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挑戦の始まり


14


 『幻雷』は激しいドライビングで駆動系やブレーキが物凄い熱を持ち、車体を陽炎に包まれながらパドックに押し戻された。


 左近は息も絶え絶えにハンドルに突っ伏して頭を支えている。


 オンダのメカニックが素早くマシンに取り付き、左近をコックピットから引き出そうと悪戦苦闘をしていた。そして、左近は2人のメカニックに両脇を抱えられて引きずり出され、パドック奥にあるディレクターズ・チェアに放り出される。


 ヘルメットを脱がされ、冷水で絞ったタオルを顔に押し付けられた。彼は暫くタオルに顔を埋めたまま、まんじりともしなかった。


「タイムはどうでしたか?」

 ようやくタオルから顔を上げた左近の第一声がそれだった。


「6週目に1分34秒21が出たよ」

 小栗がニコニコしながら答える。


「そりゃぁ……僕の鈴鹿の最速レコード更新ですよ」

 左近の顔は嬉しそうな悔しそうな微妙な笑いを浮かべている。


「左近、お前随分乗り難そうだったじゃねえか」

 桜田がボトルに入ったスポーツ・ドリンクを左近に渡しながら言った。


「コーナーがね……無茶苦茶きついんですよ」

 左近はチューブでボトルの中身を飲みながら答える。


「桜田さんもデータ・ロッガーで見てたんでしょ?」

 左近の問いに桜田は困惑した表情を見せた。


「見てたことは見てたんだが……正直、余りにも異常な数値が表示されるんで、さっぱり理解できなかった」

 桜田は両手を広げて見せた。


「やっぱりさぁ、実際に乗ってきたお前さんに聞かないと、分んないんだよ」

 小栗も口をへの字に曲げて首を傾げる。


「何を知りたいんですか? データでこの車が凄いというのは判っている筈でしょ? 僕の記憶では、鈴鹿でシューマッハが作ったコースレコードとそんなに違わないはずなんですけどね?」

 左近は紅潮した顔で悪戯っぽく答えた。


 左近の言葉に大半のメカニックが驚きの声を上げた。


「桜田君、それは本当なのか!?」

 オンダの石崎参与が信じられないといった風に聞いた。


「確かに、1秒も違いませんね。当時のフェラーリF1の予選タイムに近いですが、向こうの方が車重は100キロ以上重いです」

 桜田は石崎の方を向いて肩を竦めた。


 その答えに、石崎を含めオンダのメカニック達は唖然としていた。


「ふん!当たり前だ。ガソリンエンジンのエネルギー効率は僅か10%前後、電気モーターは20~25%だ。土台比べる方が間違えとる」

 神堂は、当然だと言うように呟いた。


「まあ、効率うんぬんは置いとくとしてさ、このタイム出すのに左近っちがどんな苦労をしたか聞きたいんだけどな?」

 小栗がニコニコしながら口を挟む。


 小栗の空気を読まない質問に左近は『はぁ……』と大きくため息を付きながら話し始めた。


「苦労した事ですか? いっぱい有り過ぎて何から話したらいいのか僕自身も迷うんですけど、とりあえずマシンを扱いやすくするアドバイスなら2~3できると思いますよ」

 左近はそう言ってニヒルな笑顔を見せた。


「1点目は、トルクが強すぎるのを何とかしないといけないでしょうね。変速時にトルク差が有りすぎて、ホイルスピンするんですよ。特に減速時にです。信じられますか? タイヤが逆回転しているんですよ?」

 左近はやれやれと言った身振りで言った。


「しかも、アンチスキッド・ブレーキ・システム(ABS)と連携が取れていないもんだから、後輪だけブレーキが掛かったようになるんです。まるでサイドブレーキを引いたみたいにね」


「うひゃー、それじゃ大ドリフト大会だな」

 小栗が額に手を当てて合いの手を入れた。


「仰るとおり、ABSの改良というより、トルクコントローラー付けた方がいいですよ? 僕の意見としては、ブレーキ取っちゃって4厘駆動にしてくれた方が乗りやすいです。その場合はビスカスかハイキャス付けて下さい」

 左近は苦笑いしながら言った。


「そりゃ無理だろ!? ブレーキ取っちゃったらレギュレーション通らない」

 桜田は焦った顔で言った。


「それじゃ、まじでトルクコントローラー必要ですね? 嘗てのアイルトン・セナだったら1レースアクセル・コントロール出来たでしょうけど、僕クラスだとこの7周が限界ですよ」

 左近は万歳しながらそう言った。その言葉に小栗と森脇がピクッと反応を示す。


「2番目は、ギアが足りない事ですね。このマシンってF/E用に開発してるんでしょ? しかも、133キロワットの定格のところ100キロワットのモーターじゃないですか? 今だって6速700回転で最高速に達するのに、ファンブーストシステムとかでエクストラ・パワーの200キロワット掛けたら回転が頭打ちになって最高速が伸びませんよ?」

 左近はそう言った後で少し首を捻った。


「ところで桜田さん、今回のテストの僕の最高速って何キロだったんですか? コックピットの計器読みだと356キロ出てたんですけど」


「あ~、実測だと5週目の339キロだな」

 桜田は、自分でそう答えた直後、目を見開いて驚愕の表情になった。


 桜田は単純にこの幻雷がF/E規格の半分のパワーでこの最高速を出した事の意味に改めて気付かされたのである。


「ちょっと待て! 定格200キロワットのモーター積んだらいったい何キロ出るんだ?」

 桜田は物凄い形相で小栗と森脇の方を睨む。


 小栗と森脇は互いに顔を見合わせてニヤリと笑った。


「多分、専用のシャーシとボディをちゃんと作れば、440キロは楽に出るでしょう」

 森脇が事も無げにそう言う。


 それはパドックに詰めたオンダの人間にカウンターパンチを食らわせた。


「ですが、その最高速度を実現する為には、変速機の革新的な開発が必要になってきます。モリワキ・レーシングでは、シャーシやボディの開発はできますが、その先を見てみたいのであればオンダ側に開発していただくしかありません」

 唖然としているオンダの技術者に森脇は呟くように言った。


「……それは、モーターの開発と同時に行ってもいいという事ですか?」

 オンダの石崎がごくりと唾を飲み込みながら言った。


「良いも何も、開発期間は1年に足りないぐらいなんだから、こちらが頼っても良いのかなって感じなんだけど?」

 小栗が困ったような顔で付け加えた。


「石崎惨事! 我々にやらせてください! このモーターがあれば、F1にも応用できます!」

 メカニックのチーフである川越が進み出て叫ぶように言った。


「そうだそういえば、F1にだってエネルギー回生システムが導入されてるんだったな?」

 川越の背後のメカニック達からそんな声が聞こえてくる。オンダ側の人間全てが軽い興奮状態にあるようだった。


「分かった。私の責任に於いてこのマシンの開発プロジェクトは必ず実現しよう」


 石崎が技術者達を振り向いて覚悟したように言う。すると、『やったー!』『面白くなってきたぜ!』『バンザーイ!』などの歓声が上がる。2~3人は抱き合って背中を叩き合う始末だ。


 小栗はその様を見て『チーム名はオグリオンダだな』とにんまりとしていた。


 今この時点から、自動車の進化に対する新たな挑戦が始まったのだった。




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