第99話 影に寄り添う戦乙女《SHADOW LADY》
第99話 影に寄り添う戦乙女《SHADOW LADY》
帝政歴347年11月4日、午後9時37分。
帝国中央部、帝国軍特別編成基地、第二兵舎。
窓の外では、冷たい秋雨が降り始めていた。基地の外周道路を巡回する警備車両の前照灯が、濡れた舗装路を白く照らしている。第一次世界大戦の終結から一か月余りが過ぎたものの、基地内にはまだ戦時中の慌ただしさが残っていた。
レイブン・S・クロウは、机に広げた編成計画書を前に、何度目かのため息をついた。
書類の表題は《帝国・共和国共同特別任務分遣隊 初期編成計画》。
帝国軍と連邦共和国軍の共同戦線を、終戦後も実務的な協力関係として維持するために設けられる試験部隊だった。
その現地部隊長に任命されたレイブンは、帝国側の人員配置から通信手順、装備管理、訓練計画に至るまで、短期間で準備を進めなければならなかった。
ただし、今夜彼を悩ませているのは、兵站でも人員不足でもない。
作戦中に使用する、部隊のTACネームだった。
「……名前か」
レイブンは万年筆を指先で回し、白紙の申請欄を見つめた。
正式な部隊名称は、両国司令部の協議が終わるまで仮称のままだ。しかし、共同訓練や無線交信では短く明瞭な識別名が必要になる。
帝国軍側からは、部隊長が候補を提出するよう指示されていた。
レイブン個人の作戦用コールネームは、すでに〈NoX〉と定められている。
だが、部隊全体を何と呼ぶかは、まだ決まっていなかった。
彼はこれまでの戦場を思い返した。
暗い森林地帯を進んだ夜間偵察。
敵の背後を迂回した市街地での救出作戦。
銃声を立てずに接近し、必要な瞬間だけ姿を現した小規模部隊の戦い方。
正面から押し寄せる大軍とは違い、自分たちの強みは、敵に位置を悟られず、仲間と連携しながら行動することにあった。
そう考えた時、一つの言葉が浮かんだ。
「……GHOST」
レイブンは、小さく呟いた。
幽霊。
姿を捉えられず、気づいた時には背後にいる存在。
かつての隠密行動にも、これから編成する少数精鋭の部隊にも似合っている気がした。
彼は申請欄へ、丁寧に文字を書き込んだ。
TAC NAME:GHOST
その下に、簡単な採用理由を記した。
敵の監視と予測を回避する機動性、少人数による独立行動能力、異なる兵科を組み合わせた柔軟な任務遂行を象徴する呼称。
レイブンは一度読み返し、頷いた。
「……悪くないかな」
書類の右上に翌朝の提出予定を記し、他の編成資料と重ねる。
その時、扉を叩く音がした。
「入るぞ、レイブン」
ガイル・ベッカーだった。
「まだ起きてたのか?」
「うん。少し書類を整理してた」
ガイルは机の上を覗き込み、TACネームの欄に目を留めた。
「おっ、決めたのか」
「とりあえずね」
「GHOST……幽霊か。いいじゃねえか」
ガイルは感心したように頷いた。
「お前らしい名前だな。こっそり近づいて、敵が気づいた頃には仕事が終わってるってわけだ」
「そこまで上手くいくとは限らないけど」
「夢のないこと言うなよ、部隊長殿」
レイブンは苦笑した。
ガイルは椅子の背に手を掛け、少し声を落とした。
「ところで、共和国側の連中はいつ来るんだ?」
「正式な到着時刻は、明朝の通達待ち。数日後って話だったけど、前倒しになる可能性もあるらしい」
「そうか。知ってる奴がいるといいな」
「うん」
レイブンは頷いた。
ガイルは、彼の表情を見てにやりと笑った。
「特に金髪の美人少尉とかな」
「……ガイル」
「何だよ。俺は名前なんて言ってねえぞ」
レイブンは呆れたように笑った。
「もう、寝たら?」
「はいはい。お前も無理すんなよ」
ガイルは片手を上げて部屋を出ていった。
レイブンは、机の上に残された申請書を見つめた。
GHOST。
明日、これを提出する。
そう決めていた。
少なくとも、その夜までは。
帝政歴347年11月5日、午前8時42分。
帝国軍特別編成基地、中央管理棟。
翌朝、レイブンは部隊編成書類を抱え、基地司令部へ向かっていた。
廊下には軍靴の音が響き、各部署の伝令兵が書類を持って行き交っている。壁面には共同部隊の設立を告知する掲示が貼られ、帝国軍と共和国軍の連絡要員に対する受け入れ手順が記されていた。
レイブンが受付へ書類を提出しようとした時、通信係の下士官が声を掛けてきた。
「クロウ軍曹、少々お待ちください」
「はい?」
「共和国軍派遣要員の到着予定が変更されました。本日午前中に先遣隊が到着します」
レイブンは、思わず足を止めた。
「……今日ですか?」
「はい。国境連絡便の運行が予定より早く確定したためです。基地司令から、部隊長として受け入れに立ち会うよう命令が出ています」
「了解しました」
下士官は別の書類を差し出した。
「こちらが到着予定者の暫定名簿です。ただし、最終確認は現地で行ってください」
レイブンは名簿を受け取った。
共和国軍から派遣されるのは、歩兵、偵察、衛生、通信などの専門要員だった。全員がシュタイン湾共同戦線、またはその周辺戦域での任務経験を持つという。
彼は一人ずつ名前を確認した。
そして、途中で指が止まった。
エリシア・L・ヴォルハラム少尉。
レイブンは、しばらく文字を見つめていた。
「……え?」
もう一度確認する。
氏名も階級も、間違いない。
レイブンは顔を上げた。
「……この名簿、確定なんですか?」
「派遣元の共和国軍司令部から受領したものです。大きな変更がなければ、この通りになるはずです」
「……そうですか」
レイブンは、静かに息を吐いた。
胸の奥から、喜びが込み上げてくる。
つい数日前までクロウ家で一緒に過ごしていた彼女。
休暇が終わり、また別々の軍へ戻ったばかりだった。
それなのに、こんなに早く再会できるとは思っていなかった。
だが、その喜びの直後、彼は自分が提出しようとしていた書類を思い出した。
GHOST。
帝国軍側の戦術思想を基に考えた、隠密行動を象徴する名前。
それ自体に問題があるわけではない。
しかし、共和国軍の人員も正式に参加する部隊の名前を、帝国側だけの発想で決めてしまっていいのだろうか。
レイブンは、書類を見下ろした。
「……少し、考え直した方がいいかもしれないな」
彼は提出を保留し、共和国軍先遣隊の受け入れを優先することにした。
午前10時16分。
帝国軍特別編成基地、正門前。
基地の正門には、帝国軍の警備兵が配置されていた。
道路の向こうから、共和国軍の標識を掲げた輸送車両が近づいてくる。車列は先導車両に従って減速し、検問所の前で停止した。
帝国軍と共和国軍。
わずか数か月前まで、互いに銃口を向けていた軍隊だった。
今では共同戦線協定に基づく正式な派遣として、共和国軍の車両が帝国軍基地へ入ろうとしている。
レイブンは、ガイル、ユリウス、フェリックス、エミール、そして新たな編成要員たちとともに、正門付近の受け入れ場所で待機していた。
アルノルト・ヴァイス中尉が、共和国軍側の責任者と書類を照合している。
「派遣要員、七名。携行装備は事前申告済み。弾薬類は基地内の指定保管区画へ移送する」
「了解しました。身分証明書の確認をお願いします」
共和国軍の士官が応じた。
車両の後部扉が開き、兵士たちが順番に降りてくる。
濃色の共和国軍制服。
異なる階級章。
帝国軍とは違う装備の取り付け方。
レイブンは、その一人一人を確認していた。
そして、最後の車両から降りてきた女性を見つけた。
金色の髪。
整えられた共和国軍の制服。
そして、胸元に収められた二枚の認識票。
エリシアだった。
彼女もまた、受け入れ要員の列を見渡していた。
やがて、レイブンの姿を見つける。
一瞬、驚いたように目を丸くした。
そして、彼女の表情が柔らかくなった。
「……レイブン?」
レイブンも、思わず微笑んだ。
「……エリシア」
その瞬間、隣にいたガイルが小さく吹き出した。
「……おいおい、本当に来たぞ」
ユリウスが肘でガイルを軽く突いた。
「今は受け入れ式だ。静かにしてろ」
「分かってるって」
ガイルはそう答えながらも、楽しそうな顔を隠そうとしなかった。
エリシアは共和国軍の隊列から離れず、まずは正式な手続きを済ませた。
派遣要員の身分確認。
装備の申告。
宿舎の割り当て。
共同部隊で適用される暫定服務規定の説明。
その間、レイブンも部隊長として受け入れ記録を確認していた。
互いに目が合うたび、自然と微笑みが浮かんだ。
しかし、今は軍務中だった。
私的な再会を喜ぶ前に、果たすべき仕事がある。
エリシアも、それを理解していた。
午前11時08分。
帝国軍特別編成基地、共同部隊準備室。
共和国軍派遣要員の受け入れが完了すると、レイブンは全員を準備室へ集めた。
室内には長い机が置かれ、壁には帝国と共和国の共同作戦地域を示した地図が掲げられていた。
帝国軍側の要員と共和国軍側の要員が、向かい合うように着席している。
互いに相手の制服を意識しているのか、室内には少しだけ緊張した空気が漂っていた。
レイブンは、全員を見渡した。
「……皆さん、今日は集まっていただきありがとうございます」
彼は、ゆっくりと言葉を続けた。
「俺は、今回の共同部隊で現地部隊長を務めることになった、レイブン・S・クロウです」
共和国軍側の兵士たちが、彼へ視線を向けた。
中には、彼の若さに驚いている者もいた。
レイブンは、その反応を気にせず続けた。
「俺たちは、つい最近まで別々の軍隊として戦っていました。戦場で互いに敵だった人もいると思います」
室内が静まり返った。
「でも、異界軍が現れた時、帝国軍と共和国軍は協力しました。シュタイン湾では、所属国に関係なく、負傷者を助け、互いの背中を守りました」
エリシアは、静かに彼を見つめていた。
レイブンは続けた。
「今回の部隊は、その経験を無駄にしないためのものです」
彼は、机の上に置かれた編成資料へ手を添えた。
「軍籍や階級、各国の規則を無視するつもりはありません。むしろ、それぞれの違いを理解したうえで、一緒に任務を果たせる部隊を作りたいと思っています」
その言葉に、共和国軍側の兵士の一人が頷いた。
レイブンは、最後に少しだけ微笑んだ。
「……まだ分からないことも多いですが、よろしくお願いします」
全員が立ち上がり、敬礼した。
レイブンも敬礼を返した。
その後、各要員の自己紹介と担当分野の確認が始まった。
共和国軍から派遣された兵士たちは、それぞれの専門能力を説明した。
偵察担当。
通信担当。
衛生担当。
歩兵火力支援担当。
そして、共同戦線での指揮経験を持つエリシア。
彼女は、共和国軍側の連絡・戦術調整を担当する予定だった。
レイブンは、その説明を聞きながら、改めて彼女の存在が大きな助けになると感じていた。
帝国軍と共和国軍の両方の事情を理解し、実戦で共同指揮を経験した人物。
それが、エリシアだった。
ただし、同時に彼は、少しだけ困ったことにも気づいていた。
部隊のTACネーム。
昨日決めたばかりの〈GHOST〉。
エリシアが加わったことで、部隊の印象が少し変わってしまった気がした。
彼女がいるから、という単純な理由ではない。
帝国軍側の隠密行動だけでなく、共和国軍側の指揮・支援能力を組み合わせる部隊になる。
その両方を表す名前にした方がいいのではないか。
レイブンは、机の上の書類を見つめた。
「……うーん」
思わず声が漏れた。
ガイルが、すぐに気づいた。
「……どうした?」
「……いや」
レイブンは、少しだけ額へ手を当てた。
「……名前、考え直した方がいいかなって」
ガイルは、机の上の書類を覗き込んだ。
「GHOSTのことか?」
「うん」
「いい名前だと思うけどな」
「俺もそう思ってたんだけど……」
レイブンは、エリシアへ視線を向けた。
彼女は、少しだけ首を傾げた。
「……何かしら?」
レイブンは、困ったように笑った。
「……エリシアが来たから、もう少し違う名前の方がいいのかなって」
エリシアは、目を丸くした。
そして、少しだけ笑った。
「……私が来たから?」
「……うん」
レイブンは、机に肘をつき、両手で頭を抱えた。
「……昨日、GHOSTで決めたばかりなのに」
ガイルは、思わず笑った。
「お前、名前一つでそんなに悩むなよ」
ユリウスが、少しだけ呆れたように言った。
「提出前なら変更できるだろ」
「……そうなんだけど」
レイブンは、まだ悩んでいた。
エリシアは、そんな彼を見て微笑んだ。
そして、椅子から立ち上がり、彼の隣へ歩み寄った。
「……レイブン」
「……何?」
エリシアは、そっと彼の肩へ手を置いた。
「……私のせいじゃないわよ」
レイブンは顔を上げた。
「……え?」
「あなたが部隊の名前を考え直したいと思ったのは、私が来たからじゃなくて、部隊の形がはっきりしてきたからでしょう?」
レイブンは、少しだけ考えた。
「……そう、かな」
「ええ」
エリシアは、穏やかに微笑んだ。
「それに、GHOSTも素敵な名前だと思うわ」
レイブンは、少しだけ安心したように笑った。
「……ありがとう」
エリシアは、机の上の申請書へ目を落とした。
そこには、まだ提出されていない〈GHOST〉の文字があった。
彼女は、しばらくその文字を見つめていた。
そして、ふと何かを思いついたように顔を上げた。
「……ねえ、レイブン」
「何?」
「……一つ、提案してもいい?」
レイブンは頷いた。
「もちろん」
エリシアは、少しだけ考えてから言った。
「……SHADOW LADY、というのはどうかしら」
室内が、少しだけ静かになった。
レイブンは、その言葉を繰り返した。
「……シャドウ・レディ?」
「ええ」
エリシアは頷いた。
「影に寄り添う女性、という意味を込めたの」
レイブンは、静かに聞いていた。
エリシアは続けた。
「あなたは、戦場で影のように動いていた。敵に見つからないように進み、仲間を守るために必要な時だけ姿を現す」
彼女は、少しだけ微笑んだ。
「だから、SHADOW」
レイブンは頷いた。
「……うん」
「そして、LADY」
エリシアは、少しだけ頬を赤くした。
「……それは、私」
ガイルが、すぐに反応した。
「……おお?」
エリシアは、少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「……つまり、レイブンと私を意味する名前なの」
レイブンは、しばらく何も言えなかった。
そして、ゆっくりと微笑んだ。
「……SHADOW LADY」
彼は、もう一度その言葉を口にした。
「……いい名前だね」
エリシアは、嬉しそうに笑った。
「……本当?」
「うん」
レイブンは、机の上の申請書を見た。
GHOST。
それは、自分一人の戦い方を表す名前だった。
しかし、SHADOW LADYは違う。
自分とエリシア。
帝国軍と共和国軍。
異なる二つの存在が、互いを支え合うことを意味している。
レイブンは、少しだけ考えた。
「……でも、これって部隊全体の名前にしていいのかな」
エリシアは頷いた。
「もちろん、皆の意見も聞くべきだと思うわ」
ガイルが、すぐに手を上げた。
「俺は賛成!」
ユリウスは、少しだけ考えた。
「通信上も使いやすいと思う。二語だけど、聞き取りにくくはない」
フェリックスも頷いた。
「識別しやすい」
エミールは、穏やかに微笑んだ。
「いい名前だと思うよ」
共和国軍側の兵士たちも、互いに顔を見合わせながら頷いていた。
ただし、ヴァイス中尉は少しだけ慎重な表情だった。
「名称の意味については、司令部への説明が必要だな」
レイブンは頷いた。
「……はい」
ヴァイスは続けた。
「部隊名が特定の二名だけを指すように受け取られる可能性もある。正式な採用理由では、帝国と共和国の協力関係を象徴する意味も明確にした方がいい」
エリシアは、静かに頷いた。
「……そうですね」
レイブンは、少しだけ考えた。
そして、申請書を新しい用紙へ差し替えた。
万年筆を手に取り、TACネームの欄へ文字を書き込む。
TAC NAME:SHADOW LADY
その下には、採用理由を記した。
帝国軍の隠密・機動能力を象徴する〈SHADOW〉と、共和国軍の支援・指揮能力を象徴する〈LADY〉を組み合わせ、異なる二つの軍事文化が互いを補完する共同部隊の理念を表す。
レイブンは、書き終えた書類を見つめた。
「……これなら、どうかな」
ヴァイスは、内容を確認して頷いた。
「問題ない。候補として提出できる」
レイブンは、少しだけ安心したように息を吐いた。
「……よかった」
エリシアは、隣で微笑んでいた。
その時、ガイルがにやりと笑った。
「しかし、いいねえ。部隊名にまで恋人同士の名前を入れるとは」
レイブンは、思わず顔を赤くした。
「……ガイル!」
エリシアも、少しだけ頬を赤くした。
「……そういうつもりだけじゃないわよ」
ガイルは笑った。
「分かってるって。でも、そういう意味もあるんだろ?」
エリシアは、少しだけ視線を逸らした。
「……否定はしないけれど」
その一言に、室内から笑い声が上がった。
レイブンは、思わず額へ手を当てた。
「……もう」
しかし、その表情は嬉しそうだった。
午後1時26分。
帝国軍特別編成基地、共同部隊準備室。
昼食後、レイブンは新しいTACネームの申請書を正式に提出した。
基地司令部では、帝国軍と共和国軍の連絡将校が内容を確認し、共同部隊の識別名として暫定承認を与えた。
これにより、部隊のTACネームは〈SHADOW LADY〉として運用されることになった。
ただし、正式な部隊名称そのものは、引き続き両国司令部の協議対象だった。
午後の会議では、個人の作戦用コールネームについても確認が行われた。
レイブンは、机の上に置かれた資料へ目を落とした。
「……俺のコールネームは、NoXで」
ヴァイスが頷いた。
「すでに帝国軍側で登録されている。問題ない」
レイブンは、エリシアへ視線を向けた。
「……エリシアは?」
彼女は、少しだけ考えた。
そして、静かに答えた。
「……Valkyrie」
レイブンは、少しだけ目を丸くした。
「……ヴァルキリー?」
「ええ」
エリシアは頷いた。
「戦乙女、という意味よ」
彼女は、少しだけ微笑んだ。
「戦場で仲間を守り、必要な時には前へ出る。そんな存在でありたいと思って」
レイブンは、静かに頷いた。
「……似合ってる」
エリシアは、少しだけ頬を赤くした。
「……ありがとう」
ヴァイスは、書類へ記入した。
COMMANDER:NoX
REPUBLIC LIAISON / TACTICAL OFFICER:Valkyrie
ガイルが、机を軽く叩いた。
「じゃあ、俺はどうなるんだ?」
レイブンは、少しだけ笑った。
「……ガイルは、Houndが似合うと思う」
ガイルは、目を丸くした。
「……ハウンド?」
「うん。追跡が得意だし、仲間を見失わないから」
ガイルは、しばらく考えた。
そして、にやりと笑った。
「……悪くねえな」
ユリウスが、少しだけ呆れたように言った。
「お前の場合、騒がしい猟犬になりそうだが」
「うるせえ!」
部屋に笑い声が広がった。
レイブンは、改めて資料を確認した。
SHADOW LADY
NoX
Valkyrie
Hound
それぞれの名前が、少しずつ新たな部隊の形を作り始めていた。
午後4時08分。
帝国軍特別編成基地、屋外通路。
会議を終えたレイブンとエリシアは、並んで歩いていた。
基地の敷地内には、夕方の柔らかな日差しが差し込んでいる。
訓練場では、帝国軍と共和国軍の兵士たちが共同訓練の準備を進めていた。
エリシアは、その光景を見ながら微笑んだ。
「……不思議ね」
レイブンが顔を向けた。
「何が?」
「ついこの間まで、私たちは別々の国へ帰るところだったのに」
レイブンは頷いた。
「……うん」
「それが、今は同じ基地で仕事をしている」
エリシアは、少しだけ笑った。
「……しかも、あなたが部隊長」
レイブンは苦笑した。
「俺も、まだ慣れないよ」
「でも、似合ってるわ」
「……本当?」
「ええ」
エリシアは、真っ直ぐに彼を見た。
「あなたは、昔から仲間を大切にしていたもの」
レイブンは、少しだけ照れくさそうに笑った。
「……ありがとう」
しばらく歩いたところで、エリシアは足を止めた。
「……ねえ、レイブン」
「何?」
彼女は、少しだけ頬を赤くした。
「……SHADOW LADYって、やっぱり恥ずかしいかしら」
レイブンは、少しだけ考えた。
そして、首を横に振った。
「……そんなことないよ」
エリシアは、彼を見つめた。
「……本当?」
「うん」
レイブンは、穏やかに微笑んだ。
「……俺たちらしい名前だと思う」
エリシアは、嬉しそうに笑った。
「……そう」
そして、そっと彼の手へ触れた。
レイブンは、周囲を一度確認した。
近くには、他の兵士たちの姿があった。
軍務中である以上、過度に私的な行動を取るわけにはいかない。
それでも、ほんの一瞬だけ、彼はエリシアの指先を握った。
エリシアも、静かに握り返した。
「……ありがとう、レイブン」
「……こちらこそ」
二人は、すぐに手を離した。
そして、再び並んで歩き始めた。
帝国軍と共和国軍。
異なる国家に所属する二人の軍人。
それでも、今は同じ部隊の一員として、同じ未来を目指そうとしている。
レイブンは、遠くの訓練場を見つめた。
そこでは、帝国軍の兵士と共和国軍の兵士が、互いの装備を確認しながら話し合っていた。
言葉の違い。
軍規の違い。
戦術思想の違い。
それらを一つずつ理解し、乗り越えていく必要がある。
簡単なことではない。
しかし、レイブンは不思議と前向きな気持ちになっていた。
隣には、エリシアがいる。
そして、ガイルやユリウス、フェリックス、エミールたちもいる。
新たに加わった帝国軍と共和国軍の兵士たちも、これから少しずつ互いを知っていくだろう。
レイブンは、静かに微笑んだ。
「……頑張ろう」
エリシアが顔を向けた。
「……ええ」
彼女も、穏やかに微笑んだ。
「……一緒にね」
帝政歴347年11月5日。
帝国軍と連邦共和国軍による共同特別任務分遣隊は、作戦用TACネーム〈SHADOW LADY〉を暫定採用した。
その部隊長は、レイブン・S・クロウ《NoX》。
共和国軍側の戦術調整を担うのは、エリシア・L・ヴォルハラム《Valkyrie》。
かつて敵同士だった二つの軍隊は、長い戦争を経て、初めて一つの部隊として歩み始めた。
その名には、影のように戦場を駆け抜ける青年と、彼に寄り添う戦乙女の姿が込められていた。
そして、二人が選んだ名前は、やがて新たな時代を象徴するものとなっていく。




