした男性。
三人の間に沈黙が訪れる。
飄々とした表情を浮かべる白衣を着た男性が壊すように声を出した。
「殺さないでくださいね。彼は最後のパーツです」
「わかっています」
「パーツ、だと?」
「ええ、パーツです。邪魔者は排除されましたので……完成させるんですよ––––」
白衣の男性は笑みを大きくして、自慢するかのようにミードに告げる。
「––––シリアルキラーを、ね」
「ッ!!?」
声を上げようとした瞬間、ミードは腹に強烈な一撃を受け、意識を失った。
「さぁ、早く戻りましょう。傷を塞いでも鮮度がなくなってしまう」
「了解」
そう言葉を交わすと彼らは裏路地の影に紛れるようにその場を去る。
そして、その場には血にまみれた花束のみが残された。
◇◇◇
ミード、デフェットと別れて五分ほど経っただろうか。
何か少し食べられるものでも買おうか、ライトとウィンリィは話していた。
話は適当なパンでも買ってくることでまとまり、ウィンリィがその場から離れようとした時だった。
「主人殿!」
「のわぁ!?」
当然ライトの目の前にデフェットが着地してきた。
一メートルぐらい先に突如として現れた彼女にライトは驚き、腰を抜かしたがデフェットは告げる。
「彼らは留守だった」
それは端的に言われた言葉だったが、デフェットの顔にはどこか焦りのようなものが浮かんでいた。
ライトは数度瞬きをすると立ち上がりながら尻についた砂を払い落とす。
そうしながら言葉を返した。
「そ、そうか。忙しいのかもな……」
「だと、いいのだが。何か、嫌な予感がするんだ」
「嫌な予感?」
頷くデフェット。
そして、辺りを見回しながら二人へと問う。
「ミード殿は、まだ戻って来ていないのか?」
何かに迫られるように問うデフェットにライトとウィンリィは顔を見合わせ頷いた。
まだミードが行って五分ほどだ。
あと少し待っても戻って来なければ少しふざけながら迎えに行こうと思っていたところだったが、デフェットの様子を見るにこれ以上待てるようには見えない。
彼女がただの予感だけでここまでの表情、声音をするわけがない、というのは今までの旅で知っている。
言葉にはできない確信が何かあるのだろう。
ライトとウィンリィは少し表情を引き締め、その場所へと向かうことにした。
そして、そこに着いた彼らはその光景を見た。
「……なんだよ。これ」
花束がポツンと置かれている。
それに人通りが全くない中に置かれるそれに違和感はあるが、ゆえにミードが置いたものだとすぐに合点が付く。
問題はその花束を置いたはずのミードの姿がなく、かわりに地面に血があるということだ。
ウィンリィがその血に触れ、呟く。
「……まだ、新しいな」
「ということは?」
「いや、まだわからない。
もしかしたらたまたまの通り魔か愉快犯が出たのかも……」
それの犯行または襲われて、その犯人を追いかけて姿を消した。
血は犯人のものかもしれないがミードのものかもしれない。
しかし、ライトとデフェット。そして、言った本人であるウィンリィでさえもそれは違うと直感していた。
「ライト、いつまでボケッとしてるんだ。ミードを探すぞ」
「あ、ああ……わかってる」
ウィンリィの言葉から一拍置いて答えた。
「デフェ。魔術を使った形跡は?」
「今の状態ではどうにも……」
「なら。マナオーゲンで」
ライトが唱えてデフェットに触れる。
彼女が表情を変えたのはマナオーゲンを付与されてすぐのことだった。
「こ……れは––––––」
本人も信じられないらしく目を見開きながらある人物の名を口にする。
「「ッッ!?」」
ライトとウィンリィも驚愕を一切隠すことなく、息を飲んだ。




