怪しい招待
ドラリスの群れを捕らえた翌日の昼。
彼らは今日は一日、疲れを癒すために使うと決めていた。
昼食を終えるとそれぞれに集まり、思い思いに過ごし始める。
ライトとウィンリィはチェス、デフェットとミーツェは編み物だ。
ちなみに、この世界にもゲームというものはいくつかある。
流石にテレビゲームのような類はないが、チェスやオセロ、トランプにドミノなどのボードゲームはある。
ビショップを持っていたライトはそれを盤面に置き、それをウィンリィのクイーンが取った。
「「うーん……」」
そんな二人から声が上がる。
中盤で盤面的にはライトが少し押してるが、油断ならないという状況。
ウィンリィの打つ一手によっては状況はガラリと変わることだろう。
ライトとウィンリィが互いの手を考えている中、デフェットは悪戦苦闘しながらも手を動かしていた。
「こ、こう、か?」
「ええ、そうです。後はそれを繰り返しながら……」
方法はわかっている。
だが、どうにも手がそれに追いついていないらしく、ミーツェと比べれば少したどたどしい。
それぞれが思い思いに余暇を過ごしている中、家のチャイムが鳴らされた。
全員が顔を上げて玄関の方へと視線を向けた。
「今日って、誰か来る予定でもあったか?」
ウィンリィの言葉に全員が首を横に振り、否定した。
「対応してまいります」
ミーツェは少しの警戒したまま玄関へと向かう。
玄関扉が開く音、そして微かな話し声の後、扉が閉まる音が彼らの耳に届いた。
リビングの出入り口へと戻ってきたミーツェはライトを呼ぶ。
「ライト様、ワイハント商会からのお客様です」
「ワイハント商会から?」
ワイハント商会とはあれからも交流が続いている。
ライトが受け取ったワイハント商会の記章のおかげで、優先的に売買が可能となっているからだ。
また、パブロットとも個人的な交流があり、時々話をしながらの釣りをしている。
繋がりはあるし、交流も盛んだが、向こうから家に来るのは初めてだ。
何かしら急ぎの用か、周りに聞かれたくないことなのか。
「わかった」
とにかく話してみよう。とライトは席から立ち、玄関へと向かった。
その先にいたのは青年だった。
しかし、ただの人間ではないようで、頭にはキツネのような耳を持ち、後ろには触り心地の良さそうなふさふさの尻尾がある。
「ライト様ですね?」
「あ、はい。そうですけど……」
「ワイハント様からの伝言をお伝えに参りました」
青年の伝言を要約すると、どうやら面白いものを手に入れたらしく、それを見せたいとのこと。
パブロットはそれの説明を誰かに任せる気がないらしく、ライトと直接会うために予定を合わせたいらしい。
そのため、このように聞きに来たようだ。
「そう、ですね……なら、こちらは明日中は大丈夫だと伝えて下さい」
「わかりました。お時間の方は何時でもよろしいでしょうか?」
「はい。そちらに合わせると」
「かしこまりました。
本日中にまたご連絡に参ります」
その青年は深々とお辞儀すると家から出る。
やはりただの人間ではないらしく、あっという間にライトの前から走り去ってしまった。
その背中を見届けるとリビングに戻り、そのことをウィンリィたちに伝えた。
「面白いもの、ねぇ……」
ウィンリィの確認するような言葉にライトは頷く。
パブロットの言う“面白いもの”というものがこの場にいる全員に予想できない。
彼が言うからには生半可なものではないということはわかる。
しかし、それゆえに信頼していてもワクワクというより、不安という感情の方が大きい。
それが表に出ていたのかミーツェは安心させるように柔らかい声音で告げた。
「流石にライト様が一方的に不利になることはないかと」
「まぁ、それはそうだけど商人だよ?」
「商人だからこそ、です」
パブロットの商人像として「客と対等に商売をする」というものがある。
客の態度が大きくなり過ぎてしまえば、商人は必然的に値段を下げることを迫られる。
結果、店は立ち行かなくなる。
そもそも、値段が下がるということは別の何かが減らされることになる。
それが原因で商品の質は下がるのは避けられない。
逆に、商人が大きくなり、客が萎縮すると商品の値段は上がり続ける。
特に、貴重な物や消耗品など数が必要なものはどうしても商人から買うことになる。
客側はそれを買うために渋々ながらもその値段についていくしかない。
どちらにも言えることは互いのバランスが崩れれば、どちらの首も締めることになる、ということだ。
また、これはパブロットが特に危惧しているのは金が回らなくなる。ということ。
金の停滞は文明や技術の衰退に繋がる。
彼はそのことを特に危険視しているらしい。
「あー、そうか」
ミーツェのその説明で何かを察したらしく、ウィンリィは腑に落ちたように頷く。
視線でそれを問うライトに彼女は続けた。
「ほら、ワイハントさん。お前に勲章渡したろ?」
「あ、うん。貰ったけど……」
「渡した理由。対等にしたいって言葉の意味がなんとなくわかったんだよ」
客と商人を対等に。
それが彼の思う理想の売買の形だ。
しかし、そんなことを無差別にしていたのでは金も時間もかかり過ぎてしまう。
そこで、パブロットが認めた者にのみそれを行うことで可能な限りその理想の売買の形を取れているのだ。
合ってるか?と聞いたウィンリィにミーツェは肯定するようし、付け足すように口を開く。
「大まかには正解です。
もちろん記章がないからぞんざいに扱う。というわけではございません。
そこだけはお間違えないように元従者の立場としてお願いします」
お辞儀をしてニッコリと笑った後に––––
「まぁ……それ相応の態度で来る、というのであればそれに“全力で”答えてはいましたが」
––––ボソリと小さく不穏なことを付け足したミーツェ。
わずかに彼女から漏れている殺気。
それに冷や汗をかき、少し引きつった笑みを浮かべてウィンリィは答える。
「そ、それはもちろん。
ワイハント商会所属の店は結構使ったけど対応も質も良いからな」
ミーツェの平和的には聞こえない最後の言葉はともかくとしてだ。
たしかに、ワイハント商会所属の店はほとんど対応がよく、扱っている品々も質の良い物が多い。
色々な場所に行ったが悪い評判もあまり聞かないあたり、彼の商人像は下の者にまで行き届いているようだ。
「実際は見てみないとわからない……ってことか」
「だろうなぁ。何が出るか、ちょっと楽しみだな」
茶化すような笑みを浮かべたウィンリィは肘でライトを突く。
「他人事だなぁ」とそれに返したところで、デフェットが何かに気がついたらしく、声を漏らした。
一斉に視線が向く中で彼女は浮かんだそれを口にした。
「もしかして、彼はそれを報酬にして主人殿に何か頼みたいのでは?」
瞬間、その場が凍り、三人がほぼ同時に思った。
(((ありえる……)))
彼らの頭には「はっはっはっ」と豪快に笑っているパブロットの顔が浮かんでいる。
ライトは不安が大きくなり、物怖じ気な表情を浮かべていた。
『まぁ、大丈夫でしょ。たぶん』
『そうだよ。少なくとも死ぬことはないから』
安心させるように白銀と黒鉄が頭に声を響かせた。
しかし、その言葉の端々からは隠す様子もなく、もう一つの意味も受け取れる。
((面白そう))
明らかに二人はその感情の元、ライトへとさっきの言葉を送っていた。
それから約三時間後。
最初に伝言を伝えにきた狐の耳と尻尾を持つ青年が現れた。
パブロットと会うのは翌日の昼。
そこで何を見せられ、何を頼まれるのか。
ライトは戦々恐々とした気持ちでその日を終えることになった。