事の終わり?
アヴィケーとその助手二人は騎士たちに捕らえられ、馬車に乗せられた。
それを眺めるライトの隣にはミードもいるが、どちらも晴れ晴れとしたような表情は浮かべてはいない。
理由はアヴィケーの言葉が頭の中を駆け巡っているからだ。
ホーリアに利用されている。
そして、人間を材料として新たな生物を創造する魔術、ホムンクルスの研究をしている。らしい。
ホムンクルスという名はライトも元の世界でだが、聞いたことがある。
パラケルススと呼ばれる錬金術師が作り上げたとされる人工生命。
蒸留器に人間の性液を入れて腐敗させ、そこに人間の血を毎日入れ、温度を馬の胎内と同じにすればできる、らしい存在。
もし、それが本当で作り方も同じとすれば、人を襲う動機がホーリアにはあるだろう。
(なぁ、本当にあの人が犯人だと思うか?)
『正直に言うと』
『わからない』
アヴィケーはゴーレムの研究をしていた魔導師。
そして、殺人に使われたのはゴーレム。
さらにそのゴーレム、より正確にはマナティックコンデンサと呼ばれるものが原因で発生するマナの濁りが遺体発見場所から見つかった。
そして、それはアヴィケーの工房でも出てきたゴーレムと同質のもの。
ライトの奴隷であるデフェットが嘘をつく理由がない。
そのため、彼女は感じもの、見たものをそのまま言ったはずであり、それらは正しいはずだ。
(けど、もしアヴィケーの言っていることも正しいのであれば––––)
ライトがさらに思考の海へと潜ろうとしたところでミードが言葉をかけてきた。
「すまん。先に宿に戻る」
「あ、ああ……そうか」
ライトのその言葉を聞くとミードは疲労のせいか、はたまた別の何かのせいか、足を引きずるようにしながら宿の方へと向かった。
その背中に言葉をかけようとしたがそれを飲み込み空を見上げる。
いつのまにか陽が落ちており、空には薄ぼんやりと星が見え始めていた。
まだ遠くの方はオレンジ色でその光とわずかに見える星が幻想的に見えたが、感嘆の声を漏らすことはない。
「おーい! ライト!!」
声をかけられて視線をその方に向けると見慣れた二人が寄ってきていた。
「ウィン、デフェ。よかった。無事だったのか」
「ゴーレムの始末を他人に押し付けた張本人がよく言う」
「ああ、まったくだ」
ウィンリィとデフェットの非難を帯びた視線を受けてライトはそれらから目をそらし、誤魔化すように苦笑いを浮かべる。
その様子を見て二人は顔を見合わせ、ため息をついた。
「まぁ、無事だったからよかったけど」
「それで、ミード殿はどこに?」
「そういやそうだ。
まさか、やられたとか言わないよな?」
辺りを見回してもいないミードを心配して問いかけた。そのどちらの表情も心配の色がある。
今まで見てきたミードの状態を見ればそう思うのは当然だろう。
「大丈夫だよ。先に宿に戻った」
そう答えると二人は胸を撫で下ろした。
ミードが無事であることを知って今度こそ全てが終わった。
そう確信できたらしく、ウィンリィは「どこか飲みにいくか?」と言い、デフェットもそれに同調を示す。
しかし、ライトはとてもそんな気分にはなれなかった。
「悪いけど、俺も少し疲れたから……」
ライトは言うとトボトボと歩き出した。
その背中にウィンリィが声を飛ばす。
「あ、どこ行くんだよ! そっちは宿じゃないぞ!」
「風呂行ってくる」
言った後に少し「ぶっきらぼうだったか?」とも思ったが、それに関して考える余裕さえ、今のライトには存在していなかった。
◇◇◇
風呂に入っていたのはどれぐらいの時間だっただろうか。
タオルで髪を拭きながらライトは思う。
そこそこ長い間いたような気がするが、割と短い時間だったような気もしていた。
この時間感覚の無さは疲れ、と思いたかったが勝手にアヴィケーの言葉へと思考が飛ぶ。
「君たちは利用されている」
「ホーリアが研究しているのはホムンクルスだ」
それらの言葉を頭を横に振り、否定する。
利用されている証拠なんてない。
たまたま上手い具合に証拠が見つけられたというだけだ。
ホムンクルスを研究しているからと言って、それが人を殺すこととイコールで結びつくわけではない。
ホムンクルスの製造方法だってライトが居た世界で言われていた話だ。
この世界ではもっと別の方法で作っていることだってありえる。
あれは全部、アヴィケーの最後の悪あがきのようなもの。
ライトたちを疑心暗鬼に陥らせ、あわよくば分裂させてやろうという彼なりの小さな復讐。
そう考えると少し腑に落ちる。
「終わった……終わったんだ……」
服を着ながら自分に言い聞かせるが、何かが違うと訴える。
しかし、それはまだ報酬をもらっていないからだろう。
騎士団によれば報酬は後日渡されるらしい。
それを受け取ればこの心の霧も晴れる。そう思いながらライトは銭湯から出た。
「あっ」
「よっ!」
銭湯から出たライトの前にいたのはウィンリィだった。
◇◇◇
「んで、アヴィケーになんて言われたんだ?」
「なんでわかった」とライトは顔で言ったが、それに対するウィンリィは「当然だろ?」という言いたげな顔で肩をすくめた。
ライトは混乱を招くかもしれない。と思っていたがそれでも話した。
ウィンリィは最後までその言葉を聞くと一つ唸り会話を切り出す。
「なるほど……ホーリアさんに利用されてる、ね」
「ああ、どう思う?」
「んー、そうだなぁ。
一緒に行動したこともあったけどそんな怪しい行動はみなかったぞ?」
そこで言葉を切るとウィンリィは建物と建物の間にある裏路地の入り口で足を止めた。
ライトはそれを不思議に思い、その斜め後ろで止まり、同じように裏路地に視線を向ける。
そこにはスラムに住んでいるのであろう人がいた。
骨と皮だけになった体のせいで男か女か、子供が大人かさえもはっきりとわからない。
そんな体の上に付いているやつれた顔、生気を失った目で虚空をじっと見つめていた。
(あれは……)
『もう長くはないわね……』
『うん。マナの出入りもかなり間隔が空いてる』
ライトはただ拳を握りしめ、奥歯を噛みしめる。
事切れる寸前のそれに対して自分は何もできない。
力を持っているというのに、何もしてやれない。
ウィンリィはその風前の灯火の誰かから視線を外すと再び歩き出した。
ライトはそれに頭を少し下げ、その後に続く。
「私さ……小さい頃、魔術ってなんでもできるって思ってたんだ」
魔術は普通じゃできないことを可能にしてしまう。
この世から不可能なんてなくなる。ウィンリィ本人も含め、近くに魔術を使える者がいなかったからこそその考えが強かった。
不思議な力を持ってして人々は平等に、笑い合いながら暮らせる。そう思っていた。
だが、現実は違った。
実際はそれが使える者と使えない者とがいた。
使える者はたとえスラム出身であっても、ギルドから何かしらの依頼を受けてギリギリの生活を送れる。
しかし、使えない者は?
教養もない。食べ物がない為に栄養がえられずあまり丈夫ではない、力もない。
そして、そんな者が受けられる仕事などあるわけがない。
ライトは知らないがウィンリィのように魔術も使えないスラム出身者が普通に旅を続けられるのは異例中の異例だ。
「ホーリアさんはたぶん本気でその現状を、この世界をどうにかしようと思ってる。
だから、私は彼のことを疑えない……疑いたくない」
ホーリアは確かにウィンリィに「魔術で人の生活をより豊かにする」と言っていた。
そして、だからこそ「己のためだけに人を殺すことが許せない」と言った。
それらの言葉を放った時の彼の目は本気だった。
間違いなく彼はこの世界を変えられる力と意思を持っている。
「そう、か」
しかし、そんな事情を知らないライトはただそう言うしかなかった。
◇◇◇
宿屋近くのちょっとした広間へと二人は訪れていた。
そこは何かしらのイベントが行われることが多いらしく、そこそこの広さがある。
また、よく待ち合わせの場所としても活用されているらしいが彼らがその姿を見たのはほんの数回だ。
しかし、それもおそらく今日明日まで。
以降はこの広場に賑わいが戻ることだろう。
そんな場所に備え付けられている椅子に二人は腰を下ろした。
しばらくはそのまま夜空を見上げていたが、ウィンリィが口を開く。
「そういや、初めてライトと仕事した日も、似たようなことしてたなぁ……」
「ああ、そうだなぁ」
あれから約三ヶ月。
この世界に転生してきて三ヶ月という意味でもある。
あっという間に過ぎた時間ではあるが、その密度は異常にあった。
いつのまにか、野宿に慣れた。
いつのまにか、生き物を自分で切ることにも慣れた。
あまり考えたくはないが、人を切ることにもそのうち慣れてしまうのだろう。
まだ元の世界とこの世界を比べることがある。
これだけはおそらくなくなることはないだろう。
それを時々後悔する時がある。
この世界に完全に染まってしまえば、と考える時がある。
でも、そうやって悩むことは悪くはないと思っている。
三ヶ月も前のことだが、まだ覚えていた。
慣れない様子でウィンリィが自分を元気付けようとしてくれたことを。
その時のことを思い出し、ふっと笑みを浮かべたところで肩が少し重くなった。
不思議に思い、そこを見るとウィンリィの頭が乗っかっていた。
「ど、どうしたんだ?」
「ん?ああ、いや……なんか、なぁ……」
どこか言葉を探している、と言うよりそれを言おうかどうしようか悩んでいるように見えるウィンリィ。
珍しいその姿をかうような笑みを浮かべてライトが問う。
「なんだよ。なんか気持ち悪いぞ」
「む?失礼だな。肩ぐらい貸せ」
それが嫌だったらしく、ウィンリィは頬を膨らませるとライトへとさらに体重を預けた。
少しずしっと重さがかかったが少し心地よいそれにライトは「ん」と短く答える。
しばらくそのままだったがポツリとウィンリィが呟いた。
「ほんと、幸せだよ。私は……」
ライトは反射的に目を見開き、ウィンリィの顔を見た。
自分の肩に乗っているためはっきりとその顔は見えない。
だが、その顔はどこか妖艶で言葉はどこか憂いを帯びていた。
何かある。
そう感じたがそれを聞くことすら憚れるウィンリィを見ていた目を閉じると視線を夜空に向けた。
そして、一つ心の中でつぶやく。
(そういうの、ずるいだろ……)
普段見ないその顔を見て、素直に彼はときめいた。




