変わらぬ君のままで
彼らが通されたのはカジノの客間であった。
VIP用の部屋でもあるのか少し豪奢なシャンデリアやソファ、絨毯が敷かれ、テーブルにはレリーフが付いている。
慣れない雰囲気にソワソワしながらもライトとミードがソファに座り、その後ろにデフェットが立つ。
そして、向かい合うようにカジノの支配人は座っている。
その隣にはライトたちが助けた店員もいた。
「なるほど……シリアルキラーを」
「はい。おそらくはあのゴーレムが何かしら関わっていると思われます」
ライト達の説明を聞いた支配人はどこか感心した表情を浮かべると軽く頭を下げた。
「ありがとう。彼女を助けてくれて……」
「い、いえ、そんな……」
謙遜しようとしたライトへと店員と支配人がそれぞれ言葉をかける。
「いえ、本当にありがとうございました」
「君は確かに彼女を救った。
奴隷ならまた買えば済む話だが、人を救った。それは褒められるべきことだ」
奴隷の扱いに対し、少し違和感を覚えたがライトはそれを顔に出すことのないように努めていた。
そんな彼の気など知るわけもなく、支配人は笑いながら言う。
「安心してくれ。きちんと報酬は払う。
まぁ、金は渡せんが––––」
支配人はずいっと彼らへと身を乗り出すと笑みを怪しいもの、商売人の顔へと変えた。
「––––色々と、サービスはするよ」
「サービス?」
変わった空気と表情を察し、反射的に訝しげな表情を浮かべるライトへと支配人は続ける。
「ああ、ここでの賭けなら安心して遊べるようにしてもいい。
賭けがあまり好きじゃないなら気に入った奴隷を貸してもいい。
どちらも今晩限り、騎士団との話が終わってからだがな」
「勝負と女を融通するってことか?」
確認するように短くまとめたミードの言葉に支配人は頷き「どうする?」と顔と目で彼らに問う。
奴隷の方ならばともかくとして、勝負を優遇するとはつまり「イカサマで負けないようにしてやるから遊んで行け」と言うことだろう。
礼をする、と言いながらそうやって自分の領域に連れて行こうとするあたり、彼はやはりカジノの支配人だ。
そこへと考え至ったライトは首を横に振る。
「……俺はどっちもいらない」
その答えが意外だったらしく、支配人は首をかしげた。
「ん?いいのか?
まぁ、確かにあんたが連れてる奴隷はレベルが高いが、一人だけだろ?飽きないのか?」
奴隷を物のように言う彼にライトは怒りや憤りを覚えたが、それを拳を握りしめることでそれを抑え込み、言葉を返した。
「そんなこと、ありませんよ」
「ふーん。そうかい。んじゃそっちは?」
支配人は視線をミードへと変えて問う。
彼は躊躇っているのかチラリとライトの様子を伺った。
それに気がついたライトは何も言わず「好きにすればいいと」一度頷くことでそれに答える。
「……なら、ありがたく楽しませてもらおう」
「よし、賭けと女。どっちだ?」
「女だ」
それを聞いた支配人はどこか嬉しそうに、コレクションを自慢するコレクターのように深い笑みを浮かべた。
「わかった。では、後から選んでくれ。
いい奴もいい部屋も用意しておく」
彼らの会話が落ち着いた丁度良いタイミングで客間の扉がノックされた。
支配人が入るように言うと店員が丁寧にお辞儀をして報告する。
「騎士団の方々が到着なさいました」
「わかった。では、行こうか」
支配人が立ち上がるのを合図に店員とライト、ミードが立ち上がり騎士団へと事情を話しに向かった。
◇◇◇
南方騎士団の装備は暑さや砂の足場という環境のせいでかなり軽装だ。
鎧は胸、肩や上腕、腰とスネのところに付けているだけで残りはチェーンメイルに身を包んでいる。
そして、肩の鎧には南方騎士団を示す亀に似た生物の彫刻が刻まれている。
南副都では一般的な装備に身を包んだ騎士がライトたちの話のメモを取っていた。
「ふむ、なるほど。
情報提供、そして民を救ってくれたこと感謝するよ」
言葉は固いが本当にそう思っているのは柔和な表情、声音で受け取れる。
騎士団は最近、貴族たちの護衛に付いているせいでまともな調査ができていないらしい。
捜査しなければシリアルキラーは捕まえられない。
そう訴えても「捜査中に自分が殺されたらどうする」の一点張りで聞く耳を持たないらしい。
そのせいで遅々として捜査は進まず、被害が増え続けている、ということだ。
「っと、すまないね。こんな事を君たちに言って」
「そんなことが……」
「ああ、そうだよ。彼らは騎士団を自分の私兵団だと思っている節がある。
確かに、俺たちは上から指示されたことには従わなくちゃならない。仕方ないさ」
その騎士はため息をつくと小さく付け加える。
「俺はこんなことのために騎士になったわけじゃないんだがなぁ。
あ、このことは内緒で頼むな?」
「ええ、わかりました。
こちらとしても騎士の貴重な話を聞けましたので」
助かる、と彼は笑みを浮かべながら言ってライトたちの前から去る。
そして、数名の騎士とその補佐役だろう人たちにゴーレムを馬車に積むように指示を出し、行動を始めた。
そこで思い出したのかライトたちの方を向くと距離が少しあるため少し大きな声で言った。
「もー帰っていいぞー。
なんかあったら騎士団の方に来てくれー、報告は上げとくから回収したコイツを見るぐらいならできるぞー」
「わかりましたー。頑張ってくださーい」
その騎士はサムズアップすると手を振り、ゴーレム回収作業に戻った。
「……んじゃ、俺は帰ることにするよ」
「ああ、わかった。
お楽しみに、でいいのかな?こういう時は」
ミードはきょとんとしていたがふっと表情を緩めると頭を雑に撫でて支配人と共にカジノに向かって行った。
「んじゃぁ、俺たちはホーリアさんたちに報告しに行こうか」
「ああ、わかった」
◇◇◇
その現場から離れてホーリアの工房に向かい始めた時だった。
「主人殿、一つ聞いてもいいだろうか?」
「ん? 何?」
「主人殿は本当に行かなくて良かったのか?」
どこに? などと問う必要はない。
デフェットが聞いているのはカジノのことだろう。
賭けも女もどちらも一般的に人気なものだ。
それらを出されて断る者はあまりいない。ミードのような反応を示すのが大半。
しかし、ライトは断った。
その理由を彼女は知りたいらしい。
「良いんだよ。気分じゃなかったし。
お礼が欲しくて助けたわけじゃないし……」
それは本心だ。
助けられる者は全力を持って助ける。
手を差し伸べて届く者ならば、全力でその手を伸ばし、力を振るう。
だが、スラム街に住む人たちのように助けられないものは「無理だ」と思って諦める。
例え、それが選別だとしてもこの世界に生きるようになった一人の人間としてそうしていくと決めた。
悔しくないわけがない。
歯がゆくないわけがない。
創造などという力を持っておきながら、ガラディーンと呼ばれる強力な武器を持っていながら、救えない。
強力な力を持つゆえにその悔いは強くなる。
「背負いこむな」
ウィンリィやデフェット、白銀に黒鉄、ミードでさえもおそらくそう言うだろう。
だが、そうしなければならない。
そうしなければ自分が今まで切り捨ててきた人たちはどうなるだろうか。
本当に、助けられなかったのか。
本当は、助けたくなかったのではないのだろうか。
「面倒な生き方を選んでいるのだな。主人殿は」
「おかしいか?」
「いや、おかしくはないさ。
主人殿の生き方を笑えるほど、私も良い生き方をしているわけではない」
デフェットは言うと一級奴隷の手首の印をわざと見せながら風で少し乱れた髪を整える。
月の光がマナリア特有の黄緑がかったブロンドの髪を照らしていた。
その姿に少し見とれながらもライトは言葉を漏らす。
「ただ、自分ができることは全力を尽くしたいんだ」
「……その生き方を続けていれば、主人殿はいつか折れる」
言うとデフェットはライトのすぐ目の前まで歩いてきて立ち止まった。
その行動の意味を聞く前にデフェットが抱きしめる。
「なっ!? ちょっ、急に––––」
「主人殿、私は奴隷だ。少なくとも、ウィン殿よりは頼りやすいはずだ。
私を頼ってくれ、私にも背負わせてくれ、何も一人で旅をしているわけではないことを忘れないでくれ」
優しい声音で言いながら子供をあやすように頭を撫でる。
側から見なくとも恥ずかしいことをされているライトは彼女から離れようとするが、どうにも離れられない。
「……デフェ、魔術使ったろ」
「当然だな。逃げられてはうやむやにされてしまう」
いたずらが成功した子供のように屈託のない笑みを浮かべるデフェットから顔を逸らし、呟く。
「子ども扱い……」
「体はともかくとして、心は少なくとも私より子どもだ」
そう言われてライトは頬を膨らませた。
しかし、その顔はそらしているためデフェットが気付くことはない。
「子ども扱いが嫌なら私が大人にしようか?
私は奴隷だ。そこそこの回数を積んでいる。
少なくともそこら辺の女よりは上手いと自負しているが?」
「俺は、デフェをそんな風に見れない」
デフェットはまるでライトがそう答えるのを知っていたのか、ふっと表情を緩めるとゆっくりと体を話した。
「まぁ、私をデフェと呼べるようになっているから構いはしない」
「……あれ?」
そういえば、たしかに自分は彼女のことを最初「デフェさん」と呼んでいたが、今は普通に「デフェ」と呼び捨てになっている。
「自覚なし、か。
主人殿が私を奴隷のように扱うにはまだまだ時間がかかりそうだ」
デフェットは肩を軽くすくめるとライトの耳元で小さく囁いた。
「そのままの主人殿でいてくれ。
そうすれば、私もウィン殿もあなたの隣にいよう」
そして、ライトから体を離し、デフェットはいつもと変わらぬ表情でいつもと変わらぬ声音で言う。
「行こうか。主人殿」
それがどこか言外にライトに変わるなと言っているような気がした。




