対等の存在へ
夕食を終えたパブロットは自室の暖炉の前にいた。
少し柔らかい椅子に座り、背もたれに体重を預けて優雅に本を読んでいる。
パラパラとページを捲る音とパチパチと薪が燃える音がその部屋に響く。
一区切りついたのか栞を挟むと脇の机に置いていた果物のミックスジュースを飲んだ。
その甘味を味わうように息を吐くと本を閉じ、窓から見える景色を見つめる。
彼の脳裏を過ぎるのは一昨日の出来事だ。
◇◇◇
ライトに波止場で会う約束をした後。
彼は執務室で小休止に紅茶とクッキーを口にしていた。
それらは商品として扱う前にその味を自分で確かめるために口にしているものだ。
パブロットが意外と美味しいらしく、うんうんと頷いている。
その近くには猫の耳と尻尾のようなものを持つ1人のキャッネ族がいた。
彼女の名はミーツェ。
少しやる気が無さげな目で真剣な声音で切り出した。
「一つ、質問をしてよろしいでしょうか」
「うん? 構わないよ」
「では……なぜ彼にあそこまで入れ込むのですか?」
ミーツェの言う彼とは根無し草の旅人、ライトだ。
彼は南副都サージに現れた白い怪物を倒し、第三公女のポーラから名誉騎士勲章をも受け取っている。
実力があるのはわかる。
だが、他にも名誉騎士勲章を貰った者はいる。
素晴らしい戦績をあげた者もいる。
ゆえにライトへと特別入れ込む理由がわからない。
パブロットは少し唸り、答えた。
「質問に質問で返すのはあまりしたくないが、君は彼をどう思う?」
今度はミーツェが少し考え込むように黙り込んだ。
そして、答えを纏めると口にする。
「あの方は……はっきり言ってあまりにも歪です」
結果から見れば力があるのはわかる。
才能もあるように見える。
だが、それゆえにその歪さが目立つ。
自分には力はないと言うが、かといって完全に誰かに従うわけではない。
自分の意見を言い、我を通すだけの意思があれど、他人を貶めるようなこともしない。
まだ調査は終わっていないがたった少しの時間で彼がそのようなの者であることはわかった。
ミーツェの答えを聞き終えたパブロットは肯定するように一度頷く。
「そう、彼は歪だ。私はそれを不完全とも見ているがね」
「不完全、ですか」
「そう……そして、彼の元に集まる者もまた歪だ」
ライトの下に集まる者はみなどこか不完全で歪な者だ。
赤い髪の女性は剣の腕は相当なもの。
下手な騎士よりもよほど腕が立つが、魔術は全くと言っていいほどできない。
魔術が得意なはずのマナリアも自分で魔術を作り出し、使うだけの力がある。
だが、上手く魔力を作り出せず、不得意にしている。
「歪な者たちが集まる。彼を中心としてね」
「歪で不完全だから……と言うことですか?」
「まぁ、個人的な趣味さ。君には理解し難いかもしれないがね」
人、というのは不思議なものだ。
安定を望んでいるのに惹かれるのは不完全なものが多い。
未完成なものを「美しい」と言う。
「それにな……彼は事件の元に導かれるようだ。
そして、そこで彼は本来なら救われるはずがなかった者を救っている」
例えば、南副都で暴れた白い怪物についてだ。
副都は壊滅しただろうが他の魔術師や魔導師、騎士や冒険者たちが集まり、協力して倒していただろう。
西で起きたゴブリンやオーク、オーガの討伐もそうだ。
近くの村は確実になくなっていただろうが、後々に殲滅するぐらいはできた。
だが、ライトがいたことによってその犠牲は無くなった。
「彼が強烈に歴史に残ることは“自ら望まない限り”ないだろう。
だが、残らないとしても無辜の民、命を救う者であることは揺るがない」
「……歪であるがゆえに、彼は自由なのですね。だからあなたは」
そこまでの話を聞いてミーツェは理解した。
パブロットはライトのことを羨ましいと思ったのだ。
産まれた時からこのワイハント商会の代表候補として自由が少ない中で成長し、期待に応えるように行動してきた。
パプロットも自分に得手不得手があるのはわかっている。
もしかしたら商人以外になる道もあったかもしれない。
だが、それを確認するだけの時間もなければ余裕もなかった。
彼は自分の生き方を決められなかったのだ。
「そう、決まった形がないゆえにこの世界で一番何にでもなれる存在だ。私が惹かれないわけがない」
ライトには決まった形はない。
だが、そこにある芯ははっきりとしているように見える。
対してパプロットは決まった形はある。
しかし、ほぼ成り行きでそうなったと言うだけだ。
ライトのような芯はない。少なくとも自覚できるほどにはない。
自らやると決めた道だ。選んだことへの後悔はない。
「でも、それでも彼を見ると考えてしまうよ。
もし……ということをね」
「その可能性に惚れたと言うことですか」
それがライトにパブロットが入れ込む理由。
それを肯定するように軽い笑みを浮かべるパブロットは言葉を返す。
「ああ、彼がその目に何を見るのか……どのような者になるのか。私はそれを知りたい
君は、どうなんだ?」
「……正直に、申し上げてよろしいのですか?」
「ああ、率直なものを頼むよ」
「私は、彼と旅をしたいです。彼が見るものを私も見たいです」
ミーツェが言ったそれは従者を辞めるということだ。
パブロットにとって彼女は諜報員としては超が付くほどに優秀だ。
戦闘の腕も良く、家事もできる。
当然、そんな者が離れるのは全く問題がないわけがない。
しかし、まるでその言葉を知っていたかのようにパブロットは頷いた。
「なら、ライト君に付いていくといい。
きっと新たな発見があるはずだ」
「はい。私も少し楽しみです」
「はははっ。正直、私もこの立場でなかったら嬉々としてついていっただろうね」
言いながら机の引き出しの鍵を開けると中から赤い布に巻かれた物をミーツェの方へと差し出した。
「明日、私はライト君と話す。
もし、私と君が思った通りの者であれば付いて行き、これを渡してほしい」
ミーツェは「失礼します」と言いながら差し出されたそれを受け取り、布を解く。
その布の中にはワイハント商会の紋である蹄と草冠が彫られた勲章があった。
これはパブロットのみが渡すことができる物だ。
彼が友人として認め、商売をするという証。
それを見て目を見開いたミーツェは言葉もなく、パブロットへと疑問と驚愕が混じった視線を向ける。
彼がここまでするとは思っていなかったらしい。
「私は彼と対等に商売をしたい。
だが、彼には悪いが私が彼と同じ場所に行くわけにはいかない」
「だから、これを渡して無理矢理引き上げる」
「ああ、そうだ。ついでだし家も譲ろうかなと……あそこ、ちょっと使い勝手が悪かったしね」
子どものように楽しげに言ったパブロットへとミーツェは軽く礼をして冗談めかしに口を開いた。
「私が抜けて成り立ちますか?」
「まぁ、なるようになるさ。君の教えは部下にきちんと受け継がれているからね」
「では、もしライト様がそのような者であれば、そういたしましょう」
そうして彼らは翌日、ライトと会った。
◇◇◇
(さて……彼らは上手くやっているかどうか)
少し心配したがパブロットはふっと笑みを浮かべてそれを消した。
彼はやはり自分とミーツェが思った通りの人間だった。
ならばさして心配する必要はないだろう。
「君たちの行く末に幸あれ……」
その言葉は薪がバコンッと折れる音共に部屋に小さく響いた。