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奈々華(一)

 第二章序節は「残された者たち」以外は飛ばしていただいて構いません。

 初めて彼と出会ったのは高校の入学式の日だった。

 今後の不安と期待を半々を胸にして高校の門をくぐったのを今でもよく覚えている。


 最初の印象は不思議、などではない。言ってしまえば印象など何も受けなかった。


 どこにでもいる普通の少年。たったそれだけだ。

 歳相応の言葉遣い、歳相応の話す内容。


 強いて言うなれば、無口だったというぐらいだ。


 しかし、人との付き合いが苦手というよりも自ら関わろうとしない感じだった。

 こちらから話しかければ普通に対応する。


 ただ、不思議とそれに壁を感じたのは確かだ。


 そこから興味を持ったのは間違いない。


「ねぇ、神谷君」


「ん?どうした?」


「今日私日直なんだけど、手伝ってもらえない?

 阿島さん休んでて人手が足りないんだ」


「あー、いいよ。わかった」


 彼とは席が隣ということもあり、比較的話すのは多かった。


 放課後、夕方のオレンジ色の光が差し込む中で担任の教師に頼まれた仕事をこなす。


 もうすぐで体育祭ということで、地域の人に配るパンフレットを二つに折る単純な作業。


 一応は丁寧にするが、話すだけの余裕はあるため、奈々華は口を開いた。


「神谷君って、いつも一人ですぐ帰るけど、何かあるの?」


「……なんでそんなことを?」


「あ、いや、気になったっていうか、なんとなく?」


 その下手なはぐらかしに光は首を傾げたが、すぐにそれに答える。


「俺、両親が海外にいるから、一人暮らしなんだよ。

 家のこと色々しなきゃだから」


「え?他の親戚とかは?」


「さぁ?聞いたことないし、会ったこともないからなぁ」


「それって……寂しくないの?」


 その奈々華の質問にピタッと光の手が止まる。

 そして、何か考えているのかしばらく沈黙してから言葉を口にした。


「俺もわからない。けど、気楽だよ?

 代わりに全部やらなきゃいけないけどな」


 そう言い彼は笑顔を浮かべた。

 強がっていたり、苦笑いといったものではない。


 浮かべ慣れたと言わんばかりの何も感じない笑顔だった。


 それを見てなんとなく奈々華は感じた。


(神谷君は、ずっと一人だったんだ……)


 本当にそうなのかはわからない。

 奈々華が知るのは学校での彼の姿だけだ。


 もしかしたら学校の外に友達がいるのかも知れない。


 だが、奈々華は確信を持ってそう思えた。


「ねぇ!神谷君!今日のお礼したいんだけど、今度一緒に遊ばない?」


「……は?いや、いいよ。そんなキツイもんじゃないし」


「ん、あ、じゃあ!

 私ちょっと欲しいものがあるんだけど“光ちゃん”の意見も聞かせて欲しいんだけど」


「え?ちょっと欲しいもの?

 ん?いや待て!今なんて呼んだ!?」


「はいじゃー決定ー!!」


 強引過ぎると光から言葉が飛んだが、それを無視して彼女は「もう決定したことだから」と笑いながら返す。


 強引。そんなことは自分でもわかっている。

 だが、それでも彼を一人にしたくないと思った。


 それが“好き”という感情へと変わるのにそう時間はかからなかった。


◇◇◇


 奈々華はいつのまにか閉じていた目を開くと、その視界には見慣れない天井が広がった。


 感じる感覚からベッドに寝かされているのはわかる。

 服も薄いものだが、いつの間にか着せられているようだ。


 ゆっくりと上半身を起こすと部屋の壁に背を預けていた騎士風の女性が口を開いた。


「起きたか」


 その女性は見覚えがある。

 たしか、よく知らない場所に裸でいた時に話しかけてきた女性だ。


「あ、あの……私」


 疑問の言葉は山ほど浮かぶが、いざ口にしようとするとそれは外へと出ない。


「一つずつ説明するが、その前に……。

 私はゼナイド・ミリアス。

 あなたの世話を任された騎士だ」


「あ、えっと……奈々華です」


「ナナカ、か。

 では、ナナカ今から大まかにだが状況の説明をする。

 まずは聞いてくれ、質問は後でまとめてして受ける」


 話自体は十分ほどで終わった。

 魔王という敵の存在と、彼女がここに召喚陣を用いて呼ばれた理由が主な内容だ。


 にわかには信じられない。

 ありえない。


 こんなこと、ありえるわけがない。


 言葉が通じるだけにそう強く奈々華は思った。


「ごめんなさい。少し、一人に、なりたいです」


 その言葉をどうにか口にするのが、奈々華の限界だった。

 それを汲んだゲナイドは一度頷くと何も言わずに部屋から出て行った。


 それを見て頭を抱える。


 現実だとはわかる。

 頬をつねれば普通に痛いし、夢のようなおぼろな感覚がない。


 感じ慣れず、違和感を覚えるものばかりではあるが間違いなく、今の奈々華はここにいる。


(意味わかんない……!

 なんで、なんでこんなことになってるの?)


 「なぜ自分なのか」と疑問が浮かぶ。

 普通に暮らしていた自分が、普通の家庭で育っていた自分が、大切な者を目の前で亡くした自分が。


 奪われた。


 なんの変哲もなくとも普通の生活を、普通の家族を、大切な者を運命とやらは全てを奪った。


「こんなの……こんなのってないよぉ……」


 知らず知らずのうちに目から涙が浮かんでいた。


 いつもなら両手には光の遺品であるウサギのストラップがあり、それを握りしめるが、今その手にない。


「うっ……嫌だ……。なんで……私から全部、取って……」


 奈々華は声を押し殺しながらただ全てが悔しくて、悲しくて泣き続けた。


◇◇◇


 勇者とは、魔王を倒す存在。


 この世界にあるおとぎ話だが、ディザスターと呼ばれる存在を倒すために集められた者たちに与えられた称号。


 騎士や貴族とは意味合いが少し違う特例のような位である。


 ナナカはその勇者になるために特化転移陣を用いて呼ばれた。


 通常の転移陣とは違い、特定の“意識”を持つ者を無作為に召喚するらしい。


 剣を取れるだけの素養、才能がある者を呼び出すために特化した転移陣。それによりナナカはこの場所に来た。


 受けた説明を要約するとそういうことになる。


 その話を聞き終えたナナカがゼナイドへと質問した時にそれがわかった。


「なに?違う、世界?」


「うん。勇者なんて私は知らないし、セントリア、なんて国も聞いたことないよ」


 ゼナイドの話し方の節々には勇者という存在やセントリアという名前がさも当然のように出ていた。


 何かしらふざけているようにも見えなかったため、彼女の話した事は本当なのだろう。


 だから「この世界は私がいた世界とは違うんだね」と聞いたところで帰ってきたのが先ほどの言葉だ。


 その表情の変わりようから、彼女たちにしても別の世界から来るなど予想だにしていなかったらしい。


 ゼナイドは「少し待ってくれ」とナナカがいる部屋から出た。


◇◇◇


「これは、どういうことだ。

 なぜ、別の世界などと言う場所から転移されたのだ!

 私は、騎士の矜持をどれほど踏み躙られればいい!?」


 騎士である自分の力ではなく、勇者という存在の力を頼られたこと。

 そして、その勇者がこの世界の問題とは無関係な世界の人間であること。


 それらは「騎士とは民を守り、害を切る存在」と言い切るゼナイドからしてみれば怒りを露わにするのには十分な理由であった。


 語気を荒げる彼女の先では、綺麗な紫色の髪を腰まで伸ばした女性がいる。

 彼女は細い目で困ったような雰囲気で首を傾げた。


「さぁ〜? 私たちにも全くわからないわね〜」


 そう答えたのはウィス・シーパル。


 彼女のいつもの間延びしたような返事に「ふざけるな」と口から出そうになったが、ぐっと抑えるように息を吐いた。


 そして、少し冷静になった頭で再び問いかける?


「つまり……これは魔導師、魔術師連中も予想していなかった、と?」


「ええ、もちろん〜。

 そもそも別の世界、異世界って言えばいいのかしらね〜。

 そんなものはお話の中だけにあるって思ってたしね〜」


 別の世界の存在などおとぎ話の中だけのはずだ。


 セントリアでは特に有名なおとぎ話に登場する「ラグエル」という者がそこに居たという言い伝えのようなものがある程度。


 現実ではその存在など一切証明されておらず、魔王という明確な敵がいるせいか誰も興味がなかった概念だ。


「でも、これは私の予想だけど〜。

 才能だけはあると思うわよ〜」


「あくまでも、転移元の場所、世界が違うだけで他は変化がないということか?」


「試してみないとなんとも言えないけどね〜」


 なんとも無責任な言葉だとゼナイドは思ったが、たしかにウィスの言う通り、試してみなければわからないことだ。


 ナナカがいる部屋へと戻ろうとするゼナイドの背中へとウィスは言葉を投げる。


「なら、予定通り進めていいのね〜?」


「ああ、構わん。

 こうなれば何でも利用してみせる」


 たしかな意思が含まれた言葉を呟くと彼女は部屋へと戻っていった。


「ただ、家のために……ね」


 ウィスにしては珍しく、間延びしていない言葉を呟く。


 すっと目を細め、何かを思い出すように窓の景色を視線を向け、一呼吸。

 そして、その場から離れた。

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