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転換点

 デフェットとミーツェの二人は昼食を終えたあと、商店街へと買い物に訪れていた。


 ガーンズリンドは巨大な港町。

 貿易も盛んだが、それと同じくらいに漁業も盛んに行われている。


 この時間だと朝に取れた魚はほぼ売り切れているが、干物などの加工品はまだ残っている。


 彼女たちが訪れたタイミングで他の村や町から届いたばかりの野菜が並べられ、昼食時だと言うのに人は比較的多い。


 人参のような野菜が三本ずつカゴに入っており、それをミーツェは真剣な眼差しで見つめていた。


「店主、このカゴのものをいただけますか?」


「あいよ。180G(ガルド)だ」


 言われた金額をミーツェが差し出し、デフェットが持っていたカゴに店主が人参のような野菜を入れた。


 それを確認した後に軽く礼をして彼女たちは店を離れる。


「次は肉を買いに行きましょうか」


「……はい」


 返事をしたがデフェットのその顔はどこか虚ろであった。

 一応周りの状況はわかっているようだが、どこか上の空のようにミーツェには見える。


「……どうかしましたか?」


「いえ、何も……」


 そうは言うが明らかに何か心の中にある。


 詳しく聞きたいが周りの目がある中、奴隷である彼女と親密そうに話すわけにはいかない。


 ミーツェは辺りを見回し、路地裏を見つけるとそこにデフェットを連れて行った。

 そして辺りを見回し、人の気配がないことを確認し、もう一度問う。


「ここなら聞かれる心配はありません。何を考えていたのですか?」


 それに対しデフェットは少し躊躇いがちにポツリと呟くように答えた。


「主人殿のことだ」


「ライト様の?」


「ミーツェ殿も気が付いたはずだ。主人殿が何か考えていたのを」


「正直なところそれは感じてはいましたが……」


 彼の料理の感想に嘘はなかった。

 そのため、それが口に合わなかったわけではないだろう。


 かと言って剣呑な雰囲気があったわけでもなかった。

 誰かと喧嘩をしているわけでもないと推察できる。


 言うなれば、なにかを決めかねていると言う感じだろう。


 そんな風にはミーツェも見ていたが、あえて本人に聞くことはしなかった。


 彼には彼なりになにかあるのだろう。

 それにどのような答えを出すのか、どのような行動を起こすのかはライト自身が決めることだ。


 それが明らかに間違っている行動であれば正す。

 間違っていないのであれば付いていく。

 意見を求められれば、述べる。


 それが従者としての役割だとミーツェは思っている。


 デフェットもそれと同じ考えなのはわかっていること。

 しかし、自分よりも長く旅をしていた彼女ゆえの感じ方があったのだろう。


「デフェットは今のライト様に何かしたいのですか?」


「それは……ない、と思う」


 自分でもあまりわかっていないようでだんだんと声を小さくさせながら答えた。

 そして、少しの間を置き続ける。


「ただ、ここが転換点になる、そんな気がするのだ」


「転換点、ですか」


「ああ、ミーツェ殿が主人殿について行くと決めたように……

 ウィン殿も、主人殿も、そして私も、選ぶことになる」


 その結果が良いことになるのか、悪いことになるかはわからない。

 そもそも本当にそうなるかはわからない。


 だが、ここで何か変わる。


 そんな確信に近い予感がデフェットの中にはあった。


◇◇◇


 夕食は本当に豪勢なものだった。


 厚切りのステーキ肉、添えられたサラダと魚からとった出汁のスープに噛み心地よいパン。


 ステーキのソース、サラダのドレッシングのどちらもミーツェが作ったものらしい。


 そういう店を開いてもなんら問題がない程度の質の高い料理。

 これが特別なお金を支払わずに食べられるなどこの世界どころか元の世界でもあり得ないことだ。


「––––それでな」


「––––本当ですか?少々信じ難いですが……」


「いや、ウィン殿ならばありえる」


「ああ、ウィンならやりかねない」


「はぁ!? ちょっ……私をどんな目で!」


 ウィンリィの慌てぶりに三人からふっと笑みが漏れる。

 それにつられるように彼女も笑みを浮かべた。


 この和やかな食卓も、あの世界では想像ができなかった。

 便利ではあった。少なくとも今の生活よりはずっと楽だったのは間違いない。


 だが、こうして誰かと食事を取る、ということは少なかった。


(やっぱり、楽しいな)


 もし、自分が元の世界でもこんな風に誰かと関わることができていれば。

 もし、もう少しだけ自分に素直になっていれば。


 元の世界でもこんな風に誰かと食事をとることができていたのかもしれない。


「どかしたか? ライト」


 ウィンリィに声をかけられてハッとしていつの間にか下げていた顔を上げる。

 その先には三人が視線を向けていた。


 どこか不思議そうで、心配しているような彼女たちに対しライトは首を横に振る。


「ううん。なんでもないよ。美味しいなって思っただけ」


「それは……ありがとうございます。

 少々安いものだったので心配でしたが、お口に合ったのならば幸いです」


 咄嗟に出た言葉。

 しかし、ミーツェは嬉しそうに笑いながらそう答えた。

 本心から思ったことを言ったのは間違いない。


 ただ反射的に口から出たせいか、その純真な反応に少し申し訳なさを感じる。


 自分の過去のことは夕食前に話すつもりだった。

 そのつもりで心構えをしていたが、結局切り出せずに今に至る。


 次に言い出せるようになるのはいつかわからない。


 おそらく明日になればもうずっと言うことはなくなるだろう。


(よし、これを食べたら言おう)


 改めて決意したライトの心の内も知らずにミーツェは続けた。


「食後にはデザートもご用意していますのでお楽しみにください」


「「「おぉ〜」」」


 やはり完璧だ。


 突っ込みどころがないその仕事にライトたちは感嘆の声を漏らすしかなかった。


◇◇◇


 昼に続き夜もミーツェの作る美味しい食事を取り、それぞれの前にはチーズケーキと紅茶が置かれていた。


 少し騒がしかった夕食と比べてあまり会話はない。


 それは彼らの雰囲気が悪いからというわけではなく、それぞれが落ち着いていその味を楽しんでいる。


 おそらく三人はその雰囲気も味わっていることだろうがライトはそれどころではなかった。


(言うなら……ここ、だよな)


 タイミングとしてはもうここしかない。

 ライトは深呼吸をして切り出す。


「なぁ、みんなに話が、あるんだ……」


 その言葉を受け、ライトの方へと視線が集まった。


 そこには疑問の顔を浮かべているだけで他の色は感じられない。


 次に自分が出す言葉で彼女たちからどのような反応が返ってくるのか、どのような言葉を向けられるのか。


 恐怖と緊張で手汗がじわっと浮かぶ。


 そんな中でもライトは意を決し、それを口にした。


「俺は……この世界の人間じゃない。転生者だ」

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