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黒鴉年代記 ~戦火を超えて、受け継がれる意志~  作者: @12
第二部:戦火の終焉と新たなる時代 第一章 交わる軍旗、影と戦乙女
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第103話 埋もれた記録、境界線の向こう側

第103話 埋もれた記録、境界線の向こう側


帝政歴347年11月9日、午前5時58分。

帝国・連邦共和国国境地域、ヴァルトハイム町。

夜明け前のヴァルトハイムには、冷たい霧が立ち込めていた。石畳の道路は夜露に濡れ、戦争中に砲撃を受けた家々の屋根からは、白い朝靄がゆっくりと流れている。町役場の時計塔は、針を六時の手前で止めたままだった。砲弾の破片が歯車を傷つけて以来、修理する余裕がなかったのだという。

レイブン・S・クロウは、臨時宿営施設の窓からその時計塔を眺めていた。

昨日、共同特別任務分遣隊〈SHADOW LADY〉は、初めての対外任務としてヴァルトハイムへ到着した。町の西側住宅区画では不発弾の疑いがある物体が見つかり、東側農地区画では共和国軍の旧弾薬箱と思われるものが発見された。どちらも専門処理班へ引き継ぎ、住民の立ち入りを制限している。

だが、調査が進むにつれ、一つの問題が明らかになっていた。

帝国軍と共和国軍が保管していた戦時中の記録が、互いに食い違っていたのだ。

レイブンは机に広げた二枚の地図を見比べた。

帝国軍の記録では、町の北東にある旧貨物駅は帝政歴346年の冬に放棄されている。しかし、共和国軍の資料では、その翌春まで帝国軍の補給拠点として使用されていたことになっていた。

どちらかが間違っているのか。それとも、両軍が知らない別の部隊が使用していたのか。

彼が考え込んでいると、扉が控えめに叩かれた。

「レイブン、起きている?」

エリシアの声だった。

「うん。入って」

扉が開き、エリシア・L・ヴォルハラム少尉が姿を見せた。共和国軍の野戦服に防寒用の上着を羽織り、金髪を後ろでまとめている。片手には書類の束、もう片方には湯気の立つカップを二つ持っていた。

「また地図を見ていたのね」

「少し気になることがあって」

エリシアは片方のカップを差し出した。

「まずは温まって。昨日も遅かったでしょう?」

「ありがとう」

レイブンは受け取った紅茶を一口飲んだ。

エリシアは机の地図へ視線を落とした。

「……旧貨物駅?」

「うん。帝国軍と共和国軍の記録が一致しないんだ」

彼女は資料を読み、眉を寄せた。

「共和国軍側の記録も、撤退直後のものではないわね。後から集めた情報を基に作られている」

「なら、どちらも完全には信用できないか」

「ええ。現地を確認する必要があると思う」

レイブンは頷いた。

「今日の調査対象に加えよう。ただし、専門工兵の確認が済むまでは建物の中へ入らない」

「賛成よ」

エリシアは微笑んだ。

「それと、朝食はちゃんと食べてね」

「……分かってる」

「昨日も同じことを言っていたわ」

レイブンは苦笑した。

午前7時36分。

ヴァルトハイム町役場、臨時指揮所。

町役場の会議室には、〈SHADOW LADY〉の主要要員が集まっていた。

ガイル・ベッカーは椅子に腰を下ろし、ユリウス・ヴェーバーが通信記録を整理している。フェリックス・ブラントは地図上に偵察経路を書き込み、エミール・シュナイダーは衛生班の補給状況を確認していた。

工兵担当のヘルガ・ノイマン軍曹と情報担当のディートリヒ・ケラー伍長も、前日の調査結果を持参していた。

レイブンは全員を見渡した。

「昨日は住民の生活区域を優先して確認しました。今日は北東部の旧貨物駅と、その周辺の倉庫群を調査します」

フェリックスが地図を指した。

「旧貨物駅へ通じる道路は、途中で橋が損傷しています。車両で直接近づけるかは不明です」

ヘルガが頷いた。

「橋の安全確認が必要ですね。外見上は通れても、床版や支承が損傷している可能性があります」

「分かった。車両は安全が確認された地点までにしよう」

ケラーが資料を開いた。

「それと、貨物駅について気になる報告があります」

レイブンは顔を向けた。

「何ですか?」

「終戦直前、所属不明の輸送車列が貨物駅付近で目撃されています。帝国軍の正式な輸送記録にはありません」

ガイルが眉を上げた。

「所属不明? 密輸業者か?」

「可能性はあります。ただ、当時は前線が混乱していました。記録漏れの軍用車列だった可能性も否定できません」

エリシアが口を開いた。

「共和国軍の撤退記録も確認しましょう。捕獲した帝国軍車両を使った部隊がいたかもしれないわ」

レイブンは頷いた。

「決めつけずに調べよう。今日の目的は、危険物の確認と住民の安全確保です。正体の分からないものがあっても、勝手に動かさないように」

全員が了解した。

午前9時18分。

ヴァルトハイム町北東部、旧貨物駅への連絡道路。

霧が薄くなり始めた頃、共同部隊の車列は町外れの道路へ到着した。

前方には、小さな河川を跨ぐ石造りの橋があった。橋の欄干は片側が崩れ、路面には古い砲撃の痕が残っている。

ヘルガは車両を停止させ、橋の手前に立ち入り制限を設けた。

「車両通行は保留です。橋梁専門の工兵に確認させます」

レイブンは頷いた。

「了解。徒歩での接近も、確認された経路だけを使おう」

ガイルが周囲を見渡した。

「それにしても静かだな。昔はここにも補給車列が走ってたんだろ?」

「帝国軍の記録では、かなり重要な路線だったみたい」

レイブンが答えると、フェリックスが双眼鏡を下ろした。

「駅舎の屋根が見えます。周囲に人影はありません。ただ、建物の状態までは確認できません」

エリシアは共和国軍の地図を開いた。

「駅の東側には、以前、小さな集落があったはずよ」

ケラーが頷いた。

「住民はほとんど避難していますが、帰還した家族が二世帯いるそうです」

レイブンはその情報を書き留めた。

「なら、先に住民へ話を聞こう。貨物駅に近づく人がいるなら、危険区域について知らせないと」

午前10時07分。

ヴァルトハイム町北東部、旧駅前集落。

集落には、十数軒の家が並んでいた。

その半数以上は無人で、窓を板で塞がれた家も多い。かつて商店だった建物には、色褪せた看板が残っていた。

レイブンたちが近づくと、一軒の家から年配の女性が出てきた。

「……軍の人たちかい?」

レイブンは帽子を取り、丁寧に頭を下げた。

「帝国・共和国共同特別任務分遣隊のクロウです。旧貨物駅周辺の安全確認に来ました」

女性は、帝国軍と共和国軍の制服を交互に見た。

「……今は一緒に仕事をしてるのかい」

「はい」

「妙な時代になったもんだね」

女性は苦笑した。

エリシアが一歩前へ出た。

「貨物駅について、何かご存じありませんか?」

女性は少し考えた。

「戦争が終わる少し前まで、夜になると車の音がしていたよ。灯りを消したトラックが何台も走ってた」

レイブンは表情を引き締めた。

「いつ頃ですか?」

「九月の終わりだったと思う。停戦になる前だったね」

「車両の標識は見えましたか?」

「暗くてねえ。ただ、帝国軍の車とは違う音がしたような気がするよ」

ガイルが小さく呟いた。

「音だけじゃ分からねえな」

女性は頷いた。

「そうだろうね。でも、一つだけ覚えてることがある」

レイブンは顔を上げた。

「何でしょう?」

「駅の方から、青白い光が見えたんだよ」

その言葉に、エリシアの表情が変わった。

「……青白い光?」

「ああ。雷みたいに一瞬光って、それから消えた。音はほとんど聞こえなかったね」

レイブンは、エリシアと視線を交わした。

青白い光。

戦場で何度も目にした、異界由来の現象を思い出させる証言だった。

しかし、それだけで異界との関係を断定することはできない。

「貴重なお話をありがとうございます」

レイブンは女性へ頭を下げた。

「しばらく貨物駅には近づかないでください。安全確認が終わるまでは、こちらからお知らせします」

女性は頷いた。

「分かったよ。あんたたちも気をつけな」

午前11時32分。

ヴァルトハイム旧貨物駅、外周区域。

橋の状態が確認され、徒歩で使用できる範囲が限定された後、レイブンたちは旧貨物駅の外周へ到着した。

駅舎の壁は一部が崩れ、ホームの屋根には大きな穴が開いていた。錆びた貨車が数両、線路の上に放置されている。

風が吹くたび、外れかけた金属板が不規則な音を立てた。

ヘルガは駅の入口を確認し、すぐに手を上げた。

「全員、停止してください」

レイブンは足を止めた。

「何かありましたか?」

「入口付近に、不自然な配線のようなものが見えます。用途は不明です」

ガイルが顔をしかめた。

「罠か?」

「まだ分かりません。古い通信線かもしれませんし、別の設備かもしれません」

ヘルガは落ち着いて答えた。

「確認が済むまで、これ以上近づかないでください」

レイブンは頷いた。

「了解。周辺の立ち入りを制限します」

ユリウスが無線機へ手を伸ばした。

「こちらCIPHER。旧貨物駅入口で不明な設備を確認。専門調査班の支援を要請します」

エリシアは、建物の奥を見つめていた。

「……レイブン」

「何?」

「この駅、ただ放棄されたにしては、少し変だと思わない?」

レイブンは、彼女の視線を追った。

建物の外壁は長年の風雨で傷んでいる。

しかし、奥の倉庫に取り付けられた金属製の扉だけは、比較的新しく見えた。

「……確かに」

フェリックスが双眼鏡を構えた。

「扉の周辺に、最近のものと思われる車輪痕があります」

ケラーが記録を確認した。

「終戦後にも、誰かが出入りしていた可能性がありますね」

レイブンは、静かに考えた。

「……まずは安全確認を優先しよう。無理に入る必要はない」

ガイルは頷いた。

「了解」

午後1時46分。

ヴァルトハイム町役場、臨時指揮所。

レイブンたちは貨物駅の外周調査を終え、町役場へ戻っていた。

机の上には、現地で撮影した写真と調査記録が並べられている。

ケラーは、旧貨物駅の輸送記録を調べながら眉を寄せた。

「……おかしいですね」

レイブンは顔を向けた。

「何がですか?」

「帝国軍の輸送記録では、貨物駅は帝政歴346年12月に閉鎖されています。しかし、共和国軍側の情報では、その後も物資の搬入が続いていたことになっています」

エリシアが頷いた。

「共和国軍の偵察報告にも、347年春の輸送車両が記録されているわ」

ユリウスが資料を確認した。

「帝国軍の通常補給部隊なら、どこかに記録が残るはずだけど」

ケラーは、少しだけ首を横に振った。

「現時点では見つかっていません」

ガイルが腕を組んだ。

「じゃあ、誰が使ってたんだ?」

レイブンは、写真の一枚を手に取った。

比較的新しい金属扉。

車輪痕。

青白い光の目撃証言。

そして、食い違う輸送記録。

どれも、それだけでは決定的な証拠にならない。

しかし、偶然として片づけるには気になる点が多かった。

「……基地司令部へ報告しよう」

レイブンは、静かに言った。

「俺たちだけで判断するには、情報が足りない」

エリシアは頷いた。

「共和国軍側にも照会を出すわ。旧貨物駅に関する記録が、別の部署に残っているかもしれない」

「お願い」

レイブンは、報告書をまとめ始めた。

午後3時18分。

ヴァルトハイム町、西側住宅区画。

その日の午後、レイブンは住民支援の進捗を確認するため、町の西側へ向かった。

昨日、不発弾の疑いがある物体が発見された住宅区画では、専門処理班による追加調査が続いていた。

立ち入り制限区域の外では、住民たちが瓦礫の片づけを進めている。

レイブンは、作業を見守っていた町長のベルクマンへ声を掛けた。

「町長、状況はいかがですか?」

ベルクマンは、疲れた表情で頷いた。

「少しずつだが、前へ進んでいるよ」

彼は、道路の向こうを指した。

「昨日まで家に近づけなかった住民も、今日は安全が確認された範囲で荷物を運び出せた」

レイブンは、静かに微笑んだ。

「それはよかったです」

ベルクマンは、少しだけ表情を和らげた。

「君たちが来てくれて助かっている」

そして、少し間を置いた。

「……正直に言えば、共和国軍の兵士が町に入ると聞いた時は不安だった」

レイブンは頷いた。

「……そうだと思います」

「だが、彼らも真面目に働いている。今日も東側の畑で、農家の人間と話をしていたよ」

ベルクマンは、遠くを見つめた。

「戦争が終わったというのは、こういうことなのかもしれんな」

レイブンは、しばらく黙っていた。

そして、静かに答えた。

「……そうなってほしいです」

午後4時27分。

ヴァルトハイム町役場、臨時指揮所。

レイブンが戻ると、エリシアが通信端末の前に立っていた。

彼女の表情は、いつもより真剣だった。

「……レイブン」

彼は足を止めた。

「どうしたの?」

「共和国軍側から、旧貨物駅について返答が来たわ」

レイブンは、すぐに近づいた。

「何か分かった?」

エリシアは、手元の書類を差し出した。

「……旧貨物駅の周辺で、終戦直前に所属不明の部隊が活動していたという記録が見つかったの」

レイブンは、資料へ目を落とした。

そこには、共和国軍の偵察部隊が記録した報告が記されていた。

帝政歴347年9月27日。

ヴァルトハイム北東部、旧貨物駅周辺。

所属不明の輸送車両複数を確認。

車両には帝国軍・共和国軍いずれの正式識別標識も確認できず。

夜間、駅施設周辺で青白い発光現象を観測。

詳細不明。

レイブンは、静かに息を吐いた。

「……目撃証言と一致してる」

エリシアは頷いた。

「ええ」

彼女は、さらに別の資料を差し出した。

「それと、もう一つ」

レイブンは顔を上げた。

「何?」

「共和国軍の情報部が、この報告に特別な注意書きを付けていたの」

レイブンは、書類の下部を確認した。

そこには、短い一文が記されていた。

《異界由来の物資、または関連技術が存在する可能性あり。追加調査を推奨》

レイブンは、しばらくその文字を見つめていた。

「……異界由来」

エリシアは、静かに頷いた。

「まだ可能性の段階よ。証拠は確認されていないわ」

「……うん」

レイブンは、資料を机へ置いた。

第一次世界大戦の終盤、異界軍は帝国軍と共和国軍の双方へ甚大な被害を与えた。

その混乱の中で、異界由来の物資が行方不明になっていたとしても不思議ではない。

しかし、それが旧貨物駅にあると決まったわけではなかった。

レイブンは、静かに口を開いた。

「……明日、基地司令部からの返答を待って、調査を進めよう」

エリシアは頷いた。

「ええ」

午後6時14分。

ヴァルトハイム町、臨時宿営施設。

夕食後、レイブンは宿営施設の外に立っていた。

夜空には薄い雲が広がり、町の街灯が濡れた石畳を照らしている。

遠くでは、工兵支援車両が翌日の作業に備えて整備を受けていた。

エリシアが、静かに隣へやってきた。

「……レイブン」

「エリシア」

彼女は、少しだけ微笑んだ。

「今日も、お疲れさま」

「エリシアも」

二人は、しばらく並んで町の灯りを眺めていた。

エリシアは、静かに口を開いた。

「……旧貨物駅のこと、気になる?」

レイブンは頷いた。

「……うん」

「異界と関係があるかもしれないから?」

「それもあるけど……」

レイブンは、少しだけ考えた。

「……あそこに何か危険なものが残っていたら、町の人たちがまた巻き込まれるかもしれない」

エリシアは、静かに頷いた。

「……そうね」

レイブンは、夜の町を見つめた。

「せっかく戦争が終わったのに、また誰かが傷つくのは嫌だ」

エリシアは、彼の横顔を見つめた。

そして、穏やかに微笑んだ。

「……だから、私たちがいるんでしょう?」

レイブンは、彼女を見た。

「……うん」

エリシアは、そっと胸元の認識票へ触れた。

軍用の認識票と、レイブンから贈られた婚約の認識票。

二枚の金属板が、静かに触れ合った。

「……一緒に調べましょう」

レイブンは、穏やかに微笑んだ。

「……ありがとう」

エリシアは、少しだけ頬を赤くした。

「……どういたしまして」

その時、宿営施設の扉が開いた。

「おーい、レイブン!」

ガイルだった。

「基地司令部から通信が来たぞ!」

レイブンは、すぐに振り返った。

「……内容は?」

ガイルは、少しだけ表情を引き締めた。

「旧貨物駅の調査について、正式な命令が出た」

エリシアも、真剣な表情になった。

ガイルは続けた。

「……明朝、専門調査班と合流して、駅施設の内部を確認するそうだ」

レイブンは、静かに頷いた。

「……分かった」

そして、エリシアへ視線を向けた。

彼女も頷いた。

「……行きましょう」

レイブンは、夜の町をもう一度見つめた。

遠くに、旧貨物駅の方向へ続く道路が見える。

そこには、まだ誰も知らない何かが残されているのかもしれない。

しかし、今は憶測で判断するべきではない。

必要なのは、確かな情報と慎重な調査だった。

レイブンは、静かに息を吐いた。

「……明日、確かめよう」

帝政歴347年11月9日。

共同特別任務分遣隊〈SHADOW LADY〉は、ヴァルトハイム旧貨物駅に関する新たな情報を入手した。

帝国軍と共和国軍の記録が食い違う、不可解な輸送履歴。

終戦直前に目撃された所属不明の車列。

そして、青白い発光現象。

その真相を確かめるため、レイブン《NoX》とエリシア《Valkyrie》は、翌朝の調査に備えることになった。

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