エースの誕生 その13
「ま、見えねえんじゃ分かんないわな。いや、現実逃避したそうな目をされてもなぁ……」
俺は頭を掻いて、上に目だけを向けてしばし考える。
「おお、そうか」
何かを思いついて女に視線を戻した。
「私立瓊樹学院高等学校は、オーナーが冬香のために作ったらしいぜ」
「……学校を、作った? ……学校を作ったですって!? 彼女のために?」
「そのようだな。カシェットも元は、彼女を助けるために開発したと聞いている」
女はかくんと膝を折って、口をぱくぱくさせている。
「複数の怨霊付きと呪いのセットだったらしいからな」
そのまま今にも倒れそうだった。
「世界じゃピンと来ないだろう。だが、彼女の存在によって、オーナーや礼さんの力が底上げされた可能性もある。神宝十家門とやらが関わっているかは分からないが……って、おい!」
背後にどんっと倒れた女。気絶したのだろう。
しかし、なぜ?
「脅かしすぎたかな……でも、まあ、嘘は言ってねぇし」
俺は床で気絶している女をしばし見ていた。ややして、あっと声をだす。
「うわぁ……こりゃ、当てられたな。念のため閉じ込めとくか」
青い光が俺の手の中に生まれる。
「それにしても礼さん、冬香さん優先なのは仕方ないにしても、ひと声かけてほしかったな」
驚いたことに、床に倒れた女が、そこに収容されていく。俺はさも当たり前のように、その青い光、いや、青い箱をテーブルに置いた。
「さては、分かってて逃げたな」
さきほどの2人の事だろうか。
「寝たろ」
俺はそう言うとソファーに戻った。
「ふわぁああぁ」
大きなあくびをすると再び目を閉じた。
「……?」
いつの間にか眠っていたが、明け方になって空腹で目が覚める。
妙な違和感を覚えて部屋を出た。
リビングまで降りてくると、夕食はそのままテーブルの上に残っている。父も手をつけた様子がない。無造作に投げ出されたメモが目に留まった。
父も手にとって見たのか、俺がその場に置いたのかは記憶にない。
「おかしい……」
紙にまつわるおかしなモノを見た事がある。
「まさか」
両親の部屋の方に意識を向ける。
父のイビキは聞こえてきたが、母の気配は感じなかった。
そっと両親の部屋を覗いてみると、父は寝ているものの、やはり母の姿はどこにもない。
無断外泊などした事がない人だけに嫌な予感がした。
急いで部屋に戻った俺は、寝巻きの上にコートを羽織り、玄関に置いていた金属バットを持って家を飛び出た。
北の空を見上げ、真っ直ぐ寺を目指す。
早歩きだったのが、いつの間にか、駆け足になっていた。
太維のじいちゃんを思い出すと、ゆっくりしてなどいられない。
「はぁ、はぁ」
肩で息をつきながら、寺の門に辿り着く。
いつも開いている門は、夜が明けていないからか、今はぴっちり閉じていた。
白い息を振り払うように手を振り上げ、門に手をかけたが、押しても引いても動かない。しばらく押し引きをした後、思い切り叩き始めた。
声を張り上げて呼びたかったが、何と言っていいのか分からず、ただひたすらに叩く。
「やめときな」
不意に横から腕を取られ、門を叩くのを止められた。
誰だと思い顔を向けると、杉の木を燃やしたあの男だ。早朝ランニングでもしていたのか、タオルを首に引っ掛けていて、随分軽装だ。
警戒の色を出した俺の顔を見た男は、ふっと力を抜いて首を横に振った。
「君、武蔵くんだろう? どうして住職に歯向かうんだろうって思っていたけど、今なら解る」
掴んでいた俺の腕を解放すると、悲しげな顔を向ける。
「ご神木のような木に火を放ってしまった。怨霊が憑いていたと思い込んでいたんだ。どうしてなのか分からないが、振り返ってみると洗脳されたみたいな感じだったよ。浄化してやったんだと思っていた。うまく言えないが、そう刷り込まれていたんだ」
ここにも犠牲者がいた。
「住職と話していたらそう思えてきて、いてもたってもいられなくなって山まで駆けて行ったんだ。もちろんその時は手ぶらだったはずなのに、服のポケットにちゃんとマッチが入ってた。いつも寺に置いてる、線香の火をつけるやつだよ」
男は己の両手を見て微かに震えている。
「正気に戻ってから、自分のした事が恐ろしくてしかたなかった。でも落ち着いてきたら疑問が色々でてきて、住職に聞こうと思ってここに来たんだ。でも、会えなかった。いつだって門は閉ざされてる」
いつの間にか、門を潜れる人間が制限されているようだ。
それなら、俺もこの男と同じだろう。余慶の許可なくこの門を越える事ができない。
「こうしてランニングをするふりをして、何度もこの前を通っている。最低でも1日に3回は通るんだ」
門が開いている時間もあるらしいが、近づくと必ず閉じると男は言う。
「君はお母さんを助けに来たんだろう」
はっとして男を見る。
「見た、のか?」
武蔵がそう聞くと、男はゆっくり頷く。
「昨日の夕方くらいに寺に入って行った」
やはりそうか。
呼び出されたのか、操られたのか分からないが、保護を破られないうちに助け出さなければ。
もう1度門に手をかけようとして、再び止められる。
「今はダメだ。でも今日は催事があるから、3時間確実にオープンになる時間がある。その時に一緒に乗り込もう。それまで力を温存しておくんだ」
焦燥感はあるが、今はこの男の言うことに従った方が良さそうだ。
俺は無言で頷いて、門から手を下ろした。
「午後2時に、寺の敷地ギリギリの場所で待ち合わせしよう。敷地に入ってしまって、気づかれたら困る。入ったら一気に駈けて、君のお母さんを救出しよう」
「わかった」
男と別れて帰途へと着く。
一際強い風が吹いて、俺はその場で身を縮めて耐える。
通り抜けた風に舞う木の葉。それに混じって黒いモヤ。
「無意識でも光は消せてるって事か」
ほっと息を吐き出し、右手に持ったままの金属バットの先端を左手で掴む。
グリップ越しでも刺すように冷たいそれが、頭をクリアにしてくれるようだ。
ふと払暁の空を見上た。
再び冬の冷気が通り過ぎ、手に持った金属がさらに冷たく、まるで手に張り付くようだ。
あの山は霧で覆われて見えない。
幼い頃、杉の木に登って見た、霧氷が煌めく景色を思い出す。そしてすぐにその木がすでに焼失している事実を思い出し、ぎゅっと金属を握り込んだ。
母を救出する行為は、村人に寺の襲撃となって映るかもしれない。
脳裏に響く村人の声。
「武蔵のやつ、また住職に楯突いたらしいぞ」
「どうしてそんな事するのかねぇ」
「まったく、どうしようもないな」
今までなら、この程度だったかもしれない。だけど、最悪を想定しておく必要がある。
みんなはあいつの正体を知らない。だから、盲目的に信じて疑わないのだ。
でも、俺はあいつの事をよく知ってる。
あいつは邪悪だ。
生まれ故郷を捨てる覚悟で挑まねば、返り討ちにされてしまう。
そしてその敗北は、この村の消滅を意味する。
余慶はこの村に溶け込んで生きていこうとしていた。だけど、それを放棄したように思えてならない。
食える奴は全部取り込んで、食えない奴は野垂れ死にでも構わない。そんな風に思っているのではなかろうか。
母を使って俺と全面対決……いや、俺を捕食したいのだろう。
余慶がこの村に止まる最大の目的は、俺を取り込むことなのかもしれない。
自らの成長のために、きっと俺の何かが必要なんだ。
少女の言うように、魂の輝きってやつだろうか。
中にいるあの怨霊なのか、余慶自身の希望なのかは不明だが、今日で決着をつけてやる。
役場の男と約束した時間まで、仮眠をとって英気を養おう。
負けて死ぬ覚悟で、戦ってやると心に誓った。




